チョコレート、ラストワン
2月13日、バレンタインイブ――正確には、授業が終わった放課後。
友人の杉本が、つかつかと上履きでいい音を鳴らして近寄ってきた。
「明日は、バレンタインか。どうだ、何個、もらえそうだ」
二月のうんざりするようなイベント。たいだいの男子は、ゼロ個の記録を更新し続け、いずれ、このイベントは、女子同士でチョコをあげあうイベントだということにしてしまう。
「バレンタインなんていくつでもいいよ」
期待しないことを学び、青年は大人になっていくのだ。
「寂しいやつめ。俺は、チョコが欲しいと正直に叫べば、心優しい同級生が、涙ぐましい10円チョコを、100倍返しで、と渡してくれるかも、しれないのに」
心優しい同級生だったら、せめて100円レベルのチョコであって欲しいし、それに3倍返しで我慢してもらいたい。
お前は、クラスで笑いを取るポジションだから、いくつかは、もらえるんだろう。俺が、そんな、バレンタイン欲しいですなんて言ったら、キャラ崩壊もいいところだ。
「さっさと、部活行くから」
「ふむ、しかたのないやつだ」
今日も明日も、なんの変哲も無い日常の一日だ。
そうに決まっている。
2月14日。
妹が先に食事をして、朝練に向かった以外、いつもの朝だ。まぁ、バレンタインで交換用のチョコを昨日の夕方に作っていたからな。珍しく、朝練に参加するのだろう。そして、友チョコ交換会。
下駄箱を開けるまでは、何も気にしていなかった。本当だ。
別に、下駄箱に、チョコが置いてあるとか、そんなイベントを期待もしていなかった。
だが、現実は、乱暴に、俺に理解できない不意打ちを加えてきた。
ザアアアァァァァァァァ――――!!!???
下駄箱を開けたときに、数十個小さいチョコレートが滑り落ちてきた。なんとか、全部落ちないように、腕で止めたが。
ドッキリだな。どこの世界のラブコメのイケメン主人公だ。
こんなことをするのは――杉本か。人生楽しそうだな。
まさか、100倍にして返せと。返さないぞ。
下駄箱の中を見ると、意外と大きめの100円や200円のものも、そして――。
なんだか、大きな、包装をされた箱が二つ。
まぁ、これも杉本の狙いじゃないか。まぁいい。
奥にビニール袋もあるし、全部、詰め込ませてもらおう。
ってゆーか、恥ずい。
周りの男子の目が、異常なモテ野郎、くたばれ、と言っているようだ。そして、女子は、クスクスと笑っているし。
教室に行って、杉本を問い詰めるとしよう。そして、迷惑料で、チョコを美味しくいただこう。甘い物を食える、今時の男子だから。
「あっ、橋村くん、100倍で返してね。10円チョコ」
「わたしも、わたしも」
「キノコの村、布教」
「タケノコの山脈だよね」
クラスの女子たちが、パンパンのビニール袋を持つ俺に向かって、青春陽キャイベントの押しつけを行ってきていた。
杉本、まさか、クラスの女子に呼びかけたのか。いったい、何人分なんだ、これ。
いくつでもいいとは、何十個もらってもいいという意味ではない。0個でいいという意味だ。そんなことが分かっていないとは、思ってないが。
「す、杉本は?」
「杉本。あー、さっきまでいたけど」
「逃げたわね」
「間違いなく」
「お返し、よろー」
はぁ、めんどくさいやつ。
朝のチャイムが鳴る前に、鞄に無理矢理、チョコを突っ込む。一応、バレンタインで教師が見て見ぬふりでも、あからさまなのは、ダメだろうし。
それにしても、本命みたいな箱のチョコ二つが気になる。
――結局、昼休みまで、杉本を捕まえることはできなかった。授業が終わると同時にやつは消えていた。
「おい、これ」
「おおっ!ついに、本命チョコを得たのか。良かったな。お前は、今日、一番チョコをもらった男であり、しかも、本命まで手に入れた、ナンバーワンだっ」
どうでもいいわ。こんな作為的なナンバーワンがあってたまるか。
不正投票にもほどがある。10円チョコで何個水増ししてるんだよ。
「おいおい、俺は、女子という女神たちに、チョコを恵んでやってくれ、と言っただけだぜ。それは、まさしく、お前のモテ度を可視化したものだ。ふむっ。10円チョコ、25個、150円、4個、200円、3個。本命、二つか。悪くないじゃないか」
「クラスの女子の数をオーバーしているが」
クラスの女子の人数は、23人だが。
「まぁ、10円チョコは、2、3個入れた女子もいるさ。些細なことだ。大事なのは、お前に、ラブラブなチョコをあげたい女子が、二人もいることだ」
『も』とつけるところに悪意を感じるのは、俺が、悲観的だからか。
そして。
「それで、これは、お前の分か」
「ふっ。開けてみるしかあるまい。このパンドラの箱を。中は、カラかもしれないぞ」
「重量はあるよ」
