英雄
◆ ◇ ◇
今日はギルド横の、冒険者のたむろする酒場に向かった。あの後私たちは黒曜等級となり、まあ顔を出しておいたほうがいいだろうということで。さすがに少女を連れてくるのはためらわれた。ということで、適当に寝かせておいた。
「ヒャッホー!宴だ宴だ!」
昼間からどんちゃん騒ぎ。この辺りはどこもこんな感じである。冒険者用の宿なども密集している。
今回は、遠征から帰ってきた冒険者を迎える宴らしい。酒宴の代表を遠めから覗いていると、
「おい新入り!お前さん、ケルベロスをやったらしいじゃないか!ちょっと来いよ!」
横で酒を飲む男に絡まれる。
誰にも言ってないはずだったが…横を見ると絡まれてるナターシャ。「えへへ…」とこちらを見て笑う。これは身を売られたな。
「麦酒を一つ、頼む。」
酒の席にあれば酒を飲むはマナ―。私も参加するためにはそれくらいはしなければな。
「お前さん、あのヴェルンドに獲物作ってもらったんだって?あいつ、気が乗らねえとなかなか作ってくれねえって有名でな?なあなにしたんだよ教えてくれよぉ。」
「ああ。荒野のサソリを見せたら、な?」
「おいあのサソリまで倒したってのか。あいつらは速い硬い痛いの三拍子そろってて、これがまた強いんだわ。」
「ところで、あの席で酒飲んでるのは誰だ?見たところ、遠征から帰ってきた冒険者のようだが。」
「えっ…?知らないんですか?」
驚愕するナターシャ。知らんものは知らんのだ。
「ガハハハッ!あいつのことも知らねえのか!そいつぁいよいよおもしれえ!あいつはな、この街…いやこの国きっての英雄さ!なにせあの"デカブツ"を切っちまったんだからなあ!」
誇張なのか現実なのか。そもそも、デカブツとはなんのことか。ナターシャ曰く、魔王の城。魔王のうちの一角、執念の魔王ヘベモスの"動く城"のことを指すらしい。なるほど。魔王ヘベモス。であれば、あれは英雄アルカイオス…!
彼はこの国きっての英雄である。しかし、魔王ヘビモスの城撃退後、姿をくらませてしまった。それが何の因果か、再びこの国に帰ってきたのだ。
「アルケイオス!こいつが新入りの…えーなんだ?」
「オズウェルだ。」
「オズウェルだ!」
英雄アルケイオスがこちらを向く。
「君がケルベロスを狩った無名君か。よろしく。俺はアルケイオスだ。」
「こちらこそ、お会いできて光栄だ。英雄アルケイオスの帰還に乾杯!」
「ああ、乾杯!」
◇ ◆ ◇
「なるほどなるほど。君はあの星辰魔術を…面白い。何?サソリも倒したのか?あのニュービー殺しのサソリをか!奴は弱そうなやつを見つけたときだけ襲い掛かる。だからギルドにもどうにかするよう進言しておいたのだが、冒険者でも騎士でもなかった君がか!」
「この剣はそのサソリをヴェルンドに加工してもらってな。そのときのあの盛り上がりようと言ったら。」
「何!そんなことがあったのか!いやあ是非見たかった!今度サソリを狩る機会があったらあいつのところに持って行ってやるか!」
英雄と呼ばれた男はなかなか気さくで。彼は生ける伝説だった。あの戦いの後彼は、弔いの旅に出ていたらしい。亡くなった嫁のために。
彼は、あの戦いの折、愛する妻をなくしたのだ。同業者でもあった彼の配偶者は、町を守るために戦い、殉死した。彼はそのことに慟哭し、弔いの旅に出たのだ。
稀代の剣…炎剣マルミアドワーズ…かつて巨人族が扱ったとされる大剣を背負う彼からは、剣だけではない彼の情熱を感じ取ることができた。
「英雄の帰還と新参者の門出に乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「今日はおごりだ!野郎ども、じゃんじゃん飲め食え!」
こうして、宴は再び始まったのである。
私はナターシャやアルケイオス、その他諸々と話を進めた。なるほど、彼の帰還を祝った大規模な祭りを、近いうちに開催するらしい。そのあとに叙勲式などを執り行う予定であるようだ。
宴は広がっていく。火よりも早く人の思いは伝わり、日が回るころにはギルド街どころかその周りにまで宴は広がっていた。もはや何の宴かも覚えていない人間が大半だろう。
夜は深まる。人の営みは終わらない。酒というものはいいものだ。それがあるだけで広場には、多くの幸せが広がる。いつかアナにも酒を飲ませてみたいものだ。そう思いつつ、夜を深めていく。
しばらくし、酔いつぶれた英雄に肩を貸し、ナターシャを連れて歩く。クソ!なんて重いものを持ち歩いているんだ!よく振り回せたものだ。流石は英雄と言う所だろうか。
ナターシャは寄っているのか素なのかスキンシップをひどく取ろうとしてくる。
「えへへぇ~いいじゃないですかぁ~」
良くない。絡まれる側だったのが絡む側になってしまっている。
アルケイオスをを適当にギルド本部に放り投げる。まあ英雄なのだ。ギルドが介抱してくれる。
ナターシャについては、前に宿を聞いていたので宿の中に放り込む。部屋まで連れて行くのはあまりにもあまりにもなので、とりあえずドアの前に放っておいた。
やはり酒はダメだ。人を駄目にする。酒は適度に楽しむべきだと、再び思い知らされた。
◇ ◇ ◆
ギルドはクエストの受付を一旦停止。来る祭りに向けて、準備を進めていた。
「おーい!こっちのも運んでくれ!」
「了解した!」
駆ける。大通りは人が多い。英雄を一目見ようとうわさを聞き付けた人間が早くも街に集まっている。
故に屋根を掛ける。風となって、荷物を運ぶ。
「ふう。これで全部か?」
「ああ。じゃあ次はあっちを手伝ってくれ。高いところに手が届くやつが欲しいらしい。」
「ああ。そちらに向かおう。」
アナについては飾りつけのほうを手伝わせている。ナターシャと一緒なので安心だろう。遠目には、
さて、私は私の仕事を進める。ヴェルンドを含め、街中の職人を動員した大規模の祭り。アルケイオスの規模の大きさを再び思い知らされる。
ギルド、町民共に一つの目的のために働く姿は、それだけで祭りを行っているようにも見える。
この規模の祭りだ。国際都市でもあるプロメテウスは、過去一番の盛り上がりを見せるだろう。
「こっちもてつだってくれ!」
「こっちもだ!」
「ここはこうしてだな…」
「アルケイオス焼きとかどうだ?菓子にアルケイオスの剣の印をしてだな…」
「いいじゃないかそれ、採用だ!」
「工房に人手が足らん!力がありそうで体力もありそうなやつ連れてこい!」
一週間後に執り行われる"アルケイオス祭り"を覆う熱は、大きく広がる。
客は招かれる。しかし忘れてはならない。英雄に引き寄せられるすべてがすべて、善なるものではないのだと。光あれば影が生まれる。強い光には、より強い影がなければならないのだ。
始まりの金はもう鳴った。あとは時間の問題。招かれざる悪徳は、すべてを飲み込むだろう。