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「お待たせしまし、た」
納品を終えて店を出ると、クロード様はこちらに顔を向けた。ただ、一人ではない。
一緒にいたのは……。
「ハーヴィス卿……」
私と目が合ったハーヴィス卿は、居心地悪そうに視線を逸らすと踵を返した。
そのまま去ろうとした背中を見ていた私は、咄嗟に彼の服を掴んで止める。私の行動に驚いた様子でハーヴィス卿が振り向いた。
「何か用か」
「お帰りになるのでしょう? その前にお話が」
手を離し、改めて私に向き直ったハーヴィス卿はクロード様に一度視線を向けた後で私に目を戻す。
「……今、彼にも話したところだが。俺はもう貴女に関わらない」
「はい?」
「結婚の話も忘れていい。兄が何を言っても無視してくれ、俺からも言っておく。俺がしつこく言えば動き辛くなって手を引くはずだ、後はこちらで片をつける」
「……どういう意味です?」
「貴女にはもう関係ないことだ。リーゼ村とやらに戻って普段通りの生活を続けてくれ。下らないことに巻き込んですまなかったな」
それだけ言うと、全て言い終えたかのように再び背を向けて歩き出す。彼が一歩踏み出した時、私の手は背中に揺れる緩く結ばれた髪を掴んだ。
「ぐっ!」
頭皮が引っ張られ、さすがのハーヴィス卿も頭を押さえて項垂れる。やや涙目で文句を言おうと振り向いた彼だけど、私の顔を見るなり固まった。隣にいたディーネやクロード様も同様だろう、自分の顔がどうなのかわからないけど、気分を思うと予想はついた。
私は今、ものすごくムカついているもの。
「ハーヴィス卿。少しお茶をしましょうか」
「…………」
普段なら相手の承諾を得るものだが、彼の都合を聞くつもりはない。断ることは許さない。
それがわかったのか、ハーヴィス卿は大人しく先を歩く私についてきた。
貴族や富裕層御用達のような高級喫茶店の個室で、私達はハーヴィス卿と対面する形で柔らかいソファに腰を降ろした。
ハーヴィス卿が貴族というのもあるし、個室だから込み入った話もしやすいのだ。……まあ、前からこのお店が気になっていたという理由の方が強いのだけど。
高級ホテルの一室のような個室で、優雅な所作で紅茶を一口飲んだハーヴィス卿はここが自室かのように既に馴染んでいる。さすが伯爵家と思わざるをえない。
それはさておき、私は沸々と込み上げる怒りを抑えながら本題に入った。
「先ほどのお話ですが、一体どのような心境の変化でしょう?」
伯爵のことはもちろん、あれほどしつこく魔法使いの子どもを欲しがっていたのに、それすらも忘れていいなんて。私にとっては有難い話だけど、なかったことにしていいなんて急に言われたら疑問に思うのも当然だと思う。
「貴女もそれを望んでいただろう? 何が不満なんだ?」
「そうですね、結婚の話が白紙になったのは喜ばしいことです。けれど、そうなった理由をお訊ねしても何ら不思議ではないでしょう?」
「刺があるな。……まあ、当然か」
「そもそも、魔法使いの子どもが欲しい理由すらも伺っていません」
私の言葉にハーヴィス卿は少し迷った後、諦めたように息をついた。
「……伯爵家を断絶させないためだ」
「え?」
「リディオント王国で魔法使いの貴族は優遇される。魔力が強ければ、尚更な」
「それが伯爵家の断絶となんの関係が?」
優遇も何も今の伯爵家は安泰ではないだろうか。それが断絶させないこととなんの関係が……。
そこまで考えて、ふと嫌な予想がよぎった。
「ハーヴィス卿……貴方は先ほど“後はこちらで片をつける”と仰いましたね。何をなさるつもりです?」
「意外と耳敏いな。……言葉のままだ。身内の始末は身内がつける、それだけのことだよ。貴女も貴族ならわかるだろう?」
「……ライネル伯爵を、実の兄を手に掛けるつもりですか?」
嫌な鼓動がうるさく響く。それを聴きながら訊ねると、彼は真剣な表情で私を見返した。
「あれに近付けるのは弟の俺だけだ。兄がいなくなれば儀式を実行する者はいなくなり、召喚は防げる。これ以上犠牲者は出ない」
「貴方もただでは済まないでしょう」
「そうだ、俺だけ助かるとは思わない。下手すれば死ぬだろう。だから、子供を残しておきたかった」
「……」
「俺は、両親が遺してくれた邸も領地も失いたくなかった。跡を継いで、天国の二人を安心させたかった」
「だから、貴方の血を継いだ魔法使いの子どもが欲しかったのですね……」
理由を知り、視線を落とす。
言いたいことはわかった。彼なりに必死なのも、覚悟があるのも。……思うことはだいぶあるけど。
それだけ、ハーヴィス卿は追い詰められているということだ。
「気分の悪い話だ。これも忘れてくれていい」
「そうですね、とても気分が悪くなるお話です。振り回される方は堪ったものではありません」
「耳が痛いな」
「……サーシャ様はどうするおつもりで?」
苦笑していたハーヴィス卿の眉がピクリと動く。端正な顔が不機嫌に歪み、睨むような視線が突き刺さった。
「どうして彼女が出てくる」
「サーシャ様も振り回された側でしょう。弁解されないのですか?」
「彼女は関係ない」
「必要以上に関わらないよう遠ざけた、の間違いでは?」
幼なじみである彼女を祈祷祭に呼ばなかったのも、私との結婚を触れ回ったのも。サーシャさんを突き放すためにやったことなのではないか。
そんな気がしてならない。
「ハーヴィス卿はサーシャ様のことを――」
テーブルが乱暴に叩かれ、私の言葉は途中で遮られた。カップに入っていた紅茶が揺れて、ソーサーの上に零れ落ちる。
ハーヴィス卿はそのまま立ち上がると、そのまま部屋の扉に足を向けた。
「話すことはもうない。失礼する」
「そうですか。お気を付けて」
強く閉まった扉の音を聞きながら、カップとソーサーを持って紅茶を飲む。花の香りを楽しみながら甘さ控えめのミルクティーを喉に通しカップを空にすると、私は今の気分を吐き出すように息をついた。
ソーサーを置くと、黙って聞いていたクロード様から声が掛かる。
「……どうする?」
「どうもしませんよ。聞きたいことは聞けたので」
「そうか」
「さ、街に出てお買い物に行きましょう。明日リーゼ村に帰ります」
先ほどの話を忘れるように手を叩き、私は務めて明るい声を出した。