まさか、杉本。石とか詰めてないよな。それは、エンタメ力が低い。
とにかく、開けてみるか。なにか、差出人が分かるヒントがあるかもしれない。それに、片方は、ちゃんと女子からかもしれない。
「ふむふむ。綺麗に成型されたハート型だな」
ああ、一つはな。
もう片方は――
「板チョコが層になっている。これが、お前の分だな」
「板チョコこそが、チョコの完成形だ。俺とお前の固い友情が続くようになっ」
パキッと五枚の板チョコを、膝でかち割った。
これが、青春のリアクションだ。せめて溶かしてくっつけておくべきだったな。
「なるほど。10枚必要だったか」
「そういう問題じゃないな。ホワイトデー欲しいか。可能なかぎり、柔らかいお菓子を準備しよう」
「綿菓子を持ってくるのは、大変じゃないか」
「そのチョイスは、不可能だ。持ち運ぶのがだるいから」
「それで、そちらのハートマークの主は、どうするんだ」
ああ、これは――。
あいつからか。ハートマークのチョコに、チョコペンで大きく花丸が書いてある。
椿騎の名前から、小学生みたいな花丸を書くのは――。
放課後。バレンタインデーの最後のおこぼれを目当てに、何人かの男子が、そっけない感じで残っている。友達同士でだべったり、なぜか今日だけ学校で勉強していたり、本を読んでいたり。
少しすると、杉本が、喜べ、お前ら、余ったチョコをもらえるぞ、と教壇を乗っ取っている。社交性の高い女子と異性に積極的じゃない男子を仲介して――。コンビニで買えるチョコたちが、クラスの活性化の養分として送られていく。
そのクラスのイベントを尻目に、俺は、他のクラスへと向かっていった。
きっと、部活をやっていない幼馴染は、四階の自習室の定位置で、今日も、放課後まで時間を使って帰るんだ。
近づいても、彼女は気づいていないようだ。
試験前ではないから、小説でも読んでいる。
俺は、彼女が振りむくのを待つこともなく。
「椎崎、チョコ、その、ありがとう」
ワッと、肩を少しあげたあと、こちらを向いたあと、きょとんとしていた。
そして、首を振って、口を開く。
「わ、渡してない」
え、これ。違うのか。
俺は、鞄から、慌てて、一つの本命チョコを出す。
椎崎は、そのチョコを見た後、特に驚きもしない。どう考えても、小学生の頃、椎崎からもらったチョコに似ているのに。
ゴソゴソと、椎崎は自分の鞄から、一つの包装を出す。
「えっと、チョコ。これ」
「お、俺に」
「うん。あと、チョコ、もらいすぎ。入らない。困った」
杉本。お前のせいで、恥をかいた。俺と幼馴染、両方。
「渡せて。よかった」
「そ、そうか・・・・・・もしかして、杉本にお願いされた」
結局、中学の間は、一個ももらってないし。どっちも自分から、話しかけるタイプじゃなかったから。恋愛系のあからさまな日に、話しかけることは避けていた気がする。
「ふふっ、そうかも・・・・・・そうじゃないかも。」
曖昧な――。これは、本命なのか、義理チョコなのか。
そして、そうなると、この花丸チョコレートは。
「よくやった。橋村妹よ。椎崎のものと見事に勘違いして、向かったな」
「杉本先輩、上手くいきましたね。ほんと、椿みたいに、一気に恋に落ちないものですね」
「妹からのチョコを本命と受け取る兄の姿が滑稽だ」
「バレないものですねぇ」
「それで、橋村妹、俺の分のバレンタインはもちろん」
「ありませーん。兄のホワイトデーで我慢してくださーい」
部屋で、椎崎からのチョコをあけると、綺麗に四角のチョコに、椿の花がチョコペンで描かれていた。
「さすがに、いまだに、花丸はないか」
「お兄ちゃん、義理と人情がこもってるから、お返しはお願いね」
「お前からは、もらって――・・・・・・あー、わかった」
「うん。100満点花丸あげちゃう」
「お返し、期待しておいていいよ」
「やったっ」
感想一覧
一言
チョコの大量投入は
本命を隠すための杉本くんの策略、
かと思いきや、
もう一段仕掛けがあったとは
それはそれとして
十円でも、百倍で返すとなると
千円ですから、
橋村くんはホワイトデー破産するのではないかと
心配になります
マシュマロのように真っ白になって
燃え尽きないと良いですね
投稿者: 日浦海里
---- ----
2022年 08月30日 06時22分
設定
感想ありがとうございます。
作戦は、二段構えがエンターテイナーですね。
そうですね。10円チョコでも100倍は大きいですね。綿菓子にして、体積だけでも100倍にしてしまうという手も。
まぁ、100倍気持ちを込めたという感じで、許してもらいましょう。
チョコが溶けそうな、季節外れの小説をお読みくださりありがとうございます。
削除する
雨森ブラックバス




