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泰助と佳蓮の因縁(後)



「みんなそろそろ教室に入らないと、… 佳蓮ちゃんも行こう」


 菫はそう言って佳蓮の肩を叩いて校舎に向かい歩き出した。

佳蓮は菫の腕にしっかりとしがみつきながら歩いて行く。


 下駄箱まで来たとき、佳蓮はふと振り返り俺の方を思いっきり睨み付けてからプイッっと顔を背けて歩いて行った。


やれやれ、怖い怖い…

俺が肩をすくめてため息をつくと、


「泰助はどうして佳蓮ちゃんをあんなにイジメるの?」

菫は真剣な表情で聞いて来た。


理由は… 確かにある。 だが言えない。


「別にイジメてねーよ。今のだって本当に星野さんに頼まれたことを伝えただけだよ」

「何も佳蓮ちゃんの前で言うことないじゃない」


「佳蓮に黙って陰で言うのも良くねーだろ」

「……確かに… そうかもしんないけど…」


「大丈夫だよ。秀雄は佳蓮と別れたりしねーから」

「本当にそう思って言ったの?」


「当たり前だろ、秀雄は俺の親友だぜ」


 確かに1割ぐらいは秀雄が“乗り換える”って言いださないかなぁ~なんて期待してたけど…

ま、秀雄は「良いひと人間コンテスト」で優勝できそうなほどのお人好しだし言わねーよな。



 そもそも何でこのような話になるのか説明しておこう。

まず、俺の親友二条秀雄だが学年で1、2を争うイケメン。野球部に所属していてセンターを守るスラッガー。


性格は温厚で優しく何よりもお人好し… ほぼ完全無欠の男である。

当然モテモテなのだが… 


1年生の後半になって佳蓮と付き合い始めると他からの告白はきっちり丁寧にお断りしている。

そもそも秀雄に佳蓮を紹介… いや秀雄を佳蓮と付き合うように仕向けたのは俺だ。


俺と秀雄と佳蓮は1年生の時の同級生で佳蓮は初めて秀雄を見たときから惚れていた。

そして秀雄と仲の良い俺に相談する。


秀雄の親友をやっているとこのパターンが本当に多い。今日話が出た星野さんもこのパターンだ。

俺も級友の佳蓮のために一肌脱いでやろうと思い佳蓮に協力してやることにした。

こういう所は俺もお人好しだ…


 佳蓮は「もし上手くいったら何でもお礼する」と真剣な眼差しで俺に言った。確かに言った…

それを聞いた俺は俄然やる気が出た… というか秀雄に催眠術をかけてでも佳蓮と付き合わせようと思った。


そして秀雄を罠に嵌めて… もとい秀雄を真心で説得した甲斐あって晴れて佳蓮と付き合うようになった。


でも、大事なのはそこからだ。



 俺はできうる限りの最大限の努力をした。俺がいなかったら佳蓮は秀雄と付き合えることは無かった。

当然成功報酬を頂かなくてはならない。



「それじゃ 例の約束を…」 俺がそう言うと佳蓮は

「うん、何でも言って」 満面の笑みでそう答えた。


「佳蓮、本当に何でもいいのか?」

「泰助のおかげで付き合えたんだもん、遠慮しないで何でも言って」


佳蓮はそのくりっとした大きな目を見開いて明るい笑顔で俺に詰め寄った。


「ほ、本当に何でも?」

「フフフッ… 遠慮しないでいいから」


「い、いや… でもな~…」

「泰助、私本当に感謝してるんだよ、どんなことだって言うこと聞いてあげるから」


 そう言って佳蓮は両手で俺の手を包み込むようにして握りしめた。

佳蓮は本気だ。きっと佳蓮なら願いを聞いてくれるかも…

俺の願いはただ一つ… これしかない。



「おっぱいを揉ませてほしい…」


俺は森で迷ったキツネリスのような愛らしくも悲し気な瞳で佳蓮に懇願した。


「……………?」


佳蓮はしきりと首をかしげながら俺が言った言葉を理解できない様子だった。


「………た、泰助… 何て言ったのかな?」


ん? おっぱいでは分かり辛かったのかな? では言葉を変えて…


「だから、乳を揉ませてほしい… 父じゃない方の乳を…」


父じゃない方の乳か… 我ながら上手く言ったものだ。

勘違いでお父さんを連れてこられても困る。



 佳蓮の表情からは笑顔がどんどん消えていきそして無表情へ… やがて顔面は紅潮していき優しそうだった眼差しは俺を刺殺しそうな鋭いものへと変貌していった。


ん? どうした佳蓮… ははぁ~ん、さては照れてるんだな…

顔を赤くしちゃって… カワイイ奴め。

俺がそう思っていると


「…あ、あんた… 何言ってんの?」

かなり動揺して怒っている様子で佳蓮は言い放ち、さらに続けて吐き捨てるように言った。


「……死ね、この変態!」


 まるで酔っ払いがまき散らしたゲロのような汚いものを見る目で佳蓮は俺を見ている。


「何でもいいって言ったじゃないか…」

あどけない少年の俺には佳蓮の態度の急変が理解できない。



「どこの馬鹿が彼氏でもない男に胸を揉ませる? 頭に虫が湧いてんじゃないの?」


真っ赤な顔になって怒り心頭といった様子で佳蓮はその場を立ち去った。



俺は約束を守った… それなのに佳蓮は約束を反故にした。


守れないなら最初から“何でも”なんて言うんじゃねぇ。


許せん!



この時俺は佳蓮に復讐することを誓った。




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