表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/227

カップルとは振った方の負けなのである

振り振られ、めぐる世界は、振ったら逆転ざまぁ世界。

振るか振られるか、同じ別れるなら、振られなきゃソンソン。


 ざまぁが流行る昨今、相手を先に振る行為は、すなわち、『負け』を意味する。振られた側が、逆に、巡り巡って、『勝つ』のは世のことわり。相手を振るという行為には、振った方が悪いという印象を与えやすいから。そして、その悪い印象のヒビが破滅をもたらす。


 よって、別れたいときは、相手の方から別れを切り出させなければならない。それが、ネット小説に毒された者たちのあり方だ。いや、自分が悪者になりたくない者たちのあり方なのかもしれない。


 破局するならば――。

 振られた方が『勝ち』なのである。





「そんなに嫌いだったら、別れたらいいんじゃない」


「いや、俺は別れない。絶対に、俺から別れるなんて言わない」


 幼馴染に今日も彼女の愚痴を言う。最低だろう。分かってやっている。彼女の悪口を女友達に話すという、およそ男子には考え難い行為だ。


 女子会で彼氏の悪口が飛び交うという噂があるけど、誇りある男子は、男子会では数学や政治や法律の問題について、日夜熱い議論を交わすのみ。もちろん、ゲームを片手間にやりながら。

 そして、まさか異性相手に、同性の悪口は言わないのだ。だけどヘイトをまずは稼げと言われるし、振られるには仕方ない。幼馴染というのれんに、腕を押す。伝われ、この想い。俺の彼女に。


「長いよねぇ、結局……」


「もう別れると言って、二年だ」


「なんか、離婚する離婚する言っている夫婦みたい。結局、しない。犬も食わない夫婦ケンカ」


 そう、もう二年だ。これだけ長いと、もはやケンカするほど仲がいいよね、と科学的には否定されているはずのことまで、言われてしまう可能性がある。迷信の入り込む余地まで与えてしまう。

 だが、俺は絶対に別れる。たとえツンデレヒロインとケンカばかりで、最終的には、という流れがあったとしても、俺たちは、上手くいくわけないんだから。

 振って欲しい。俺から振るつもりはないから。


「なんか、お互いにきちんと話し合って、別れるはできないの」


「今の俺たちに、冷静な話し合いは不可能だ。いきなり断罪イベント。女子の怒りが噴火するように、突然のブチギレイベントしかない」


 まぁ、でも、一応、ガス抜きをしながらだからな。あんまりヘイトを稼ぎすぎると、刺されるとかいうバッドエンドもあり得るし。

 振られるけど、こっちが100パーセント悪いではダメなんだ。振られるといっても、あくまで、それは対等の立場で振られないと。もしくは、向こうが少し悪いくらい。シーソーのように、少しでも悪い方は、全面的に悪いとなるのが、男女関係の感情論。


「大変だねぇ」


「そうだ。大変なんだ」







「なんで振られないのか分からない。おかしい。こんなはずじゃなかったのに」


 わたしの彼氏は異常だ。どこが異常かって。これだけ、あんまりいい女じゃないムーブしているのに、別れようと言わないところが。

 今日も、わたしは、彼氏の幼馴染に、彼氏の悪口を言って、それとなく振ってくださいアピをしているのに。


「わたしは、だいたい理解してるけど、何も言わないよ。カップル同士のことに口を挟むと、面倒だから。聞き役に徹する」


 彼氏の幼馴染の性格が良すぎる。わたしだったら、きっと我慢できない。いや、もしかしたら、性格がいいせいで、わたしのそれとない別れて要求がマイルドになりすぎているのかな。


「ありがとう。わたしもアドバイスとか、あんまり求めてないから。聞いてくれるだけでいいから。だいたい、二年経って、手も握らせない、腕も組まない、キスもしない、さらに誕生日を忘れる、バレンタインも去年は渡してない、もちろんアレもなし。これで、別れたいって言わないなんて、仏なの。悟ってるの。悟り世代の絶食系男子なの。怒ったら負けだと思って、完全に冷静さを貫いているの」


 とにかく誰でもいいから付き合ったんだ。そのはずだ。振られてからが本番だと思っていた気がする。振られた後に、可哀想なわたしに、スパダリが来るはずなんだから。まぁ、別れたところに、ハイエナ系男子が来る可能性もあるけど。わたしは自分の見る目を信じている。

