新天地
長く続いた揺れる感覚と馬の蹄の音。小さな窓から緑の景色を眺めていた私は、揺れが止まったのに気付くと顔を上げた。程なくしてドアが開き、御者が顔を出す。
「着いたぞ」
素っ気ない一言に促されるまま馬車から出ると、一面深緑の森が出迎えた。
日を浴びてキラキラと輝く木々の葉を見つめ、新鮮な空気を取り入れる。
馬車が去っていくのを見送っていると、共に来ていた一人の騎士が馬から降りた。
短い焦げ茶の髪に鍛えられた体躯、男らしく整った顔立ちは笑顔を見せれば異性に人気がありそうだが、無表情の今は誰も近付けさせない雰囲気がある。
身長差があるので見上げなければ目が合わせられないが、親しい間柄でもないので私は彼の顔をまともに見ることなく手にしていた紙に視線を落とした。
「……地図か」
「ええ、確かこの辺りに小さな家があると」
「サンデリエ侯爵は本当に娘に甘いのだな」
「そうですね。今後が心配だわ」
「……」
誰のせいだ、と思っているであろう視線を無視して地図を頼りに歩き出す。
騎士様も手綱を引いて付いてきた。
「……家まで付いてくる気ですか?」
「お前の監視が俺の任務だ。国家大罪人元侯爵令嬢、レイラ・ルーリエ」
淡々とした言葉に肩を竦め、歩を進める。
私は先日まで魔法大国ルミナートの侯爵令嬢だった。
地位も名誉も将来も約束されていた私が、今は大罪人の元令嬢――こうなったのは自業自得だ。
私が唐突に思い出したのは前世の記憶。そして、ルミナート王国は死ぬ前の私が愛読していた恋愛小説の世界そのものだった。
主人公はもちろん、周囲のキャラも知っている。そのキャラクターの一人、主人公を疎む敵ポジションが侯爵令嬢レイラ・ルーリエ。
今の私だ。
前世の記憶を取り戻したのはつい先月。この時点で物語は終盤に差し掛かり、小説内で私がしたことは既に実行されている。前世を思い出して以降は主人公に関わらないようにしたが、もう何をしたところで手遅れの状態だった。
そして物語のラスト、令嬢レイラの悪行が暴かれ国王の手により厳罰が下される。
わざわざ国王が侯爵家とはいえ令嬢一人のために罰を与えるのは、相応の理由があった。
(魔法を使って主人公を殺そうとしたから……)
ルミナート王国は魔法の素養が地位を格付ける。魔法は貴族の血に連なる者しか使えない。稀に平民にも使える者がいるが、光を灯したり種火になるぐらいの火を出したりと日常生活で使えるぐらいのものだった。
その中でもサンデリエ侯爵、ルーリエ家は強力な魔力を持ち、有事の際は戦線を取り仕切る役目を担う。国を支える重要な家柄だった。
その家系であるレイラも強力な魔法を扱い、その力は現当主の父をも凌ぐのではないかと噂されていた。レイラ自身も絶対の自信を持ち、地位や美貌もあって傲慢でプライドが高い性格になるのは必然だったのだろう。
だからこそ、平時での魔法の扱いは厳重に管理されている。年に一度行われる魔力測定診断では国王も立ち会い、神官が張った結界内でのみの使用しか許されない。それ以外での攻撃魔法の使用はもっての他。
平和を謳い中立を守るルミナート王国が他国を脅かす種を撒いてはならないのだ。
その中でレイラは想い人の王子と恋仲になった主人公に嫉妬し、感情のまま愚かにも魔法で殺そうとしたのだ。
主人公を庇った王子に怪我を負わせ、禁止されている魔法の使用によりレイラは侯爵家を出され、罰を受けると共に国外追放となったのだ。
隣国に送られ、娘を勘当した父が最後に残したのがこれから向かう所だ。
数日前までの黒歴史に息をつくと、視界の隅に騎士様の顔が映った。無遠慮な視線に億劫になりながら顔だけ振り向く。
「何です?」
「……本当に、変わらないのだな」
変わらない、とは私が受けた罰のことだろう。
