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自転車のチェーンを直すところから始めようか


 青春ラブコメは、どういうキッカケから始まるのだろうか。

 物語のパターンとしては、巻き込まれていく男子主人公という受け身な主体が幅を利かせて、ワガモノ顔で青春のラブコメ狂想曲を演じている。

 ただ現実に、そんな引っ張っていく系の女子や不思議な落下してくる少女などほぼいないから、現実は現実として、不意に女子とお近づきになれないか、と期待しながらも、女子には興味ないです、と装う日常の連続体を解析もせずに、放り出している。


 要するに、一般男子学生には、幼馴染もいなければ後輩女子もいなければ同級生の気さくな女子もいなければ文学系少女もいなければ部活系活発女子もいなければ妹さえもいないということだ。だから、キッカケは、現実では、自ら進むしかないわけだけど。


 しかし、徐々に――。

 学生という身分に準じて、モラトリアムという大平の世を、コミュニケーション不適合の状態で、幸福という名の嘘を糊塗して、ずいぶんと言い訳と自己欺瞞を使い続けて、学生時代を早く終わって欲しいと、願っている悲しき無感動に、落ちていく。


 何か面白いことないかなぁと、男子版シンデレラのような受け身体制が染み付いていく。

 けど、まぁ、そんな日常の抑鬱し不満を延々と流されても、物語というものは、退屈なだけで、『桃太郎、我、いかにして鬼を討つと決心したか』よりも、さっさと旅に出ることが、ヒーローズジャーニーという神話の法則なのだから、俺も、人生のほとんどをサクッと引き下げて、発端から書いていくのが正解なのだろう。


 え、長い?読みづらい?冗長?厨二的?

 ストーリーテリングの基本は、遅らせて話せ、らしいから、別にかまわないじゃないか。いつまでも結論を出さないのは青春の特権だし。さっさと結論はビジネスの世界のパラグラフライティングにでも任せておくとしよう。

 芸術とは爆発ならば、青春とは過剰さなのだ。ありあまるエネルギーが無駄に投入され続ける。





 その日も、俺は遅刻ギリギリを疾走する一匹の男子学生の模範だった。自転車のピーク、通学ラッシュ。睡眠時間を最大限まで有効活用してきた男女の熾烈な生存闘争が、時速10kmの自転車の束となって、間髪をいれずに、進んでいた。

 諦めることを知らない青春の青さが、もっとも感じられる朝の時間だ。


 そんなときに、俺はチラッと見てしまった。

 ひとりの少女が、自転車から降りて、押しているところを。

 この朝の通学のデッドヒートで、パンクやチェーンが外れるということは、すなわち(ちこく)を意味し、人生において一寸先は闇であり、偶然に左右される儚い世界のチリの一つである自分を分からせてくれる機会で、言い訳は全て許されず、ただ先生の叱責を受け続けるという勤行が、なみなみと注がれるのだ。


 無視するのは簡単だった。

 しかし、俺は通り過ぎるとき、一瞬で、そこそこ可愛い女子だと、さらにチェーンが外れていることを確認した。パンクならば、もう復帰は絶望的だが、チェーンならば、ちゃっちゃっか直せばいい。そうすれば、登校レースに再戦できる。

 一寸先が闇ならば、捨てる神あれば拾う神あり、と困っている人を助けるのは、自分のため。情けは人のためならず。


 ということで、可愛い女子のチェーンを直していて遅刻しました。

 旅は道連れ世は情け。

 あと、1秒、あと1秒あれば……。



 カラカラとチェーンが外れた自転車のように、徒労を感じる俺は、可愛い女子のありがとうの言葉も振り解き、なんとか来たというのに。

 ああ、こんなことならば、女子と一緒に、どこか一限目でもさぼって、二人だけのタイムテーブルを回したかったのに。そんな勇気は心の中の片隅にもなかったけど。妄想オツ。


「希望は潰えた」


「何言ってるんだ」


「いやー、世の中は選択の連続だなぁって。チャンスは活用しなかったら、意味がないと、俺は彼女なしで、青春を終えるのかなぁって」


「男同士、楽しもうぜ。女子なんていなくても、アイドルや漫画で十分だろう」


 ナマモノが欲しいんだよ、俺は。追体験的なアトラクションではなくて、実体験が。

 映画を見て、いいなぁと思っても、自分とはあまりにも関係なさすぎて、帰ってから鬱になる現象を回避したい。別にアメリカ映画的なドンパチは無理でも、恋愛ぐらい、あってもいいだろう。等身大の10代の淡い恋愛ぐらい、ひょっこり落ちてきて、体験させてくれてもいいだろうに。


