伯爵邸
翌日。
早めに起きて支度をするためお風呂に入って、バスタブに入れておいた柑橘系の入浴剤で肌を整える。血行も良くなるし、匂いも好きだから使えるときはつい柑橘類を選んじゃうのよね。
アメニティにあったフェイスパックをしながらバスタブでまったりしつつ足をマッサージする。
「レイラ~、のぼせてない? 大丈夫?」
「大丈夫よ」
いけない、気持ち良くて寝ちゃいそうになったわ。
すぐに出て保湿クリームを塗りつつ風と火魔法の合わせ技で髪を乾かす。その後は着替えをディーネに手伝って貰って化粧水で顔を整えてお化粧して髪の毛も巻いてゆるふわに――って!
「や、やりすぎね。夜会じゃないんだからいつもと同じでいいんだわ」
別に伴侶探しをするわけでもないんだし、やたら気合い入れて悪目立ちしたくもないし。
外行き用のドレスを着ると心が戦闘モードになってしまうのは元令嬢の性なのかしら……。貴族相手の夜会や舞踏会は令嬢にとって戦場のようなものだものね……。
「これでよし。ディーネも準備はいい?」
「これでいいのー?」
いつもと違う服にディーネはちょっと戸惑いながら、くるりと回って見せる。金の刺繍が施された丈の長い黒の上着に生足の見えた半ズボン、袖と裾に付いたフリルがふわっと浮いてディーネの可愛さをフル稼働させた洋服は私が絵で描いたものだ。それをディーネが具現化させて着用している(ように見せている)
だから元手はタダ! 着る機会の少ない衣装は持っていても数年で劣化して傷めてしまうのだし、そんなの勿体ないものね。
「とっても可愛いわ、さすがディーネね!」
「えへへー」
ああ、本当可愛いわ。見た目も私に合わせた髪色と瞳だから、本物の弟みたいに思えてしまう。お高めの生地素材と金の刺繍やカフスボタンで高級感も出してるし、これなら王族の前に出るとしても恥ずかしくないわ。見せ掛けだけど、触感も再現してもらってるから余程感知に優れた魔法使いでなければ見破れない精度なのよ。精霊ってすごい。
……と、見とれてる場合じゃなかった。クロード様も待っているかもしれないし早くロビーに行かないと。
急いで一階に降りると、予想通りクロード様が玄関前で待っていた。フロントでチェックアウトを済ませて駆け寄るとクロード様が苦笑して出迎える。
「そんなに急がなくてもまだ時間に余裕はあるぞ」
「そ、そうなのですが……」
待たせていると思うと急いでしまうのは前世の影響よね……。自分が待つのはいいけど、相手を待たせると焦ってしまう。
クロード様はどこでも朝が早いのね。まさか室内で鍛練してたのかしら……?
「いつもより……綺麗、だな」
「え?」
そんなことを考えていたらクロード様の言葉を聞き逃してしまった。いつもより小さな声量だったから余計に。
見下ろす瞳を見返して首を傾けると、彼は少し顔を赤くして視線を逸らした。
「な……何でもない」
「はあ」
ムッとされてしまったけど、これは聞き逃した私が悪いわね。まあ、重要なことではなさそうだからいっか。
合流できたところで外に出ると、ちょうど目の前に馬車が停まっていた。
白百合の家紋が入った豪華な馬車の前に立っていたイルデンさんは、目を瞬かせる私達に笑顔を浮かべる。
「おはようございます。お迎えにあがりました」
「ど、どうも……」
まさかホテル前にお迎えが来るとは。確かに馬車も通れる大通りだけども。
そのままあれよあれよと馬車移動となり、揺られながら外を見ていると向かいに座っていたクロード様から声が掛かった。
「腕輪の宝石……本当に付けていいんだな?」
「あ、はい。もちろんです」
左腕を差し出すと、クロード様の手で支えられ空いた方の手で空洞だった箇所に青い宝石が填められる。
瞬間、腕輪を通して何かが抑え込まれた気がした。
クロード様の手が離れ、改めて腕輪を見ていると不安気な視線が突き刺さる。
「クロード様?」
「……大丈夫だとはわかっているが……俺やディーネから離れるなよ」
「はい」
心配性ね、初めて行くところだから緊張しているのかしら。王都の騎士様なんだから、貴族と会うのは日常だったはずなのに。他国だから?
