毎日日記を書くことに決めた幼馴染が、俺に日記のネタをせびる
「将来、作家になるから、今日から日記つけます」
幼馴染がそう宣言して、もう4年。
当たり障りのない日記を、一日一ページ書いているらしいが。
「書くことが、ない」
いや4年間書いてこれたなら、もう、いくらでも書けそうなんだが。
今さら、書くことがないとか、読書感想文に詰まるタイプでもないのに。今日のテレビのことでも、クラスの友達のことでも、授業の内容とかでも、好きになんでも書けばいいのでは。そして、ポエムみたいな文を残して黒歴史になればいいのでは。
大丈夫、作家になれたら、ちゃんと手稿として、『ーー日記』みたいに、保管しておくから。紫式部もビックリ。
「日記はちゃんと二重底の下にあって、正規の開け方じゃなければ燃えるようになっています」
火事にならないだろうな。ちゃんと、日記が燃える分だけだよな。引火したらヤバい。
「ウソウソ。それに、見ても、大したこと書いてないよ」
「また、クラスの人に突撃しまくればいいんじゃないか」
作家志望というのは、内向きなタイプもいるけど、外向きなタイプもいる。幼馴染は後者で、経験という宝庫に遠慮なく踏み込む。結構、手当たり次第に、クラスメイトに話しかけていた。
曰く、日記のネタにするから。
ああ、俺も作家目指して、日記のネタにするからという言い訳で女子にしゃべりかけまくろうかなぁ。賢いな、この戦略。心理的予防線。思春期の男子のメンタルバリアだ。人間言い訳を与えてやると、なんでもできるらしい。
「書くことないから、どこかつれてってよ」
あれ、これ。
心理的予防線を使って、デートにでも誘われてるのか。
書くことがないなんて嘘で、本当は、ただ出かけたいだけ。察しが良すぎる男も困ったものだ。鈍感系なんて、ネットの発展した今の時代、あり得ないだろう。『女子 好きな男子 反応』『女子 脈あり』とか検索するんだから。目があっただけで、察し過ぎる危険もあるけど。自意識過剰の化け物。
さて、ここは騙されたフリをしてやるか。幼馴染も、たまにはデートをしたくなる年頃だから。
「なんか、すごい上から目線なこと考えてない」
「まぁ、頼まれる人間の優越感ってやつ」
「ああ、人に頼られる快感に酔ってるんだ。将来、説教とか長そー」
はい。好感度1マイナス。
あと、こちらは3億5384万3425ポイントです。大切にするように。一日あたり最大100万ポイントまで動きます。
ちなみに一番下がったのは、男子のイケメンと長時間話した時です。嫉妬です。独占欲です。一週間でマイナス700万ポイントでした。
「じゃあ、まぁ、よろしくね」
あ、可愛いポーズ。プラス3しとこう。
片想いというものは、恋愛と違って、冷めないものだ。
だから、これを恋にはしない。
だって、高校の三年間で冷めると、結婚まで遠いから。高校生カップル、恋が冷めるので結婚できない現象に巻き込まれる危険性。
だから、友達以上恋人未満の関係をずっとしていればいい。
幼馴染と俺の頭脳に空いた口が塞がらない妹がいたけど、気にしない。
ドーパミンは期待から出るんだ。報酬が与えられては、収まってしまう。恋愛も、延々とオアズケしているが故に、高まる。障害がないと、ドーパミンが出ないからな。
ちょっと、妹には高度すぎる大人の恋愛だったみたいだ。
幼馴染との恋愛の最適解は、『甲子園に連れってって(作家になったら付き合おう)』なのだ。
とにかく、くっつきそうでくっつかないを、じれじれとやっておかないと、燃え上がった火がすぐに消えるように、青春の一ページの思い出になってしまう。
それよりも、ゆっくりと長く、細くでもいいから、恋愛の火を消さないことに集中したほうがいい。
そのために、ポイント制度を導入した。好感度のパラメーター化によって、相手をお互いに牽制しているのだ。ギャルゲーで学ぶパラメーター管理。
まぁ、もはや、有名無実化しているポイントで、もうどう考えても天元突破しているのだが。日本の借金のように減る目処がたたない。
存在していることは知っているけど、特に意味のある数字とは考えられてない現状。
一時期、ポイントが完全にパワーインフレを起こして、もうくっついてしまおうか状態に達した名残だ。初めから、こんな3億だなんて馬鹿げた数字になっていたわけではない。
最初は、ちゃんと、10ポイントとか、100ポイントとか、上限も1000ぐらいだったんだ。だけど、自己申告性の悪い点が出たんだ。予算をどんどん高く積み上げるが如く。毎年記録は更新されていき、そして、勢いを余って、ポイントは億の大台に乗った。
今は、さすがに冷静になっている。
正直に言うと、破綻しているんだけど。
まぁ、でもポイントの増減で、どれくらい不快に思ったか、良く思ったか、がわかるから便利だけどな。
