レンとミクの双子の日常1-10
中学2年の夏休み。
お隣に住む幼馴染のレンとミクは、今日も俺の家に来ていた。距離の近い二人で、まるで男友達のような気分で、3人で対戦ゲームをプレイしていた。
二人とも第二次性徴をしているのだろうが、両方とも出るところは全く出ていない。引っ込むところは引っ込んでるけど。
「ソーヤ、夏休みの自由研究どうする?」
ゲームで、先に倒れてしまったレンが、こちらの膝を枕にして、話しかけてくる。
「小学校のときみたいに、共同でやってもいいみたいだし、何か考えるか」
「何かアイデアある?」
「セミの成長記録」
「それ、4年生でやったやつだね。使い回し、私たち、中学生だし、そろそろもっと大人なチャレンジがいると思うんだけど」
「コーヒーの淹れ方の違いによる成分の抽出度合いの差」
「なに、それ。そんなのつまんない」
「ああ、そうだ。双子の成長の違いとか」
「ううん?そ、れ、は、どこの違いを言っているのかなぁ」
あ、やばい。
二人とも、俺から見ると、全く違いは分からないほど、ぺったんこだけど、微量の差があるらしい。
俺の脇腹を、ぐりゅぐりゅと手で鷲掴みにされる。手元が滑ってーー、対戦はミクの勝利となった。
「よし、これで、わたしの勝ち越しだね」
「ミクは、負けず嫌いだなぁ」
「お姉ちゃんは、もう少し、必死にやってよ」
「ええ、本気だよ。二人とも上手くなりすぎ。隠れて特訓でもしてるの」
「てか、お姉ちゃん、どこに、頭を置いてるの」
「ソーヤのひざぁ」
「敗者は、向こうで丸くなってなさい」
「ソーヤ、ミクがいじめる。家庭内暴力ってやつだよ。言葉の暴力だよ」
「はいはい、で、ミク。何か夏休みの自由研究のアイデアはないか」
「無視されたっ」
「うーん、さっき双子の成長差とか言っていたけど、それでいいんじゃない。50メートル走とか体力の違い測ってみたいかも」
「えー、そんなの疲れるだけだし。マッチョ願望のある体育会系ミク様に勝てるわけない」
「普段から運動しないからでしょ。遺伝子が同じなのに、体脂肪率だってーー」
「わー!!乙女の秘密!!」
「日頃の環境の差が出ない違いを測った方がいいのか。お互いが初めてやることで、どれくらい上手くできるか。楽器とか?」
「たしかに、二人とも習ったことないけど」
「夏休みの間で、変わるかな」
「脳トレ的なパズルの解くスピードとか」
「お姉ちゃん、ネット将棋とか四段だよね。わたし、一段ぐらいだけど」
「やっぱり、もう差が出始めていて、測れないか」
「きゅっぴーーんっ!」
「わっ、お姉ちゃん。突然、起き上がらないでよ」
「気づきました。わたし、いいことに気づいた。バスト・アッップッ!」
「へ?お姉ちゃん」
「揉まれたら大きくなるって聞くけど、本当か、それを確かめよ。ほら、今は、きっと普段の生活でわたしの胸の方が……だけど、ソーヤに揉んでもらえば、勝てるはず!いや、絶対勝つ。夏休みで、ミクの胸のサイズを凌駕してみせる」
「あのー、お姉ちゃん。倫理的に、ダメでしょ」
「わたしは、別に、ソーヤにだったら、揉まれても、大丈夫だし。ミクは、なにもしなくてもいいんだよ。それとも、同じ顔している人が揉まれると意識しちゃう。全く、思春期だなぁ」
「と、とにかく、ダメに決まってるでしょ。む、胸を揉ませるなんて。そんなにやりたいんだったら、わたしが揉んであげるから」
「えー、でもぉ、好きな人に揉まれないと効果がないって聞くし」
「……」
なぜか、ミクの方が顔が赤くなっている。
なんだ、これ、告白か。
「まあ、他の案で行こう」
自由研究に、そんなの出せるわけないだろ。
夏休み、最後の日。
当然、自由研究は、穏便なもので済ました。
某アニメの口噛み酒を作って、観察記録しました。
レンが先にやってきて、また、対戦ゲームをやっていた。負けても、気にしないルーズなプレイスタイル。
しばらくすると、ミクがやってきた。
レンは、俺の膝を枕にしていた。
レンは、ミクの方を器用に首を傾けて、見つめて。
「ミク、大きくなった」
ぺったんこだったはずの胸。でも、今は仰向けで、ピッチリと胸のラインを強調している。
まな板が、おちょこレベルになっていた。
「え、えーーーー!!」
「ふっふっふ、実はソーヤと、隠れて、裏の自由研究をやっていたのだ。どう、うらやましい」
「ど、どういうこと!?ふ、二人は、まさかーー」
「乳繰り合った」
事もなげに、そういうレン。
ミクは、入ってきたドアから走り去っていった。
「おい、レン。本気にされたぞ」
「えー、こんなのに黙されるとは。うちの妹ながら、心配」
レンはそう言って、胸からおちょこを出す。
まあ、パットなわけだが。下に水着のビキニを来て、パットを入れていただけだ。
「まあ、ソーヤ。追いかけていってあげて。どうせ隣の家にいるだろうし」
「はいはい」
まさか、こんな冗談にミクが気づきもしないなんて。普段なら、怒りながら、服でもまくりあげそうなのに。だいたい、唐突に大きくなるものじゃないだろう。
