4
「はぁ、びっくりした……」
湖の真ん中に落ちてしまったガードナー卿を引き上げて岸まで連れていくと、彼は大きくため息をついた。
ずぶ濡れになってしまったので乾かしていると、座り込んだまま苦笑する。
「何、この魔法」
「火と風の混合魔法です。ただの風魔法だと風邪引いちゃいますから」
「いや、風邪引くから混合魔法使うとか普通出来ないからね?」
「そうなのですか?」
「さっきも土魔法使いながら別の土魔法使ったでしょ。もう、意味わかんない……何だよ、も~!」
両手で顔を覆って項垂れてしまった……。私、そんなに変なことをしてしまったのかしら。
「えっと……結局、ガードナー卿は私を試したかったのですか?」
「まあね……。戦い方で人となりが何となくわかるし」
「どうでした?」
「……よくわかんない」
「はあ……」
「でも、魔法の技術と精度としては上級者クラスだよ。飛行や混合魔法に加えて、同属性魔法を別に行使できるのはルミナートでも指折りだ。うちの団長でさえ出来るかどうか」
わあ、めちゃくちゃ褒められてる嬉しい。
……ではなく、それはそれで困るわね。そんなこと国に報告されたら強制送還されやすくなりそうな……。
それに、技術と精度はディーネの手伝いのおかげだったり魔石作りで培ったものだし。生活のために出来ることをしただけだから、それほどすごいとは思っていない。
ルミナートではそういう訓練のようなことするの騎士団や魔法部隊くらいなものだものね。戦争があった時代は魔法使いは貴族であれ訓練制度があったみたいだけど、平和になってからは廃れていったし。
「お、乾いた。ありがとうね」
「いえ……」
「ん? 暗い顔してどうしたの」
「……王都に戻ったら、私のこと報告します、よね?」
そう呟くと、私を見ていたガードナー卿は明るく笑った。目を瞬かせていると、肩に手が置かれる。
「僕の任務はサンデリエ卿の見張り。彼が国に対して不利益な行動をとらないか監視する。それだけだよ」
「え……」
「これはただ僕が君を確かめたかっただけの私闘だから。むしろ君に戦闘行為を行った僕の方こそ報告されたらまずい」
私用で魔法勝負を挑まれたの、私……。まあ、怪我をしないよう魔石をくれたし本気ではなかったのだろうけど。
「あ、魔石お返しします」
預かっていた魔石を差し出すと、その手がガードナー卿の手に包まれた。
「いいよ、あげる。迷惑掛けたお詫び」
「え、でも……」
「意地悪言ったのも含めてるから。貰って?」
にっこりと笑った表情は今までとは違った優しい笑顔で、騎士というより年相応の青年に見えた。
「これでも足りないならそうだなあ……」
「?」
手招きされ、何だろうと思いながら顔を近付ける。
すると、頬に軽く熱が触れた。チュ、と音が耳に届いて目の前にある悪戯っぽい笑顔を見た途端、別の方向から肩が抱かれてお兄様の怖い顔が視界に映る。
「何をしてるんだ!」
「お詫びのキスですが何か?」
「何か? じゃないだろう!!」
「あはは、怒ると禿げますよ? さ、ルミナートに帰りましょうかね~」
「待て、話は終わってない!」
素早く立って逃げるようにその場から歩いていくガードナー卿をお兄様が追い掛けていく。二人の背中を見ながら呆然としていた私は、頬を拭う指に気付いて隣に顔を向けた。
「……不用意に男に近寄らないでくれ」
「え、あ……はい……」
貴方も十分近いです……。
恥ずかしく思いつつも口に出来るはずもなく、クロード様の手を借りて立ち上がる。服についた埃を払っていると、不機嫌な声が頭上から聞こえた。
「また他の男に目をつけられた気がする……」
「え?」
「何でもない」
ムッとして顔を背けられてしまったけど、家に着くまでクロード様は手を離してくれなかった。
***
「それじゃ、ルミナートに戻りましょうか」
「ああ……」
家まで戻りガードナー卿の言葉に小さく頷いた後、お兄様は改めて私に向いた。温かい手が頭に置かれる。
「レイラ、身体を大事にな。知らない男には……いや、知っている男にも付いていくなよ」
「子供じゃないんですから……クロード様もいますし、大丈夫ですよ」
「だから余計に心配なんだ……!! どうして男の騎士が監視役なんだ、普通同性にするだろう!? 何か間違いがあったらどうする!」
両肩が掴まれガクガク揺さぶられたけど、否定出来ない自分がいるので強く言えない……。クロード様もあからさまに視線を逸らしているのが横目に見えた。
そのやり取りを見て、ガードナー卿が笑顔で割って入る。
「まあまあ、彼の任期もあと半年弱ですから。交代するまでの我慢ですよ」
「……ガードナー卿、もしかして次の騎士様がどなたかご存知なのですか?」
「ん~、どうだろうねえ?」
悪戯っぽい笑顔を浮かべるけど、これ絶対誰か知ってる顔だわ。ジト目で見ても愉しげな表情は変わらないので、教える気はなさそうね……。
ま、知ったところで私には拒否権もないしどうにも出来ないけど。彼の意味深な笑顔だけが引っ掛かるわ、どんなことになるのか楽しみってそんなのが顔に書いてある。
はあ……彼に何かを期待するのはよそう。無駄に疲れるだけだわ。
「でも、今の君なら案外上手く付き合えるかもね」
「そうですか……?」
よくわからないけど、まあいいわ。
クロード様ではない騎士なら、誰だって同じだもの……。
……って! 何を考えてるの私、また思考が逸れたわ!
バシバシと自分の頬を叩いていると、怪訝な表情のお兄様に呼ばれて改めて顔を向けた。
「レイラ。何かあったらユリスティスに来い」
「え?」
「ルミナートでは会えないが、他国で偶然会う分には問題ない。偶然だからな。不可抗力だ」
お兄様、強調し過ぎです。会いたいと思ってくれてるのは嬉しいけど、監視の騎士様の目の前で堂々と宣言するのは如何なものかと。
「やれやれ、僕が国に報告したら留学取り消しになりかねない問題発言ですよー?」
「私闘沙汰を起こした騎士も大問題だな。しかもそれが誉れある第一騎士団副長なのだから。騎士団長殿の耳に入ったらどんな反応をするか見てみたいものだ」
痛いところを突かれ、ガードナー卿の笑顔が固まる。お兄様も冷たい笑みを浮かべて、お互い笑顔なのに不穏な空気が流れた。
……二人とも、早く帰ってくれないかしら。
「では、お兄様お気をつけて。ガードナー卿、兄をお願い致します」
「もちろん、ちゃんと邸まで護衛するから安心して。レイラちゃんも元気でね~」
「馴れ馴れしく妹を呼ぶな!」
「お兄様、さっさと馬に乗ってください」
長くなりそうなので背中を押すと、お兄様は渋々騎乗した。慣れた動作で馬に跨がる姿はさすがというか、優雅で絵になる。兄という贔屓目を差し引いてもカッコいいと思うのは私だけではないはず。
手を振って見送ると、お兄様の隣でガードナー卿が驚いたような表情をしているのが見えた。
……気のせいかしら? ま、いっか。




