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「……なるほど。精霊は実在していて、レイラは契約し精霊使いになったと」

「はい」


 宙に浮いているディーネを見つめながら呟き、ソファに座ったままお兄様は小さく息をついた。

 その後で隣に座る私に向き、頭が撫でられる。


「さすが俺の妹だ。魔法使いでありながら精霊使いでもあるなんて、すごいぞ」

「……あ、ありがとうございます……?」


 何だか子供扱いされてるような……。お兄様、性格変わってない? 家で会った時よりかなり優しいのだけど……。まるで子供の頃に戻ったみたい。


「精霊だと知られないよう、レイラに似せて弟のふりをしているのだな」

『うん。あと楽しいから』

「ふむ……。精霊の守護があるなら、身の安全はあるか……」

「それで、その……ディーネのこと、ルミナートに報告するのはまだ待ってほしいんです」


 私が精霊使いになったなんて知られたら強制送還される上、軟禁されてしまうかもしれない。婚約も精霊研究の対象になるのも嫌だし、ディーネも黙っているはずがない。

 祈祷祭の時みたいになったら今度こそ死者が出てしまうかもしれないし、ディーネを操るために契約者である私の家族が人質にされる可能性だってある。それはお兄様も例外ではない。

 しばらく思案していたお兄様も、すぐにその考えに至ったのだろう。軽く肩を竦めた。


「そうだな。厄介ごとはごめんだ」

「お願いします……」

「水の精霊、ディーネと呼んでも?」

『いいよー』


 快諾するディーネに短く礼を言い、お兄様は外を見ながら続ける。


「しばらく姿を隠していてくれ。彼が戻ってきたら説明が面倒だ」

「彼?」

「俺は国の許可を得てお前に会いに来ているが、こちらも監視の騎士付きだ」


 そうか、妹とはいえ私は国外追放された犯罪者だもの。家族の接触で逃亡や妨害工作、国にとって不利益な事態にならないか見張りがつくのは当然だ。


「よく許可が降りましたね?」

「お前が出ていった時、俺は他国にいたからな。せめて別れの挨拶くらいさせてくれと掛け合った」

「なるほど……」


 それで、監視付きで会うことを認めてもらえたのね。

 でも、その監視役である騎士様の姿はないようだけど……。


「三日前にここに来てから待っていたからな、家に飽きて周囲を散策すると言って出掛けている」

「それ、お仕事してないのでは……?」

「まあ、こうして知られたくない情報が共有できたので良しとしておこう」


 うーん、騎士ってそんな緩くていいのかしら。みんなクロード様みたいに真面目なわけではないのね。でも、監視に任命されたからには信頼はある人だと思うけど。クロード様が知ってる方かしら?


「お名前はなんというのです?」

「確か――」

『あっ』


 お兄様が言いかけた時、ディーネが短く声を上げて水瓶の中へ潜り込んだ。直後にドアが開き、空色の髪をした青年が中に入ってきた。


「ただいま――あっ、レイラ・ルーリエ」


 突然の呼び捨てに目を瞬かせて迎える。

 年は私と同じか少し上くらいかしら。 猫っ毛のような癖のついた髪に複数使われたピンや耳にはピアス、整った顔にやや垂れ目の瞳を細めて懐っこい笑顔が向けられる。

 服装もクロード様と同じ騎士用の服だけど、詰襟は開かれて鎖骨まで見えている。防具は胸当てくらいしか着けておらず、代わりに銀のネックレスや腰にもチェーンが付いていて……見た瞬間、チャラ男という言葉が真っ先に浮かんだ。

 え、これ騎士なの? クロード様と同じ騎士? 遊び人じゃなくて? 騎士?


「……言いたいことはわかるが、彼はルミナート王国第一騎士団副長のディルク・ガードナー。正真正銘の騎士だ」

「ご紹介ありがとうございまーすっ」


 ……騎士って何だったかしら。しかも第一騎士団って、国を守る要で魔法と剣術両方使える貴族のエリート集団だったような。着てる紫のマントは第一騎士団の色だから、本当なんだろうけど。

