泣き虫な人魚姫
「っく……ひっく」
ただぼんやりと校舎裏の庭を歩いていた恵理は、響いてくる泣き声に興味をそそられて音の出所に近づいていった。
それは、恵理にとってはただの気まぐれ。
「っふ……」
足音を立てないように注意しながら見つけたのは、同じ教室で学ぶクラスメイトの少女の背中だった。
「っ……っく」
「こんな所で、何をしているの?」
誰も足を運ばないような、夕暮れ時。草ばかりが生える裏庭。そのシチュエーションに油断していたのか、突然声をかけられたか、驚愕しながらも振り返った少女の表情を見て、恵理は内心でほくそ笑んだ。
「こ、小林……さんっ……?」
「桂木美穂よね」
指を指し、訊く形を取ってはいても断定もしている恵理の言葉に、美穂は驚きながらも頷くことで肯定した。
「な……なんで……」
驚きのあまり言葉が出てこないのか、恵理がこの場所にいる理由とも美穂の名前を知っている事にとも取れる言葉に、恵理はただ優しく微笑みを向けた。
「クラスメイトの名前を知っているのは当然の事だし、泣き声は殺したつもりでも響くの。知られたくないのなら、タオルでも噛み締めることをお勧めするわ」
「っ!?」
恵理の言葉に息を呑み、口を押さえた美穂の様子に恵理はまた笑った。
「恵理様――?」
「咲、裏庭は?」
「あ、まだ見てない」
遠くから恵理を探している二人の少女の声が聞こえた瞬間、美穂は怯えるかのように体を震わせ、恵理は声がしたほうに視線を向け、肩をすくませた。
「残念。時間切れかな」
腕時計に視線を落とした恵理は、その場でくるりと踵返すと、歩き出す直前に背後にいる美穂に囁くように呟いた。
「音楽の時間のあなたの歌声、私は好きよ」
「え……」
あくまで自然に零された恵理の言葉に、美穂が言葉を返す前に恵理はその場から歩き去っていった。
「私の……うた……?」
××××
「ふふっ」
恵理の半歩後ろを歩く二人の少女―咲と朱音―と共に迎えに来た車に乗り込みながら、恵理は楽しげに笑みを零した。
「何か……楽しい事でもあったのですか? 恵理様」
恵理が通学用に持ってきている鞄を持ちながら首を傾げた朱音に、恵理は外の景色から視線を外すことなく口を開いた。
「そうね……一人ぼっちの“人魚姫”が、私の網にかかるかもしれない」
「あ、桂木さんでしたっけ?」
「咲」
「あっ」
名前を出した咲に、慌てたように声を上げた朱音の声をBGMにしながら、それでも恵理は笑っていた。
「そう。これで……そうね“反逆者”と“灰被姫”に出会えるなら、とても楽しくなるのに」
独り言のように零されたその言葉に、朱音と咲は顔を見合わせて首を傾げた。
恵理が求める“反逆者”―好敵手が現れるのは次の春。
恵理、美穂、朱音、咲の四人が中学生となり、中等部へと進んだ春。
そう遠くない未来に現れるであろう“反逆者”の存在に胸を躍らせながらも、恵理はもうすぐ「卒業」する校舎のある方角に一瞬、視線を向けた。