10話目 空気少女と猫
僕が、校舎の縁を歩いていると、その日、空から降ってくる美少女がいた。
スカートだった。
快晴の水色の空に、白い雲が一つ。
ぷかぷかーー。
にゃああああああああああっっっ!
呆けていた僕は、ばすんと真っ暗闇にーー少女の太ももの間にはさまって、しまった。幸い、僕は、少女と同じ方向を向いていたので、スカートをまくり上げて、暗闇を脱出した。
「ね、猫さん?」
にゃあ?
そうだよ、吾輩は猫です。
まあ、まだ貫禄もない小さい子猫だけど。
一応、すりすりしておこう。害意がない証拠に。別に、女の子の太ももに、頬をすりつけたいわけじゃない。
首を上げて、少女が誰か確認しようとするとーー。
また、白い三角形。
どうやら、しゃがみ込んだようだ。
「わぁ、可愛い」
ふむふむ、これが、女子の可愛いですか。
可愛いと言っている私、可愛いですか。
「どこの猫さんかニャァ」
なんというあざとさ、猫を殺しに来てる。
撫で回さないで。野生の猫は危険がいっぱいだよ。
「猫ちゃん、迷子かな。首輪もないけど。それに小さい。捨て猫さん?」
わしゃわしゃと猫をくすぐる少女。
猫をダメにするテクニック皆伝の手つきだった。
だからーー。
「や、やめれェェ」
「え、しゃべった!」
とっさに手を止めた少女の手から逃れる。
「猫さん、しゃべれるの?」
「吾輩は猫ですから」
「あはは、漱石だ。漱石猫だ。名前はまだないの?」
「まだ、ない」
「猫も、漱石読むんだ」
なんだ、この少女は、猫と普通に会話しているんだ。
普通、驚いて、距離をとるだろう。
こっちが驚くぞ、いや驚くニャ!
「私、空凪。ソラナギって、読んでね。猫さん。で、猫さんはーー、猫さんは野良なんだよね」
「誇りある野良猫です」
「じゃあーー」
あ、やめて。そんなところ見ないで。
「オスなんだね。オスオスーー。名前。私の一字をあげるよ。ナギちゃんで」
おい、性別を確認した意味は。なんだか、メスっぽいんだが。というか、名前がかぶるでしょ。
「まあ、好きに呼べばいいよ」
「うん、好きに呼ぶね。ナーギ」
「にゃあ」
この少女のことを、ソーラーと呼ぼう。太陽パネルみたいな強さがあるよ。日向ぼっこは、猫のジャスティス。
「あはは、猫っぽい」
猫ですから。鳴き真似しているわけじゃあないよ。
「猫さんには、私の秘密見せてあげるね。喋れる猫さんに、私の特殊な能力を」
少女は自信満々でいい笑顔を作っている。
少女は手のひらにを前に突き出して、目を閉じる。
すると、空気の塊のようなものが、少女の手に集まってきて、そして、発射されたーー校舎の壁に、それは、もう勢いよく。
「ね、すごいでしょ」
「穴が空いてるけど……にゃあ」
「えっーー」
少女は、なぜかパッパとスカートを手で払うと。
「わたし、何もしてないよ」
すっとぼけた。
校舎の上から降ってきて、平気な時点で、分かっていました。普通の少女ではないと。
「にゃあ、ソーラー、言いづらいにゃ、やっぱり、ソラでいいにゃ。ソラは、馬鹿にゃ」
「なに、にゃにゃぁ猫らしくしてるの。それで馬鹿にしてるの誤魔化せると思ってる」
にゃにゃあああ、逃げるにゃーーーー。
「で、ソラはなにをしているのか」
「うん、最近、生徒が行方不明になったり、死んだりしているの知ってる」
「にゃあ」
猫の知識網を甘く見るなよ。猫の手も借りたら、情報なんてチョチョイのチョイだ。その怪奇事件は知ってるよ。
「ふーん、猫って詳しいんだ。まあ、男子が一人死んで、二人は行方不明。こっちは女子と男子だね。学校も休校になってるし」
「なんで、ソラは、ここにーー」
「決まってるよ。探偵だからだよ」
「探偵?」
「そうだよ、ワトソンくん。わたしは、探偵なの。難事件を次々と解決していく予定のね」
予定?
うん、聞かなかったことにしよう。
まあ、猫には関係ない話だと。僕は三毛猫でもないし。
「で、何か証拠でもあったの。学校に」
「ふっふっふん、私、学校の屋上で、これを見つけちゃったんだよね」
少女は鼻持ちならないを絵に描いたような顔をしていた。
「なに、それ」
「行方不明の女生徒の腕時計」
屋上ーーふだんは日向ぼこができない閉ざされた場所だ。鍵が閉められているから。
「なんで、そんなところに?」
「そこは、まだ証拠が足りないよ。これは、ファクトであって、エビデンスではないんだ。まだ、一本の線にはならないよ」
「なにカッコつけているにゃ」
「なに、可愛くしてるのよ」
やめるにゃ、脇をくすぐるにゃああああ!!
ちょっ、やめ、あふんーー、って、なに言わせるにゃあああ!!
