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「んー……!」
大きく伸びをして、ベッドから降りてカーテンと窓を開く。朝の澄んだ空気を浴びて深呼吸すると、頭の中が動き出した。
結局あれから一週間くらいお世話になってしまったわ。熱が引いても養生していたから、結構時間が掛かってしまった……。
ラナさんにもう大丈夫とお墨付きをもらったので、着替えを済ませて階段を降りていく。
ラナさんはもちろん、お母さんのフィリアさんとお父さんのランドさんにはたくさんお世話になったから、お礼を言わないと。
一階の食堂に行くと、カウンター席で朝食をとっていたらしいクロード様が座っていた。私に気付くとこちらに目を向けてから顔を戻し……また勢いよく振り向いた。
「レイラ!?」
「はい。おはようございます」
二度見した後で席を立ち、食器が大きく揺れる。
この反応からすると、ラナさんは何も言わなかったらしい。目を向けると、彼女はクロード様が溢したコーヒーを拭いていた。
「もう体は大丈夫なのか?」
「はい、おかげさまで元気になりました」
「そうか……よかった」
ただの熱だから、命の心配なんてないのだけれど。
でも、こちらの宿でお世話になれてよかったわ。自分の家だったら何もできずに悪化した可能性が高いし。機転をきかせてくれたクロード様に感謝ね。
「ご迷惑をおかけしました」
クロード様に頭を下げ、改めてラナさんにも頭を下げる。
「ラナさんも、お忙しい中看病してくださってありがとうございました」
「病人を放っておけませんから」
そうはいっても、ちょくちょく様子を見に来てくれたしご飯はもちろん、お風呂に入れない間は体を拭いてもらったり着替えも手伝ってくれたり本当に甲斐甲斐しくしてもらったのよね。
「ラナさんはいい奥さんになれますね」
「えっ!? な、なに言うんです!?」
「そう思ったもので。ね、クロードさん?」
赤くなるラナさんの前にいたクロード様に首を傾けると、当の本人は目を瞬かせるだけだった。
そこは同調するところでしょう、と視線を送ったけどわかってないのが表情でわかる。
クロード様は恋愛ごとに鈍い方なのね……。ラナさん、頑張ってください。
「と、とにかく! 朝食作ってきますので座って待っててください!」
「はい。お任せします」
頬を押さえながら慌てて厨房に行く背中を見送り、クロード様に指された隣の椅子に腰掛ける。
「クロードさん、もうちょっと女心学びましょうね。婚期遅れますよ?」
「な、なんだいきなり」
「個人の感想です」
嫉妬で殺人未遂を犯した女に恋愛のことは言われたくないだろうけど、お世話になったラナさんの応援くらいはしたいもの。身分違いの恋なら尚更盛り上がりそうだし。
決して野次馬根性で楽しんでるわけではないからね、うん。
そんな私の心情をクロード様は知る由もなく。しばらく私を見ていたかと思うと、小声で話し掛けてきた。
「この間のこと、話せるか?」
「この間?」
「湖で起きたことだ」
あ、そうだ。私まだ精霊のことを話していなかった。会うこと自体が一週間ぶりだったから、すっかり忘れていたわ。
「……ここではちょっと」
「わかった。後で聞く」
少ししてラナさんが朝食を持ってきてくれた。困り顔で私を見ながら目の前に置かれる。
持ってきてくれたのはグラタンだった。
「お母さんが作っていたのだけど、朝食では重くないですか?」
フィリアさんが? と、一瞬考えたけど厨房から笑顔で出てきたフィリアさんを見て思い出した。
「治ったら何が食べたいか聞かれた時、グラタンって言った覚えがあります!」
「そうそう。他の料理はあたしは知らなかったけど、グラタンはわかるからね!」
「他はなんだったの?」
「えーと……オチャヅケとかニコミウドンとか?」
知らない単語に私以外の全員が首を傾げる。熱に浮かされていたとはいえ、うっかり日本人が出てしまった……。私、前世で体調悪い時はお茶漬けやくたくたに煮込んだうどん食べてました、なんて言えるわけがない。
なんでその流れでグラタンが出たのかはわからないけど、元々大好きだし今はお腹も空いているしで朝食に不似合いでもガッツリ系は有り難かった。
食事前の祈りを終え、スプーンで掬うとマカロニに絡んだホワイトソース、焼き目のついたチーズが伸びて出来立ての湯気が立ち上る。
火傷しないよう適度に冷ましながら口に運ぶと、濃厚なチーズとホワイトソースのなめらかさにマカロニの柔らかさが同時に広がった。
美味しい!と言いたいけど、食べ物を口に入れたまま話すのはマナー違反だ。一応、元令嬢なのでそこら辺は守っておかないと。
ああ、それにしても美味しい。自分では作れない味だわ。何のチーズを使ったらこんなにトロっとして濃厚な味になるのかしら。ホワイトソースも手作り?それとも既製品があるのか……でも食材屋さんでは見掛けなかったなあ。マカロニとの混ざり具合も好みドンピシャだし、また食べに来よう。むしろメニュー全制覇したい。
「ごちそうさまでした」
満足しながらお水を飲み、お皿を下げるフィリアさんに言うと彼女は快活に笑った。
「あんなに美味しそうに食べてくれてると、作った甲斐があるってもんだよ。病み上がりで食べきれるか心配したけど、余計なお世話だったね!」
そ、そんなわかりやすい表情したの? 魔法の影響で顔には出にくいはずだけど、よっぽどだったのね。ええ、でも美味しかったし幸せだったからとても満足だわ。基本的に食べることが大好きだもの、美味しいものなら尚更!