脳トレの絵が少しずつ変わるゲームでもないし、気付くだろう、普通。
お隣に入る。鍵もかかってない。そのまま自分の部屋に直行したのかな。まあ、鍵は合鍵をもらっているけど。レンもミクも二人とも、こっちの鍵を持っている。
「おーい、ミク。入る……ぞ」
ミクが裸で鏡に向かって、胸を触っていた。
「ごめん」
ドアを閉じた。
「待って。違う、違うから。ただ、バストの確認をしていただけだから」
バストの確認とはーー。
どこかにホクロがないか、とか。
「ソ、ソーヤ」
「はい」
「お姉ちゃんの胸、揉んだんだよね」
「えっと」
「わ、分かってる。でも、それだったら、ちゃんと、わたしの……も大きくしてよ」
「はい?」
「わたしの……、揉んでって言ってるの」
ミクは地面とお話ししているようだ。
下を向いて、声もか細いから、肝心のところが聞き取れない。
いや、予想はつくけど。予想外であって欲しい。
「わたしのおっぱい、揉んでっ!」
目をつぶって、胸を大きく張るミク。
張るほどの胸はないのに。
「……す、好きな人に揉まれないと意味ないらしいぞ」
「べ、別にいいから。お姉ちゃんに効果あるなら、わたしにだって、効果あるはずだから」
「ひゅう、ミクちゃん、だいたーん」
「お、お姉ちゃん」
「ち、違うよ、これは、あくまで胸を大きくしたいだけで。ただ純粋にお姉ちゃんに負けたくないっていう気持ちでーー、あれ、お姉ちゃん、胸は?」
「あー、こぶとりじいさんに取られちゃった」
「こぶとりじいさんで、こぶを取るのは、鬼だから!」
「で、早く胸、揉まないの?ソーヤ」
「揉むわけないだろっ」
「揉ませません」
「えー、じゃあ、ソーヤ、わたしので、自由研究しよ」
「それも、ダメだから!」
2
「みて、ミク。ほら、巨乳」
「ボールでしょ。出しなさい」
「うう、バレたか」
「同じ手は通用しません。それに、デカすぎだから」
「ソーヤは、どっちがいい。これか、あれか」
「ボールとわたしの胸を、指差さないで」
「ええっと」
「ほれほれ、いいなよぉ。じゃないと、ベッドの下、探っちゃうぞ」
「お姉ちゃん、今時の男子は、ネットであさってるから、スマホをおさえないと」
「なるほど。スマホ、見せて」
「ほら」
「ミク。どうしよう、男らしい。自分の性癖の前に、壁を立てない。隠し事のない関係っていいね」
「ロックかかってますから」
「大丈夫、大丈夫ーー、ほら、開いた」
「えっ!?」
「なに、焦ってるのかなぁ」
「いや、レン。そのスマホを返すんだ」
「ダメェ。ほほぅ、金髪で、ロリで巨乳。業が深い」
「ソーヤ、そんな趣味がーー」
「あるかっ!おい、レン。実は解除できてないんだろ」
「えー、そうかなぁ。どうだろうなぁ。ソーヤは、スレンダーで、ショートカットの子が好きなんだよね。健康的な身体にエロスを感じてそう。うわぁ、体操服とか、スク水だ。こういう子が好きなのかぁ」
「ちょっと、わたしにも見せて」
「ええ、こんな写真、持ってるの」
「どう、この子、可愛くない」
「うん、可愛いけど。自分で言う……」
「待ち受けにしとこ」
「おい、そんないかがわしい画像はないはずだぞ」
「はい、どうぞ」
「は?」
待ち受けに写っていたのは、レンとミク。
運動会で、一緒に撮った写真だ。何かの競技の後で、汗をかいているけど、活発そうにしているのはミク。意外と運動の時は、元気溌剌になるから。普段は冷めてそうなのに。
横で、悔しそうにしているのは、レン。おそらく負けたのだろう。なんの競技だったのか。
「どう、犯罪者っぽい」
「どう考えてもカメラ目線だし、いかがわしくないだろ」
「ソーヤ、消して。恥ずかしい」
「えー、ミクの可愛い写真は、いっぱい残しておかないと。最近、撮らしてくれないし」
「だって、最近、お姉ちゃん、おじさん臭いし。変なアングルから撮ろうとするし。下着姿を激写とか言ってくるし」
「今度、ソーヤに送ってあげるね」
「そんなことしたら、絶交だから」
「えー、ミクがつめたーい」
レンがこちらに抱きついてくる。写真の頃から、ほとんど成長がない姉だ。妹の方は、もう少し女子的な感覚を身につけ始めているのに。
「お姉ちゃんっ。ソーヤも簡単に抱きつかれないで」
「ほっほっほう。姉の特権だよ」
「レン、重い」
「オモッ!」
「重いだって、運動してないからだよ」
「筋肉の方が重いから。ミクの方が重いんじゃない。それに、そんな筋肉質な身体で抱きつかれたら、固くて、仕方ないでしょ」
「わたしの方が、重くないから。それに固くもない普通。適度な身体。くびれもなさそうなモチモチお姉ちゃんとは違うの」
「ソーヤ、どっちがいい」
「二人で抱きあっていればいいんじゃない」
「ミク、ウェルカーーーム!」
「ちょっと、ソーヤ!」
「さあ、ミクちゃん。二人で百合の世界を構築しようじゃないか。あ、ソーヤはカメラマン、よろしく」
「はいはい」
「撮るなぁあああああっっっ!!!」
3
「ミークちゃん」
「なに、お姉ちゃん」
風呂場からのレンの声に、ミクは歩いて行く。
風呂場のドアをノックする。
「呼んでみただけー」
