妹に告白代理をさせたら、百合カップルになっていた
「え、えっ。女の子?」
明石香織は、戸惑っていた。男子からのラブレターのような呼び出しの手紙を受け取ったものの、呼び出しの場所ーークスノキの下ーーに来たのは、少女だったから。
「ごめんなさい。兄が風邪をひいてしまって、告白代行としてきました。ええっと……、兄には、フラれたと伝えておきます」
妹さんは返事も聴かずに、勝手に、兄の玉砕を決めたようだった。たしかに、告白に代行をさせて成功するわけないと、判断するのは、女子として分からなくはない。
でもーー。
「待って」
香織は、さっさと去っていこうとする少女を呼び止めた。
「わたし、オッケー。オッケーだから」
ピタリと足を止める少女。
それから、振り返ると。
「正気ですか。考え直したほうがいいです。ーー明石さん、可愛いですし、兄と釣り合うとは思えません。兄のことは、よくよく分かっているので、絶対にやめた方がいいです。後悔します」
妹さんは、わたしのためを思って、言っているようだけど。
お兄さんへの評価、低すぎでは。
「いえ、かまわないです。わたし、別に嫌いじゃないですから」
ハッキリと告げる。こういうことは曖昧に答えるわけにはいかない。
あんまり話したことはないから、好きとまでは言えないけど、そんなに悪い人でもないだろうし。
「ちょっと待ちましょう。まずはわたしとお友達から始めましょう。いや、わたしと付き合うことにしましょう。それで、兄が、どういう人間か分かれば、改めて、考えるというのは」
ど、どういうことーー!?
もしかして、実はブラコンでお兄ちゃんを取られたくない的な。そういうことだったりするの。
香織は、うん、まぁ、それでもいいか、とマイペースに思った。
なるようになると思うし。なんだか面白そう。
「じゃあ、お付き合いしましょうか。よろしくね、えっとーー」
「香奈です」
「カナちゃんっ」
「お兄ちゃん、付き合えたよ〜」
「マジかよっ。肝心な時に、風邪とかひいて、絶対無理だと思いながらも、お前に頼んで良かった。最高の妹だ!!」
風邪じゃなかったら、ベッドで飛び跳ねて、三回転半を決めているところだ。
なんでも好きなことをしてあげるよ。
「うん、香織さんとカップルだよ。わたし」
わたし?
え、俺は!?
「愛しい愛しい我が妹よ。詳細を要求する」
上げて落としたらダメって、知っているか。
「詳細?え、お兄ちゃんの代わりに、告白してきただけだよ」
代わりに……名義は兄にしておいてないの。
まさかな、ハハハ……ハッ…。
代行って、代役ではないんだが。兄に代わって、告白してこいという意味ではないんだが。
「明石さんって、まさかそっちだったのか。というか、香奈、お前はそれでいいのか」
「可愛いからね。女の子は可愛いものには、目がないんです」
ああ、風邪が悪化しそうだ。
いや、これは熱にうなされた幻覚、幻聴に違いない。
妹に、彼女を奪われるなんて、そんな馬鹿な話があるワケないんだ。
熱から冷めた。夢から覚めない。
現実は、どうも、そのままのようだ。
妹と好きな子が、一緒に家にいる件について。
どうして、こうなった。
妹様、香奈様、そのポジションは兄に譲ってもバチは当たらないと思う。
好きな子と妹が目の前にいるのに、距離が遠い。
「それで、俺は、二人のイチャイチャを見せつけられるのか」
「え、だって二人の出会いのきっかけだし、お兄ちゃんには感謝してるんだよ。ねっ、香織さん」
兄の部屋の中で、百合カップルが、腕を組んで、仲良さげにしている。なんだろう、このうらやまがられそうで、意外と、美味しくない状況は。
「お兄ちゃん、何かやって欲しいことある。お礼に、何かするよ。ポッキリーあるよ」
ポッキリーゲームを、妹とする趣味はない。
チョコは食べたいけど。妹が手に持っている一本を、カリカリと食べていく。
しまった。明石がいる前で。つい、軽い兄妹の戯れを。
「やっぱり、香奈ちゃんは、ブラコンなの」
「いやいや、これぐらい普通ですよ。風邪の時も、付きっきりで看病しましたし。まぁ、わたしの肉体の半分ぐらいの価値はあります」
「それ、片割れとか半身とかレベルってこと」
「兄と私は、二人で一つですからね」
「おい、明石に引かれてるぞ。俺は、そこまでベッタリくっついた記憶はないんだが。もう少し兄妹の距離が、適切だったはずだ」
「つまりです。三人デートしましょう」
妹の宣言。
はっ!
