リセットする世界
「バレンタインなんてやめた方がいい。ああいうのは、お菓子業界の策略だし、男も女も面倒なだけだろう。だいたい聖人ヴァレンタイン某の公開処刑の日は黙祷でも捧げている方がーー」
若者は色々なものから離れていっているんだ。年賀状もお歳暮もハロウィンもクリスマスも、何もかもやめた方がいいに決まっている。地球に優しく、エコを考えるならば、結婚式も夏祭りも正月も、やめた方がいい。
今は、何もかもやめるのが流行りーー断じて経済力がなくなったわけではない、新しい生き方だ、ニューノーマルだ。断捨離とかミニマリストとか、最低限の関わりに縮小して、それぞれ好きに生きる。飲み会も葬式もやめて、人間関係のストレスをゼロにするのが当然。よって、学校行事もナシにして、運動会とか文化祭とか参観日とか、意味不明な習慣は全て悪しきものとして取り払う。それが、現代というものだ。何も押し付けられない。全てはボランティア精神のような自己発露で行うべき。常に、それは必要かどうかと問い、削減・節約できないかを、つつき続けるべきなのだ。成人式も同窓会もいらないだろう。還暦の祝いも七五三も花見も、何もさ、いらないだろう。
だいたいクラスで馴れ馴れしくせず、お互いに距離をとって、〇〇さん、と呼び合い、問題を起こさないのが昨今の常識。衛生的にも、手作りチョコなんて論の外。食中毒問題が起きたらどうするんだ。
「ただの嫉妬でしょ」
にべもなかった。にべってなんだ。
あー、魚の名前なんだ。スマホ便利だなぁ。
「義理チョコあげるのも面倒だよなー」
「そうだねー。でも、めんどくさいのが人生ともいうし」
何もしたくない。無気力こそ人生。他人の活力も見たくもない。やる気、モチベ、無駄に見せないでくれ。そういうのは、周りが見えてないからできるんだ。頑張ったら、周りも頑張らないとなる。付き合わされる。死んだ魚の目が、社会の常識だぜ。生き生きしたリア充を見るのが苦痛な人もいるから配慮してください。空気を読め。
「親ガチャから反出生主義へ。生まれてきたことが間違っている」
SNSには日々新たな用語が追加される。毒親、親ガチャ、国ガチャ、片親パン、チー牛ーー、ああ、もうはにゃぴえんです。
「こじらせてるね。要するに、モテないからでしょ」
「チートがないと、生きていけない。チートが欲しい。もしくは、石油か温泉を掘り当てたい」
総合して、楽に生きたい、楽して生きたい。努力したくない、動きたくない、他人に付き合いたくない。異世界でスローライフしたい。転生したい、そしてキャラメイクの自由が欲しい。イケメンで運動神経がいい、完璧超人になりたい。
「じゃあ、チョコレート作ろうか、一緒に」
「なぜ、そうなる」
「暇そうだし。ネットとかで、アンチ恋愛botみたいな発言するよりマシでしょ。青春とは思い出を作るためにあるのだ。日がな一日、スマホつつくよりマシだよ」
パワフル美少女人生肯定型。陽なる者に逆らえず、今日も今日とて、流される。ああ、僕は無力だ。どうせ私なんか系女子のように流されます。社会とは流れに身を任せることが大事。大局に逆らわず、ただ流される中で藁を探す。
バレンタインデー前日に、女子と一緒にお菓子作りする男。男子禁制とかではないのか。
「さて、本日の3分クッキングはーー」
「チョコが3分でできるわけないでしょ」
異世界転生したらチョコレートチートを使って、なんて甘いお菓子なんだとカカオ無双するんだ。そのためには、おもむろにアイテムボックスからチョコを出すしかない。完成品をな。カカオの木を育てている暇はない。
「あらかじめ湯煎しておいたチョコを型に入れて、冷蔵庫で終わりじゃないのか」
「あなたの作業量なさすぎでしょ」
「ああ、チョコをハンマーで砕いて、電子レンジで完成か」
だいたいのものは、熱湯を入れるか、電子レンジにかければ完成する。それが楽をするために進化した人間の終着点。ボタン一つで解決することが大事だ。だから、絶対押してはいけないボタンポチッと。
「茶色の絵の具を食べさせるよ」
手作りチョコの闇。やっぱり一緒に作らないと危険だな。何が入っているか分からない。五寸釘とかインしてるかも。ペロり、青酸カリでは目も当てられない。
「どんなに時間がかかろうとも、美味しいチョコレートを作る所存であります」
「よろしい。何か作りたい希望とかある」
「今から言って、作れるの。材料とか」
「なければ、買いに行かすから安心して」
なるほどなるほど。シンプルかつシンプルかつシンプルなものがよさそうだ。余計な装飾のないスタイリッシュで雑味のないスムースでナチュラルなものがいい。かつエレガントで上品で滑らかで、ほんのりとビターと甘みを感じる洗練されたチョコ。
「板チョコ三層重ねーーホワイト、ビター、ミルクの共演」
「バカ」
シンプルな暴言が帰ってきた。芸術点が低いよ。
「ガッツリ系は男のロマンだ。大丈夫、ちゃんと接着するように少し周りを溶かしてだな。ガスバーナーある?」
「お菓子づくりをプラモか何かだと思ってる。どんぶりで、全部上に乗せて終わりじゃないからね」
「板チョコバーガー」
「……はぁ、何が違うの?」
「パンで挟む、当たり前だろ」
常識で考えろ。
「せめてチョコクロワッサンとかにしないの」
「よし、買ってこよう。材料を」
「なぜかしら。現物で来そうなのだけど。まともなチョコのお菓子の名前が出てきそうにないし、フォンダンショコラとかにする?」
「生チョコじゃないのか。もしくはタイル状のクッキーとか、難しいカタカナお菓子分かんない」
「生チョコも作るけど、クッキーが食べたいの?」
どうやらお菓子は一つで終わらないようだ。
「手作りクッキーも、一つの男の夢」
「男の夢って小さいね」
「これは大きい。大きい夢なんだ。大きいんだ」
「あ、そう。デカい一枚のクッキーでも作ろうか。美味しくないだろうけど。バケツプリンとかは?」
「バケツプリン……ジャンボパフェと並び三大夢のお菓子」
大は小をかねる。今までのお菓子は、1/72のお菓子サイズだったと気づくのだ。
「あと一つはなんなの。お菓子の家とか」
「巨大シュークリーム、いやジャンボクレープも捨てがたい」
「今、思いつきで考えてるでしょ」
「今、今、考えてるんだ。考えるとは、常に現在、今、ここ。そうではないと、暗記して思い出しているだけだ」
「暗記しておいてくれないかな。レシピ通り作ってね。アレンジせずに」
「フォンダンショコラのかんせーい!」
「さっそく食べよう。食べるために生まれてきた」
「え、いるの?」
「いるいるいるいるいるいるいるいるいるいるいる」
「分かったから、黙ってね」
しゅん。
マドレーヌになりたい。
「そこまで落ち込まなくても。冗談だって。アンチバレンタインしてたのに」
「アンチとは、いつも反転アンチなのだよ」
「なにそれ」
「裏切られた期待の末路。助けるのが遅かった勇者に八つ当たり」
「わたし、毎年あげてるんだけど」
「お姉ちゃんは数には含みません」