家にダンジョンができたから
ダンジョンなんてあるわけないのに。しかし、サンタに煙突がつきもののように、ダンジョンは一家に一台は欲しい。
「家の地下室を掘っていたら、ダンジョンが出てきたんだ」
と、冗談で言ったつもりが。
「見たーい。ダンジョンって、どうなってるの」
さて、困った。純粋な女子に、まさか冗談でした、というわけにはいかない。昔から女子供は純真と決まっていて、その無垢なる瞳を汚してはならないとされている。
「ダンジョンに入るには、レベルが必要なんだ」
「れ、レベル?」
「僕の鑑定スキルによると、ダンジョンに入るにはレベル10が必要なのだけど、君は、残念ながら3なんだ」
よし、これで諦めてくれるだろう。
「頑張る。頑張ってレベルを上げる」
なんだとっ。レベルを上げる?
どうやって?
できるだけ無理なことを言うしかない。ただし、俺もクリアできるもので。長引かせれば勝ちだ。できるだけ時間のかかるやつ。
「そうだな、毎日スクワット100回腕立て100回、これを2ヶ月ぐらいすれば上がるんじゃないか」
「分かった、頑張る」
やる気モリモリだ。
実は嘘でしたー、が、さらに言いづらくなった。
まぁ、二ヶ月もうちに、こっちもダンジョン風に地下室をアレンジすればーーって、できるかいっ!!
「頑張った。筋肉ついた。これでレベル10」
「ああ、そうだな」
やってしまったよ。頑張らせてしまったよ。
ここで、ダンジョンが嘘だなんて知られたら。世の中のお子さんとの約束を、平然と破る嘘つき親みたいになってしまう。言った覚えないよ、と口約束の意味のなさを知ることになるんだ。
テストで10番以内だったら、買ってあげるーー、無理だと思っているから約束したのにクリアされたらたまらない。神話の悪役もかぐや様も、どうせできないと思って、試練を与えているんだ。クリアされたら、たまらない。
それでもーー。
「待て、念書がいる。誓約書が。ダンジョンは危険だ。命の危険がある。ちゃんと書面がないと」
「書く書くっ」
「いや未成年の念書には意味がない。ちゃんと保護者の許可を取ってこないと」
はは、どうだ。
できまい。ダンジョンに入るために、誓約書にサインする親など、存在しまい。
根掘り葉掘り、ダンジョンって何っと聞かれて、しどろもどろになって、ダメと言われるがいい。
「持ってきたよー。さあ、行こー」
最悪だ。まさか娘を旅に出させる系の親とは。
可愛い子にはダンジョンを経験させよ、と。
「し、仕方ないな。じゃあ、地下室に行こうか」
ああ、なんで、本当のダンジョンがないんだ。地球も、そろそろ進化してダンジョンの一つや二つ作ってもいい頃なのに。化石燃料を全部使ってしまうぞ。
地下室の入り口前。
「よし、ちょっと、先に行って、入口の近くが安全かどうか確認するから。安全が確認できたら、呼ぶから来て」
「うん。ついにダンジョンとの遭遇だ」
さて、ダンジョンボスに擬態するとしよう。
一階層しかないダンジョン、しかも一部屋しかない。
なんて、エコなダンジョンだろう。質素倹約をモットーにしています。
「いいぞ、入ってきて」
魔王のようなマントを着こなし、頭には、ハロフィンの仮装用の悪魔のツノ。さらに、鬼のお面をかぶる。完璧すぎる。
玉座は、椅子をデコレートしました。黒い布をかけて、ドクロのオモチャをつければいいんだよ。
ドアが開く。少女がついにダンジョンの最奥に来たのだ。黒歴史の深淵を垣間見せよう。凝視せよ。我が名はーー。
「よくぞ、たどり着いた。わたしがダンジョンマスターだ」
「地下一階の一部屋目なんだけど。というか、何してるの」
「ダンジョンマスターだ!!」
「う、うん。ごめん」
勝った。ツッコマないでくれ。ツッコミは負けだ。
「ここまでーー来たからには、わたしも本気を見せるしか……」
「あ、わたし、武器、持ってないよ」
しまったああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!
肝心のところで、いったい、ダンジョンにスポーティ女子の服装で入ってくる人間がいるか。剣と鎧はどうした。ローブと杖はいずこ。
「ふっふっふ、装備もなしに来るとは、愚かな。ダンジョンのオブジェの一つに変えてくれるわ」
しかし、ダンジョンマスターのムーブを終えることはできない。メンタルが崩壊するから。
「わ、わたし、食べられるの。はっ、誓約書はそういうことっ。ああ、姫騎士みたいにされる。エ○同人みたいにっ」
ごふっ。
クリティカル。
なんて周到なシチュエーションを設定してしまったんだ。
「抵抗は無駄だ。もう逃げられないぞ」
「いや近寄らないで変態。露出狂。スケベ」
どこも露出してないだろっ!!
なんだ、あまりの黒歴史の黒いケムリの放出のことを言っているのか。こうばしすぎるのか。
「いやぁあああああああああっ」
だぁあああああ、この地下、防音力はあっても、上には聞こえるんだぞ。俺の家庭内戦力が。
というか、もう殺してくれ。俺を、俺をやってくれ。ひと想いに。
「それでは、ダイスをロールしてください」
「え?」
「SAN値チェックです」
「産地チェック?産地は、この街だけど。いや、正確には隣街の病院?」
ダメだ。ここからTRPGに持っていくには、相手の知識が足りない。
「このダンジョンをクリアするために、まずは、キャラクターシートを埋めようか」
強引だけど、それが、どうした。
ここで、姫騎士とダンジョンマスターの愛の蜜劇をママゴトするよりも、俺の正気度ポイントがましだ。
「ところで、わたし、騙されたよね」
いや、サンタがいるんだ、と叫んだら、純粋な子供が、自分から網にひかかってきただけで。
騙されたと後で、言い詰めるために、わざと騙されてないかと疑いたくなるというか。
「騙されて悲しい。シクシク」
シクシクなんて言わせてしまうなんて。
女を泣かせてしまうなんて、ダンジョンマスター失格だ。
「ごはっ。君の涙に、やらーれーたー。ばたり」
もういいよ。ママゴトやります。演技、楽しい。ダンジョン、サイコー。
「よし、これでダンジョンマスターも倒したし、ダンジョンの財宝を探そうかな」
地下室に保管されているものを調べていく少女。
新しそうな箱を、少女は手に取って、開けてしまう。
「ノート?」
「まっ!!」
「屍は動かない」
ああ、パンドラの箱が。希望だけが残った黒歴史が。
厨二ノートが。
「我が家の家宝にしましょう。お宝ゲット。また、遊ぼうね」
や、やつの手から、なんとしてでもノートを取り返さなければ。
純粋な女子の手に渡っている間はいいが、もし変なやつに渡ったら、脅迫の材料になってしまう。
「僕は知っている。この家には隠し扉があると。秘密の部屋が、夜な夜なーー」
「や、やめろ。朗読するんじゃなーーーいっっっ」




