もうすぐなくなるエロ漫画という紙媒体についてーー僕たちは電脳世界に隠すのに慣れすぎた
僕たちは、オブラードに包んで、厳かに進む。男性の園に。もう、失われかけた時を求めて。探検隊はジャングルの奥地に、まだ未開のお宝をゲットしに行くのさ。
秋葉原駅を出て、大きな電気屋のビルも過ぎて、メイドたちが客引きをしている通りも過ぎたところにある小さなビル。その薄暗い地下に、降りていく。
そこに、俺が『先生』と呼ぶ人がいる。
「爺さんは、俺に言ったんだ。紙のエロマンガこそが文化だって」
「でも、ないものはないの」
エロ漫画専門店と言ってもいいほど、陳列されている棚の膨大な中に目当てのマンガはなかった。エロ漫画の回転速度は、普通の少年漫画や青年漫画の比ではない。一年前でもう、手に入らない。2年目で絶望を知り、電子書籍のせいで重版もなくなり、もはや幻の紙のエロマンガとなるのだ。たまに、中古のコミックで見かけてもプレミア価格が付いている。特に人気で、発行部数が少ないというケースだと。
エロ漫画とは一期一会なのだ。
ただでさえ、世間の目は厳しくなって、棚は縮小、コロナで同人誌界隈はダメージを負って、さらにはオタクの経済力も落ち、代わりに腐女子向けにシフトしている昨今。
気に入った本を物理で確保するには、時間を置くわけにはいかない。ネットのせいで情報も出回りやすく、転売ヤーなる生物も増えているのだから。まぁ、エロ本の転売はさすがに少なそうだが。あまりにも界隈が狭いせいか。DVDとかの三次元の方が人気なのか。それとも読むだけで終わってないだろうという不衛生への不信感からか。
「電子書籍で我慢すればいいのに」
「俺は紙派なんだ。ネット小説だって、紙で読むのとスマホで読むのとでは体験が違うんだ。メディアは体験を変えるんだ」
「VRでも挑戦すれば。それかリアルか、ちょうどブルマなキャバクラが近くにあるし」
俺、そこまで老けてないっす。
もう短パンの時代です。旧スクってなに、の世代です。昔の人の妄想は分からない。ファッションって移り変わりが早いね。
「俺は青春をエロ漫画に捧げた身。今さら、三次元に媚びは売れない。二次元と共に生きる。この決意は固い。そう俺の下半身の一部のように」
エロ漫画家さんに、一生ついていきます。ただし独身に限る。女性作家も別に可。特に知らずに読んでたし。
童貞かどうかは確認ができないので、気にしません。しかし宮沢賢治のように、生涯童貞で春画コレクターであることが望ましいのは、明らか。二次元の美学、芸術とは、ノータッチなのだ。
「そろそろセクハラで訴えますよ」
女性店員さんが、エロマンガを読みながら言う。先生は、女性なのだ。どうでもいいことだけど。
何かが間違っている気がするけど。セクハラにはハラハラするから、押し黙ることにしよう。
黙って読む。黙読の作法が広まったのは、エロ的な小説のおかげだ。音読することが憚られるような文章のおかげ、漫画も似たり。
「それで、ないものはないから。さっさと帰る」
「客なのに……」
「だったら、そこの80年代の数十万円の買ってよ。わたしの月収にするから」
どんな希少な本でも、その値段はおかしい。ドンペリでも開けまくって、シャンパンタワーする場所ですか、ここは。
幻の同人誌でも、その値段はいかない。もう、こんなの言い値なんだよなぁ。存在がもはやレアすぎて。ほとんどの人は、それが存在すること自体を知らない。
「とりあえず、昼飯代で我慢してくれる」
「今月の新刊」
「ありがたやありがたや。しかし、東京も寂しくなって、秋葉原も変わったなぁ」
俺はオタク特有の昔は良かったサブカルチャーを、ツウぶって語る。嘯く。電気街から萌えへ、そして外国人向け化し、さらにメイド喫茶は、なんだかキャバクラ化していることを嘆く。
「昨今は規制が厳しいから。エロは禁じられることで盛り上がるけど、闇にも光があたりすぎてるからね」
そう、謎の光が闇には、いつも当たってくるのだ。黒塗りはもはや時代遅れ。モザイクだらけの時代も終わり。
なんかよく分からないけど、隠れてないようで隠されてるトリックアートな時代。
「同人誌の方が多いよなぁ、エロって」
俺は、先生との雑談をしたくて、とりあえず、話題を作るのだ。
「儲かるからでしょ。エロ漫画って、200ページぐらいあるけど、千円弱でしょ。同人誌なら、30ページで千円ぐらいだったりもするし。サイズが大きかったりカラーだったりするけど」
元々、発行部数も一般書籍より少ないし、それだったら、同人誌で十分行き渡るということか。あとは、電子書籍で埋めてもらう。
「今は、ファンからの月額支援とかイラスト依頼とかもあるし」
「くっ、供給が足りなくなりませんか。表紙だけ描く有名エロ漫画家みたいになって、描かない漫画家化して、俺たちのリビドーはどこに向ければっ!」
「同じマンガ使い回しなよ。それが平和。アダルトビデオも昔の使い回せばいいのに」
それは、思う。画質とか演技とか女優の整形の仕方とか編集とか違うのかもしれないけど。わざわざ今の女性で、今作る意味ってなんだろう。あっ、映画産業も敵に回しそう。まぁ、現代風、今、ここ、文化だから、仕方なし。漫画も、今の流行り画風が主流だし。