「……」
「うそうそ、冗談だって。服貸して」
「お姉ちゃん、洗濯物部屋に溜めずに、出しなよ」
「いやぁ、夏が暑くて」
「それが理由になるの」
「だって、薄着だし。困っても、すぐに、ちょろっと借りれるでしょ」
「だらしないから」
「ミクだけだよ。わたしが服借りーー、あ、ソーヤに借りてこよ」
レンがバスタオルを巻いて出てきた。
「待って。服を着て。ーーじゃない。ダメに決まってるでしょ」
「えー、幼馴染だし、大丈夫だって。それに、わたし、スレンダーだし」
「そんなにぷにぷにして、スレンダーはーー、ものは言いよう?」
「ミクちゃん、乙女の純情を」
「乙女は、洗濯物をためたり、男の子に服を借りに行ったりしないと思うけど」
「ぐぬぬ、ま、いいから、服をお恵みください。ミクミク大明神様」
「ハイハイ。持ってくるから」
「変な服はやだよ」
「ハイハイ」
「で、レンは、そんな服を着ているのか」
ミクは、ソーヤの膝に頭を乗せて、ピンとTシャツのプリントを見せる。
ソーヤとミクは格闘ゲームをしながら、レンの会話につきあっていた。
「センスないよねー」
「か、可愛いでしょ」
「もう中学生だし、こんなキャラクターのTシャツは……ミクちゃん、少女趣味。あ、乙女、クスッ」
「もう貸してあげないよ」
「あ、わたし、あれやりたい。裸Tシャツ。ぶかぶかの、長いので、おばけみたいにーー」
「俺は、そんなデカいTシャツは持ってないし、それからYシャツな」
「ああ、どうりで。調べても、変なマッチョなプリントのシャツばかり出てきたわけだぁ」
「で、ソーヤ的には、どうなの。やっぱり、グッとくるの。ニーソもつけた方がいい」
「俺を、変な性癖を持っているヤバそうなやつにするな」
「えー、大事なことだよ。告白の文化。男女は、こうやって仲を深めるだよ。わたしだったら、ミクちゃんの裸にクリーム塗って食べたいもん」
「お姉ちゃん、ちょっと待って。わたしの身体でなにをするって言った。今、わたしにフォンデュするって言った?」
「ソーヤ、最近、うちの妹が怖い」
「それは、お前が、最近、怒らせているからだ」
「でも、クリーミィーミクちゃんは美味しいと思う」
「それはーー」
「変な想像しない!!」
格闘ゲームのキャラがぶっ倒される。
ミクの勝利。
「大丈夫。お触りは禁止だよ。ちゃんとクリームにしか触れないから」
「お姉ちゃん、わたしは、そんなところを問題にしていない」
「えー、あ、ほらほら、敗れた方のキャラの服とかボロボロだよ。あんな感じでもいい。ミクちゃん、コスプレ大会」
「ふーん、お姉ちゃんもするなら、やってあげてもいいけど〜」
「え、ほんと!」
「嘘」
「ソーヤ、二人の双子コスみたくなーい」
「腰に抱きつくな。こそばいだろ」
「ソーヤも、こんなキャラクターTシャツの双子コスじゃ、満足できないでしょ」
「制服で十分でしょ」
「えー、もっと、非日常性がいるよ〜」
「ソーヤは、どんな服が好き?ナース、看護婦、それとも看護師」
「お姉ちゃん、それは、一緒じゃない」
「二人とも好きな服を着ればいいさ。双子でも、趣味は違うだろうし。あと、俺はナース属性はない」
「じゃあ、裸Yシャツで!」
「お姉ちゃん、それは駄目。まともな服にして」
「ビキニアーマー?」
レンは、ゲーム画面のキャラを指す。
「あれは、まともじゃない。もっと防御力高そうな服で」
「そうだ、ソーヤの服の確認もしよーと」
レンは、クローゼットを開ける。
「あれ。これ、わたしの服?そっか、ここに置いていったのもあったか」
「ちょっと待って。それは、どういう状況?」
4
「ジャーン、メイド服のミクちゃん」
「なんで着てるの?」
「お姉ちゃんに、ボードゲームで負けた」
「いやぁ、眼福ですなぁ。みっくみくにされちゃう」
「うう〜、恥ずかしい」
「どこからメイド服なんて持ってきたんだ」
「え、ソーヤのお父さんが持ってたけど」
「うん、家族会議だな」
「ええ〜、ソーヤも、こういうのは好きでしょ。清楚な中にも、色気があって、汚しちゃダメだよ。で、ミクちゃん、メイドとして、言うことは」
「お、おかえりなさいませ、ご主人様」
「いい、すごくいい。テンプレな言葉が、ここまで破壊力があるなんて」
「ミクは、どうして、そこまでしてるんだ。何を賭けあったんだ」
「私のお昼のオヤツ。限定品でね、なかなか手の入らないんだ、これが。ミクちゃんが食べたそうにしていたから、私がゲームに勝ったらあげるよって」
「ああ、かわいそうに」
「ええー、わたし、ゲームに勝ったけど、オヤツあげたよ。お姉ちゃんらしい優しさに溢れてるよ。慈愛の姉だよ」
「お姉ちゃん、このメイド服、スカートの長さがおかしくない」
「のんのん、長いと邪魔でしょ。最近のメイドさんは、それぐらいだよ」
「最近は、メイドは、もういないんじゃないか」
「それに、スパッツ履いてるから、見られても大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!!」