「三次元に落ちたのか」


「アイドルは三次元だろう」


 まず二次元に登った記憶がないが。


「近づけないから2.5次元さ。写真の中だけに存在するんだ、彼女たちは」


 ああ、うん。

 俺は将来、メイド喫茶やコンカフェやキャバクラで、青春の取り戻しというやつをやる気はないから。搾取される男性の妄想に浸る気はないから。

 CDとかグッズとか買って、浪費もしたくない。何が悲しくて、金を払って、恋愛の真似事以下の疑似体験をしないといけないんだ。

 今、目の前に、青い果実で、共に恋愛を初めて経験しようとしている同級生がいるのに。

 しかし、一切の関わりはないんだけどな。たとえクラスという一つのハコに入れられていても、少数の一握りのトップ層だけが、女子を独占するのは、恋愛資本主義の基本。持てるものは、さらに持てる、持てないものは、さらに持てない。マタイ効果だ。そして、早いもの勝ちという争奪戦。

 ちょっといいなぁ、と思っていた子も、夏が終われば彼氏がいるという噂が漂ってくる。クラスの可愛い子もちょっとクールぶっている子も、ああ、全員いつのまにか、青春を終えて夏を迎え、そして夏すらも終えているんだ。付き合っては別れて。


 だから、もうクラスの女子に期待なんてしてはいない。俺のところまで付き合っているなんて噂が来るのは、相当なものだから。付き合って別れて、惚れたはれたと目まぐるしいロンドをーー、今さらダンスパーティに参加するようなことはしたくない。


 現実は、結局、クラスの中の自然な流れから外れてしまった以上、運命の中に、偶然という糸を垂らす以外にない。

 恋愛は、偶然がもたらすと。

 幼馴染も妹も同級生も後輩女子もないのだから。

 パンを食わえた少女と出会うことに、全力を傾けるしかないんだ。傘を忘れる少女のために二本目の傘を準備しておいたり。

 チェーンを直したことからでも、恋愛が始まらないかと。

 もはや偶然に頼るしか、恋愛への道はないんだ。

 ハプニングイベントのみが、最後のつな。マグロは走りつづけないと、死んでしまうのだ。


「えっと、要約すると、ロリコン?」


「黙れ」


「初めて同士はうまく行きづらいぞ」


 失敗してもいいに決まっているだろう。

 最悪なのは失敗もさせてもらえないことだ。打席に立たないと、三振もできない。

 というか、みんな進みすぎなんだよ。なんだよ、高校2年生は、もう手遅れなのか。中学ぐらいから恋愛の下準備は始まっていて、みんな、完遂してしまうものなのか。

 少子化になるぞ、俺が恋愛を諦めて。恋愛格差社会の絶望に呑まれるぞ。

 恋愛とは傷つくことだと、とうの昔に覚悟はできている。ただし、相手がいない。

 




 偶然というのは二度手間の母というように、二度あることは三度あるという三度目の正直のように、同じような光景が、同じように連続して、横たわることがあるのです。


「チェーン、自転車屋で見てもらった方がいいよ。伸びて、外れやすくなってるんだと思う。あと、たまには油もささないと」


 カラカラと後輪を回しながら、朝の通学路で、チェーンを付け直してあげる。ああ、手が黒く染まるぜ。まぁ、こんなこともあろうかと、軍手を持ってきているがな。


「あ、ありがとう、ございます」


「早くしないと遅刻するぞ」


「はいっ」


 ああ、可愛い。なんで、俺の彼女じゃないんだろう。

 まぁ、二回しか会ってないけど。後輩だろうけど。あんまり見ない気がする。

 なんで、俺は後輩女子の可愛い子をちゃんと網羅しておくという最低限の恋愛の下準備をしていないのだろう。

 めんどいからだけどーー。

 少女が、さっさと前に漕いで行ったものと思っていると、戻って来ていた。


「な、なにか、お礼とか……」


「付き合って欲しい」


「えっ?」


「食堂のレディースランチを食べてみたいとずっと思っていたけど、男で恥ずかしいから、頼めてない。もし、食べなかったら、一生、どんな味か気になって、後悔するに違いないから」


 準備してきたようなセリフをまくしたてる。準備万端だったから。

 彼女は、困ったような顔を見せて「はい」と言って、今度こそ、俺の目の前からフェードアウトした。

 青春とは、攻撃こそ正義だと思いました。以下略。俺は、何を略したのだろう。





「ズッキュンっ!!」


 先輩、僕の頭に銃口を当てないでください。


「せっかく、わたしがバイトしているところ、どうして来ないのかな」


 それは先輩に撃たれるのは嫌ですから。喫茶店には行きません。

 ああ、なぜか、先輩系女子だけはいる。ただし、先輩は、ゲームの住人だから。サバゲーをやろうと後輩を誘う先輩女子を、女子にカウントすることができませんでした。ズタボロに撃たれて狩られて、千年の恋が冷めました。いや、恋なんてしていなかったけど。

