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再会

「山崎さん。商品の検品、お願いできる?」

「はい。こちらの2箱分ですね」

「そう。小物が多いので、取り扱い気をつけてね」

「はい」

 山崎雅子は、ダンボールから商品を取り出した。国内ブランドの婦人服のショップで販売員をしている。百貨店の中の店舗なので、雅子は扱っている商品を着て店舗に立つことはなく、このショップの制服である紺のワンピースを着ている。長い髪を一括りにし、毛先にはパーマが掛かっていてクルリと巻かれていた。身長も165cm程あり、すらりとした美人である。今年で35歳になる。翔一と同い年だ。

「いらっしゃいませ」「いらっしゃいませ」

 百貨店のオープンと共に、お客様が入ってくる。セールでもなく平日である今日は、それ程来客数は多くない。しかし、お得意様は朝一で来店するので、気は抜けない。

「おはよう、山崎さん」

「いらっしゃいませ、白井様」

 この白井は、上得意様だ。1度来店すれば、購入額は20万を下らない。雅子の顧客である。顧客にはそれぞれ担当が決まっている。やはり店長が1番多くの顧客を抱えており、雅子はそれに次ぐ顧客を持っている。このブランドで働いて、10年になるのだから当然ではあるが、この店舗の担当になったのは2年前なので、その割には付いていてる顧客は多いだろう。次の異動の時には、店長を打診されている。

 どの顧客も、雅子のセンスと記憶力を信頼している。いちいち顧客台帳を確認しなくても、顔を見れば今までの購入履歴が即座に分かるらしく、それに沿ったコーディネイトをしてくれるからだ。当然、好みもしっかり分かっているし、顧客の要求に逆らうこともしない。

 そして更に凄いところは、今まで手にも取らなかったような商品を選んで、顧客を納得させてしまう手腕を持っていることだ。顧客の方も、自分ひとりで選んでいては、ついついマンネリ化してしまうワードローブの中身に、新たなデザインが加わってワクワクすることができる。その後、やっぱりそういう服はあまり着なくなったりするのだが、白井の様な上客はワクワクすることの方が大切なので、不満に思うこともない。

「新しいお洋服が入っていますよ。白井様にぴったりのがあります。ご覧になられますか?」

「あら、見せて。まだお店に出してないの?」

「ええ。そろそろいらっしゃる頃だと思って、取ってあります。店舗に出してしまうと、きっとすぐ売れてしまうと思いますで」

「そんなに、素敵なの。早く見せて」

 今日も一日忙しくなりそうである。


 昼食は、交代で取る。店長ともう1人の販売員はいつも百貨店の食堂を利用しているが、雅子は外食と決めていた。1日に1回は、外の空気を吸いたいと思うのだ。今日も、行きつけのカフェに落ち着いた。注文後、道路に面した窓から街を行く人々を眺めながら、初めて翔一と出会った時のことを思い出していた。


「それ、きっと僕のですね」

 その日は日替わりのランチを頼んでいた。ここのランチは毎日2種類用意されている。雅子はAランチを頼んだはずなのに、目の前に出されたのはBランチだった。間違えられていることに直ぐに気が付かず、「あらっ」と思った時には、店員はもうキッチンに戻っていた。確かに、一番忙しい時間帯だ。店員をもう一度呼ぼうとしたところで、隣のテーブルの男性に声を掛けられたのだ。

「あっ、そうなんですね」

「ええ、きっと」

 そう言って翔一は優しい顔で微笑んでいた。特に怒っている様子でもなく、ほんとに何でもないことの様に笑っている。

「じゃ、どうぞ」

「万が一のことを考えて、貴方のが来るまで待ちましょう」

 そういうと、出されたセットを取り敢えず受け取って、食べずに待ってくれた。しばらくして、今度は間違いなく雅子のところにAランチが提供されて、「やっぱり、でしたね」とまた静かに微笑んで、やっと食事を開始したのだ。

 何て優しい人なのかと思った。雅子のが出されるまでに5分ほどは掛かったと思うから、きっと冷めてしまっただろうし、見るからにサラリーマンだから、休憩時間も短くなってしまう。それでも特に事を荒立てることもなく、静かに食事をしている翔一を見て、雅子は人生で始めて「一目惚れ」というのを体験することになった。1年半前のことである。


