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「――そんなところで何をしている?」
……あら、早々に気付かれてしまったわ。
ジト目で見られてしまい、私は渋々降りてクロード様の前に立った。
「すみません。入るタイミングがわからなく、てっ……!」
野次馬はバレていないかしら、と思いつつ返そうとすると、急に抱きしめられた。いきなりのことに驚いていると、苦し気な声が耳に届く。
「生きて、いた……! 良かった……」
「お、大げさです。ディーネもいるので大丈夫ですよ」
「そんな怪我して何が大丈夫なんだ……!」
あ、そっか。そういえば怪我したわ。何だかんだで忘れていた。それに、状態がわかる指輪の存在もあったわ。
そ、それはともかく抱擁は頂けないわよね。順調に死亡エンドを進んでいる気がする……!
「い、痛いので離してください」
「っ……すまない」
クロード様の体がパッと離れ、安堵しながらちょっと距離を置く。クロード様の視線が胸元にいっているのに気付いて、つられて見ると白いブラウスは赤く汚れた上雑に結ばれて残念な見た目になっていた。
「……傷は大丈夫なのか?」
「ええ、血は止まっていますので。手当てついでに着替えてきます」
「治療なら、俺が――」
「それは、位置的にちょっと……」
鎖骨の下、胸の上部分という異性に見られるのはなかなか勇気がいる場所だ。確実に胸が見えるし、素肌に触れられるのも恥ずかしいし困る。
クロード様も気付いたようで、すぐに引いてくれた。
「な、何か手伝えることがあったら言ってくれ……」
「はい」
部屋に入って鏡を見ながら手当てし、新しい服を出してふとベッドを見る。
……そういえば、さっきまでクロード様も臥せていたのよね。あの様子からほとんど回復してるみたいだけど、怪我もしていたのだからまだ安静にしなくちゃいけない。私の怪我なんて気にしてる場合ではないはずだわ。
……何だかムカムカしてきた。自分のことは棚に上げて人のことばかり気にして。クロード様は国を守らないといけない騎士なんだから、もっと自分の体を大事にしなきゃいけないでしょう。
これはもうさっさとベッドに投げ込んでやらないと。
部屋を出て文句の一つも言おうと口を開きかけたけど、ソファに座っていたクロード様を見て止めた。
腕の包帯を巻き直している姿に昂っていた気持ちが沈下し、ため息をついて隣に座る。
「貸してください」
「あ、ああ。ありがとう……」
まあ、包帯の端を咥えて巻き直す姿も絵になってカッコいいですけども。片手じゃやり辛いでしょうし、病人かつ怪我人に無茶させるわけにもいかないものね。
腕の包帯を巻き終えた後、もうひとつの箇所に目を向ける。
「クロード様、わき腹の方も失礼します」
「お、おい……!」
インナーを捲り上げると、割れた腹筋に巻かれていた包帯は解けかけていた。こちらはまだ替えていないようで、傷に当てたガーゼも血が染みて汚れている。
……それより、男性の腹筋を間近で見るのは初めてだからついついガン見してしまった。これ、六つじゃなくて八つに割れてない? 鍛えてるとこんなに割れるものなの? 腰回りも筋肉質に太くて、括れ方が女の私と全然違う。同じ人間だけど、男女の身体って違うんだなあと改めて実感した。
じっと見たまま動かない私に何かを思ったのか、クロード様は私の手をやんわりどけた。
「汚れるから触れなくていい。胴なら自分でやれる」
「え? あ、違いますよ。男性の身体を近くで見たのは初めてだったので、つい見てしまっただけです」
「だが、包帯も血で汚れている。手につくぞ」
「汚れているから包帯を替えて清潔にするんでしょう? 手が汚れたら洗えばいいし、血の汚れなら私もさっき自分でやりましたから、いちいち気にしません!」
ああ、もう変なところばっか気にして。私がやるといったのだから最後までやらせてほしいわ。
問答するのも面倒になり、包帯を解きながら近くにあった箱から軟膏の瓶を取り出すと、それを指に取って咬まれた傷口に塗り込んだ。
「うっ……!」
うめき声と一緒にびく、と体が跳ねる。腹筋も動いて内心で面白がりながら塗り終えると、複雑な表情で見られた。
……滲みたし冷たかったみたい。
「治療ですから」
「何も言ってないだろ……」
目で言ってますよーと思いながらも口にはせず、傷口に布を当てて包帯を巻き終えるとクロード様は服を直しながら話を切り出した。