「ポイント、マイナス100万だよ」と言われると、心臓に銀の弾丸を食らった気分くらいにはなれる。
「クレープ行こう」
放課後。
どこか連れていってと言っていたはずの幼馴染は、行く場所を決めてきた。どうもクラスメイトと話している間に、新しくできた図書館近くのクレープ屋に行ってみたくなったようだ。
「男だと、一人で買いづらいでしょう。一緒に行ってあげるよ」
いつの間にか、俺が、一緒に行きたいと思っているかのようになっている。
まぁ、クレープは食べたい。クレープ、デートの定番のようで、意外と売ってない気がする。最後に食べた記憶もないから、生まれて初めてだ思う。アイスのやつは食べたことあるけど。
「行こうか。何にするんだ」
「そんなの、行ってみてからでしょ」
まぁ、そうだよな。
図書館前までは、すぐだ。学校の目の前が図書館なのだから。
自転車もそのままに、制服のまま、歩いて行く。同じ制服の生徒たちが、並んでいるところが、クレー屋なのだろう。女子生徒ばかり。クレープの甘い香りがする。
「はい。見ない。マイナス1」
「見てないって」
「ちなみ、今、何ポイント」
「3億5384万3428」
「完全に、頭のおかしい数字。まだ、こっちは、2億5684万1112だよ」
約1億の差。俺の勝ちだ。まあ、そんな勝負ではないんだけど。インフレしたのは、こっちのポイントが負けていてムキになって、釣り上げたせいだ。オークションのように、どこまでもつきあがっていった。
「それで、これを日記のネタにするのか」
「面白いクレープだったら。なかったら、どっか、他のところに行こうよ」
徐々に列が進んで、メニューが見える位置に近づいてきた。小さなおしゃれな看板に、いちごやバナナの定番の生クリーム&フルーツ系やサラダアボカドやタマゴツナとかのオカズ系、そして、アイス系。
「ウィンナーだって。ウィンナーコーヒーと違って、本当に入っちゃってる」
「タコスとかトルティーヤみたいなもんだろう」
「まぁ、似てるのかな。わたしは、普通のがいいかな。ストロベリー」
「こっちは、アイスにしよう。抹茶とバニラの」
「ネタの提供は」
「経験は自分でするように。俺は、普通にデザートが食いたい」
男が甘い物を食べるのは、かっこ悪いと言われようが、砂糖を求めるのが人類。
「好奇心がないと、人生つまらないよ」
「残念ながら、クレープは生まれてはじめてだから、第一印象は悪くしない方がいいんだ」
「仕方ないなぁ。クレープ食べたら、どっか行こうね」
どこか、という曖昧な表現で、行き先を決めようとすると、自分たちの脳裏に宿ってしまうのは、新しくて、珍しくて、普段は行かない場所ではなくて、ただ、アベイラビリティのバイアスによって、身近な場所ばかりが浮かんで――。
「なんで俺の家なんだ」
「え、何か、変わってないかなぁって」
かって知ったるという感じで、ベッドに腰を下ろす。
「好奇心の対象が狭すぎる」
「普段のありふれた日常の中に、新しいものを見つけることが大事なんだよ。リンゴをデッサンするように。知らない女子の髪の毛とか落ちてないかなぁ」
「修羅場を経験でもしたいのか」
どう考えても、そんなところに好奇心を持っていると、浮気調査の探偵目線だ。
「そろそろ、他の女子に、好奇心がムクムクと湧き上がっているころかなって」
ポスンとベッドに上半身を倒す幼馴染。
ちょっと待て。これは、まさか、誘っているのか。クレープの味のするヴェーゼを。
『抹茶味がする……』とか言われるのか。
まぁ、安易な誘いにはのらないのが、君子。
「心配しなくても、俺は好奇心が少ないから一途なんだ」
「なにそれ。わたしの興味を刺激してよ。将来も、一番に読んでもらうんだから」
幼馴染は、ベッドから起き上がって、鞄の中から紙の束を出す。
小説。もう7作目。初めは、本当に素人に毛が生えたような作品だったけど。
「『タイトル未定』でいいのか」
「あとで決める」
珍しい。いつも、タイトルは書いているのに。(仮)だったとしても。
幼馴染をベッドにおいたまま、机で読みふける。
それは、不器用な幼馴染との延々と距離が縮まらないラブコメだった。
「これって――」
「もう書くことないんだけど」
「じゃあ、没で」
ストーリーが完結してないし。中途半端だし。
「へたれ」
「結婚してから、最後まで書こう」
「……長いなぁ。タイトルは、君と私の長すぎる恋とかにしようかな」
「いや、もっと長文タイトルにしないと」
「なんでっ」
「だって、ラブコメは、ライトノベルになるからな」
「じゃあ、もっと日記のネタ、ちょうだい。もっとコメディにしないと」
「そのためには、ライバルを――」
「ああ、対立、葛藤。粉砕ね」
粉砕は、ダメじゃないか。負けヒロインを確定演出。
さすがに、現実でやるものじゃない。