――ひと昔であれば罪人は死刑が通例だったが、それに替わったのが国王による罰。言い換えれば、呪い。
国王を含めた一部の王族には稀に人の心に干渉できる魔法を扱える者が誕生する。使い方によっては危険なため、他国には秘匿されている上に国王ですら使用は禁止され常に魔法を無効化する指輪が填められている。その使用が許されるのは、重罪人が現れた時のみだ。
国王により受けた魔法はレイラの心に干渉し、感情の起伏が極端に薄れた人形のようになってしまった。
彼が先ほど呟いた「変わらない」というのも、レイラの表情や態度による感想だったのだろう。
プライドの高い彼女がこんな仕打ちを受けて冷静でいられるはずがない。本来であれば泣き叫び、暴れ、半狂乱になっていてもおかしくない。
その彼女が大人しく罰を受け、言われたことに反論もなく最低限の荷物を持って生まれ育った屋敷を出て隣国へと来たのだ。
それは私が前世の記憶を思い出し、自業自得だと諦めていたのもあるがそんなことを知る由もない騎士様は私の変貌ぶりに驚いているらしい。
「貴方の知る私は、本当に酷い人間だったのですね」
確かにその通りだけど。
それきり会話を終え、歩いていると一軒の家が見えてきた。
ログハウスのような木で造られた可愛い家。恐らく父が別荘か書斎代わりにでも使おうと思っていたのだろう。結局一度も使われないまま放っておかれていたようだが、家屋自体は思ったより傷みもなく大きさも一人暮らしをする分には申し分ないくらいだった。
(可愛いログハウス暮らし……ちょっと憧れだったから嬉しいかも)
令嬢として過ごした屋敷と比べると大きさも豪華さもレベルが違うが、記憶を戻した元庶民としてはこちらの方が性に合う。
そんな喜びも顔に出なくなってしまったけど、私はいそいそと渡された鍵を取り出してドアにぶら下げられた南京錠を外すとノブに手を掛けた。
けれど、長年使われてなかったからかドアが引っ掛かって開かない。それでも踏ん張って開けようとすると、横から大きな手が出てきた。
思わず見上げると、仏頂面の騎士様が隣に立っている。
「蝶番が劣化しているようだな」
言い、ドアを軽く押さえながらノブを回すとギイィ、と音を立ててドアが開いた。
まさか手伝ってくれるとは思っていなかったので少し驚いた。……もちろん顔には出てないだろうけど。
それを察したのか彼は軽く鼻を鳴らした。
「ろくにドアも開けられない女を後ろで嘲笑っていると思ったか?」
「……」
お前とは違う、と暗に言っているのだろう。そこまでは思ってなかったけど、レイラは本当に嫌われているのだと再認識してしまう。
表情は冷たいが、嫌いな相手にもこういった手助けをしてくれるあたり根は親切なんだろう。
皮肉を言われても悲しくならないのは、不幸中の幸いといっていいのだろうか。
(……そんなこと考えるだけ無駄か)
気を取り直して家に入る……前に、ドアを開けてくれた騎士様を見上げる。
「ありがとうございます」
相手は少し目が開いただけで表情は変わらなかったけど、お礼は言えたので顔を戻してさっさと中に入る。以前のレイラならいざ知らず、今の私はお礼くらい言えるのだ。そして、彼は背が高いのでちゃんと顔を見ようとすると首が痛くてちょっとしんどい。
家の中は暖炉つきリビングにキッチン、脱衣所とバスルームもある。部屋は他に二つあり、一つはベッドがあったので寝室、もう一部屋は自由にしていいのか何も置かれていなかった。階段があるので二階や屋根裏部屋もありそうね。あとでゆっくり見よう。
(客室……って、客なんて来ないわよね。荷物置き場でいいか。ベッドもあったのは助かったわ)
色々と必要なものは自分で揃えないといけないが、家賃不要で屋根のある家に住めるだけ上等だろう。
(あとは仕事よね……近くに働ける場所はあるのかしら?)