やっぱり外食いいなあ……残念なのは、今の私には贅沢だからたまにしか食堂に行けないこと。早く仕事探さないと……!
そういえば、ここでお世話になった分もお金払わないと。宿屋で一週間分だとどのくらいなのだろう?
「あの、お金ですがお財布は家に置いたままなので一度家に戻って――」
「お金? クロードさんから事前に頂いてますよ」
「……え?」
ラナさんの言葉に固まり、クロード様を見る。
「俺が頼んだんだ、当然だろう」
「で、でしたらお返しします」
「いい、いらない。ほら、帰るなら行くぞ。世話になったな、助かった」
背中をぐいぐい押されながら私もラナさん一家に振り返る。
「あの、本当にありがとうございました!」
「お大事に」
「また食べにおいで!」
店の外に出て、背中を押すクロード様の手から離れると私は改めて彼に向き合った。
「とにかく、お金はお返ししますから!」
「いらないと言っただろう。大体、節約してるんじゃないのか?」
「それはそうですが、貴方に借りを作る気はありません!」
「……どこでそんな言葉を覚えたんだ」
呆れた物言いをされても誤魔化されません。迷惑掛けたのは私なんだから、そこまでお世話されたくないのよ。
「騎――クロードさんは、監視だけしてればいいんです!」
「対象に死なれたら困るから助けただけだ。余計なことをされたくなければ、されないような行動をしてくれ」
「それは……」
反論の言葉が見つからず黙ると、周囲の人から注目されてしまったのかクロード様に手を引かれた。
「さっさと帰るぞ」
「……はい」
確かに人前でやり取りする会話じゃなかった。近くにいた少年と目が合ったけど、クロード様に睨まれて後ずさったのが見えた。
どうして村の人を睨むのかしら……。前も似たようなことあったわね、私に怒っているから八つ当たりのようなもの?
よくわからないけど、話し掛ける余裕もなく馬に乗せられてしまったので、結局理由は謎のままだった。
一週間ぶりの我が家に着いて入ろうとすると、クロード様に呼び止められ鍵が出された。どうやら施錠しておいてくれたらしい。
「人気がないとはいえ、何かあれば事だからな」
「お気遣いありがとうございます……」
……部屋の中、見られたのかしら。特に何もないけど自分のいない間に男性が家に入ったのかと思うと、ちょっと不安。
その考えを察したのか、念を押すように言葉が足された。
「言っておくが、テーブルの上にあった鍵を預かっただけで他の部屋は見てないからな」
「怪しいものがないか調べなかったのですか?」
「そんな空き巣紛いのことをするわけないだろう……。調べるなら女騎士同伴でやる」
そういうものなのね。国外追放レベルの犯罪者なら人権無視とか普通そうだけど……。私が悪く考え過ぎなのかしら?
「後ろめたいものでもあるのか?」
「後ろめたいというか……下着を見られるのはちょっと」
「っ……そういうことを真顔で言うな!」
そんな赤くなって怒らなくても……。想像でもしたのかしら? クロード様はムッツリ系かもしれないわね。
ともかく、外でやることでもないので家に入ろう。一週間も空けるなんて初めてだから少し緊張する。
そうそう、精霊の話もしないと。ルミナートでは信仰されない精霊だから信じてもらえない確率が高いのだけど……。
そう不安になりながら息をつき、鍵を使って開くと――
『おかえり!』
……宙に浮いた水人形がそこにいた。
「えっ……!?」
「な、何だこれは……!」
驚きながらもクロード様は私の前に立ち、腰の剣に手を掛ける。抜いたら問題だと思い、私は慌てて彼を制した。
「ま、待ってください! この方は怪しい者ではありません」
いや、怪しいけど。人の形をした水が浮いて喋ったらめちゃくちゃ怪しいけども。
「これはお前の魔法か……!?」
「い、いえ。違いますが、とにかく説明しますので剣は抜かないでください」
「……」
精霊を庇うように立つ私に眉を寄せたまま睨んでいたクロード様だけど、殺気がないのはわかったのか柄から手を離した。
私は精霊へ向き直り、突然の登場に疑問を投げ掛ける。
「あの、どうしてこちらに?」
『全然来てくれないから、会いにきたの。ダメだった?』
寂しそうに首を傾けられ、私は困りながらクロード様に目を向ける。
「ダメではありませんが……びっくりしてしまいます」
『びっくり……あ、その男が警戒してるのボクのせい?』
納得したように頷き、精霊は軽く身を翻すと人間に姿を変えた。水の人形ではない、ちゃんと人間の男の子だ。年齢でいうと十歳くらいだろうか。
……裸なのはどうしよう。
「こ、こいつは一体何者なんだ……!?」
「この方は水の精霊ウンディーネ様です」
「は? 精霊!?」
「えへん」
予想通りの反応だけど、さっきのやり取りで普通ではないのはクロード様も理解しているはず。
意図せず本物が来てくれたので、私は湖で起きた出来事を全て説明した。