 クロード様も少し緊張気味に背筋を正している。

 ええと、ガードナー家は聞いたことがあるわね。確か伯爵だっけ。あそこは男三兄弟で、長男の方は夜会で見たことあるから彼は次男か三男の方ね。

 ガードナー卿は私に近付くと、腰を軽く曲げて顔を覗き込んできた。思わぬ距離感に驚き、後ずさる。


「んー? なんか、前と変わった?」

「は、はい?」

「まず目付きが違うね。雰囲気も、柔らかいというか丸くなったというか女の子っぽいというか」


 私、目付き悪くて雰囲気も固くて刺々しい女らしさのない子だと思われていたの? レイラの印象、一体どうなっているのかしら……。


「せ、生活が一変しましたし。変わらない方がどうかと思いますよ?」

「それもそうだけどねえ。半年でこんな別人になるかな? 君、本当にレイラ・ルーリエ?」


 顔に似合わず鋭い……。やっぱり前のレイラと違うって初対面でもわかるくらいなのね。


「私はもうルーリエ家の人間ではありません。ただのレイラです」

「……」


 怪しまれてる。エリート騎士団の副長の肩書きは伊達ではないわね、外見はチャラ男なのに目付きがさっきと全然違うわ。嘘を暴くような、探るような視線。

 でも、私は間違ったことは言ってないもの。睨まれてるからって怯んだりはしない。嫌われ者上等よ。

 胸を張って見返すと、ガードナー卿は短い沈黙の後で突然吹き出し顔を逸らした。


「ぷっ……! にらめっこしてるわけじゃないんだから」

「変顔をした覚えはありませんけど」

「そうだね、ただ強気な女の子の顔だ」


 楽しそうに笑ったかと思うと、ふに、と頬が指でつつかれる。思わぬ不意打ちに驚いていると、横からお兄様に肩を引かれて背中に隠された。


「人の妹に馴れ馴れしく触らないでくれないか」

「ああ、はいはい。怖いなー、もう。二人して睨まないでくださいよ」


 二人、という言葉に反応してクロード様を見ると不機嫌な表情でガードナー卿を見ていた。

 お兄様は軽く咳払いすると、外を見て話題を変える。


「そろそろ夕刻だな。ルミナートに帰るのは明日でいいだろう?」

「そうですね。彼女も帰ってきたし、今夜は村の宿に泊まることにしましょうか」

「今夜は……ということは、昨日はこの家に泊まったのですか?」

「うん、彼の許可も貰ったしね。あ、さすがに寝室は入ってないよ? そこのソファを借りて休ませてもらっただけ」


 まあ、別に物取りでなければ構わないけど……。ガードナー卿は入ってなくても、お兄様はどうだったのだろう。

 チラッと見ると、お兄様は心外とばかりに眉を寄せた。


「俺はベッドで寝ただけだ」

「……寝室に入ってるじゃないですか! クローゼットの中は見てませんよね!?」

「別に家族なんだから見たところで問題ないだろう。だが、布地が少ないものや透けている下着は男を煽るだけだからやめなさい」

「何見てるんですか! お兄様の変態!」


 瞬時に顔が熱くなって、お兄様の身体をボカボカと叩く。

 ベッドで寝ただけならまだしも、女の子のクローゼット開けて下着までチェックするなんて次期侯爵様がすることではないわ……!

 しかもクロード様がいる前で! 煽るとかそんなの全然考えてないし、出ていく時に適当に持ってきたものだからレイラの趣味だし、誰かに見せるためなんかじゃないのに。いや、王子を意識してたのかもしれないけど! とにかく今の私が選んで買ったわけじゃないのに……恥ずかしすぎて顔だけじゃなく全身熱いわ……!

