11
「や、いらっしゃい」
「こんにちは炎青さん、サラムさん」
ディーネと一旦別れて遅めの昼食をとりにお店に入ると、カウンターにいた炎青さんが笑顔で声を掛けてくれた。隣にはサラムさんもいる。だけど、いつも座っていた席に鈴ちゃんの姿はなかった。
「あの、鈴ちゃんは……?」
「ああ、奥の工房で飾りを作ってるよ。好きなことをやってる時の鈴は集中力半端ないからね、倒れない程度に放っているんだ」
「そうなんですね」
集中か……私も魔法の訓練をしていた時は半日くらいぶっ通しでやっていたから、人のこと言えないわね。
それにしても、今日はお客さんがいるわ。テーブル席に男性の三人組……珍しい、なんて思ったら失礼よね。
カウンター席に座りながらそんなことを考えてると、私の顔を見ながら炎青さんが悪戯っぽく笑った。
「お客さんいて珍しい、とか思ったでしょー?」
「おっ、思ッテナイデスヨ?」
「バレバレだけどな」
うう、顔に出ているのかしら。おかしいわね、魔法で表情の変化がわかりにくくなってるはずなんだけど……。
サラムさんも、昨晩のことは何もなかったように普通だわ。だったら、私も余計なことは詮索せず普段通りにするべきよね。
「さて、今日は何を食べる? 昨日は肉だったから魚にするかい?」
「そうですね、お魚にします。ええと……」
焼き魚に煮付け、照り焼き……ああ、迷う。炎青さんの料理って本当に美味しいから、どれにしようか毎回悩むのよね。
「……悩み過ぎだぞ」
「だって、この街にいられるの今日が最後なので迷ってしまって……」
「あ、そうだったっけ。それは残念、昨日言ってくれたらお寿司用意したのに」
「お寿司……!」
衝撃的な言葉にショックを隠しきれず固まる。
あう、お寿司……食べたかった。というか定食だけじゃなかったのね、お寿司まで握れるなんて炎青さん本当に前世サラリーマンだったの……?
「お寿司食べたかったです……」
「食いもんごときでそんな泣きそうな声出すな」
「サラムに言われたくないよねー」
そうね、サラムさん火魔法欲しさに深夜に訪問してきたものね。忠告もあっただろうけど、多少は魔法も欲しい気持ちがあったと私でもわかるわ。
ジト目で見る私にサラムさんは白々しく顔を背けた。……ズルい。
「では、煮付け定食をお願いします」
「味噌煮とおろしどっちにする?」
「う……悩むの長くなりそうなのでお任せします」
「はいはーい。ちょっと待っててね。あ、サラムお茶出しといて~」
「自分でやれ、俺は店員じゃねえぞ」
厨房に向かった炎青さんに文句を言いながらサラムさんも奥へと消えていった。
……サラムさん、店員じゃなかったんだ。いつもカウンターの内側にいるから炎青さんの手伝いでもしてるのかと思ったわ。
一人残されて味噌煮かおろしのどっちが来るのかとわくわくしながら待っていると、ふいに隣に影が掛かった。見ると、テーブル席にいた三人組のお客さんの一人が徳利片手にお猪口を差し出してくる。
「お~、お姉ちゃん美人だなあ。どうだい、一杯付き合ってくれないかー?」
う、酒臭い。顔も赤いし、これは完全に酔っ払いの絡み酒ってやつね……。
「いえ、私お酒は飲みませんので」
「大丈夫だって~! これ、こーんなに小さい器の一杯なんて飲んだことにならないって!」
いやいや、その小さい器で十分酔っぱらっているでしょうに。きっと日本酒のようなものよね? だったら強いだろうから、お酒を飲み慣れてない私には危険な代物だわ。
「遠慮しておきます」
「まあ、そう言わずにさ。一口でいいから、ね?」
今度は別の一人に後ろから肩を掴まれ、驚く私の口元に酔っ払いの男がお猪口を寄せてくる。
「ほら、飲んで飲んで、ほんの一口!」
「やめ……!」
強引な行動にさすがに怒ろうとすると――突然、音を立ててお茶が置かれた。
「ぅあっちぃ!」
飛沫が掛かった男がお猪口を落とし、床に乾いた音が響く。
目の前に置かれたお茶から出した相手に視線を向けると、案の定不機嫌丸出しのサラムさんが立っていた。
……出されたお茶、ボコボコと音を立ててものすごく煮たっているのだけれど。何これ、緑茶っぽい溶岩?
