監視の内在化した世界少年の悲哀に満ちた世界の片隅に今日もただ赤い文字が点々と落ちていく
いつも、誰かに見られているような気がする。
その目、誰の目ーーとか思うわけもなく、過ごしているわけなんだけど、どこか僕は僕という人形を操っているような気がする。
これをしたら、いけないのではないか。
想像力がないんだよ、という批判。
やる前に、もっと考えろ。
もしかしたら嫌がるかもしれない。
つまりは、結局は、畢竟。
僕を見ているのは、僕だ。
実存的な欲求を封殺する程度には、コミュニティツールによって、あくなき普通の世代を演じている。
経験のない鳥籠で、僕はただ紙の上の試験に釘付けだ。
「おーい、最後まで寝るなよ。ケアレスミスがあるかもしれないぞ」
試験の先生の注意を受ける生徒たち。
僕は、ああ、分かっている。このままでは赤点だ。
僕にはフロー体験が欠けている。
どこか、上の空で、何もかもを俯瞰している。
自己犠牲だって、できそうなのは、僕が僕を操っているだけだからだ。仮宿、うたかた、日本人的人生感。ただ過ぎ去るのみ。
時計の針が進んでる。
基礎が大事と、ずっと同じようなことをしている。
学校って退屈だなぁ。
でも、僕は、きっと、不登校にもならず、平凡な日々を、平凡に過ごすのだろう。
ああ、人生の前半に、ここまで椅子に拘束されるのは有史以来初なのではないだろうか。
若い人が、足腰が弱くなるのも当然じゃないか。
僕は、監視している自分の存在を忘れられない。
僕は僕を見つめている。
そして、僕はいつも僕を止めている。僕は僕を静止するためにある、一つの白い存在なんだ。
なぁ、今、天井を向いている生徒は何人いるんだ。
僕は椅子と机という一つの土地だけを占拠して、後ろも振り返ることもできず、かじりついていないといけないのか。
それで、いつか報われる日が来るのだろうか。
それとも、見返りを求めない精神とか説教がとんでくるのだろうか。メリットデメリットではないとか、コスパ思考ではいけないとか。
いうて、自己犠牲だから、僕はできそうだけど。
労働という単調なものが、学校という単調なものの後にやってくる。世界は秩序でできていて、それは、つまりは単調さだ。そして、それを産むのが、複雑な人間の心への配慮という言い訳。突然性、不確実性、偶然性、そんなもののない単調なもの。
明日と同じような今日が続く。今日と同じような昨日が続く。12月と同じ11月がある。季節も忘れて、何もかも適温になって、ずぅーと何も感じない。
自己コントロール。
思春期の間に、人は予測可能になる。赤ん坊と違って、全体的に均一になって、文化を受け止めて、社会を習い、規則を知る。歩いてくる人間は、どこにでもいるマネキン人形の一つで、僕は自分をゆっくりコントロールして傷つけないようにそっと距離を維持してあげる。他人との距離感という魔法のプライベートゾーンを理解して、僕たちは薄膜を張って、他人と他人の世界を、少しの間を開けて隔離しておく。適切な距離。嫌っているとも好いているとも思われない間。
僕たちは自由というものをほんの少し手放すのに慣れる。感情の動きがなくなってーーなくさないといけないものになって、痛みも我慢していく。この人生は、仮初で、少しの間、人生に関わって、通り過ぎる。通りすがりの人間は、世界を出来るだけそのままにしておく。タツトリアトヲニゴサズ。
環境をそのままに、文化をそのままに、人間関係をそのままに、保護というものをするための人間。すべてを変化させないようにする。
変化しないように努力する。僕たちは生まれて生きて散骨される。無に消えることが一番で、生きていないように生きている。
罪という概念、奴隷という一生、そのところまで、あと一歩なのに、その手前で、生という快楽を、歌っているようにする。楽しみという演技、青春という演技、楽しいという妄想。勘違いの連続。
触れないようにする。自然に触れないようにする。美しいものに触れないようにする。触れてはいけない、傷つきやすいから。
傷つけられた、という声が、どこでも叫ばれる。ああ、僕は、そこまで考慮できないなぁ。僕は神様ではないから。全知全能ではないから。やってみないと分からないときもある。失敗しない方法は何もしないことだ。
車に乗らなければ。事故を起こさない。
他人と関わらなければ傷つけない。
僕は僕を監視している。
試験の時間が終わって、意気消沈している生徒たちを眺めてーー僕はモニターの世界に逃げ込む。スマホをつついて、話しかけないでくださいというアピール。
クラスの箱の中で、誰も関わることはない。どのみち誰も誰とも関わろうとはしていない。だって、そうだろう。個人情報がプライバシーが、僕は、僕とこの人たちの間に、きっと不審という言葉を置いている。