「犯人は、なにが狙いだと思う」
「女の子は家に帰るといい。危ないから」
「ええ、猫に言われたくなーい」
「失われた腕時計、二人の行方不明者ーー」
証拠がなさすぎる。事件の概要が明らかでないにゃ。
「男子は、どこで亡くなっていた」
「ちょっと待って。わたしの事件ファイル1を見るから」
初心者探偵さんのようだ。いや、僕は全く期待してなかったけど。
「男子は、どうやら、お腹に何かが貫通して亡くなっていたようね。早朝の学校の教室で、一番初めによく来る生徒が発見したみたい」
覚えておいて。探偵は記憶力大事だよ。シャーロットにもホームズにもなれないよ。
「それは、ちょうどソラの空気砲みたいな穴がーー」
「猫ちゃん、わたしを疑ってるのかな」
あっ、やめ、やめてぇーー、女の子は犯人じゃないです。そうです。その通りです。これで、世界人口の半分を容疑者から外せたぜ。
ひょい、と僕はソラから逃げる。そして、9マイルーーいや逃げるには遠すぎる。まあ、距離を空ける。
「でも、犯人は、どうやって、屋上に行ったんだと思う?」
「それは、ソラみたいにふわっと浮かべばいいじゃない」
「となると、犯人は、空を飛べるわけだ。常識的にありえない」
空気を操ったり、猫がしゃべってるのに、常識とは、いかん。
というか、やっぱりソラが犯人でよくないかな。
「なんで、ジト目で見てるのよ」
「にゃ、にゃんでもないにゃ」
「な、が一つ残っているよ」
しょうがないにゃ。これは、僕の頭脳が起こす猫語なんだから。
「ふう、しょうがない。占い研を頼ろう」
占い研?
なんだ、そのオカルト研みたいなところ。
まさか、キーコーでも飲ましてくれるのか。
「やっはろー、ソラナギ」
占い師は、ギャルだった。
ああ、世界観が壊れちゃうよ。
とにかくミニスカで茶髪、ネイルもコテコテーー。あれ、こんな格好して学校通っていいの。ルーズソックスは一昔前のセンス。
「なになに、猫なんて連れて、ああ、去勢ね」
「にゃあああああ!!」
「冗談だよ」
「そこの瓶に入っているのが猫の睾丸」
「……」
「ウソウソ、ヤギのね」
うう、かえりたいにゃん。ここにいると桜耳にされる。僕の発情期はすでに絶食系だから安心して欲しい。
「サキ、犯人占って」
完全に力技だった。
『探偵は占い師に駆け込む』
うん、ひどい三流探偵団。ダウジング探偵並みだ。
「わかったよ。それじゃあ、いっくよー!ナンタラカンタラナンタラカンタラーー」
いや、呪文は口にするなら、もっと考えようよ。ここ見せ場じゃないの。水に濡れてきたりしてもいいからさ。
もっと、もったいぶろうよ。
「ーーふぅ、犯人はネズミね」
ネズミーーそれはバケネズミ的なーー。
「動物に変身できるみたい。変な能力ーー」
ちょっと、ちょっと待って。僕を見つめないで。
分かった、分かったからーー、僕は無罪だから。
僕は人間の男に戻った。
「へえ、猫かと思えば、とんだ変態だったわけだ」
「変態?ドゆこと、ソラナギ」
「わたしのスカートの中に入ってきた」
入ってきてない。無理矢理入らされたんだ。
「ああ、猫に変身できたら女子にイタズラしたくなるよね。しかたない、しかたないーー」
サキさんが、楽しそうに笑っている。僕は、そんな節操なしじゃない。猫になっていたのはーー。
「というか、あなた、行方不明の男子じゃない」
「え、そうなの?」
ソラ、探偵として被害者の顔を覚えておこうよ。まあ、被害にはあってないけど。ちょっと殺されそうになったから、逃げただけだ。
「で、この男、捕まえておこっか。犯人かもしれないし」
「ちょっと待って。この占いだと、動物化すると、完全に動物と同じ習性になるみたいだけど」
その占いとやら詳しく。
便利。能力探知的なーー。
「この猫、人間っぽすぎなかった」
「たしかにーー、どちらかというと、いやらしい猫だった」
誤解。誤解だ。
「でも、痴漢だから捕まえていいよね」
「とにかく、話を戻そうよ。動物化するアニマルを捕まえる話に。で、今はネズミになってるの」
「まあ、そう見たい。能力は、見た動物に変化するやつだね」
「ふむ、風穴を開けるような動物?」
ソラが腕を組んで考えるポーズ。多分、なにも考えてない。
「シロアリとか」
それは、アレだ。いや、言わないけど。
というか、もっと大きな穴なのでは。そんな内部から食い破る幼虫じゃないんだから。
「そも、殺された男子生徒を動物に変化して、やったとは限らないし」
たしかにーー、占い師の脇で猫役をしたいです。
「分かったっ!!分かりましたよ。消去法的に、残りの行方不明の女子が犯人だ!!」
おーい、迷探偵。
ついに、お前が犯人じゃなければお前理論が来ましたよ。