「ぐうう! いてぇ……!」
「お、おい大丈夫か!? うわっ、すげえ火傷だぞ!」
「お前、客になんてことしやがる!」
他の二人が突っ掛かると、サラムさんは眉を寄せ相手を睨んだ。
「てめえ等こそ、人が出した酒に変なもん盛った挙げ句、それを嫌がる女に飲ませようとするとはどういう了見だ?」
「え?」
変なもの? お酒に? それを私に飲ませようとした?
「なっ……ど、どこにそんな証拠が!」
「なら、その徳利に残ってる酒を今すぐ飲んでみろよ」
サラムさんの言葉に男達はわかりやすく動揺している。固まっている相手にサラムさんは口だけ笑ってゴキゴキと指を鳴らした。
「医者の世話になりたくなきゃ、さっさと代金払って消えろ。二度とこの店とこの女に関わるな、次に会ったら殴り殺す」
持ち前の迫力と物騒な単語の並びに男達は顔面蒼白になり、次の瞬間には財布を落として慌ただしく店を出ていった。
……前も似たような光景見たわね。
「ええと……ありがとうございます」
「お前も、よく絡まれて厄介だな」
「お酒、何を入れていたのでしょう……?」
「匂いからするに、眠り薬か痺れ薬だろ。拐かされそうになったってとこだな」
「それ、犯罪じゃないですか……」
どうなってるの、この国の治安……。異世界って結構無法地帯が多いわよね。大都市ならこんなものなのかしら?
「レイラさんは美人だからねー、そりゃ一人でいたら格好の的だって」
今までのやり取りに気付いていたのか笑いながら現れた炎青さんは、項垂れる私の前に料理を置いた。お皿の上には魚の味噌煮が美味しそうに湯気をたてている。
「まあ、味噌煮!」
「……変わり身早えな」
現金な私にサラムさんの呆れた声が聴こえたけど、そんなのも気にならないくらい魚に釘付けだった。
早速手を合わせてからお味噌汁を堪能し、魚に箸を入れる。
わああ、白身もふわふわで味噌に合ってて美味しいわ。身も詰まってるし、相変わらず食べ応え十分ね。
「はあ……和食、しばらく食べられないのね」
昼食後に新しく淹れてもらったお茶(普通の温度)を飲んで、ため息をつくと目の前に陶器の置物と長細い瓶が置かれた。
炎青さんを見ると、手で促されたので陶器の蓋を開けてみる。
「これ、お味噌ですか? あ、こっちはお醤油ですね!」
「うん。餞別というわけでもないけど、良かったら使って。お米もあるからさ」
「まあ! ありがとうございます!」
これがあれば食べたい時に和食が作れるわ。家でお米が食べられるなんて、幸せ……!
「……わかりやすい反応すんな、お前」
「えっ、か、顔に出てます?」
「表情はそんなでもないけど、雰囲気でわかるよ。サラムは精霊だから、特に敏感だしね」
ディーネもそうだものね……。私、結構感情を出しているのね、何だか子供みたいで恥ずかしいわ……。
「ところで、そのお店の袋……もしかして、呉服屋さんに行った?」
左隣の椅子に置いていた買い物袋を見る炎青さんに私も目を向け、頷く。
「炎青さんのお知り合いのお店ですか?」
「いや、でも出身国は同じだよ。たまに店長が食べに来てくれるんだ」
「そうだったんですね」
「着物買ったの?」
「寝間着用の浴衣を」
前世で旅館に泊まった時、着脱が楽だったのよね。ネグリジェもそうなのだけど、あのお店を見たとき一着くらいは和装も欲しいなと思ってつい買ってしまった。白い生地に淡いピンクの桜柄が可愛い浴衣、着るのが楽しみだわ。
「浴衣かあ、しかも寝間着……。寝返りうった時や寝起きのはだけ具合とか、男のロマンだよねえ……」
「……炎青さん?」
「馬鹿はほっとけ」
男のロマンとやらを妄想しているらしい炎青さんと安定のツッコミを入れるサラムさんに心の中で苦笑していると、奥から軽快な足音が聞こえた。
見ると鈴ちゃんが駆け寄ってきて、いつもの席に飛び乗ると両手を差し出す。その小さな手には、魔石と繋いだ飾り結びにタッセルが下がった装飾品が乗っていた。
「これ、昨日の魔石? 完成したのね」
結ばれた紐は綺麗に編まれていて、とても子どもが作ったようには思えない繊細な出来だった。繋がれた魔石も形に合わせた飾りにはめ込まれている。
