幼馴染設定がないとラブコメの主人公になれないから頼むっ
幼馴染がいないとラブコメではないんだ。可愛い妹がいて、幼馴染がいて、そして突然現れるメインヒロイン。待って、待ってください、負けヒロインじゃないんです。いや、そのー、設定というだけで……
「幼馴染になってくれ」
小中高と一緒だった女子に、俺は潔く頭を下げた。下げきった。ジャパニーズ土下座は、この日のためにあったんだ。
「い、一応、わたしとシュウ君は幼馴染なんじゃないの。小学校から一緒だし」
「違う。俺の言っている幼馴染は、そんな時間が勝手に作り上げるようなものじゃなくて、もっと幼馴染イベントに溢れている幼馴染だ。ここに細かい設定がある」
ギャルゲーやアニメや漫画から引っ張ってきた幼馴染イベントの資料の束。資料は多ければ多いほどいい。どうせ読まれないから。
「うっ。ヤバい変態だ」
そうは言いながら、資料を取って、読む。ガンガンと、まるでいらないところは飛ばすと言うように読み捨てられていく。ああ、せっかくの無駄な、頑張った感をにじませる資料が。忙しいフリ、頑張ったフリ、社会人の必須スキル。努力とは目に見えるようにすべき。
「頼む、お頼み申す。まずは幼馴染がいないと、恋愛なんてできないんだ」
お願いはできるだけ低姿勢。しかも、フランクリン効果で、助けたことによって、愛着が増すという現代の吊り橋理論の最先端をゆく。
「一つ、聞いていい」
「はい。なんでございましょうか」
「これ、幼馴染、負けてるよね。振られてるよね」
バサバサと資料が無造作に振るわれた。企画書は否決されそうだ。
「あー、はい、幼馴染は負けヒロインだから。安心して。俺は、別に付き合って欲しいとかないから。幼馴染という設定だけをしてくれたらいいから。付き合うとか、そこまでは頼めないし」
「なんで義妹役に、実の妹を当ててるの」
「いや、だって現実に義妹はいないからさ。俺も調べたんだよ、本当に血が繋がっているか。でも、だめだ、DNAレベルで二重螺旋構造がガッチリだった。まぁ、妹には許可を取った。別に妹してればいいだけだし。義妹も実妹もやることは変わらん」
「まぁ、妹も負けヒロインとして、これ、メインヒロインは、誰なの?」
「まだ見ぬクラスメイトとかが、食パンを加えてダイブしてくると期待している。幼馴染がいる男子に、ムキになってつかかってくる系女子。ライバル登場から慌てて、参戦してくるサカナちゃんを釣り上げる予定です」
練達の匠は、ラブコメを理解しているのだよ。だいたいグッピー理論で、モテるやつはさらにモテるんだ。まずは、女子と交友関係を作れ、さすれば、その女子から芋づる式に、好みの女性がやってくる。
「ふーん、へぇ、それで、わたしは、この紙束みたいに焼却炉に捨てられると」
「い、いえ。あ、振られるみたいな雰囲気が嫌ということで。大丈夫。実際は付き合ってもなんでもないし。ただの幼馴染。ただの幼馴染」
「こんなに設定の細かいのに」
「微に入り細を穿っただけで、大枠さえ外さなければ、いいので」
幼馴染さえいればいい。幼馴染がいれば、女子は増える。1人目が難しいんだ。ゼロとイチの差。
「幼馴染は勝つ展開じゃなきゃ協力しません」
「ええっ!!もう幼馴染なんてオワコンなんだよ。幼馴染エンドなんて、古来より振られキャラ、最近は、もう遅いざまぁキャラと、数々の負けフラグの立役者なのに、どうすればーー。
仕方ない。別の、幼馴染を。セカンド幼馴染。マミちゃんは、幼馴染役を引き受けてくれるはず。ありがとう、それじゃ」
「マミちゃん。マミちゃん、マミちゃんねぇ」
青筋が出てますよ。ガクブルっ。怖っ。幼馴染、怖いよー。まんじゅう怖いよー。
「マミちゃんに断られた。なんかすごい勢いで拒否された。俺に幼馴染はいないのか。転校生の隣の席とかを狙うしかないのか」
「最後の手段があるんじゃない」
「最後?」
「幼馴染が負けないラブコメ」
「でも、安直な勝ちフラグは負けフラグの法則が。負けそうなのに勝つからロマンがあるわけで。出来レースは、ウケが悪いというか」
「じゃあ、ちょっと、好感度下げれば。疎遠にしてさ」
「疎遠な幼馴染って、なんか矛盾じゃないか。それに、そうなると安直な勝ちフラグは誰に」
「実妹に渡しておこう。よし、これで完璧だね。お兄ちゃんと妹の禁断の関係が崩壊する序章だよ。ーーねえ、実の兄妹はやばいよ。わたしにしよう」
「お、俺は妹が好きなんだ。幼馴染になんて屈しない」
あれ、これ、俺、幼馴染とくっつくのか。
いや、ダメだろう、こんなノリじゃあーー。
「シュウくん、付き合ってください」
「ご、ごめん。僕はーー」
「シュウくん、分かってるよね。シュゥーくんっ」
「僕は、幼馴染とは付き合えーー」
「シュウくん。シュウくん、分からないの。それ、言ったら、ラブコメからサスペンスホラーに変わるよ。いいの、いいのかな」
「幼馴染大好きです。もう最高っ。君しか見えない。君のためなら、僕はなんでもできるよ」
「はい、よくできました」