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好きな人に痴漢と誤解されたけど、どうにかなっーー


 満員電車は、日本が生んだ過密の極地だ。田舎では過疎過疎と叫ばれ、世界では少子化少子化とうるさいのに、満員電車に乗れば、誰でもこう思うだろう。


 人間、多すぎ、と。


 特に夏場はひどい。いかに空気をエアーコンディショニングしようが、焼け石に水だ。いや、十分効果を発揮しているのは分かるんだが、この不快感はどうしようも無い。


 そして、こういう満員電車に乗っていれば、当然、目に余る行為をしている輩もいる。それは、お年寄りや妊婦に席を譲らないというようなマナーの話ではなく、もっと根本的で原初的な欲望の話だ。

 

 最近の痴漢は、タチが悪く、昔のようにガッツリと触ってくるというより、ちょっと揺れて当たっただけ、みたいな触り方をしている。不可抗力なんです、偶然なんです、という逃げ口上だ。まるで政治家のように巧妙になっている。


 ただ、そんなグレーゾーンを責めていようが、目の前で被害に遭っているであろう人物が、同級生の女子であり、さらには、片想いのあの子だったら、男であれば、行動しないわけにはいかない。


 少年は、満員電車の中を無理に動いていき、荷物をわざと身体の前の上の方に持って、スカートに当たってているサラリーマン風の男との間に入った。

 こういういかにも結婚してそうで、まともに働いていそうな奴の方が、意外と、こういうことをやるんだ。

 オタクとかは、二次元にしか興味ない、もしくは三次元の女子に電車で痴漢する勇気がないのだ。そんな勇気は、いらない勇気だがーー。

 

 そして、間に入って、痴漢のグレーな、当ててんのよ状態を妨害し、しばらくすると、山手線の電車は、停車駅に着いたようだ。


 降りる時、制服の少女は、チラッと後ろを振り返りーー、目を大いに見開いてから、サッと、視線を切って、早々と人混みに歩を合わしていった。


「え、まさか、俺ーー」


 人混みは、少年を押していき、呆然としたまま階段を登らしていった。






「ち、痴漢は、は、犯罪だよ」


 好きな人に呼び出されて、最も言われたくないであろう言葉を告げられているのは、少女を痴漢から守った三ノ宮大地だった。

 学校の屋上の風がとても冷たく感じる。

 大地からしてみれば、言いがかりというか誤解というか、もっとハッキリと言えば、冤罪だった。

 だから、当然、嫌疑を解くために弁論をするわけだ。


「俺は、痴漢なんてしない」


「でも、三ノ宮、くん、だったよね」


 少女は、恐る恐ると言っているが、確信を持った声だ。


「たしかに、後ろにいたのは俺だったけど。あれはーー」


「それに、三ノ宮くんの妹に聞いたら、兄は痴漢が好きだって」


 ちょっと待て。妹よ、その何気ない言葉が兄を荒縄にくくりつけると知ってのことか。

 大地にしてみれば、ベッドの下にすら身に覚えがない。そういう趣味のブツを集めたりはしていない。どうせ妹は、生返事で適当に答えたのだろう。


「オッケー、わかった。だが、証拠はないだろう」


 と言った瞬間、大地は後悔した。これでは、まるで探偵を前にした犯人の主張だ。『そんなに疑うなら、証拠を見せてもらおうか』という追い詰められた時の常套句。

 これは、詰め寄られるか、と覚悟していたが、なぜか、目の前の少女は、涙を流していて、一歩後ろに下がると、走って去っていった。



 まさか、先生に言いにいったのか、それとも、もっと公的な権力に直接ーー。

 とにかく、大地は、すぐに追いかけた。

 すぐに追いかけたおかげか、少女を階段の途中で捕まえることができた。格好は、壁ドンのような形になってしまったが、ここで逃がせば、大地の社会的立場が失われる。


「話を聞いてくれ」


「ーー、な、何をする気」

 

「あ、お兄ちゃん、何してーー、って、お兄ちゃん、今から告白、告白なんだよね」


 ちょうど妹が取り掛かって、はずんだ声で、近寄ってくる。

 お前のせいで、兄は今、言われもない冤罪事件に関わろうとしているんだが。まあ、ちょうどいい、妹よーー。


「なあ、羽美(うみ)からも言ってくれ、俺はーー」


「うん、お兄ちゃんは、ね、宮永先輩のこと、大好きなんだよ」


 大地は、固まった。妹が、全く状況を理解せずに、先手を打って、告白を先取りしたから。


「い、いくら好きでも、付き合う前に、痴漢はーー」


「だから痴漢はしてない。勘違いだ。俺は宮永のスカートに手を当てていた奴の間に割り込んだんだ」


「あっ、お兄ちゃん、宮永先輩を、痴漢したの。ダメだよ、いくら両思いでも、百年の恋も冷めちゃうよ」


「え、ちょっと、羽美ちゃん。それーー」


 結果、妹に振り回されはしたが、問題なく、宮永との関係を修復できたはずーー


「ダメだよ。お姉ちゃん、そんな言葉に騙されちゃ。好きだったら、やっぱり、お姉ちゃんのスカートに手を触れていたクズはそいつよ」


「あ、サナちゃん。」


 宮永の妹のサナは、大地と宮永の間に割り込んで、睨みつけるような獰猛な視線を向けてーー、すぐに羽美には優しい目を見せる。


「羽美ちゃん、どもども。ーーそれで、まあ、友達のお兄ちゃんを性犯罪者にするのは、さすがに気がひけますが、大人しくお縄についてください」


「ちょっと待って。俺はやってない」


「自首すれば罪は軽くなりますよ。お姉ちゃんはあげません」


「いや、ほんとに俺じゃないんだって」


「信用できません。たとえ、犯罪を認めなくても、疑わしきは罰せよです」


「おい、羽美。友達は選んだ方がいいぞ」


「お兄ちゃん、わたしは兄を選びたいんだけど」


 どうやら、妹はこちらの味方ではないようで。

 現在の状況を楽しむ愉快犯であるようだ。サナちゃんに、痴漢とフェイクニュースを流したのも羽美に違いない。


「とにかく、これからお姉ちゃんの半径3mに近づかないでくださいね」


「え、サナ。それはーー」


「わたしの目が黒いうちは、お姉ちゃんには近づけさせません」


 どうやら大地は痴漢冤罪の疑惑をこじらせたシスコン妹の目を掻い潜りながら、宮永との関係を進めることになるようだ


「お姉ちゃん、騙されたら、駄目だよ。年頃の男子なんかみんな身体目当てなんだから」


 おい、人聞きの悪いことを吹き込むじゃない。宮永が男性不信になったらどうするんだ。ーー面倒をみる、とか言いそうだけど。


「お兄ちゃん、なんだか面白そーー、じゃない。大変そうだねー」


 そうだった、こっちにも厄介な妹がいたんだった。

 大地は、ため息をつきながら、とりあえず痴漢冤罪にならないだけでも良かったと思おうと、自分に言い聞かせた。


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