 それから何度かそのカフェでランチの時間に会った。雅子はすぐに翔一に気が付くのだが、彼は全く雅子に興味がなかったのか、よく顔を合わせていることに気が付いてくれたのが、1ヶ月程経ってからだった。

「こんにちは。今日はAですか?」

 そんな会話から話をするようになり、いつしか雅子はすっかり彼の虜になっていた。彼も営業職で話が合ったのもあるが、とにかく優しい彼と、この場所以外でも会いたいと思うようになった。しかし、いつまでたっても彼は誘おうとしない。彼女がいるのかと思ったが、会話の中で何となく確認すれば、フリーであることはすぐに分かった。もう、高校生でもないのだから、雅子は自分から誘うことにした。

「この近くに、美味しい居酒屋があるんですけど、今度一緒に飲みませんか?」

「……」

 思い出しながら、雅子はクスッと笑った。あの時の翔一の一瞬固まった顔が、子供がそのまま大きくなったかのようで可愛かった。……忘れられない。何度か食事をして、結局告白したのも雅子からだった。

「翔一さん、お付き合いしていただけませんか?」

 逡巡したように見えた。友達のままでいようと、断られるかと思ったが、それこそ何かを吹っ切ったかのように答えてくれた。

「僕から言わなきゃだったけど、ありがとう」

 そう言って、はじめてキスをしてくれた。


 それからは、1週間に1度は一緒に外食し、4回目のデートで彼の家に泊まった。お互い、34歳になろうという年なのだから、体の求めるままに愛し合った。彼の愛し方はあの性格のまま、とても優しいものだった。決して無理なことは要求しない。

 雅子はあまり変わったことは好きではなかった。羞恥心の方が勝ってしまい、感じることができなくなってしまう。そのことで、前の彼氏とは上手くいかなくなった。「物足りない」と言われて、コンプレックスになった。翔一にベッドの中で1度だけ聞いたことがある。

「翔一さん、私……、物足りなくない?」

「どうして? 雅子は綺麗だし、今で十分満足してるよ。僕にはもったいないくらいだ」

 思わず泣いたのを思い出す。ほんとに嬉しかった。


 そんな翔一が変わりだしたのが、付き合って3ヶ月程した頃だ。雅子は土日祝が完全に休みではないので、翔一とは平日の夜会うことが多かった。いつものように待ち合わせ場所にやって来た翔一の様子が、その日は変わっていた。

「どうしたの? 何驚いてるの?」

 少し離れた場所で雅子に気づき、こちらに向かって歩いていた翔一が、途中で小さく目を見開いて止まったのだ。それ以上動こうとしない。雅子の方から近づいて、そう聞いた。その時の翔一の顔を、どう表現したらいいのだろう……。戸惑いと、焦燥感と、哀しみと……。今思えば、そんなものが入り混じっていたように思う。しばらく佇んでいた翔一だったが、

「いや、ごめん。ちょっと、仕事のことで思い出したことがあって……。大丈夫、行こうか」

 と、いつものように手を繋いで歩き出した。……と、その直後、直ぐに手を離され、歩みを止めてしまった。

「どうしたの? どこか調子でも悪い?」

「いや……、何でもない」

 また歩き出した時には、もう手を繋ぐことはなかった。その日はいつものイタリアンで食事をして、少しアルコールも飲んだ。雅子は翔一の部屋に行くつもりでいたのだが、突然翔一が仕事に戻ると言い出した。

「本当にゴメン。さっき思い出した件、どうしても確認しないといけない。申し訳ないけど、これから会社に戻るよ」

「分かった。ワインまで飲んじゃって、ゴメンね。もっと早く帰ればよかったね」

 その時初めて、顔を歪めて謝られた。

「本当に、申し訳ない……。また、連絡するよ」


 それからは、目に見えて会う回数が減った。仕事が忙しいとのことだった。たまに会えても、いつも1時間程で仕事に戻ると言い出す。無理をして会ってくれているのだと当初は嬉しくもあったのだが、さすがに何度もそれが続いて、不安が拭いきれなくなった。