恥じらいレベルが、根本から異なるようだ。まあ、レンの方が、かなりフレンドリーな性格だし。今も、俺の肩に乗っかってきてるぐらいだ。
「それでね、ソーヤには、メイド服レンちゃんと、スーパーに買い物に行って欲しいんだけど」
「なん、だと」
「だって、ミクちゃんが、このメイド服を脱ぐために勝負を挑んできたから」
ああ、ギャンブルの沼にハマってる。
「俺まで恥ずかしいじゃないか」
「じゃあ、このミクちゃんを一人で行かす?わたしだったら、絶対に、痴漢する。確信があるね」
「絶賛、今してないか、それは」
「わかった、わかった。行ってやるよ」
「わー、ソーヤ、カッコいい」
「で、ソーヤは、何をつけてるの」
「え、仮面。さすがに、俺は顔を見られたくないし。スーパーに二度といけなくなりそうじゃん」
「大丈夫大丈夫。また、ソーヤとミクが変なことしてるぐらいにしか思われないよ」
「それは、誰のせいだ」
「え、わたし」
「自覚があって、よろしい」
「執事服が、ここに準備してあります」
「いったい、どこから」
「え、ソーヤのお父さん」
5
「ミク、大好き」
「ちょっとお姉ちゃん、なに、媚を売ってるの。ちゃんと買ってきてよ」
「ごめんって、プリンの一つぐらいいーじゃん」
「ダメ、この前も、そう言って、忘れてたんだから」
「細かいこと気にしてると、シワができるよ。双子だし、わたしが食べても、ミクが食べても同じでしょ」
「同じわけないです」
「プリン食べてもプリンみたいな胸にはならないよー」
「そんなこと求めてプリンを食べてないから」
「うぐぅ、ミクちゃんのイケズー」
「ほら、ただのコンビニのプリンなんだから。コンビニなんてすぐそこでしょ」
「だったら、ミクが自分で行けばいいよー。ダイエットにもなるし」
「お姉ちゃん、今、お姉ちゃんの体重、わたしより、2キロ上だよね。重いはずの筋肉量はわたしが上なのに……」
「ミク、腹筋見えてるの、すごいね」
「おだてても行かないから。というか?女子への褒め言葉じゃなくない」
「えー、実際、綺麗だよ。わたしより、くびれもあるし。ほんと、抱きつきたい。わたしは、このくびれを守るために、プリンを食べているんだ」
「あー、もう、抱きついてこないで。く、くすぐったい、てばっ、ちょ、やめ、きゃあっ、もう、ふふ、あははははーー」
「こちょこちょ、ここ、ここが弱いんか。あ、脇、すべすべ。ワキワキ、ワキワキワキ」
「もうっ、いい加減にしなさい」
「じゃあ、一緒に行こう」
「二人で行く必要ないでしょ」
「必要とか、そんな話じゃないよ。わたしが、ミクと行きたいんだよ」
「もう、わかった.。ほら、行くよ。全く、困った姉を持ったものです」
「わーい、ありがと」
「ちょっと、頬にキスしないで」
「えー、いいじゃーん。わたし、シスコンだよ」
「わたしはシスコンじゃないの」
「コンビニ、まだ18禁の棚あるよ」
「都内は禁止だけど、ここは田舎だし」
「田舎って、本当の田舎に失礼だよ」
「どっちが失礼なのか」
「あれ、プリンないよ」
「お姉ちゃん、それ、グラビア雑誌だから」
「あ、そっかー」
「あ、そっかー、じゃないの。というか、お姉ちゃん、以前、ここで、その変な雑誌買ったでしょ」
「うん、ミクの格好して」
「やめてよね。わたしが買ったと思われたんだから」
「いやー、興味津々で。でも、ミクもわたしの部屋をあさって、読んでいたでしょ」
「読んでません」
「まあ、そうだよねー。ソーヤの部屋に置いてきたし」
「え、そうなの」
「あ、やっぱり、探しはしたんだ」
「処分するためです。変な噂立てられたたまらないから」
「ソーヤの部屋にまだ置いてあるよ」
「えっと、もしかして二人で読んだり……」
「うにゃ、たぶんソーヤも気付いてない。本棚に突っ込んでおいたし」
「お姉ちゃん、自由すぎるよ」
「トリックスターと呼んで。日常に刺激を」
「はた迷惑な」
「それで、どの雑誌にする。この袋とじとか興味がーー」
「プリンを買いに来たんです」
6
「ミク、なに読んでるのー?」
「壁ドンしたら、穴の向こうは異世界だった」
「なに、その長文タイトル。というか、その場合、隣の部屋はどうなってるの?」
「知らない。まだ、読む終わってないし」
「普通、壁の向こうにレンタル彼女じゃないの」
「それは、お姉ちゃんが読んでいる漫画でしょ。」
「ミクも読んでるじゃん。」
「そこに置いてあるからね。暇な時に読んだりするから」
「ミクちゃん、もっと難しい本読もうよ。ほら、ここにブルーバックスの棚がーー」
「もう読んだ。今は、楽な読書がしたいの。だから、お姉ちゃんは、どこか外にでも行ってて」
「うー、ミクちゃんがかまってくれない」
「十分、かまってるでしょ、いつも」
「もっと、かまってー。あ、それじゃ、その本、朗読して。わたし、聴いてるから」
「なんで、そんな面倒なことしないといけないの」
「ええ、一人で読書なんて、双子にとってあるまじき行動だよ。二人で一つ。本も二人で読もうよ〜」
「ああ、暑苦しい。抱きついてこないで。わかった、わかったから。そこに座りなさい。ーーああ、保育園みたい」