「……それで、あんな怪我をしていたということは野犬を相手にしたんだな?」
「はい。リーダーの野犬は倒して、あとは落とし穴に残しています。どうするかは村の人に任せます」
「また無茶を……」
ため息をつかれたけど、仕方ないじゃない。怪我人のクロード様に無理をさせるわけにはいかないし、それに私は自分の家を守っただけだもの。
「ディーネがいてくれたので、大丈夫ですよ」
「……それでも、怪我をした。今回は傷が浅かったようだからいいものの、痕が残るような怪我をしたらどうするんだ!」
「どうもしませんけど……私、もう貴族ではないですし」
「それでも、女であることに変わりはない! 周囲の人間に何と思われるか……」
はあ……。傷物の女なんて結婚対象外の世界だものね。貴族はもちろん、平民だって傷のある女は敬遠されて結婚は厳しくなる。
この世界ではそれが当たり前らしいけど……。
「……それ、傷痕がある女性の前で言えますか?」
「……!」
クロード様が押し黙る。
わかってる、それがこの小説の中での常識だって。私が違うだけだって。
彼も女性を傷つける意図はない、私の体を心配してくれての言葉だってわかっている。
……私、意地が悪いわね。
「気にしてくださってありがとうございます。でも、もし傷痕が残っても私は気にしませんよ」
「どうして……」
結婚なんてする気はないから……と言いたいところだけど、それ以前に――。
「そんなことに拘る男性を好きになったりしませんから」
傷物だから嫌だなんていう器の小さい男なんて、恋人にしろ友人にしろこちらから願い下げだわ。
……そう思ったらこの世界で結婚なんて夢物語っぽいわよね。別にお一人様を貫くからいいけど。早く自由になりたいわ……。
死亡エンドも監視からも早く解放されたくて嘆息すると、やけに視線を感じた。顔を上げるとものすごく見られていて、何事かと目を瞬かせる。
「レイラ……」
「は、はい?」
「俺は、お前のそんなところが――」
「たっだいまー!」
クロード様の頭を押し退けてディーネが現れ、私に抱きついてくる。強引に割ってきたかと思うとクロード様の胸を足蹴にしてソファから追い出した。
「ディーネ、怪我をしているのだから蹴っちゃダメよ」
「傷口には当ててないから平気!」
そういう問題ではないような……。ま、まあディーネが戻ってきたってことはラナさんは無事に帰れたみたいね。気持ち的には心配だけど、クロード様とラナさんの問題だから私は触れないようにしとこう。
「あの、クロード様。何か言おうとしませんでした?」
「……いや、何でもない……」
「そ、そうですか」
何でもなくない顔をしてる気がするけど、深く突っ込んじゃいけない予感もするのでここで終わらせておこうっと。
「それで、野犬の話に戻るが……その落とし穴はどこに?」
「あ、はい。明日案内します」
「いや、今すぐに対応した方が……」
「ダメですよ。クロード様は病み上がりの怪我人なんですから、せめて今日一日は静養してください!」
「ま、あの深さなら野犬も出てこれないし大丈夫だよー」
私達の言葉にクロード様は諦めたように息をつき、渋々頷いてくれた。
その代わり、私達も勝手に外出しないように釘を刺されてしまったけど。
「あら、お粥全部食べてくれたんですね」
「美味しかったからな」
「それは良かったです」
クロード様をベッドに寝かせてから空になっていた土鍋を持って部屋を出ると、ディーネはキッチンにあるテーブルでぼんやりと宙を見ていた。
首を傾げながらも食器を洗っていると、背中越しにディーネの声が掛かる。
「レイラ、傷は痛くない?」
「大丈夫よ。ちゃんと手当てもしたし、傷痕も残らないと思うわ」
「……でも、怖かったよね。助けるのが遅れてごめんね」
「そんなことないわ。ディーネがいてくれたからこのくらいで済んだのだもの。ありがとうね」
落ち込んでいる様子のディーネの髪を撫で、頭を抱きしめる。ディーネも私の体を抱き返して、笑顔を向けてくれた。
「えへへ、元気出た」
「良かった。落ち込んだ顔はディーネに似合わないもの」
「レイラも今日は疲れたでしょ、もう寝た方がいいよ!」
「そうね、そうするわ。おやすみ、ディーネ」
脱衣所で寝間着に着替え、長めのソファに寝転んで毛布にくるまる。
疲れていたのか、今日の出来事を思い返す間もなく私の意識は夢の中に落ちていった。




