聖女さんは本物だと僕だけは知ってる
仰々しい言葉。
集会の時間。バカバカしい馬耳東風な言葉が延々と流れていく。こちらの事情も無視して発せられる説教の退屈な長々しさ。時間の大切さも知らずに。
僕は、こういう日常で、何かやっている気分だけが存在している状態に嫌気がさしていた。
人間という猿が、自分達は、何か意味のある、価値のあることをやっていると思いたがっている。そして、これは価値があるんだという演出で、文字は流麗に達筆に書かれた賞状が渡されてーーしかも、残念なことに、そんな紙に意味なんてなくて。
宇宙のチリ。そこで、ぼくらのバカな踊りがされているだけ。
じゃあ、なんで、こんなうるさいだけの空間で、時間を浪費しているかといえば、今のところ、僕の中で、意味のある、価値のあるものとして、女子、という分かりやすい思春期の病があるからだ。
彼女がいなかったら、普通に不登校してるよ。
ありがたく思え、学校、僕が不登校にならない理由の一番だ。
きっと、他の男子も、同じように、女子がいるから来ているという層がいるはずだ。
退屈な授業も、彼女がノートを取っているなら、まぁ、受けてやらないこともない。
この、くだらない退屈な日常も受け入れてあげなくはない。
とか考えていれば、イタい高校生なのだろうけど、イタくない高校生なんかいないんだ。高校生なんて、みんな病気さ。
何者かでもあるかのように振る舞い、そのくせに、どういう人物も尊敬もしない。なりたいものもない。成し遂げたいこともない。
この世界を憂う一般ピーポー……なんだよ。
「聖女さーん」
「わたしのこと、聖女とか呼ばないでよ」
「でも、至尊の大聖女を、他の呼び方なんて恐れ多いです」
彼女の名前は聖アヤメーー我が校が誇る清楚可憐にして、奥ゆかしく、あらゆるものに慈悲深い大聖女。
なにせーー。
「だから、その聖女をやめてよ。わたしのこと、そんなふうに呼ぶの君だけだよ」
「でも、僕の病気が治ったのは、聖女様の手に触れたからですよ。聖女様、万歳」
「それは、ただの偶然でしょ。な、なにを勘違いしているの」
いやいや、僕の病室に突然来て、余命5年と言われていたのを、一瞬で治したくせに。それとも、これが愛。愛の力。
「偶然なんてーー。僕の不治の病を治しておきながら」
「今、また、何か病気になってない。盲目という名の」
「あ、撫でてください。きっとご利益がーー」
僕は頭を差し出す。
「ふ、普通、逆じゃない。撫でられるの?」
「下賎なわたしには、御御足で踏んでいただけるだけでも恐悦至極に存じます。貴方様に、自ら触れるなんて恐れ多い」
「わたし、モンスターを産んでしまったみたい」
「あ、なんでお逃げに。聖女さまー」
聖女様は恥ずかしがり屋だなぁ。胸も控えめだし。
聖女様の力があれば、もはや病気なんて、どこにもない世界なのに。聖女水として、何か売りたい気分です。
付きまとった。
聖女と呼ばれる人がいるとクラスで、いや学校内で有名になる程
何人か、僕の真似をして、聖女という人が出てきた。
そして、聖女というあだ名が定着しそうだ。
「はい。はいはい。もう認めるから、やめて。聖女って呼ばないで。わたし、平穏に暮らしたいんだから」
「そんな、スローライフな。手で触れるだけで病気が治せるなら、闇医者もビックリな高額請求で、金持ちライフを満喫できるのに」
「病院にいたあなたには、分からないかもだけど。こんな力、バレたら、拘束されるか、命を狙われるかするでしょう。わたしは、たまたま、助けることができる人に、たまに、この力を使うだけでいいの」
「そんなー、力を持つものを、その力を行使すべきなのに」
僕がそんな力あったら、絶対、病気の美少女を助けてハーレムを作るのに。しずまれ、我が右腕。
「とにかく、気まぐれで助けたの。だから恩を仇で返さないで。平穏に暮らしなさい」
聖女様、治療しない。
せっかくの癒し手なのに。痛いの痛いの飛んでけーで、本当に飛んでいく手を持ちながら。
まぁ、僕も分かったよ。聖女様がそういうなら、隠して生きることにするよ。
「ちょっっと!!これは、何!?」
「聖女様がお怒りに。落ち着いてください」
「聖女教に入ろう!!信者募集中!!なんてポスターが貼られてあって落ち着いていられると思う。わたしは聖女じゃないの」
「いやいや聖女様、聖女様だけが聖女様ですよ。そのお力を存分に使うために、ファンクラブ、まぁ、カルト団体を作りましょう」
「カルトって言った!?わたしを変な教団のトップにすえようとしないで。わたし、普通に暮らしたいんだから」
「巻き込まれて仕方なくをお望みなんですよね。わかります」
「わかってなーいっ!!絶望的にわかってないよ」
「信仰すれば、病なんて、もう気にしなくていい。素晴らしい教えです。クラスでも、五十人が入信してくれました」
「それ、全員っ!全員だよね。委員長でも、そこまでの票で当選しないよ」
「だって、今までも、ちょくちょくクラスメイト治してたから。みんな、実はわかってるんですよ。見ないふりをしているんです」
「そ、そうなの。そうだったのっ!」
「ええ。隠せていることにしようと、空気を読んでいます」
我らが聖女様。クラスメイトも固めたし、そろそろ学年を牛耳り、さらに学校を支配するとき。
生徒会長選挙の日。
「生徒会長選挙は、生徒の全員一致で、聖アヤメさんに決まりました」
「わ、わたし、立候補すらしてないんだけど」
聖女様が、また奥ゆかしいことを。
ちゃんと、生徒会長選挙に、推薦して、そのまま一切の応援演説も演説もなしでいただけなのに。大丈夫。公的には、なにも問題ない。ただ、なにもしなかった代表。それでも、通る熱い声援。
「聖女様、当選の演説を。所信表明を」
「い、いってきまーす」
覇気のない声で、集会の一番前に。なんというお姿。全然緊張もせず、当然のように生徒全員の前に向かう。ああ、聖女様。
「ええっと、なぜか生徒会長になった聖アヤメです。もう断ることもできなさそうですし、生徒みなさんの代表として、恥じないように、生徒会長としての責務を果たしたいと思います。皆さん、楽しく元気に高校生活を歩んでいきましょい」
あ、噛んだ。
「「「「「「「「「しょいっ!!!!」」」」」」」
全校生徒がカバーした。
聖女様がうつむかれました。
なんと、お美しい。
「ねぇ、なんで生徒会長の仕事が握手会なの」
「いえ、先生方も、それがいいと。それが一番正しい生徒会長のあり方だと」
「いや、ほかにやることあるでしょ、普通。行事とか部活とか委員会とか、何か」
「そういう雑事は、下のものがやっておくので。聖女様は、そこで、そのまま。何かあったら、大変なので」
「というか、このボディーガード邪魔なんだけど」
「聖女様の安全のためです」
「わ、わたしの健康で文化的で最低限度の生活は?」
「新世界の神にしてみせます」
「わたしの意味のない平和な日常が。悪魔がわたしに、神になれとささやくよ〜」




