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「おはようございます」
翌朝、いつもの時間きっかりに訪れたクロード様に挨拶すると、すぐに返答はなく短い沈黙が流れた。
「?」
「……おはよう」
少し私を見た後で小さく返し、視線が逸らされる。
昨日に引き続き、今日も反応が微妙だわ。私、何かしてしまったかしら。
「あの……」
「今日は帰宅したばかりだから家で休むんだろう?」
「え、あ……はい。そうですね、少し魔石を作ろうかと思ってます」
「……なら、俺のことは気にせず部屋で作業するといい」
「はい……」
急かされるまま家に戻り、自室へと押し込まれる。
……やっぱり変だわ。様子が違う。
私と目を合わさないし、合ってもすぐ逸らすもの。明らかに私に対して何かを思っている。
好意的ではない、別の……。
(……私、嫌われたのかしら?)
作業机の前に座りながら考えていると、そんな答えが唐突に降ってきた。
街を出るまでは普通だったはず。問題はその後よね、馬車に乗って移動したのがそんなに不快だったのかしら。ルーシアに乗るのを拒否したから、愛馬を馬鹿にされたと思ったのかも。クロード様、ルーシア大好きだものね。
私の心情なんて知るよしもないし――知られても困るけど――クロード様からしたら憤慨する出来事だったのかもしれないわ。
私はもちろんルーシアを馬鹿になんかしてないし、むしろ睫毛長くてたてがみサラッサラで艶やかで鍛えられた四肢がカッコいいなあ、と思いながら接していたのだけど。ルーシアもちょっとは私に心を許してくれてるのかと思っているのだけど。だって、私の手からリンゴやニンジン食べてくれるもの。声を掛けると私を見て尻尾揺らしてくれるもの。
そんな私とルーシアの関係を疑うなんて、クロード様は何を勘違いしているのかしら! 何か腹立ってきた!
「クロード様!」
「っ!?」
勢いよくドアを開けると、音と声のせいかクロード様の驚く顔が見えた。それに構わず目の前まで早足で歩み寄り、腰に手を当てて座っているままの彼を見下ろす。
「私は! ルーシア大好きですから!」
「……は?」
「近付くと顔を寄せてくれますし、ブラッシングしても嫌がったりしませんし、乗りたいなーと思って見てたら脚を折って座ってくれたこともあるんですからね!」
最後のは気まぐれだったのか、一回きりだったけど。それでも、警戒心の強い馬が主人以外にそうしてくれるのは貴重なのだと、専門家ではない私でもわかる。
つまり、それくらい私とルーシアは仲良しなのよ。例え精霊のディーネと一緒にいるせいなのだとしても!
鼻を鳴らす私を呆気に見ながらクロード様がポツリと呟く。
「……そんなことをしていたのか」
あ……ブラッシングはこっそりやってたんだった。だって、クロード様が楽しそうにやってたの見てたからつい……。
で、でもルーシアは喜んでくれたもの。悪いことはしてないわ、うん。……主人のクロード様に内緒だったのはちょっと悪いかなーと思わなくはないけど。
「と、ともかく。私のことは嫌って頂いて構いませんけど、私とルーシアの仲を疑われるのは心外ですので強く抗議しておきます!」
「は!? ちょ、ちょっと待て……色々意味がわからないんだが……!」
「私からのお話は以上です、それでは」
「ま、待て!」
言いたいことを言えたことに満足したので、さっさと部屋に戻ろうと背中を向けると焦った声と共に手首が掴まれた。私の抗議に反論でもあるのかと振り向くと、クロード様は空いた手で自身の顔を押さえて困惑しているようだった。
「……何でしょう?」
「いや……何がどうなってルーシアの話題が出たのか皆目見当がつかないんだが……一つ、明らかに誤解がある言葉が聞こえたからそこだけは断固否定する」
明らかな誤解……? 私、何か間違ったこと言ったのかしら。
「……あ、もちろん私がルーシアと仲いいと言っても、クロード様には負けてると思ってますよ」
ここに来てからの私より、ルミナートにいた頃からずっと一緒のクロード様の方がルーシアにとって一番なのは私だってわかる。そこは理解してるけど、一番ではないにしろそこそこ仲が良いと少なくても私は思っているのだ。
私の言葉にクロード様は疲れたようにため息をつき、首を横に振る。
「ルーシアのことじゃない。今はそれは置いてくれ……」
「私、ルーシアの話しかしてませんけど……」
「俺がお前を嫌っていると言った」
ああ、そういえばポロっと言ってしまったわ。そこは心に留めておくべき言葉だったわね、感情的になると余計なことを言ってしまうのは私の悪いところね。
本当に、魔法効果が弱まっているのね。これは急いで強化魔法を探さないと。
ん? クロード様が断固否定したいことってそのこと?