 もう、雅子を抱くどころか、全く触れてもくれなくなったからだ。

 そして2ヶ月後、別れを切り出された。


 ――すまない。これ以上、一緒にはいられない


 病気だと言われ、私のせいでもないという。ではなぜ別れなければならない? 病気だというなら、治せばいい。精神的なことなら、尚更サポートはいるはずだ。それぐらいの覚悟ができる程、翔一を愛していた。

 その後何度電話しても、それっきり声を聞くことはできなかった。……もう1年も経つのに、忘れることができない。


「お待ちどうさまでした。Aランチです」

 店員の声に、現実に引き戻された。


 月末の嵐の前の静けさのこの1週間。玲奈は新入社員の教育の進捗状況を書類に起こしていた。間もなく16時になる。今日も定時で帰れそうだ。

 手元のスマホがピロンと鳴った。

「玲奈、今日はチーズダッカルビでどう?」

「いいねぇ」

「じゃ決まり。いつもの所でね」

「了解」

 美由紀からのLINEである。美由紀は大学からの友達だ。今日会う約束をしている。他の友人達は皆、就職してから会わなくなっていったが、美由紀とだけは今でもこうして夕食を共にする。彼女もまだ独身で、会社も割と近いことが功を奏していた。

 会社を終え韓国料理のお店に行けば、既に美由紀は飲み始めていた。

「今度さ、合コンがあるのよね。人数合わせ、ムリ?」

「人数合わせかぁ」

「もちろん、ガッツリ本気でもいいよ。今回相手は30歳以上だからね。うちの会社のメンバー。ちゃんと既婚者は外してあるし、結構本気の人ばかり集めたって、会社の先輩言ってたしね。但し……」

 一旦言葉を切って、人差し指をフリフリした。

「イケメンは、超希少!」

「ふ〜ん、どうしよっかなぁ。この間ね、会社のパートさんが、お見合写真見せてくれたの。こう、開きのね、本格的な写真。なかなかイケメンなのよね〜」

 両手を開く真似をしながら説明する。

「へぇ、今時そういうの、珍しいね」

「でしょ。年齢は37歳で、ちょっと上だけど、これも何かの縁かなって。本気で婚活しようかなぁって」

「じゃ、まずは、手始めにこっちで運だめししてみたら? 週末だよ」

「……んー、よし。そうだね、何事も思い立ったら、だね」

「そうそう。そう来なくちゃね」

 美由紀の会社は300人クラスの大手だから、多分ウチの会社より収入もいいよね。そんなことを考えながら、いつもの如く仕事のグチや他人の恋バナで盛り上がる。21時を過ぎたところでお開きとし、2人で駅に向かった。途中まで一緒の電車に乗る。

 まだゴールデンウィーク前だというのに、今日は結構湿気もあり暑い。ホームも人がごった返し、電車の中はきっと不快指数が高そうな夜である。少しでも空いている列を探し、美由紀と歩く。


 雅子は少し残業になった。お得意様が閉店時間ギリギリまでいたためだ。百貨店の出入り口は閉まってしまったので、従業員通用口から出て頂くため案内し、それからレジを閉めた。まあ、お陰様で30万近い売り上げになったので、雅子としても不満はない。

 電車に乗ろうとホームまでくれば、いつもとほんの小1時間程しか変わらないのに、随分混雑していた。第2の帰宅ラッシュの時間帯にハマッてしまったらしい。いつも並ぶ列に並び、1本やり過ごす。前から2人目になった。

 ふと反対側のホームに目が行った。あちらも随分混んでいる。

「あっ……」

 自分のほぼ真正面の列に、翔一が並んでいた。

 心臓が鼓動を早め、自然に顔が紅潮してくる。この駅で、翔一に会うことは今まで一度もなかった。1年前と何にも変わらない。髪形もスーツ姿も使い込まれたビジネスバッグも……。手には文庫本を持ち、周りの喧騒など耳に入っていないかのような立ち姿だ。そう彼は、以前から時間を潰す時は、スマホではなく本を読んでいた。翔一さん……!