「で、よんでーよんでー」
「姉とは思えない精神年齢の低さ」
「ある日、おばあさんは山に芝刈りにーー」
「なんで、お姉ちゃんが読み始めてるのよ。そんな昔話じゃないから。それに、おばあさんは、川に洗濯です。山に行かせないでよ」
「いやー、昔話も、ご老人は働きづめで大変だなぁ」
「いいから、そこに座って静かにしていなさい。俺の名前は、壁田タク、今日もアパートの薄い壁の向かうから、カップルの話し声がする。いい加減、イライラが募ってくる。そもそも、ここは一人暮らし限定のアパートで、二人で暮らしていい物件じゃない。半同棲に近いほど、男女二人でいられると、いい迷惑だ。ちょうど大学も定期試験の時期で、こっちは勉強にバイトに疲れているのにーー」
「長い、長いよ。話は、進まないの。全文読まなくていいから、ちゃっちゃと、進めてよ」
「ひどい聞き手」
「聴衆の反応を見て、話を変えないと。わたしは、そんな1ページ進んでも、一歩も動いていないような奴の話を聞く気はないよ。ギリシャ神話なら、今頃、海を越えてるよ」
「それはさすがに早すぎるから。わかった。じゃあ、いくね。壁ドンしたら、壁に穴があいた。しかし、どうやら、そこにはカップルの茫然とした顔はなく、信じられないと思うが草原が広がっていた」
「うそー、信じられなーい」
「はいはい、そうだね。壁の穴に目をつけて、草原を見つめる。風が吹いている。本当に、外。映像とかじゃなくて。どうなってるんだ。俺は、壁ドンした理由だった隣の騒音も気にならなくなっていた。とにかく、穴を少し広げてみ。腕が入るぐらい。幸い地面に手がついて、草をひっこぬけた。草だ。俺は鍋に水を入れて沸騰させて、草を食した」
「いや、キモい。え、なに、なんで食べるの。夢じゃないよ。バカなの」
「壁田タクは、食中毒で亡くなった。おしまい」
「ちょ、ちょっと、ミクちゃん。まだ、10ページも進んでないようだけど」
「意外と、朗読って疲れるね」
「まあ、そうだろうけど」
「ちなみに、草を食べるシーンはないよ」
「まあ、そうだろうけど」
「続きは、webで」
「いやいや、ミクちゃん、面倒になりすぎでしょ」
「だってーー」
「ほら、一緒に読も。わたしが右側押さえてるから」
「近い近い。文庫本なんだから、窮屈すぎるでしょ。年齢考えてよ。もう大きんだよ」
「えへへ、さあ、壁田タクの壁ドン生活を、読むぞー」
「お姉ちゃん、実は、もう読んでたりしないよね」
「……」
7
「お姉ちゃん、これ」
洗面所からミクの可愛い声がする。私は鳥のように美しい歌声につられてーー。
「体重、やばくない」
「ミクは、セイレーンだった」
「なに、言ってるの」
昨今の体重計には、履歴というものがありまして、はい、見ないのがプライバシーだと思うんだけど、なんだか、双子にプライバシーはないわけです。まあ、私もミクに直撃していくからいいけどねーーで、体重計は無駄に高機能なのが、たまにキズ。
「ーーキロなんて」
「わー、乙女のひみつーーっっ」
「ダイエットしなよ。夏のプールの授業がなくなってたるんでるじゃない」
呆れ顔のミクちゃん。
「人は運動するようにはできてないんだよ」
「その脚と手はなに?」
呆れ顔に呆れ顔をくっつけるミクちゃん。
「お口に、食べ物を運ぶために発達したもの〜」
嘆息をするミクちゃん。ダメなヒモ男を見るような眼で見ないで。
「狩猟採集生活しなさい」
「ミクたん、ダイエットには厳しい」
運動教に改宗したのは、いつだろう。
育て方を間違ったよ。
いや、でも、もしかして、私が動かなかったから、ミクが代わりにーー。
「当たり前です。太ったらダメでしょ」
「え〜、太ったら、こうなるんだぁってサンプルを見てみようよ。だから、私の口に、食材を運んでーー」
「まあ、とにかくオヤツとかお菓子は没収です」
「ケチ、イケズ、ムッツリ」
「って、最後のはなんですか」
「いいよ、ミク。ミクよりもっと美ボディになるんだから」
「わたし、体脂肪15%だけど」
「うっ、ミクを太らした方が早い気がしてきた」
腹筋見えてるもんなぁ。というか、では、この体重の近さは、筋肉と脂肪のあれか。わたしは脂身ということ……。脂身、美味しいからいいかな。
「そういえば、食欲の秋だねぇ」
「スポーツの秋とも言います」
「はいはい、頑張りまーす」
カタカタカタカターー。
パソコンでダイエット法を検索。楽に痩せる方法はないかなぁ。
なんで楽に食べる方法ばかり発達させてきたのか。いや、天才だと思うけど。
「ミクちゃん、痩せたご褒美は?」
「ご褒美?」
「努力は、報われることが大事でしょ」
「マッチポンプ感がすごいんだけど」
「いいからいいから」
「そうですね、一緒にお風呂とか?」
「なんで、それが褒美になるの」
「だって、入りたがってるから」
「そんなのいざとなれば、無理やりーーー、じゃないじゃない、もっと私の胸が躍るのでお願い」
「分かりました。着せ替え人形になってあげますから」
「写真撮影も込みで」
「はいはい」
