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危ないものを完全に片付けたのに、マウスパッドがそのままだった


 そのときの僕の気持ちを答えよ、と読解問題として現代文に提出したい。いや、作者の意図を問うべきか。



 女の子を部屋に呼ぶ段階にまで、なんとかこじつけた僕は、あらゆるものを周到に隠していった。オタク的な漫画やアニメはもちろん、フィギュアとか男性誌とか。さらに、ちゃんと布団も清潔に洗濯までしておいた。清潔感こそ、最も大事なパラメーター。消臭剤はこの日のために。

 部屋に、ボロボロの菓子クズとか落ちているわけもなく、ゴミ箱も空にして、壁に古びたポスターもなく。

 完璧な無味無臭な部屋を作り上げた。

 クローゼット、触るな危険。引き出し、開けるな危険。



「意外と綺麗にしてるんだね。ノートとか汚いのに」


「まぁ、僕は潔癖症で、完璧主義だから、整理整頓はしてないと」


「とても置き勉を、乱暴に突っ込んで、プリントもしわくちゃな人が言うセリフとは思えないね」


 まぁ、そうですね。

 嘘です。でも、この部屋も嘘で塗り固められたもの。僕は演技と演出の大事さを理解している。ありのままの自分を好きになってもらおうとは思わない。恋人にはカッコいいところだけ見せたいんだ。わざわざ好感度を下げる、イメージを悪くするものを見せる必要はない。


「とりあえず、お茶かコーヒー入れてくるよ。そのあと、勉強しよう」


 建前。勉強?果たして、最後まで勉強していられるだろうか。

 彼女もやけにオシャレをしてきているし、いずれは、別の体験学習に移るという……。




 僕は、コーヒーを二つ入れて、意気揚々と元気溌剌と、部屋に戻った。

 そして、これから勉強する丸テーブルとは別の、僕の勉強机が目に入った。

 そこには、やつがいた。

 Oから始まる。名前を言ってはいけないもの。女子が見れば悲鳴を上げて、汚らわしいと言われかねない存在。

 そう……『おっぱいマウスパッド』だ。


 あまりにも自然に風景に溶け込んでいて、気づかなかった。パソコンの横で、マウスとマウスパッドが渾然一体となり、和をなしていた。実用性のあるものだから、完全に忘れていた。まさか僕の普段使っているものにこんな罠があるなんて。

 いや、まだ気付いていないか。おっぱいマウスパッドなんて、マウスパッドにしか見えないだろうし。

 もしバレても、マウスパッドって押し通して、おっぱいに見えるそなたの目がよこしまなんだと。でも、イラストが、明らかぱいおつだから誤魔化しはきかないか。


「どうしたの、早く座りなよ」


「いや、Gよりも危険な存在を知って、ちょっとね」


 まさか、こんなCカップキャラのイラストにおののくことになるとは。だいたいvtuberが今回が本当にラストの販売になるから、買えなかった人は、絶対に、今、買ってね、とお願いするから悪いんだ。おっぱいマウスパッドなんて、どうやって使えばいいんだ、普通に使うしかないだろう。ダメだ、思考が疲れてきている。


「ちょ、っと待て。Gって、重力の方よね。ねえ、こんな清潔な部屋のフリをしていて、実はカサカサと動くやつがいるとかないよね」


 これはチャンス。ゴキちゃんが出たと言って、その間に、おっぱいマウスパッドには、そのハミチチを完全に隠してもらおう。


「ごめん、実はーー」


「あ、わたし、今日は帰るね」


 ごはぁ、しまったぁ。

 一匹いれば30匹いるやつの存在に女子が耐えられるわけもないのに。チャンスがピンチだ。


「ウソウソ。冗談。冗談だから。いるわけないから。一度も見たことない」


「で、でも、さっきーー」


「Gよりも危険な存在っていうのは、僕の部屋に女子がいる状況のことだよ」


「え、っと。何もしないよね」


「もちろん。勉強だけだよ」


 僕の興奮は、すでにおっぱいマウスパッドによって、完全に鎮火しました。こんな状況で、ことをおこす気はないです。ヒヤヒヤしすぎる。もっと、こう女子との触れ合いは、完璧なシチュエーションじゃないと。


「お兄ちゃん、ただいまぁ。誰か、来てるのー」


 ほら、今日はしない。妹よ、まさか部活から直帰とは珍しい。いつもは友達の家とかに行くのに。


「開けるよー、あ、どうも。兄がお世話になってます。何かあったら、遠慮なく言ってください。すぐに通報しますから」


「妹、兄を信頼してないのか」


「こんなに部屋を片付けて、布団まで洗っていた兄を信用するわけないでしょ。女子が一回部屋に来たぐらいで、エロゲの見過ぎ」


 妹が兄の恋路を叩いて割ろうとしている。


「ちょっと、妹よブラコンなのは分かってるけど、あることないことは言わないで。何もしない。勉強だけだ。学生の本分は勉強だ」


「いや、わたしも、そこまで言う気なかったんだけど。机の上にさ、見えちゃってるから」


 妹が指差す先。

 僕の視線は、音速を超えて動く。

 彼女の目線も、妹の指先を追っていく。


 そこにあるのは、二つの丘。

 見事なマウスパッドの厚み。完璧なクッション性で、手首を楽にしてくれる実用的なアイテム。


「ち、違うんだ。これは、これは間違って買って、マウスパッドないし、これもちょうどいいかと思って使っているんだ。決して、たまに、手のひらで感触を確かめたりなんかしてないし、あくまで、もったいない精神の発露で、仕方なく使っているだけなんだ」


「そうだね。まぁ、妹にバレる程度には、そのマウスパッドつかってるし。間違って買ったんだねー」


「こ、こんなものが、実在しているなんて……えっ、わたしマウスパッドにされる、もしかして……」


 驚愕の彼女。ああ、さよなら、僕の社会的名誉。おかえり、僕の童貞。


「いやいや、そんなわけないから。僕はマウスパッドフェチじゃないから。さぁ、勉強しよう。勉強」


「そ、そうだね。妹さんもいるし。とりあえず大丈夫そうだし」



 帰り際。


「おっぱいマウスパッドでいいの」


 まさか嫉妬。僕のマウスパッドに嫉妬しているのか。


「普通のにした方がいいよ。恥ずかしいから。じゃあね」





「これはフラれたかな」


「僕はね、お互いに全てをさらけ出すことが大事だと思っているから、これでフラれるならば、仕方ないよ」


「お兄ちゃん、がんばれー」


「まぁ、今回の破壊者には責任を取ってもらおうかな」


「えーと、今度、女子中学生と合コンでもする?」


「よろこんで、参加します」


「ごめん、忘れも……のがあったけどーー、えっと、とりあえず、その合コンはキャンセルで。マウスパッドで我慢して」


「はい」


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