「そもそも、犯人は男だった。殺されそうになったから、猫になって逃げたんだから」
「ちょっと、助手そういう話は早くしてよ。よし、犯人の似顔絵をーー」
「憶えてない。というか見えなかった。制服の男子ということしかーー」
僕は、その後、一昨日の逃走劇を語った。僕は、その夜、とある理由で深夜のコンビニの寄って、帰宅するつもりだった。けど、学校の屋上の方で光る何かが目に入って、学校に向かってみたんだ。
すると、女子の悲鳴。僕は、急いでその現場に向かっていった。なぜなら、物語には二つのパターンがあるから。一つはーー、被害者が現場に乗り込んでいくパターン。もう一つは犯人が被害者に向かってくるパターン。
僕は境界を乗り越えた。
その時、僕はネコだった。
誓っていう、怖かったわけじゃないにゃ。
でも、困ったことになった。
僕は今、全裸だった。
完。
「ごめん、そのネコから人に戻る時に服を着ていた件は大丈夫。そんな徐々トリックはないから」
ソラが冷たい。
僕は出来るだけ話を面白くしようとして、小手先の愚行をしているだけなのに。
まあ、ネコになったはいいんだけど、ネコだと不便だから結局、人間になったんだよね。だって、ネコだと扉も開けられない。僕は光がした屋上の方へと足を向けていった。(どうやって校舎に侵入したかは聞かないで欲しい)
そこにいたのは、女生徒を食い散らかす何かだった。
這い寄る混沌と目があった瞬間、熱い光が頬を掠めた。僕は、一瞬で猫になってフライングアウェイ。校舎の下の隅で、捨て猫のふりをして過ごしました。
で、イマココーー。
「うーん、熱線を出す、つまりはグラビ……もぐぅ」
「どうやらちゃんと占いが機能してなかったようね。きっと犯人の近くに、あなたがいたせいで、精度がズレたのね」
あ、うん、なんだか、この占いの的中率が怪しくなってきたぞ。僕はいったい、何を信じればいいんですか。
自分の見たものですよね。そうですよね。ネズミどこいった。ネコだから探しますけど。
「もう一度、ちゃんと占うからーー」
水晶玉を出してきた。
サキサン、本気モード。
「どうやら、なんでもいいみたいね」
「なんでもいい?」
「つまり、目に映るものならば、神話上のものでも、ゲームのキャラでも、なんでも変化できるみたい。そして、その習性を引き継ぐ」
なんか、能力が上方修正された。これは、ひどい。
僕なんて喋るネコにしかなれないのに。
四次元ポケットを所望する。
僕とソラナギは屋上へと上がってみた。
なぜなら、犯人は現場に戻ってくるから。ついでに、被害者も戻ってきてます。まあ、被害はヒゲが焼けた程度だけどね。
「見て、ここに焦げたあと」
「それは、不良の花火かタバコじゃない」
僕は、安全ーーいや、奇襲のために、ネコになっている。
床のちょっとした黒ずみから、フェンスの方の焦げ跡に向かう。射抜かれたフェンスがどろりと溶けている。
「何かな、なにに変化したんだろう」
「ソラ、分かんないの?」
「ナギはわかったの?」
「僕はね、初歩的な科学だよ。こんな熱線出せるのは、アンドロイド以外ありえない」
「はい?」
「アンドロイドにゃ、もし変な生物に変身してたら本能のまま暴走して大騒ぎにゃ。しかし、この犯人きっとーー」
「ねえ、別にすぐに変化を解けばいいんじゃない」
「…………」
「ナギ、猫の脳みそって、どれくらいになるの?ーーちょ、ちょっと歩いてこないでよ。スカートの中覗くつもりでしょ」
ひどい言いがかりだ。
でも、なんだか、推理にならないにゃ。僕たちの世界はファンシーなファンタジーだから。
どうしよう、犯人は既に2名の命を奪っている。それなのに、僕はこうして、屋上で日向ぼっこ。気持ちいい。ついに見つけた安息の地。
「結局、腕時計だけか」
ナギは腕時計を指でつまんでプラプラさせている。
ーーだから、僕は、それが分かった。
冷たい校舎の時が止まった。
その腕時計は、罠だと。
襲われた僕が取りに来るだろうと見越して、死体から取り除いた物体だと。
チクタクチクタクーー。
時計は、自分の習性をやめない。
時計は、ただ時刻を指す。
意思はない。
時を刻みながら、時計の主は沈黙していた。
空は、風が止んでいた。
夕凪が、僕らを空間につつむ。
さて、僕は気づかないふりをして、このソラナギと探偵ごっこをしようかニャ。ナゾトケナイ少女とモノカケナイ猫だにゃ。
にゃあ、美少女の太ももの上で寝るのにゃ。
「ねえ、中身はーー君だよね」
「僕はナギだにゃ。だから安心するにゃ」
僕はとりあえず、もう動かない時計に、トドメの一撃を加えた。物理的に破損した証拠は、僕の犯罪の証拠にもならない。
太陽のある空から、雫が落ちてきた。小雨が、降ってきたようだ。腕時計の真実の焦げ跡が濡れていく。