「プリクラも撮ろうね」
「注文が多いっ!皮算用にならないでよね」
「お姉ちゃんに、まかせなっさーい」
一ヶ月後ーー。
「痩せたよ」
「すごい、5kgも。でも、身体に悪くない。たしかーー」
「体重の3%ぐらいが一ヶ月で健康的に痩せるためのラインでしょ」
「ネットあさったんだね」
「ふっふっふーー、プチ断食に糖質制限、ノートで記録もつけて、カロリー計算もやりましたぜ」
「へぇ、頑張ーー、ん?ちょっと待って。糖質制限?プチ断食?お姉ちゃん、一緒の物を、食べてたよね。てっきり運動でもやってるのかと思ったけど。スクワットとかランニングとか」
「あーー」
「ちょっと、お姉ちゃん!!」
「あー、バレちゃった。実は、えーと、5kgは、はい、そこにあるミクちゃんのダンベルの重さでして、実は体重はキープしているわけで。乙女的に、そこまでの体重の増加はやっぱりノーなわけで」
「つまり?」
「自作自演」
「お姉ちゃんっ。なんで、そんなめんどくさいことを」
「で、ご褒美、ご褒美を」
「バレた時点で、無理だって分からない」
「バレるようなヒントを与える姉心をおもんばかって」
「無理です。体脂肪率を5%落としたら考えます」
「そ、それは、無理。わたし、筋肉は付けたくないし。ほら、ぷちぽっちゃりの方が、触り心地いいだろうし」
「わたし硬くないよ」
「まあ、でもストレッチとかはわたしのほうが」
「それは、お姉ちゃんが性格と同じぐらい、ぐにゃぐにゃなだけです」
「トリックスターだからねぇ」
後で、お揃いのコーデでプリクラを撮りに行った。
ミクちゃんの可愛いコーデに、激写したかったけど、阻まれた。
8
「お姉ちゃん、どうして、私のベッドで寝てるの」
「ふわぁーー、ごめんごめん、ちょっとしたナルコレプシーで」
「ナルコレプシーなわけないでしょ」
「睡魔、ヒュプノスにやられちゃった」
「あのね、眠りたいなら、自分のベッドで寝てよ」
「えー、この匂いが落ち着く」
「妹の匂いで落ち着かないで」
「もうツンデレだなぁ」
「なにがツンデレなの。私、もう寝たいんだけど」
「え、もう、そんな時間?」
「お姉ちゃん、いつから寝てたの?」
「夕飯食べてー、……ーーすぐ?」
「今夜、寝れないんじゃない?」
「ミクが寝かせない、発言」
「いや、お姉ちゃんが勝手にね、寝付けないだけ」
「安心して?私は眠る天才だから。ほら、頭のいい人って、よく眠るでしょ。眠っている間に、記憶を処理するからね。睡眠学習ってやつ」
「睡眠学習は違うでしょ。頭はいいことは認めてあげるけど。常識はなさそうだけど」
「常識に囚われないのが、天才というものですよ」
「御託はいいから。どいてよ」
「たまには一緒に寝ようよ」
「お姉ちゃん、暑苦しいでしょ。もう子供じゃないんだから」
「ノンレン睡眠はいやでしょ。レン睡眠しよ」
「レムです。それに、二つとも必要でしょ」
「今日は、レン睡眠で」
「って、なんで脱いでるの」
「え、だって暑苦しいって言うから、服を脱いだ方がいいかなって」
「本当にいかがわしい関係みたいだからやめて」
「羊水の中で、あんなに抱き合ったのに」
「馬鹿みたいなこと言わないの。ほら、着て」
「はーい」
「ミク、あったかーい」
「さっさと眠ってよ。眠りの天才なんでしょ」
「眠るには、抱きつかないと」
「はいはい」
「ポヨポヨだぁ」
「胸を触らないで」
「だって、他は固いんだもん」
「私が触ってあげようか。いつも触り心地自慢しているし」
「えー、私、触る方が好き。あれ、ナイトブラなんてつけてるの」
「一応」
「大きくしたいの」
「なんとなくつけてみただけ。試しに」
「感想は?」
「ゆるいスポブラ」
「そっかぁ」
「って!?なんでズラすの」
「だって、やっぱり直がいいし。というか、生。いつかミクの彼氏に自慢しよう。私の方が先に揉んだって」
「前から揉みまくっていたでしょ」
「そんなに揉んでないよ。嫌がるんだもん」
「手つきがいやらしいから」
「私のテクで、ミクはーー」
「変な言い方しないの。というか、寝ようよ。わたし、お姉ちゃんと違って、グースカ寝てないんだから」
「はいはい。ミクちゃんの睡眠は大事だからね。睡眠不足はお肌の大敵。日焼け止め塗ってる?」
「塗らないわけないでしょ」
「ミクの方が少し色が濃い」
「日焼け止めも万能じゃないから」
「こんがりミクちゃん」
「そこまで焼けてない」
「ん、あっーー、ふぇーー」
「あ、起きた」
「な、なに、やってるの」
「朝起きると、据え膳があったから」
「お姉ちゃん、今度、寝てる間、同じことするからね」
「え、変態……」
「お姉ちゃんがでしょ!!」
9
「お姉ちゃん、宿題やった?」
「ふへ?」
お姉ちゃんは、パリパリとポテトを揚げたものを食べていた。本当に太ればいいんだ。
というか、実際、もっと太っていてもいい気がします。猫のように怠惰で気ままなのに、そこまで太らないお姉ちゃん。
「そこにあるけど、なに、やってないの?見せて欲しいとか。ミクにしては珍しい」
「お、お姉ちゃんじゃないんだから、そんなわけないでしょ」