 カップル解消からが、わたしの高校デビューなんだ、と心に決めていたはずだったのになぁ。


「でも、自分からは別れないんだよね」


「前も言ったけど、わたしは自分から振るつもりはない。だって、女子から振りづらいし。そこは男らしく告白と一緒で、空気を読んで、先に振ってくれないと。これだけ、もうあなたに興味はないよ、ってサインを出してるのに、察しないの」


 まぁ、本当の本音は、隠しておく。まさか悪役令嬢、追放ざまぁ、婚約破棄に染まって、一度振られてからがスタートだと思っているなんて言えない。たしかフェミニストも離婚して初めて一人前とも言ってる。一度振られることは、勲章。ドアマット系ヒロインのように、不幸な目に遭うから幸福になる。禍福かふくはあざなえる縄のごとし。


「自然消滅とかにならない?」


「でも、無視しすぎると、わたしが悪いみたいになりすぎるし。キッパリ振ってくれないと。後になって、追いかけてストーカーになるかもだし」


 男女関係というのは、キッチリ処理しとかないと。元カレがワンチャン狙って、めんどくさいことになりたくない。

 ほんと、完全に向こうが悪いみたいな展開だったら、婚約破棄します、みたいに、こっちから言ってしまうのに。

 絶妙に、こっちの方が悪いかのように姑息こそくな手を使うんだから。


「なんか大変だねぇ」


「そう、そうなの」






「聞いたよ、まだ手もつないでないんだって」


「いや、だって。なんか、それは悪いかなって・・・・・・」


 まさか、幼馴染に向かって、振られるためだけに付き合ったなんて言えない。少なくとも初めは好意があったと思われてないと……。

 彼女に裏切られて、それから、可哀想な俺に、いろんな女子がチヤホヤと寄ってくるはずだと、考えていたなんてさすがに言えない。幼馴染の友達でもあるわけだし。


「付き合ってるんだよね」


「もちろんだ。相思相憎の中だが」


「あのね、両方とも自分から振らないってわたしに宣言している状況なんだよね。ずっと。もう、それなら、仲良くすればいいのに。手もつないでないなら、何も進展してないみたいだし」


「いや、そこまではできない。別れるつもりなのに、無駄な愛着が湧いたら、どうする」


「付き合ったままでいいんじゃない」


「それはダメなんだ。これは振られないといけないんだ」


「ねえ、わたし、そろそろ分かってきたけど、もしかして嘘コクしてオッケーされて困ってて、振られたい、という状況だったりするの」


 嘘コク。いやいや、告白は本当だった――。

 幼馴染の澄んだ瞳が問いかけてきている気がする。なにか、誤魔化してない、と責められてる気分になりそうだ。


 そうだよ。振られるためだけに付き合ったというのは、ただの自分への言い訳。そんなわけはない。後付けだ。理由なんて。

 本当の、本当は、好きな人に告白するのが怖くて、その友達に……。


 あ、ダメだ。これ、俺、最低だ。

 振ってくるか。振られる資格がないな。






「ちゃんと振るように言ってはみたけど。ねぇ、なんで付き合って、手も握らせないの。二年だよね」


「そ、それは……」


 い、言えない。あなたの幼馴染に最初から振られる予定だったから。

 あんまりわたしとの思い出とか残すと、男子は上書き保存しないみたいだし。

 

「ねぇ、もしかして、付き合ってるなんて嘘だったりするの」


 うっ。

 嘘。たしかに、これは長い嘘と言えば、嘘だ。振られるための関係。

 いや、でも、本当は――。

 

 目の前の穏やかな瞳。そんな目で見られる資格あるの。

 本当は、わたし、この子の幼馴染に告白されて、オッケーなんかするつもりなくて。でも、なんか優越感みたいなものに浸って。ちょっとだけと思って。だから、何もしないようにって。それなのに、いつのまにか。自分に嘘をついて。言い訳して。


 あ、ダメだ、これ。わたし、悪役だ。

 振られる役じゃない。







「いいや、こっちが振る」

「ダメ。振るのはわたしから」

「俺が最初に、振るんだ。振ってやるから、後で振るんだ」

「いや。違うから。わたしが振る。だから、好きにすれば」


「な、なにをもめているの」


「「こいつが振られたがらないから」」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