しばらくすると馬車の揺れが収まり、扉がゆっくり開かれる。先に降りたクロード様の手に掴まりながら降りると、目の前に大きな邸宅が構えていた。
白基調としたシンプルに見せて細部まで彫られたデザインは、主張しすぎないさりげなさが出ていて好感が持てる。門扉まで続く庭も丁寧に手入れされ、季節に合わせた花が綺麗に咲き誇っていた。
所々にいる黒い塊は、よく見るとドーベルマンに似た毛艶のある犬達だ。どうやら屋敷で飼ってる番犬らしい。
玄関の扉が開くと、メイドと執事が出迎えその中央に透けるような銀髪を靡かせた白いコート姿の美形が一歩前に踏み出した。
「ようこそ、我が屋敷へ。私が当家の主、ユウェル・ハーヴィスです」
海のような青い瞳にほっそりした輪郭、形のいい目鼻立ちといい全てのパーツが整った顔立ちは絶対女性受けするとすぐわかる。ルミナートの王子と雰囲気が似てるわ。
二十代前半くらいかしら。予想よりずっと若い。領主なんていうから、てっきりお父様くらいの年齢だと思っていたわ。
「初めまして。レイラと申します、この度はご招待頂きありがとうございます」
キラキラした笑顔に眩しさを覚えつつも平静を保って丁寧に礼をする。
クロード様とディーネも挨拶した後で、ライネル伯爵は自ら私達を応接室へと案内した。
広くて長い廊下を歩きながら、ふと隣を歩いているディーネを見ると珍しく眉を寄せているのが見えた。気分でも悪いのかと小声で話し掛ける。
「ディーネ? どうかしたの、具合悪い?」
手の甲で軽く頬を撫でると、屈託のない笑顔が向けられる。
「ううん、何でもないよー」
「そう? ならいいけど……」
ディーネは私の前では常に明るくて元気だからわからないけど、もしかして無理をさせているのかもしれない。元々自由な精霊だもの、私の勝手で人の姿にさせて人間社会に拘束させてしまうのは辛いことなのかもしれない。
今だって居心地悪そうだったし、あまり振り回さないようにしよう。
部屋の前に着くと、私とディーネは止められ代わりに一緒にいた執事が前に来た。
「お二人はこちらへ」
「あ……はい」
そっか、一緒に招待されたとはいえ用件まで二人まとめてって訳にはいかないわよね。まずはクロード様に報奨の件、私は魔石の件で別個になるのは当然だわ。
案内された別室のソファでディーネと共にお茶を飲んで待っていると、ドアがノックされ人が入ってきた。
もうクロード様との話が終わったのかと驚いて……入ってきたその人を見て、また驚いた。
入ってきたのはライネル伯爵、なのに銀髪ではなくダークブルーの髪色に変わっていて、服装も白でなく深緑のコート姿になっていた。
え、さっきのはカツラ? 変装? とか考えて目を瞬かせていると、相手は一直線にこちらに歩み寄ってきた。
「初めまして、レディレイラ。俺はリオルド・ハーヴィス。ユウェル・ハーヴィスの双子の弟だ」
双子……! しかも、こっちは兄と違ってやや俺様感がある美形なのね。笑んだ口元は不敵で、ちょっと意地悪そうな感じがする。
慌てて背筋を伸ばして礼をする。
「初めまして、レイラと申します。こちらはディーネです」
「ああ、楽にして構わない。レディレイラ、早速で話があるのだが」
「……ただのレイラですわ」
笑顔を張りつけ、名前だけを強調しておく。
平民の私にレディなんて不要。侯爵ではない私につける敬称ではないわ。何か勘違いしているのではないかしら?
私を見ていたハーヴィス卿は、小さく吹き出すと肩を揺らして笑った。
「……失礼した。隣国の高貴な令嬢に似ていたので、つい」
「……」
彼は端に控えていたメイドさんに目を向けると、軽く手を挙げた。メイドさんは一礼して部屋を出ていく。
わざわざ人払いするなんて。他の人に聞かれたくない話でもするつもり?
「レイラ嬢。兄からの話はまだだな?」
「ええ、今は連れの方とお話中です」
「ふ……こちらとの話が長くなるからな」
「?」
言っている意味がよくわからずこの人は何の用だろう、と首を傾けると彼は私の手を優しく取り上げて……
「レイラ嬢。俺と結婚してくれ」
青い瞳に見据えられ、そんな告白が唐突に降ってきた。