 ああ、もうクロード様の顔が見れない……。


「あー、麗しい兄妹喧嘩の最中悪いんですが。僕は村に戻りますが、夕食はどうします?」

「ああ、もうそんな時間か。どうするも、食事は村の宿しかないのだろう?」


 お兄様とガードナー卿のやり取りを見て、私はお兄様の背中を押し出す。クロード様も帰る時間だし、男性陣にはお暇してほしい気分だわ。


「では、皆さんで食堂へ行ってください。お兄様もそのまま宿に泊まってくださいな」

「レイラは行かないのか?」

「私は自炊してますので、おかまいなく」


 キッチンに置かれた買い物袋を見て、お兄様とガードナー卿の視線が私に向く。

 ものすごく驚いてる顔してるけど……ああ、そうか。私が料理することに驚いているのね、以前のクロード様と同じ反応だわ。懐かしい……。

 いや、そもそも追放された犯罪者が悠々自適に外食ライフを送れるとでも思っているのかしら? 私としてはそっちの方が驚きよ。どこの優雅な犯罪者よ。


「料理、できるの? 君が?」

「簡単なものでしたら」


 信じられないといった、疑いの眼差しに鼻を鳴らして軽く睨む。

 ガードナー卿は軽い調子だけど、私を敵視しているのは何となくわかる。エリート騎士団の副長だもの、やはり私はよく思われてないらしい。

 ま、王子を害したのだから当然なのだけど。彼の反応は普通よね。


「彼女の言葉は本当です。家事全般を一人でこなしています」

「へえ……裏手に畑もあったし、ロズウェル卿が言うならそうなんだろうね。勉強したのかい?」

「料理は書物やお店の人に教えてもらったりしました」


 前世で一人暮らしを始めた時はレシピ本のお世話になったし、炎青さんにも和食のレシピを書いて貰ったから嘘はついてない。

 ガードナー卿は探るような目を向けていたけど、それ以上聞くこともなく引き下がった。


「……なら、俺にも作ってくれないか?」

「え」


 お兄様の言葉に思わず眉を寄せる。


「私の料理を? お兄様が?」

「問題が?」


 大有りでしょう。私、王宮料理なんて作れないわよ。侯爵家の方が満足するような食事なんて出せるわけないのに。


「凝ったものは作りませんよ? 簡単なものですよ? 質より量タイプですよ?」

「お前はそういったものを食べているんだろう」

「そうですけど……文句言わずに食べてくださいます? 残したら怒りますよ?」


 念押ししてもお兄様は引く様子もなくこくりと頷いた。


「ん」

「……わかりました」


 家族に料理を振る舞う機会なんてそうそうないだろうし、最初で最後だと思って作るしかないわね。さっき食材買っておいて良かった。

 材料を確認しようとキッチンに向かおうとして、ふと立ったままのクロード様とガードナー卿に目を向ける。

 いつまでいるのかと首を傾けると、私の言いたいことがわかったのかガードナー卿は苦笑して玄関に足を向けた。


「ああ、はいはい。君の料理に興味はあるけど邪魔者は退散するよ。ほら、ロズウェル卿も行こうか」

「……はい」

「ではサンデリエ卿、失礼します。また明日」

「ああ」


 ひらひらと手を振って、ガードナー卿はクロード様の肩を押して家を出ていった。

 クロード様は緊張していたけど、二人きりにして大丈夫だったかしら。同じ騎士同士親睦を深めてもらいましょう。

 それより……。


「もしかしてお兄様、家に泊まっていかれます?」

「もちろんだ」

「……ソウデスカ」


 はあ、もうお兄様については諦めよう。沈着冷静なクールビューティーだと思っていたけど、ただのシスコンだったのね。

 けど、心配と迷惑を掛けてしまったのは事実だし申し訳ないとも思っているから、可能な限りワガママは聞いてあげましょう。けど、下着を見たのはまだ許してないわよ。

 さて……食事の準備をしないと。


「お兄様、苦手な食べ物はあります?」

「特にはない」


 あら、珍しい。貴族って野菜嫌いが多いとか果物しか食べないとかで偏食家が多いと聞くけど。


「留学してる国では多彩な料理が出るからな。食文化が発達している国で好き嫌いなんてしようものなら国際問題になりかねない。おかげで苦手な食べ物はなくなった」

「まあ、素敵な国ですね。なんという国でしたっけ?」

「ユリスティス共和国。リディオントの北東部にある国だ」


 ルミナートの北ね。隣国ではあるけど、両国の間に巨大な岩壁と年中立ち込める深い霧に包まれた谷があるので、ルミナートとユリスティス間の行き交いは出来ない。魔法でも霧を晴らすことが出来ないために、街道を作ることも困難とされ旅人が迷い込んだりして遭難者も数多く出たことから、両国側にそれぞれ関所があると聞いたことがある。

 それはともかく、食文化が進んでいる国なんて素晴らしいの一言に尽きるわ。いつか行ってみたいなあ、多彩な料理ってどんなものなのか考えるだけでも楽しそう。


「お兄様、ユリスティスのこともっと教えてください!」


 主に食文化について!

 鼻息荒く振り向いた私に一瞬驚いた表情を浮かべたお兄様だけど、少し目を瞬かせた後で優しく笑った。


「お前がそんなこと言うなんて初めてだな」

「そ、そうですか?」

「以前はやれ王子好みの化粧だのドレスだの身なりばかり気にして、他のことには一切頓着していなかった。口を開けば王子のことばかりで、俺が留学で家を出ることも理由も何の関心も持たなかった」

「す、すみません……」


 ああ、レイラの犠牲者がこんなところにも。それは私ではなかったけど、そんな言い訳も出来ないので素直に謝るしかない。


「……本当に変わったな」

「変、でしょうか?」

「いいや、いい意味で驚いただけだ。出来れば、犯罪者になる前にそうでいて欲しかった」

「…………」

「父上も母上もお前のことは口にしないが、ずっと気にしている。お前の部屋をそのまま残しているし、この合鍵もすぐ渡してくれたんだ。きっと父上は、お前の様子を見に行きたくて肌身離さず持っていたんだろう」

「お父様……」


 会ったら罰せられてしまうのに。それすらも承知の上で来ようとしているの?

 相変わらず、娘には甘いお父様ね……。


「お兄様。こちらの合鍵と私の鍵を交換してくれません?」

「交換? 同じ鍵だろう」

「ええ、同じです。だから問題ないでしょう?」


 言いながらポケットに入れていた鍵を取り出してお兄様に手渡す。

 私が使っている鍵には以前、鈴ちゃんに教えてもらって作った飾り紐が付いている。初めて作ったから不恰好ではあるけど、個人的には味があっていいじゃないと開き直って鍵に付けていた。


「レイラは元気にやってますって、お父様とお母様にお伝えください」

「……ああ、必ず」


 鍵を交換して、お兄様は笑顔で私の頭を撫でるとふと視線を鍵に付いた飾り紐に向ける。


「……俺の私物に付け替えてもいいだろうか」

「絶対ダメです」

「……」


 ねだるような目を向けられた気がしたけど、私は無視して夕飯作りを再開した。


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