災厄
祭りは明後日。ああ。故に。我々は浮かれていた。考えればすぐにわかることだ。考えが浅すぎた。一度終わったものはもう戻らない。そんな人間の尺度でしかモノをみることができなかったのだ。
或いは。気づいていたのかもしれない。目を背けようとしていたのかもしれない。
終わりは突然に訪れる。幸福にはそれ相応の悲劇を伴う。
そして思い出す。執念の名を冠する魔王が、そう簡単に諦められるはずなどないのだと。
◇ ◆ ◇
「ここもこれで終わりか。祭りは明後日。何とか間に合いそうだな。」
「おうよ!ご苦労さん!」
仕事を終え、ギルド本部へと向かう。新しい仕事を貰うのだ。
「新しい仕事、何かないか?」
「でしたら、この仕事をしていただけますか?」
「ああ。了承した。」
次の仕事は、広場の装飾だ。担当する場所を目指し、歩く。広場へと向かうと、そこにはアナとナターシャがいた。常にアナにはナターシャと共に作業をしてもらうことにしている。ので、こうして会うことは珍しくない。
「手が届かないから手伝って!」
「わかった。手伝おう。ナターシャはこちらを頼む。」
「わかりました。」
飾りつけは終盤に向かっている。この調子なら今日中に十分終えられるだろう。
さてと。終わったら食事にでも出かけようか。呑気にそんなことを考えながら作業をする。
ふと、空を見上げる。そして気づく。今まで自分たちの上を飛んでいたモノが、鳥ではないということに。瞬間、熱風が広場…城塞都市プロメテウスを襲う。
「ぐっ…」
鳴り響く警報。襲い掛かる熱風。
「…速やかに…っ王、…ベ…ス………」
何も聞こえない。が、本能で理解する。今から顔を見せるであろうモノは、人知を超えた存在であると。厄災は突然に。
「「「畏れよ。ひれ伏せ。か弱きヒトよ。」」」
そこに立っていたのは。機械造りの巨人だった。音声は反響し、畏れをもたらす。
巨人の体は炎に包まれており、その威圧感は何物にも劣らない。
「「「我、執念の魔王ヘベモス也。」」」
「「「ここに、第二回戦の始まりを宣言しよう。」」」
一度完璧に燃え尽きたはずの体は、再び一つへと戻っていた。塵の一つでもあれば、彼の魔王は復活するのだろう。
しかし、我々は思い出す。影が濃くなるほどに、光もまた、強くなるものだと。
「封印解除。燃え上がれ!巨人の篝火」
どこからか現れた英雄は、背に負う大剣を構え、その拘束を解く。大剣は開き。炎の刀身は姿を見せる。炎の性質を有するが故に、どこまでも大きくなる剣は、天蓋へと至らんとする。
「「「来い!アルセイオス!我はお前と戦うために!ここまで戻ってきたのだ!」」」
「それは光栄だ。俺もお前に会いたかったよ。」
「「「一瞬で終わらせてくれる。」」」
彼の魔王の魔力が膨れ上がる。瞬間、彼は炎の剣を握っていた。
「何!?まさか貴様、新たな武器を…!?」
「「「対策をせぬはずがあるまいよ。我が炎で貴様諸共喰らい尽くしてくれるわ!」」」
「「「起動。焼き尽くせ。終末招きし原初の炎!!」」」
激突する二つの炎。激突した炎の余波は、地上にも熱風となって襲い掛かる。
『都市防衛結界を起動しました。市民の皆さんは避難して下さい。冒険者の皆さんは迎撃を。敵は魔王ヘベモスだけではありません。その取り巻きについても、同様に迎撃してください。』
なるほど。さっきの飛行物は奴の取り巻きか。それはともかく、都市の外で防衛にあたらねば。
「アナ!アナはいるか!」
「いるわよ!行くのね…?」
「ああ。このままではまずい。行かなければならんだろう。」
数度目のお姫様抱っこ。もう慣れたのか、文句も言わずにおとなしくしている。
「「「小癪な。都市諸共貴様を消し飛ばしてくれる。」」」
「私も行こう。あの様子だと、たとえ当たったとして、炎が飲み込まれてしまう。内側からの破壊を狙わなければならんだろう。この結界は時間に限りがあるもののとても強力だ。準備をした俺の全力でも破れん。」
疾走する英雄とルーキー。門の外では、既に戦闘が始まっている姿が見える。
「急ぐぞ!」
祭りの空気は一変。そこは既に戦場と化していた。
「あれはヘベモスの眷属だ。強いぞ?毒は効かんから気をつけろ。」
なるほど。ヘベモスの体に似た鋼の魔獣。それが都市の門へと襲い掛かろうとしている。
「キシャアアアアアア!」
「潰れろガラクタ!」
「むううん!」
戦闘は激化する。
「私は内部へと向かう。奴の体は城のようになっていてな。内側から破壊できるやもしれん。」
そう言って英雄は姿を消した。
「「「させると思うか?」」」
そう言い、ヘベモスの体から熱があふれ出る。
「心配せんでもいい。必ず倒して帰る。」
そういうと英雄は、眷属を吹き飛ばしながら戦場を猛進していった。
◇ ◇ ◆
「畳みかけるぞ!アナ、今だ!」
「わかったわ!飛べ!」
彼女も冒険者なのだ。戦闘くらいはこなしてもらいたい。ということで彼女には槍魔術を覚えてもらっている。まだ未発展だが、適正はあるようだ。私が足を崩し、彼女が刺す。
「後ろだ間抜け!」
倒れる。そして蹴り飛ばし、
「刺せ!」
深々と刺さる光の槍。
周りを見渡す。
「潰れろ鉄くず!」
「むぅうん!」
「フライシュッツ!」
冒険者が揃って鉄の獣を鉄くずへと変えてゆく。
しかし、そううまく話は進まないものだ。
眷属が錆へと変わり…塵へと化していく。
「そううまくはいかないのが人生ってやつだよ。」
体の所々がさびている男は、そう言いながらこちらへと向かってきた。
「ヘベモスもあの巨体だが魔王なんだ。部下や従者の一人くらい、いてもおかしくないだろう?」
そういうと、彼は…冒険者の武器のことごとくを錆にした。
金属製の武器を主とするほとんどの物理的攻撃要員は離脱する、佇む男はそれを見ながら、
「いずれは終わるもの。それが早いか遅いかだけの話だよ。」
そうつぶやくのだった。