「姉に対して、なんてレッテルを。私も見せてもらったことなんてーー」
「あるよね」
「あー、あるね」
全く、なにを忘れたふりをしているの。私のクラスに、突然現れるじゃない。
まあ、宿題よりも、教科書忘れることの方が多いけど。しかも、貸したあげく、授業寝てるらしいし。猫みたいな睡眠時間ーーどんな夢を見ているんだか。
「それで、どうしたのー」
お姉ちゃんは、ポテトの塩がついた手を舐める。
「行儀悪いよ」
「スナック菓子の正しい食べ方だよ。ミクちゃんも、アーン」
「はいはい、パリッパリッ」
姉の手につかまれたスライスされたジャガイモを、頬張る。
「美味しいでしょ」
「美味しいけど、身体に悪いよ」
「ミクちゃんは、健康病だなぁ」
「お姉ちゃん、それで宿題見せて」
「やっぱり見せて欲しいんじゃん」
「最後の問題が解けないのっ」
「自分で考えることが大事だとお姉ちゃん思うなぁ」
「考えても分からないから、聞いてるんでしょ」
「ミクちゃんは、頭が固いからなぁ。ほら、スナック菓子を食べて落ち着こう。足りないのは、糖分だよ」
「そんなわけないでしょーー。って、お姉ちゃんも解けてないじゃない」
「うにゃ、解けてるよ」
お姉ちゃんは、宿題のプリントを、私から取り上げてーー、あ、油のついた手でーー、さらさらと解答を書いていった。
「ほい、答案」
「あってるの?」
「確認しなよ。答えなんて、最後は自分で納得するしかないよ」
私は、お姉ちゃんの返してきたプリントの数式を眺める。
相変わらず、字は汚い。
まあ、読みやすい字ではあるんだけど、癖が強い。
なよなよというか、ブレブレの字。
「ーーうん、間違ってなさそう」
「ふっふっふ、姉を崇めたまえ」
「ごめん、無理。でも、どうして、解いてなかったの」
「え、普通に分かんなかったから。後でお昼寝して、お菓子食べてる間に、思いついただけ」
「なんで、それで解けるの!?」
「だから、ミクちゃんは頭が固いんだよ。知ってる、エジソンは、よく昼寝してるんだよ。リラックスしないと」
「お姉ちゃんは年中リラックスしてない」
「私も癒しが欲しくなるよ。きっとミクに抱きついていたら、もっと簡単に解けるよ。思考労働も大変なんだよ」
「してない。絶対お姉ちゃんは思考労働なんて思ってない」
「ひどいなぁ。ま、でも、結果が全てだよね。私、解けてるし。それに、ミクちゃんみたいに、解けないヨォ、お姉ちゃん助けて〜、していないよ。もっと、ゆっくり考えないと。ランニングと違って、急げばいいものじゃないんだよ」
「ぐぬぬ……」
不敵で、自慢げな姉の笑みが、いやらしい。
「で、ミクちゃん、食べさせて」
「はい?」
「宿題のお礼」
姉がスナック菓子の袋を私に差し出す。アーンをして欲しいようだ。
はぁ、姉さんは、全くーー。
「ちょっと待て、お箸取ってくるから」
「えー、指でつまんでいいよ」
「だって、お姉ちゃん、私の指までくわえるつもりでしょ」
「バレた」
「バレバレです」
「え、なんでミクの箸じゃないの」
「お姉ちゃんが間接キスとか言いそうだから」
「お姉ちゃん、悲しい。今度こっそりミクのお箸で、ご飯食べよ」
「箸は、金庫で管理して、常に殺菌消毒しておきますから」
「冗談だって」
「私も冗談です」
10
「お姉ちゃん、何見てるの?」
姉は、いつものように、カリカリと鳴るお菓子を机の上に置いて、スマホで動画を見ていた。
「うにゃ、アニメだよ」
「だから、なんのアニメ」
「うーん、ロボットアニメ?」
「お姉ちゃん、タイトルって知ってる」
私は、姉の部屋の本棚から、まだ読んでいない本を探す。姉の本は、サイクルが早い。読んだら、すぐに売るから。そのくせ、漫画とかは、ずっと持ってたりする。
姉曰く、『読んだことは覚えているから。でも、絵って、憶えてられないんだよね』
「失敬なっ。タイトルぐらい知ってる。作品名のことでしょ」
「いや、そういうことじゃないんだけど。ボケないでよ」
「俺のロボットがオートバトルモードで最強なんだが、ロボットから出ることができないーー俺は生体装置ですか」
「ごめん、そんなロボットアニメは知らない」
「ちょっと、なろう風にしてみました。ボケてみた」
「ロボットアニメは、もっと漢字とカタカナでシャープに決めるものです」
「まあ、定番なタイトルだよねぇ」
お姉ちゃんは、動画の再生を止める。
結局、ぼんやりと見ていただけなのだろう。そして、私というかまう相手を見つけて、興味が移ったのだ。
「で、ミクちゃんは、どんな本を読むつもりなの?」
「オススメとかある?」
「これはーー」
姉が手に取ったのは、やけに肌色の多いイラストが表紙のライトノベル。
「今は、そういうラブコメな気分じゃないです」
「じゃあ、こっち」
姉が手に取ったのは、やけに肌色の多いイラストが表紙のーー。
「って、男同士じゃないですか!」
「ええ、笑えるのに」
「そういう楽しみ方なのっ」
「知的好奇心で、初めて読んだけど、なかなかシュールだよ」
「いいです。そういうゲテモノより、もっと重厚なのを、読みたいの」