「俺はレイラを嫌ってはない。……俺ではなく、お前がそうなんだろう」
「え?」
「……だから、街から帰る時にルーシアではなく馬車を選んだんだろう。炎青の店で話を聞いてから、お前の態度が変わったからな」
ええと、何の話だろう。どうやら私が思うこととはだいぶ違う話になってる。
帰るときルーシアに乗らなかったのは私がクロード様に密着するのが緊張するからで、炎青さんのお店で態度が変わったのは――そう、人工呼吸のことを初めて知ったからだ。その後でぎこちなくなったのも私が恥ずかしくて顔を見れなかったからで……。
ああ、そうか。
私が原因なのね。
救命行為とはいえ恋人ではない未婚の男女がキスをして、しかも私の意識がない状態で一方的にしたことだから真面目なクロード様は私がそれに怒っているのだと、自分が嫌われたと思っているのだ。だから、私を見る目がたまに哀しげで視線も逸らすし口数も減っていたのだわ。
それに、馬車に乗る時にディーネが冗談で言った嫌い発言も影響があったのかもしれない。
いくら恥ずかしくて照れくさかったなんて思っていても、言葉にしなきゃ相手には伝わらないし私の思考なんてわかるわけないもの。私だって、今クロード様がこうして言ってくれなければ自分勝手に解釈して誤解し続けていたわ。
……あれ、それじゃルーシアを嫌っていると思われていたわけではないのね。それなのに、壮大な勘違いをした挙げ句あんな剣幕で捲し立ててしまって数分前の自分が恥ずかしい……!
と、とにかく今はお互いの誤解は解いておくべきね。私だって間違ったことは訂正しておきたいし。
「クロード様、私は貴方を嫌ってなどいませんよ」
「だが帰るとき……」
「あ、あれはまだちょっと人工呼吸に動揺していたので……。不可抗力だと理解はしているのですが、少し照れてしまうというか……ですが、そのせいで気に病ませてしまったのなら謝ります。申し訳ありませんでした」
頭を下げると、クロード様の手が肩に触れた。促されるまま顔を見上げると、彼は安堵した表情で首を横に振った。
「謝るな、お前は何も悪くない。……俺も気持ちを汲んでやれずすまなかった」
「……では、これでおあいこですね」
お互い謝ってばかりでは埒があかない。頭を下げてほしいとか、反省してほしいとか私もクロード様も思っていないのだ。
だったら、この話はこれでおしまい。
そう含みを持たせて伝えると、クロード様は目を見開いたかと思うと私から顔を逸らした。
「クロード様?」
「…………何でも、ない……」
「何でもと言われても……顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
「急にそんな表情するからだ……!」
「え? 表情?」
自分の頬を両手で押さえるけど、近くに鏡がないのでどんな表情をしているのかわからない。私、そんなに変な顔したのかな。
「ほ、本当に何でもないんだ。もう大丈夫だから気にするな」
「はあ……」
クロード様は咳払いすると、改めて私に目を向けて自嘲気味に笑った。
「まったく、ルーシアとの関係性を持ち出された時は何がなんだかわからなかったぞ」
「す、すみません。ルーシアを拒否して馬車移動したので、てっきり私がルーシアを嫌ってると勘違いされてクロード様にご不快な思いをさせてしまったのかと……」
「そんなこと思っていない。ルーシアがお前を気に入っているのは俺も知っている」
「そ、そうですか。それは良かったです」
ああ、勘違いすぎて恥ずかしい……。確かによく考えたら突拍子のない話題だったわね。私、視点がずれてるのかも。
自分の思い込みに内心嘆息していると、ふと肩が優しく掴まれた。思わず顔を上げると、緊張を含んだ真剣な表情を浮かべていて無意識に背を伸ばす。
「……レイラ」
「はい」
「ここに来て半年経つ」
「そうですね」
長かったような短かったような。嬉しいことも辛いこともたくさんあったから、密度の高い半年だった気がする。
「残り半年だ」
「……え?」
意味がわからず首を傾げる私に、クロード様は目を細めて寂しげに笑みを浮かべた。
「……俺は半年後、任務を終えてルミナートへ帰国する」