誰が、誰と関わっているのかも分からない。そういうところで秘密警察のように、情報が回る。僕が話したこともない人間が僕の噂話をしている。何が面白いのかも分からない。けれど、ただ人は情報を交換する楽しみから逃げれないから無意味な情報は、ノイズとして、バグとして、そこらじゅうに散らばる。散らばるだけ散らばるけど、情報本体には触れる人はいない。情報の本体、人間が好奇心を持つ情報の本体は、人間なのだから。けれど、リアルは触れてはいけないから、常に文字とか声とか、間接情報を一次情報として、歪んだ二次情報へと変換する。歪み切った情報をもとに、リアルを再構成する。
全く違った実在が、そこにあって、僕たちは僕たちとは違ったキャラクターを得る。キャラクターは、一人歩きして、僕は遠い存在となった僕という監視対象を二重に得ることのなる。
僕は、ここで、僕という僕と、僕という再構成物、人間の間にある人間存在、しかるに、僕個人という集合体を得る。
ざっくりと、終えた試験の後に、試験が続き、試験は終わり、僕は次の、明日の試験のために準備する。試験は、何をテストしているのだろうか。一番鍛えられるのは、従順さだろうか。僕はテストを真面目に受けているわけだから。何度も何度も、名前を書いて、問題を解いて、採点されて、ゴミ箱に入れる。無意味な作業に耐える訓練。絶望的な回数繰り返されて、人は精神病になる。学校という訓練が、何度も同じ、何度も同じ、何度も同じ、ゲシュタルト崩壊するような言葉の、同じような繰り返しに、人は幼少期の記憶を虚にしていく。どんどん青春はたち消え、若い日の記憶もなくなり、何もかも失った人間の模造品がただ仕事という価値を信じて、生きていく。
仕事という哲学。資本主義と社会主義が掲げた価値。労働者こそが仕事こそが、すべてである。そして、時間は管理されていく。最適化した結果、僕たちは生命を忘れ、恋愛を忘れて、増えることを忘れてーー。
増えない僕らは、ただ人生の前半期に何もないから。
暗いという言葉が、人生の前半を覆う。世紀末のガスが、充満していて、どんよりと不快感を与える。
でも、僕たちは、ただ仕事という言い訳でしか、コミュニケーションが取れない存在になったんだ。
用事がないと話したらいけない。時間とは仕事であり労働であり、休息だ。休息は労働のための準備時間だ。
でも、僕は何もしてはいけない。
僕は話しかけてはいけない。
なぜなら、話しかける理由がないから。
理由がない場合、それは不審者だ。
僕は、警戒という人間の嫌悪感に、礼儀をつくさないといけない。人はそれを炎上と呼んで、僕たちはいつも他人に配慮する。
話しかけてはいけない、関わってはいけない。
僕は監視している。僕に干渉するのは仕事か政府か統制か管理か。
校則というものならば、どんな理不尽でも聞く人間たちも、クラスメイトのたった一つの願いもきくことはない。
僕たちは学校に、三年間尽くすことができるけど、クラスメイトに5分も関わりはしない。
ただ、僕たちはぼうっと1日を机というテリトリーで過ごす。何もいない。そっと消えても、誰が消えても、何も起こらない。
ドラマのように事故死した友人に涙する光景なんて、ドラマの中だけに収まってしまった。誰もいない空間に強制的に存在する。
カテゴリー化された人間たちは、何もしないために集められて、象徴記号、ただ目の前の紙に集中するように言われる。他人に関心を持ってはいけないよ、それはデリカシーがないから。
心の中で自制をかけ続ける。
僕は、何も思い出を持たずに、学校を出て行く。刑期を終えた囚人が、二度と集まらないように。関わりは悪で、どんな関係も存在してはいけない。ただ仕事上の関係だけが存在している。仕事という網の目の中に、生徒として組み込まれている生き物だから。学校の中だけで、終わるようにしないと。学校外ではあくまで他人なんだ。
「と、お兄ちゃんは試験結果の悪さを、ごまかす詭弁を頑張って考えているのですか」
「僕が赤点になって、反省文まで書かされている状況について」
「反省文って未だにあるんですね。道徳の時間の作文並みに謎です」
「僕はね、道徳なんてものに縛られる哀れな存在にならないように、頑張っている。論語を燃やして、ニーチェを読む」
「燃やす必要なくない。資源の無駄だよ」
「孔子のせいで、僕は漢文の勉強をするハメになったとこじつけているからね」
「でも、これって反省している人の文章なの」
「試験や学校という問題の深淵さのために、試験問題自体に集中出来なかったことを間接的に示しているだろう」
「うーん、よく分からない文章。まぁ大学生も語尾と主語が合ってない文章を書くらしいし、こんなもんしょね、厨二病患者は」
「勉強したくない勉強したくない勉強したくないーー」
「すなおー」
「だいたいクトゥルフ神話もフラケンシュタインも、相対性理論もやらないのに、何が勉強なんだ。丸暗記系科目は絶対に、嫌がらせだ。絶望的な時間の無駄。将来、なにで食っていくつもりなんだ」
「少なくとも、現状、文章や語学では食えなさそう」
「理系こそ志向」
「というか、わたしの机で書かないでよ」
「今、俺の机は、救えない状態だから」
「一夜漬けしすぎ」
「悪いな。片付けに勉強中に逃げる兄じゃなくて」
「もっと大胆に逃げてーー、いや逃げ遅れたか」
「追試があるんだ。反省文なんてすぐに終わらせないと」