 惚れそうだった男子のハートを物理的にブレイクする先輩。制服に銃のホルスターをつけるのは、校則違反だと思いたい。


「撃ってないよ。人に撃つのは、サバゲーのフィールドだけ。ああ、一応、護身用だから、変態にはぶっ放すけどね」


 先輩、どこか、銃の所持ができる国に行った方がいいですよ。まあ、普通に行きそうだけど。


「それで、食堂に来るなんて、珍しいね、ライアン二等兵」


 どう考えても、救助にきたのは、あなたではないことを祈りたい。


「いや、ちょっと、キュートなガールと一食一飯を」


「それは、大きな恩義になりそうだね」


 先輩が、僕の腕を乱暴に取って、恋人のようにくっつく。


「先輩、抱き付かないでくれますか」


「わたしの胸の感触分のランチのサービスはあるのかな」


「後輩にたかるなよ」


「あれ、わたしに、おごってくれるということじゃないの」


「いや、そうじゃなくて――」


 俺に、先輩以外に知り合いがいないと思われているな。事実だ。ザッツライツ。

 しかし、知り合いとは、一般的に、広がり増えていくものだ。まぁ、減っていく人も多いけど。


「ええっと・・・・・・わたし、必要かな」


 あ、チェーンの少女。チェーンガール。頬をかく。

 現状を説明しよう。

『レディースランチは、その人に買ってもらえばいいんじゃない。というか、嘘吐きましたか。新手のナンパですか』ってなことを考えられていそうだ。


「うん。必要。必要。もし先輩がレディースランチなんて小食で済ませようとしたら、俺はメシが喉を通らないから」


「ちょっと、後輩くん。わたしは、君の中で、ドカ食い女子じゃないとダメなのかな」


 現状を説明しよう。

『失礼なことを言ったので、銃口から実弾を撃ってもいいよね。早く、この子を紹介しなさい。撃ちたい。撃ちたい。撃ちたい』という野蛮な――ッテェッ!!


「銃のグリップで殴るな」


「なんか、かなり失礼なことを考えていそうだったから。正当防衛」


「いや、これは、体罰だろう。どう考えても」


「とりあえず、レディースランチ、買ってきますね」


 あ、逃げられた。ただし、それは、正解だ。

 危ない人には近づいてはいけない。関わらないことが大事だ。





 チェーンの少女が、レディースランチとお礼を言って、では、と帰って行った。

 どうしてくれるんだ、銃マニア。俺のマグナム、試してやってもいいんだぞ。嘘です。


「なるほど。チェーンを直してもらったお礼。後輩くん。なかなか愉快なことをしているんだね」


 先輩。今気づいたけど、どう考えても、上履きではなくて、ブーツ履いてません。校則って知ってますか。


「いや、だって、恋愛したいから。恋に恋する年頃なんだよ」


「男が言うと、なんで、こんなに気持ち悪く感じるんだろう」


「とにかく、俺は、恋愛を――」


「残念ながら、それは叶わない」


 冷たく先輩は言い放つ。


「後輩くんに、手を出す女子が、皆無だから。だって、わたしの部下だし」


「本日をもって、やめさせていただきます」


 俺も危ない人間の同類になってそう。


「却下。大丈夫。恋愛なら、わたしが相手してあげるから」


「本官は、ロリコンであります」


 ダメだ。年上は、全員、すでに、大人の恋愛とか言い始めて、完全に、純粋なる恋愛関係を気づくのにふさわしくない。


「どうでもいいけど。わたしが先にお手つきをしているんだから。他の女子が声なんてかけるわけない。恋愛は早い者勝ち。きみのハートはすでにわたしが撃ち抜いている」


 ああ、バラバラになってるよ。

 さて、いま、校内で、女子を探すことを諦めた方がいい気がした。

 青春ラブコメには、二つのルートがある。

 意味不明な暴力的な女子が、男子を振り回していくルートと、男が積極的に女子に介入していくルートだ。

 俺は、後者を選びたい。恋愛で傷つきたい。銃弾はいらない。

 前者で恋に落ちる人間はいない。俺は、そんな振り回されキャラじゃないから。


「それで、次のサバゲー。生存闘争の日にちなんだけど――」


 俺の青春は、泥と土と鉄さびと血の味で過ぎようとしているのは気のせいですか。

 チェーンが空回りしているか、変な部分にかかってませんか。


「なんだ、ぼんやりして――ほら、んっ、あっ、んあっ・・・はぁ」


 なんで俺、今、むちゃくちゃ大人なキスを無理矢理されているのだろう。

 ああ、なんていうか、すごい――じゃない。

 

「わたしのファーストキス。責任をとらないとね。デッドオアアライブ」


 こんな情緒も何もないところで、いきなりディープなのするな。エグいほど、周りが引いているだろうが。

 最後の言葉はなんだ。死んでも、責任を取れと。

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