森の中に建つここは自然豊かで落ち着くが、住むとなると不便だ。移動となると馬車が普通だが、出掛ける度にお金を払って馬車を使うわけにはいかない。
(そうなると徒歩しかないけど、人がいるところまでどれくらいの距離があるんだろ……)
そこでふと気付き、騎士様の姿を探す。家を出ると、外で待っていたらしい彼は馬の鼻を撫でていた。微笑みながら愛馬を撫でていた彼は、私に気付くと笑みを消して顔を向ける。
「質問してもよろしいでしょうか?」
「内容による」
さっき見た微笑みが嘘のような冷めた瞳にため息が出そうになるのを堪える。
「貴方は私の監視といったけれど、それはどれくらいの期間になります?」
「それはお前次第だ、しばらくは俺もこの地に滞在する」
「それって、貴方もこの家に住むということですか?」
その言葉に相手は余程驚いたのか、顔をひきつらせた。
「そっ、そんなわけあるか! 犯罪者とはいえ未婚の女と二人きりで暮らすわけないだろう! 俺は近くの村で借りた家から通うんだ!」
「付きっきりの監視でなくて大丈夫なのですか?」
「ああ」
理由はわからないけど、言い切るからには何かあるのね。そもそも監視対象にそんなことを話す必要ないか。
「近くに村があるのですね。歩いて行ける距離なんですか?」
「……女の足なら一時くらいじゃないか」
大体一時間くらいね。それなら通える距離ではあるか。……体力作りは必要そうだけど。
道の確認もしたいし、買い出しもあるから明日にでも行かなくては。
今はまず家の掃除ね。あと、今日の夕食……の前に、水も確保しないと。
荷物を置いて腰まである濃紺の髪を一つにまとめて結んでいると、騎士様は怪訝な表情で首を傾げていた。
「何をするんだ?」
「掃除の準備です。片付けないことには始まりませんから」
「……できるのか?」
私の言動に信じられないといった様子で呟く彼に内心苦笑する。
……気持ちもわからなくはない。侯爵令嬢が掃除経験あるなんて思わないものね。実際、レイラがやるのは初めてだ。
やること全てにいちいち反応されては面倒なので、私は腰に手を置くと佇む彼を軽く睨んだ。
「そういうことなので、今日のところはお引き取り頂けませんか? 暗くなるまでに最低限のことはしておきたいので」
「……そう言われて目を離すわけにはいかない」
恨んでいるであろうレイラは何をするかわからないものね。本当に嫌われているのね、私。わかってるし仕方ないし自業自得だけど。
「でしたら、気が散ってしまうので私の視界に入らないよう離れて監視してもらってもよろしいですか?」
「……わかった」
「着替えは覗かないでくださいね」
「だ、誰が覗くか!」
半分冗談だったけれど、彼は顔をしかめて怒鳴ると外に出ていった。本当に真面目だなと思いながら寝室のドアを閉め、鞄から動きやすい服を取り出す。さすがにスカート姿で掃除をするわけにもいかない。
前世の記憶を思い出して以降、国外追放になる前に急いで必要になるであろう服を調達して良かった。
外出着のドレスを脱ぎ、動きやすいパンツスタイルへ着替える。この世界では女がパンツを穿くのは珍しいけど、この森の中ではスカートが引っ掛かるだろうし前世の私はこういう格好が慣れていたので迷わず取り寄せた。
もう貴族でもないしね。
「よし、と」
全身の姿見でチェックし、軽く回ってみる。うん、自分で見る分には変なところはない。汚れてもいい前提の服だし、動きやすければ多少見目が悪くても構わないだろう。
(……と、掃除を始める前にまずは水を探さないとね)
近くに水場があるからこの家も建てられたのだろうし、お父様もそこまで考えなしに家を買おうとは思わないはず。
どうか“他のことは全部使用人がやるし、気に入ったからとりあえず購入しよう”的なノリで買ったわけではありませんように……。
家を出て森の中を散策しようとすると、無遠慮な視線を感じて振り向いた。
案の定、見ていたのはあの騎士様だが木の影から半分体が出ている状態なので、森の中ということもあって中々に怖い。
目をひきつらせると、相手はこちらに歩み寄ってきた。