「魔石がはめ込んである装飾って、もしかして自分で加工して作ったの?」
「ん、いっぱいけずったり、うったりして……ちゃんとはまるかたちにした……です」
「わ、すごい……! さわり心地も滑らかだし、形も魔石ピッタリよ」
「苦戦してたもんね~」
この年でここまで出来るなんて、将来は細工屋さんになれるのでは? このまま修行をつめばお店も持てる気がするわ。
「そ、それ……どうぞ、です」
「え? これ、もらっていいの?」
「魔石はレイラさんのだけどねー……あたっ!」
「お前は一言余計なんだよ」
「ありがとう。大事にするわね」
頭を撫でると鈴ちゃんの尻尾が左右に揺れて、可愛い笑顔を見せてくれた。
「……おい、そろそろ街を出た方がいいんじゃないか?」
「あ、そうですね。あまり遅くなると着くのも夜になりますし……」
街道を移動する間は人目もあるから徒歩になる。魔法での飛行は森に入ってからだから、明るい内に街を出ないとね。
「途中までなら乗り合い馬車も出てるから、そっち使うといいよ~。乗り場は入口付近にあるからね」
「ありがとうございます。皆さん、お世話になりました。また来ますね!」
「こちらこそ、会えて良かったよ。また食べに来てね」
「うぅ……ぜったいまた、きて……です」
耳を垂らして抱きつく鈴ちゃんの髪を撫で、無言のサラムさんに向く。
「サラムさんも、お元気で。お店壊さないでくださいね?」
「うるせぇ。こいつに言え」
「はっはー、まあ何とかなるよ、うん」
いつもの調子に微笑ましく思いながら、別れを告げ店を出る。
とても賑やかだったからお別れは寂しいけど、お店がある限りはまた会えるわよね。ちゃんとお店が残ってますように……。
雑に直された屋根を見上げて、私は名残惜しく思いつつ路地裏を後にした。
「さて、家に帰りましょうか」
「はーい!」
宿を出て、炎青さんが教えてくれた入口付近の大通りで乗り合い馬車へと乗り込む。
行きの時より少し増えた荷物を持って座席につくと、改めて街に目を向けた。
「短い間だったけど、色々あったわね」
ヤソリムさんのおかげで魔石販売も出来たし、私と同じ転生者の炎青さんや火の精霊サラムさん、猫族の獣人鈴ちゃん……たくさんの人に会えた。
そして、レイラの辿る結末を知った……。
私は、まだ生きていたい。その為に今を頑張っているのだもの。それを無駄にはしたくない、もっとたくさんのことを経験したい。……前世の分を取り返すくらいに。
「……レイラ、大丈夫? 哀しい?」
「……いいえ。気合いを入れ直しただけよ」
心配そうに覗き込むディーネの頭に私も頭をコツンと合わせて柔らかい髪を撫でる。
見えない先のことを考えると怖いけど、ゆっくりでもいいから進まないとね。幸い、今の私は隣にいてくれる存在がいるから。きっと、大丈夫。
「馬車出発しまーす!」
呼び込みをしていた御者の声がして、顔を上げる。すると、遠くで名前を呼ばれた気がした。
「……ん?」
「あ、レイラ。誰か走ってくるよ」
「え?」
何だろうと思いつつ、窓から外を覗く。乗り場の近くで慌てた様子の男性がいる……見覚えがあるような。
「あ、宿でレイラを迎えに来たお店の人だよ」
「ああ、ヤソリムさんのお店の店員さんだったっけ……。もしかして、私を呼んでたのあの人?」
「うん。あ、こっちに気付いた」
店員さんは他の馬車を見回し、こちらに向くと私に気付くなり必死の形相で走ってきた。出発で閉めかけた扉を掴んで阻止し、驚く私に構わず身を乗り出した。
「ああっ、レイラ様! 良かった、間に合った! だ、旦那様から急ぎの言伝てです!」
「え? ヤソリムさんから?」
「はい! 魔石が完売しましたので、早めの追加納品をお願いします、とのことです!」
「え? もう!?」
固まってる間に御者さんが扉を閉め、そのまま馬車が出発する。ゴトゴトと動き出した馬車の中で呆然としていた私は、思わず額を押さえた。
……帰ったら魔石作ろう。
揺れる馬車の中で、遠い目をしながらそう思った。