俺は、いま、全てを理解した。出来た妹を持ったことを、高らかに、感謝しそうになった。明石がいなければ、ジャンピングツイストで、感謝の舞を始めるところだ。
絡め手。
そう、フラれる危険を女のカンで察知した妹が、妙手を見せて、勝率5%の盤面から持将棋に持ち込んだのだ。ナイスっ!
あとは、俺が上手いこと、妹から恋人を奪えばいいんだな。
なんという策士。俺じゃなきゃ理解が追いついてないな。
俺は妹を信じていましたよ。過去は改変されるためにある。
デートの日。
「香奈さん、香奈さん、ここは三人でデートと言って、用事ができて無理になった、だから二人でデートしてきて、という展開じゃないのか」
「え、なんで、わたしの彼女と二人でデートしようとか甘えたことを言っているの」
あー、うちの妹が。
まさか、わたしからぐらい奪えないならば、付き合う資格なんて一切ないよね、と言いたいのか。
兄妹のアイコンタクトで、全てを悟った。
こいつ、本気だ。兄の恋路を開拓した後に、平然と石を置くつもりだ。上げて落とすつもりだ。
「わっ、なんで、わたしが真ん中?」
時間ピッタシに来た明石を間に挟んで、ショッピングモールを歩いていく。
「兄妹の適切な距離だから」
「んー、ケンカ中だったりするの」
「いや、戦争中だ。三頭政治でなんとか交戦を回避している」
「へぇ。香奈ちゃん、どこに行く?」
いかん。つい、妹がいるから、変なノリで答えてしまった。
さらっとスルーされた。好感度がぷち減少した気がする。ぴえん。
「荷物持ちもいるから、できるだけ重いものを買いたいよねぇ」
「ちょっと待ちましょう。誰が荷物を持つのでしょうか」
俺の中で当然の問いが浮かんだ。
問いが出たら、答えも自動的に出るという理屈がわかった気がする。
「兄。それ以外にあるの。荷物持ちもできない男なんて、嫌だよね。香織さん」
「うーん、まぁ、少しは持ってくれないと困るかなぁ」
「ということで、お兄ちゃん、賢明な判断を期待します」
二対一という完璧な不利状態。これが民主主義か。
多数派なんて滅びてしまえ。少数派の権利を守れ。代議制こそ民意の反映。
「男女平等だろう」
「その前にお兄ちゃんだよね」
あ、はい。持ちます。持ちますとも。兄の使命は、妹を甘やかすことですから。譲歩と寛容の精神が、宥和政策の基本です。明日の世界史の小テストが気になっています。
「分かったけど。あまり重いのは無理だぞ。車で来てるわけでもないし。箸より重いものは持ったことがない」
「お兄ちゃんがランジェリーショップに行きたがってる」
「箸じゃなくてブリッジの橋に決まっているだろう。チョップスティックなワケないじゃないか」
箸より軽い物のショッピングが、まさか、イコールランジェリーショップの世界だったとは。他にも箸より軽いものはあるだろう。
んー、思いつかない。水着とか。
合理的な風評被害にあうところだった。危ない危ない。というか箸の重さって、どれぐらいなんだろう。
「明石海峡大橋以下でお願いするよ」
しまった。また、余計なことを。名前をダジャレ化すると、怒る人もいるのに。
「二人は、漫才コンビでも結成する予定だったりするの」
「兄妹同士の掛け合に、明石さんが引いてるじゃないか」
「いや、お兄ちゃんの自爆でしょう。明石さん、デリカシーのない人はほっといて、ペアルックでも買いにいこー」
「うん」
まずい。妹の手玉の上で、手のひらだ。
まぁ、兄は、正直、妹のものを奪ったりしないのだ。
悪役令嬢モノでもわがままな妹に、姉は、粛々と答えるのみ。
というか、意外と、こう仲のいい女の子を眺めているという愉悦に気づき始めました。
恋愛はROM専であれ、と。百合の間に挟まる男は処刑せよ、という眺めるだけの喜び。
「コップにしよう。お兄ちゃんも、一緒する」
「俺は気づいた」
「え、っと何に?」
「お前たちが幸せならばかまわないということに。俺の負けだ。明石、妹のことを任せた。老兵はただ去りゆくのみ」
古来より妹に勝てる兄はいないのだ。
「香織さん、兄が百合に目覚めたので、責任を取ってください。兄を異性愛に戻してください」
明石香織は、戸惑っていた。この兄妹はいったい、何がしたいんだろう。
まぁ、面白いから、いっかぁ。
「どうすればいいの?」
「とりあえず、兄を誘惑しに行きましょう。サンドイッチしていれば、百合の間に挟み込んで逃げられないようにします。これで童貞は死にます」
ブラコンとシスコンに挟まれてるなぁ。
ポッキリーでも食べよ。ポリポリ。