「先生、話を変えますが」
「この話って、どこかに脈絡あった?」
「話したいことを話す。それが俺です」
「彼女できないわけだ」
「できないんじゃない。作らないだけです。それで、俺は常々、思うんです。エロ漫画って、現実恋愛のジャンルかどうかって」
ntrとか、bssとか、tsとか、貞操逆転とか、もう、なんかエロ漫画に侵食されてきている。そのうち、もっとハードなものも吸収してしまうかもしれない。まぁ、逆の影響もあるのだろうけど。男女入れ替わりとか。某有名映画で増えてそうな……。
「小説家は、おとなしく恋愛小説を書いてなさい」
「漫画って、絶望的な速さで、行為に至るフィクションじゃないですか、先生。エロマンガ先生」
「わたしを、そんな名前で呼ばないでくれる」
「昨今の小説も、速さが求められるから。いきなりクライマックスなわけですよ。でも、キビもダンゴもムギもあったものじゃなくなるじゃないですか。即堕ち二コマじゃないですか。3000文字で、最終局面ですよ」
超速短編。感情の起伏なんて、津波のように押し流されてます。結果だけを求める男性心理のように。
「バトルとかファンタジー要素で補完しなよ。恋愛要素はサブプロットに移してさ」
というか、先生、なに、そそくさと読み終えて、作業に移ろうとしているんですか。マンガ家兼本屋店員なんて、卑怯だ。俺も副業作家になりたい。作家しながら、仕事ができるような。セルフレジは偉大。まぁ、みんなネットで買うか店員が見えないようなところがいいよね。
「先生って、下着上手いですよね」
「セクハラ」
「いやいや、単純に、こだわりを感じるというかフェチに刺さるというか」
「男はすぐ脱がせたがるから。というか、描くの大変だし」
エロマンガのゲンバ、ここにあり。
やはり、服って大事だよね。脱がすな、待て。健康そうな肢体に、きっちりとしたブレザー、防御率を上げるストッキング。障害が多いほど燃える。過程を楽しむんです。
「先生、そろそろ3,000文字になりそうな会話量なんで、デレてくれませんか」
「そういえば、こころってNTRだね」
「メロスをBLで解釈するような手法ですね」
「それほど毒されてるってことだよ」
「今風の恋愛って、どんな感じなんですかね。先生、ご教授してくれませんか」
「マッチングアプリでも使いなさい」
「先生、俺は2.5次元ぐらいで許容が限界なんです」
「わたしを2.5次元にいれてるの、それ」
「もちろんです。先生のエロマンガでご飯三杯いけます。俺に味噌汁を毎日作ってください」
「ここまで最悪なプロポーズを初めて聴きました。お引き取りください」
「先生、今の人たちはハッピーエンドしか受け付けないんです。こころが弱いんです。だから」
「いやいや、バッドエンドは恋愛の基本でしょ。振られた数が男の勲章」
「いや、そこは、思わせぶりなエンドで読者に投げかけて終わるのが、日本的な曖昧好きの淡いという光と闇の境目を演出して……」
「じゃあ、それで」
なんだ、謎のモザイクが。
やめろ、俺たちの描写が、消されていく。
待て、レーティングのギリギリでセーフだろう。ライトノベルだって、最近は攻めてるのあるじゃん。触手も出してないじゃん。
ああ、光が、謎の光が……。
『見せられないよ』
『見せられないよ』
R18ののれんを颯爽と上げて、俺は次なる本屋にお宝を探しにいく。本当の宝は、先生の左手だけど。先生は左利きなのだ。どうでもいいことだけど。
「先生、分からないエロマンガってあるじゃないですか」
「どういうこと?」
「少年の頃、淡い期待と気恥ずかしさのなか、俺たちは、エロ漫画を読んだんだ。でも、作者や作品名が思い出させない。少年の脳に覚醒を与えた、あの印象深い印象が、印象が薄れてないのに、まるで振った女は全部忘れるように、男性のフォルダ保存は嘘だったんですか」
「小説だって、タイトルも作者も忘れられたりするでしょ」
「でも、この少年の思い出のために、国会図書館でエロ漫画を探すという、地獄の猛者のような人たちも現れるんですよ」
「ネット民に訊きなよ。運が良ければ見つかるかもね。というか、雑誌名ぐらい分かんないの」
「そんな余裕、初めての思春期にはないです」
「悲しい初体験だね」
感想一覧
一言
本当に勉強になります。これは真面目に言ってます。今後も真っ正面からエロ漫画に向き合ってください。素晴らしいです。ありがとうございました。
投稿者: jima
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2022年 12月12日 15時55分
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感想ありがとうございます。
エロ漫画も同人誌も入手は大変なものです。紙文化は漫画の方から終わりをつげていきそうな感じ。一般漫画も電子が逆転しているそうですし。スマホ片手に、満員電車で読みやすいし、場所も取らないし。
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雨森ブラックバス
2022年 12月13日 04時26分