一度振られてくるから付き合ってくれ
振られてからスタートするのが最近の恋愛だと学びました。告って振られることがスタートラインだと。
「いや、何を言っているのか分からない」
「俺はお前に告白する前に、別の女子に告白して盛大に振られてくるから、そこを慰めて、付き合って欲しい」
「ごめん。やっぱりなにを言っているのか分からない」
「つまり、一度、別のヒロインに振られないと、真のヒロインにはなれないんだ。まっすぐ好き同士では、もう結ばれない複雑な時代が、世の中が到来しているんだ」
「つまり」
「全肯定美少女のために、俺は今から全否定されてくる。止めてくれるな」
ガシッ。
肩をつかまれる音。
「ごめん。ちょっと分からないけど。結局、わたしと付き合う前に、誰かに告りにいくってことだよね」
「ああ、残念ながら。それしか道はない。現実恋愛は厳しいんだ。この道を通らないと、ゴールには至れない。一度、こっぴどく振られて、絶望に浸ることが、カップルの安寧のために必要不可欠なんだ」
「誰に行くつもりかな」
「そんなの、学園のアイドル。超絶美少女ランカちゃんに」
「オッケーされたら、どうするつもり」
「え、それは、うーん、そういうルートもある」
「じゃあ、ダメ。他に告りに行く候補はあるの」
「学園の妹アオイちゃんとか。さすがに振られると思うよ。話したこともないし」
「もしオッケーされたら?」
「それは、まぁ、後輩を悲しませないのは、先輩の責務というか。大人の余裕で、色々と教え込ーー」
「じゃあ、ダメ。他には?」
「え、他に……。学園のマドンナ、氷の令嬢アイちゃん。振られた人数は数知れず。俺もその末席に置いてもらおう」
「もし、オッケーだったら?」
「それは、その。俺が彼女の氷を溶かしてあげる的な、そういうお約束が必要じゃないかなぁ、なんて」
「じゃあ、ダメ。他に、まだいるの?」
「あー、他、ほか、ホカ、ホカホカ。ああ、もう少しで三十路だけど、とてもそうは思えない、美人教師クサナギ先生。これは、もう確実に振られちゃうなぁ。キマリだ。先生にーー」
「もし、オッケーって言われたら?」
「それは、先生もアラサーだし。実は嘘でしたなんて言えないし、年上も悪くないっていうか。先生がヒロインなのは、今時のラブコメでも定番だし」
「じゃあ、ダメ。絶対ダメっ」
「俺に、どうしろと。いったい俺は、誰に告りに行けば。もうめぼしい女子はーー。あ、お姉ちゃんがいる。従姉だけど。さすがに、振られるよ。だって、たしか、カレシもいたはずだし」
「もし、オッケーだったら?」
「もう何度目だろう。まぁ、従姉だし。さすがに、悲しませたくはないし、オッケーだったら、カレシと別れているのかもだし、傷ついているなら、慰めてあげるのが従弟としての責任かなと」
「じゃあ、ダメ。もう、いない。さすがに、いないよね。まだ、いるの。この節操なしは」
「せ、節操なし!?俺は一途だよ。幼馴染一筋だって。でも、正規の手続きで恋愛するためにはワンクッションいるんだって。信じて欲しい。誰でもいいから、女子に振られてこないといけないんだ」
「じゃあーー」
「あ、久しぶりね。娘と一緒に、どうしたの?」
「お、お母さん。その、俺と、俺と、付き合ってください!!」
「え、ええぇ!?ちょっと、待って。わたし、もう、二児の母で、その、とにかく、それは、ダメっていうか。そもそも夫がーー。からかわないでよ。ねえ」
「お母さん、本気みたいだし。バシッと言ってやって」
「ほ、本気っ。なの!?」
「マジです。マジと書いて、本気です」
「ダメ。絶対ダメ。他に、好きな子とかいないの。同級生とか。もっと年齢の近い子の方が……」
「はい。お母さん。ありがとう。さて、振られたし、付き合おうか」
「そ、そうだな。ーーーーでも、なんだか、目の前に、絶望が広がっているような」
「説明してくれるのよね。じゃないと、娘との交際は認めません」
パクパク。呼吸が意味をなさない。
どうしよう。
この後、説教を夕飯までお世話になりながら、延々とされました。
おかしい。これが、恋愛の作法だったはずなのに。
しかし、お母さん、俺を振ったことを後悔させてやりますよ。
娘さんを幸せにしてな、ハッハッハッ。
「そうだ。告白、男の娘でもいいよ」
「それは女子のようで女子でない。男子のようで男子でない。カナデくんだな。行ってまいります」
「すごい。嬉しそうに向かって……あれ、帰ってきた」
「オッケーだったら、どうするんだ?」
「うーん、しばらく見てる。面白そうだし」
「オッケー。今度こそ行ってくるぜ」
「やっぱり、節操なさすぎだよね」