バケツ無双
バケツだ。バケツは文明の利器だ。
バケツは殴ることもできる。バケツは相手の頭にかぶせて視界をふさぐこともできる。バケツは水をためることができる。バケツは石を詰めることができる。耐熱性のバケツはマグマをすくうこともできる。
バケツは頑丈な盾にもなる。大きなバケツはシェルターにすらなる。
ことほどさように、バケツには無限の可能性がある。
「お前は、バケツマンっ!?」
「そうだ。わたしがバケツマンだ。どんな戦場でもバケツで無双する。バケツはいい。なんと言っても、叩いた時の音が爽快だ。プラスチックではダメだ。金属。できるだけ軽くて硬い頑丈なバケツがいい」
「ぐはぁっ」
「バケツは投げることができる。バケツは重ねて、幾つも持つことができる。そしてバケツは、きちんと前を隠すことができる」
「そこは、服を着ろよ、ぎゃああああああ」
「世に、バケツに勝るものなし」
クルクルと指先でバケツを回して、バケツマンは、今日も戦場を闊歩する。
「お兄様、今日もバケツで戦っていたのですか」
「ああ、そうだよ、アカネ」
「きちんと、せめてモップを持っていって何度も言っているのに」
「俺がバケツを手にして、負けるわけがないだろう」
「そんなふざけたことを言うのはお兄様ぐらいです」
「でもね、アカネ。バケツほど自然に紛れるのに長けた道具はないんだよ」
「変質者でしたよ。モニターで見てましたが、どう考えてもバケツを持っているとおかしな場所でした」
「そうか、お前の目には、そう見えたか。しかし、終わりよければ全てよし、と言うだろう」
「もうっ、バケツの件は諦めます。何度言っても聞かないんですから」
「バケツマンの正体を知られるわけにはいかないからな」
「別にバレてもいいと思いますけど。というか半分はバレているのでは」
「妹に這い寄ってくるウジムシを、出来るだけ傷をつけずに倒せと言われて、なんとかバケツに結論が至ったというのに」
「確かに、効果的でした。主に、我が家に変態がいるという風評によって、ですが」
「バケツマンは今や、近所の子供にも大人気だぞ」
「恥ずかしい。この人が兄さんだということが。せめてモップで掃除中というような体でいてほしい」
「お前も一緒にバケツマンいやバケツウーマンにならないか」
「なりません」
お兄様が、こんなバケツ中毒になったのは、いつからだろうか。
わたしが、お手製トラップで、タライの代わりに、バケツを使ったのが、悪かったのでしょうか。
バケツに目覚める、と予測出来なかった、わたしの落ち度。打ちどころが悪かったということ。
溶岩ぐらいの温度でも溶けないバケツを買ってきた時はおどろきました。何のために、一体、何と戦うつもりなのでしょうか。鉄球をガスバーナーで炙る実験でもするつもりなのでしょうか。
お兄様の考えていることは分かりません。
妹の心配もよそに、バケツバケツバケツーー。部屋の中はバケツだらけ。そんなにバケツが大事ですか。
バケツを敷き詰めて、ベッド代わりにしているのは、本当に見てられません。
もう穴の空いたバケツに水を入れているような、のれんに腕押しなので、わたしが諦めた方が丸くおさまるのでしょう。
バケツ変態でも、別に問題はない。
たまにバケツマンになるだけなのなら。
「アカネ、学校指定のカバンより、バケツの方が持ち運びに便利だぞ」
「お兄様、学校指定のバケツはないので、即刻カバンに取り替えてください」
学校に行く前から、全くーー。
「バケツを頭にかぶるのもナシです。いいですか、バケツ教の信者でも、フルフェイスヘルメットのようなプロレス仮面はダメなのです」
「しかし、これは、もう我が顔の一部と言っても過言ではない」
「過言です。今から、脱がせますから」
スポッーーー。
カポっ。
「何で、新しいバケツが出てくるんですか」
「バケツがないと生きていけない。不安になる。バケツを持たないなんて武器を持たずに地雷原を歩くようなものだ」
「武器も地雷原では無力ではないですか。では、そんなお兄様にこれです」
「これは!?」
「折りたたみ式のバケツです」
「しかし、これは、ちゃんと銃弾を弾けるのか。貫通しそうだが。何枚か重ねて使うのか」
「はーい、お兄様、学校に行きますよ。ちゃんとシューズを履いてください。それはバケツですよー」
「テロリストだ。手を上げろ」
大変です。学校が「テロリストだ」と名乗るトンチキな人間に襲撃されました。
「テロをしたい。テロだ。とにかくテロテロだ。テロルのテロ」
何が言いたいのか、さっぱり分からない。ローンウルフが悲しく、自作の銃を構えています。
世の中には多様な人がいっぱいです。
「アカネっ!!大丈夫か。バケツマンだ」
やめて、わたしのお兄様がバケツマンだって全国規模の放送にのってしまう。そうしたら、もう、恥ずかしくて、外を歩く気にならない。
「死ね、オラッ!」
テロリストだと名乗る変人は、バケツを被った変人に銃を撃ちました。
キンッーー。
「甘いな。それは空のバケツだ。はい、ズドン」
バケツマンは銃弾を、残像バケツでかいくぐり、バケツを相手の頭にクラッシュさせました。
「ぐはぁっ、ま、前が、前が見えねー」
「それが己の、心のバケツの暗さだ。バケツトラップ」
お兄様は、水を溜めたバケツを相手の足元に仕掛けました。
ガタっ、バシャァアアアアア!!
「やるじゃないか。水バケツを回避するとは。しかし、バケツは、共鳴する」
お兄様は水の音で驚いた相手が前につんのめったところに、左右にはめたボクシンググローブバケツで、相手の頭部を強打。左右からバケツをバケツで殴られて、気絶するように、相手は膝を折った。
「バケツは、銃よりも強し。では、さらばだ」
お兄様は、そう言って、去っていった。
「おっと、すまない。これを置いていく。このバケツはすぐに固まる液体を詰めているから、そいつの足と腕をつけておくといい」
お兄様はアフターケアを忘れないようだった。
「みんな、安心してくれ。怖い想いをしたやつは、バケツを被れ。バケツを被れば怖いものなどない」
「ねえ、あれって、お兄さんでしょ」
「ちがいます」
「でも、バケツじゃ、声は変えられないし」
「お兄様があんな変態なわけないでしょう」
ああ、恥ずかしい。やっぱり誰にも知られたくない。
なんでバケツなんですか、よりにもよって。
他にもあったでしょう、きっと。
身近に武器になりそうな文明の利器が。
「ううっ……頭が痛い」
「どうした。吐きそうか。バケツがあるぞ」
「お兄様のせいです。ああ、わたしのスクールライフが」
「どうしたんだ。テロリストはバケツでやっつけたじゃないか。はっ、技が地味すぎたか。バケツ大車輪で、バケツを回しても水は落ちないのだよクラッシュの方がよかったか。しかし、教室が水浸しにーーいや、でも既に、バケツトラップで水浸しだったか?」
「お兄様、ちょっと、バケツに水を入れて、廊下に立ってきてください」
「わかった。アカネ、俺は頭にも、バケツをのせてみせよう」