「うっ……!」

 翔一は突然頭痛に襲われた。久し振りである。ゆっくり1つ大きく息を吐いて、読んでいた文庫本から目を上げた。そのまま本をバッグに戻し、メガネを外して目頭を指先でマッサージする。目の疲れから来た、頭痛ではない、か……。あの地下鉄以来、1ヶ月振りくらいだろうか。ダメだな、どんどん酷くなる。今日のは、相当強い。このままではまた倒れてしまう。

 今日翔一は、一日振り回されていた。翔一の同じ課の営業が、時期遅れのインフルエンザに掛かってしまい、そのフォローに明け暮れた。今日中の納品や顧客からの引き合いに対応するため手分けして走り回り、それでもこんな時間になってしまった。この辺りは、翔一の担当ではないので、細かい土地勘がないのも地味に苦労した。この駅から電車に乗るのも、めったにないことだ。この頭痛は、その疲労が重なっているのかもしれない。

 電車が入ってくるとホームにアナウンスが流れる。ここにいては、後ろから押されて乗らざる得なくなるな。一旦、離脱して……、

「くっ……!」

 更に強烈な痛みが襲う。ダメだ、座らないと! 横に1歩出て列から外れ、そのまま椅子に向かって歩き出すが、目が開けられない……。歩みが止まってしまった。


「大丈夫ですか?」


 誰かが、腕の肘の所を掴んで、聞いてきた。ゆっくりと、目を開く。

「……佐渡……さん?」

「えっ……」

 その瞬間、翔一は背後から吹き矢でも当てられたかのような痛みを感じる。ゆっくり振り向けば、反対側のホームに雅子が立っていた。あぁ、だから……。

 雅子の表情が手に取るように目に飛び込んできた。喜びと躊躇(ためら)いと小さな期待と……、全てが混ざったような顔をしていた。確かに愛した、美しいその人の顔である。

 すまない……、雅子。翔一は心の中で詫びながら、もう痛みに耐えられず目の前の玲奈に、抱きつくように倒れかかった。

「わっ、だ、大丈夫ですか!? しっかりして下さい」

 玲奈は必死で男性を受け止めた。隣の美由紀も驚いて、落ちかけていた玲奈のバッグを引き受けてくれる。

「椅子に……」

 と小さく呻いている翔一の声に従い、椅子まで運ぶ。ホームにちょうど電車が入ってきたので、椅子が空いた。良かった……。何とか座らせて、玲奈も息をつく。


「あっ……」

 雅子は翔一と目が合った。なぜだか分からないが列から外れて移動しようとしている翔一が、突然振り向いたのだ。そして、ほんの一瞬だが確かに見つめ合った。なのに……、あなたは躊躇なく後ろ姿に戻ってしまう。そして、目の前の女性を……、抱き締めた!?

 息が止まる。……誰? その人……。頭が真っ白になった。

 ちょうど入ってきた電車が視線を遮る。雅子は後ろから押されるように電車に乗り込み、必死に奥まで進む。反対側のホームが確認できる窓まで着いた時には、翔一のホームにも電車が入ってきて、もう確認することもできなくなってしまった。そのまま、雅子の電車は発車した。涙が……、知らない間に、涙が頬を伝っていた。


「救急車、呼びますか?」

 ん……? なんかこれ、前にもあったような……。デジャブ?

「いえ、大丈夫。すみません。助かりました、佐渡さん」

「……」

「玲奈、知ってる人?」

 玲奈は頭をぶんぶん振って、そう聞いてきた美由紀と顔を見合わせる。

「あの……、どこかでお会いしましたか……?」

 そこまで聞いた時、それまで目を閉じて痛みに耐えていた様子の翔一が、突然ゆっくりと瞠目した。そして、顔を上げて、まじまじと玲奈の顔を穴の空くほど見つめている。

「あの……」

「止んだ……」

「は?」

「君は、一体……」

「は?」

 なになに!? なんなの、このイケメンリーマンは! 酔っ払いなのかぁ!? なぜに私の名前を知っているー!?