「ゲテモノって、ひどいなぁ。全国のLGBTに、レインボーパンチされるよ」
「お姉ちゃんも大概な気がする。というか、私もベニスに死す、とかは読みましたけど」
「あと、走れメロスとか」
「そんな見方したくないです」
「メロスは、確か、走って服が燃え尽きたんだっけ」
「なに、そのイカロス」
「死刑台に、全裸で突入。男だよ、彼は。いや、漢だよ」
姉が微妙にイントーネーションを変えたのをわかりたくない。
「うん、分かったから、もっとカチカチしたのない?」
「筋肉系?」
「そんなジャンルはないです」
「ああ、ロボットね」
「た、確かに、堅いですけど。そんな物理的な意味じゃないのは、ツッコミを入れなくても分かりますよね」
「ミクたんの筋肉。かたーい」
姉が腹筋に抱きついてくる。
そんな抱きつき方ってあるのか。
腹筋に頬擦りしないで。
しばらく本の背表紙を眺めながら、放っておくとお姉ちゃんは顔を上げて。
「というか、ミクちゃんが小説書いてよ。私を楽しませるために」
「いやです。絶対、笑うし言いふらすし」
「そんなことしないよ。コテコテの恋愛物語を書いて、王子様を妄想しても、私、黙っているよ」
その紙にペンを走らせるジェスチャーは、小説を書いているつもり。それとも、黙っているとは言ったけど、紙に書かないとは言ってない的なーーーーそれと人の腹筋をノートがわりにしないで。
「こんなに信用にならないセリヌンティウスは、他にいませんね」
「セリヌンティウス?」
「なんで、そこは覚えてないの」
「冗談だって。メロスの待ち人でしょ」
「その言い回しは、やめなさい」
「妄想が豊かだなぁ。中学生だねぇ」
「お姉ちゃんも同い年です」
「あ、私がセリフを書く。ミクが、地の文を書く。イッツオッケー」
「お姉ちゃん、セリフの方が文字数少ないからでしょ」
「冗談冗談。そんなめんどーなことしたくないし」
「セリフだけでも面倒なんだね」
「うん、劇の台本とほとんど一緒だよ」
「まあ、お姉ちゃんは、短距離走向けだからね。小説とか、そういうの不向きそう」
「適材適所だね。食べる担当、作る担当」
「それは違う。というか、お姉ちゃんの料理も、そこそこ好きだよ」
「そこそこって」
「だって、日によって、違いすぎるかた。やたら凝るかと思ったら、タマネギとじゃがいもを電子レンジでーー」
「アップダウンが欲しくない」
「日常生活には入りません」
「まあ、今度、お姉ちゃんのスペシャルチャーハンを作ってあげるから。それで許してチョンマゲ」
「もう死語を通り越したような言葉を。あ、今日のお昼はーー」
「え、ミクじゃなかった?」
「お姉ちゃんじゃない」
「言い争いはやめよう。姉妹仲良く、料理をしに行こうじゃないか」
「お姉ちゃん、下のカレンダー確認すればーー」
「いや、二人でしよう」
「絶対、お姉ちゃんでしょ」
「争いは不毛だよ。たまには、一緒に作ろ、ねっ」
姉があざとい笑顔で、ウィンクを決める。
私は一度、ため息をつく。
「ま、お昼ご飯とかいって、ジャンクフードを出されるよりマシですか」
「そこまでのことをしたことはないよ。ちゃんとミクちゃんが、まるまるもりもりするようにしてるよ」
「しないでよ」
「ミクちゃん、プロテインばかり飲んだら、筋肉お化けになるよ」
「そんなに飲んでません」
「ま、いっか、降りよ。レッツクッキング。三分クッキング」
「いえ、せめて、十五分はください」
「ほらほら、おいてくよ」
急いで先に降りていく。姉を、私はゆっくりと追いかける。
結局、本探しは後回し。姉が見ていたアニメも謎。
振り回されてるなぁ、いつものごとく。
「チャーハン」
「リゾットだよね」
「お米が炊けてなかったから」
「美味しいから、いいですけど」
「ふっふっふ、姉の料理スキルに、恐れいったか」
「お姉ちゃん、料理料とか適当にしそうなのに、意外と量るよね」
「チッチッチ、料理は、愛情だよ」
「スピリチュアルだった」
料理は科学とか言い始めそうだったのに。
「愛があれば、はかりたくなるもの」
「お姉ちゃん、体重を測ってるには?」
「ーーうーん、ナルシズム」
「私のスリーサイズを測ろうとするのは」
「愛ゆえに」
「愛で何でも許されると思わないでね」
「よいではないか、よいではないか」
「だから、お姉ちゃんは、いつの時代の人なの」
「メロスの時代?」
「ギリシャは、行き過ぎでしょ」
「あ、そういえば、ほらほら、カレンダー、やっぱり、ミクの日だったよ」
「え、嘘」
私は食べていたスプーンを置いて、カレンダーを見る。
そこには、確かに、私のーー。
「ねえ、なんで修正液が、使われているのかな」
「え、えー、ミクが書き損じたとか。覚えてない?」
「うん、ぜんっぜん、覚えてない」
「そっかー、記憶が飛んじゃってるか」
「お姉ちゃん、さっき、修正液使ったんだよね。先に降りていって」
「にゃはは、バレた?」
「バレます。全く、馬鹿な犯人です。ワトソンしかいりませんよ」
「トリックスターは、悪戯が目的だからね」