「僕、脇田と言います。脇田亮太の兄です」

 ん……、脇田? 誰じゃ、それは……。しばらくじっと考えて、「脇田」を1人思い付く。

「栗田商事の脇田さん、ですか?」

「ええ……」

 そう答えた翔一は、優しい笑顔で微笑んでいた。その笑顔を見て、少し安心する。

「もう、大丈夫ですか? 頭の血管が切れたとかではないんですね。ろれつ、回りますか? 手がしびれたりしてませんか?」

「本当に大丈夫です。……あの、以前も助けていただいたんですが、どうして僕が頭が痛いって、分かったんですか?」

「えっ、だって苦しそうに声出してらしたから。ねぇ」

 そう美由紀に同意を求める。

「え、そう? 全然気付かなかった」

「もう、美由紀は……。余計なことはよく聞いてるくせにぃ……。えっ、以前……?」

「そうです。1ヶ月くらい前です。地下鉄の中で……」

 またもや考え込む。1ヶ月前なんて、覚えてない……。大体、地下鉄なんてそんなに乗らな……、あっ!

「地下鉄で、席を譲った方ですか?」

「そうです」

「あぁ、そういえば、あの時も頭痛が酷そうでしたねぇ」

「……あの時も、なぜ分かりました?」

「何故って、あの時も苦しそうに声出してらしたし、座っても酷く辛そうにしてらしたから……」

「……、すみません。さっき、あなたにも辛そうに見えましたか?」

 と美由紀に聞いている。なに、その聞き方。何で疑われるの、私。

「いいえ、全く。急に玲奈に抱きついたから、何事かと顔を見たけど、至って普通でしたよ」

「えっ、?! 苦しそうに顔歪めてたでしょ。それに、『すまない、雅子』って、誰かに謝ってたし……。意識障害でも起こしてるのかと思いましたよ」

「えっ……」

 翔一が息を呑む。

「そんなこと、言ってないですよねぇ」

 と美由紀は翔一に確認する。翔一は、答えることができない。

「大丈夫? 玲奈」

 私に聞くかぁ!? それじゃあまるで、私が変みたいじゃない。もぉ、美由紀はイケメンに弱すぎる!

 ホームに次の電車の到着を知らせるアナウンスが流れ始めた。

「じゃ、私達この電車に乗りますので。えっと、どうされますか?」

「あぁ、僕も乗ります」

「ほんとに、もう大丈夫なんですか?」

「ええ。痛みがなくなりました」

 君のお陰で……、と最後の言葉だけ心の中で呟いてみる。確認したい……。

「いえいえ。何もしてませんよ、私は」

「!」

 電車の列に並ぶために移動しだした2人の後を、一歩遅れた翔一は慌てて追う。そして、後ろから玲奈の腕を掴んだ。

「あの、LINE交換していただけませんか? 無理なら、亮太にでもいい……。メールでも構わない。連絡取れませんか?」

「へっ?」

 驚く玲奈を尻目に、美由紀の方がサッと反応した。

「大丈夫ですよ。何なら、私が交換しましょうか?」

 何言っちゃってるの!? 顔がニヤけている……。そうだな、確かに美由紀好みだ……。

「あの、脇田さんは、あぁ弟さんは、今度いついらっしゃるか分からないので……」

「無理ですか?」

「……、えっと、じゃLINEなら……」

「ありがとう」

 結局、交換した。なぜかちゃっかり美由紀まで交換している。交換した後は、降りる駅などを確認しつつ同じ列に並んでいたのだが、翔一のスマホが鳴ったため中断する。

「もしもし、脇田です」

 そのまま翔一は列から離脱し、話し続けている。仕事の電話らしく、終わりそうにない。電車が来たが、結局玲奈と美由紀だけが乗り込み、翔一はホームで電話を続けていた。電車が発車する時、もう一度互いに相手を認めて、翔一は電話をしながら小さく手を上げ、それに応えて玲奈と美由紀は会釈をし、そのまま電車は発車した。

「ちょっとぉ、どうなってるの玲奈?」

「私にも分からないよ。どうして名前知ってるのかなぁ。地下鉄で会った時、名前言ったわけじゃないし……。脇田さんと、繋がらないんだけど……」

「そうなの? マズかった? LINE交換して」

 ずっと考え続けていた玲奈が閃いた顔をした。

「……あっ、ああ、ああ、分かった! 蓮君のパパか!」

「何、パパなの!? 結婚してるの!? なにそれ〜、終了じゃない」

「はぁ、なんかやっと繋がったー。スッキリしたー」

 すっかり酔いが醒めていたが、一気にぶり返してきた。今日は色々あったけれど、最後にスッキリしたから、よかったー。

 ……では済まないことが、次々と起こることになる。

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