表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

続編の無い短編集

泣き虫な人魚姫

作者: 悠木おみ

「っく……ひっく」

 ただぼんやりと校舎裏の庭を歩いていた恵理エリは、響いてくる泣き声に興味をそそられて音の出所に近づいていった。


 それは、恵理にとってはただの気まぐれ。


「っふ……」

 足音を立てないように注意しながら見つけたのは、同じ教室で学ぶクラスメイトの少女の背中だった。

「っ……っく」

「こんな所で、何をしているの?」

 誰も足を運ばないような、夕暮れ時。草ばかりが生える裏庭。そのシチュエーションに油断していたのか、突然声をかけられたか、驚愕しながらも振り返った少女の表情を見て、恵理は内心でほくそ笑んだ。

「こ、小林……さんっ……?」

桂木美穂カツラギミホよね」

 指を指し、訊く形を取ってはいても断定もしている恵理の言葉に、美穂は驚きながらも頷くことで肯定した。

「な……なんで……」

 驚きのあまり言葉が出てこないのか、恵理がこの場所にいる理由とも美穂の名前を知っている事にとも取れる言葉に、恵理はただ優しく微笑みを向けた。

「クラスメイトの名前を知っているのは当然の事だし、泣き声は殺したつもりでも響くの。知られたくないのなら、タオルでも噛み締めることをお勧めするわ」

「っ!?」

 恵理の言葉に息を呑み、口を押さえた美穂の様子に恵理はまた笑った。


「恵理様――?」

「咲、裏庭は?」

「あ、まだ見てない」

 遠くから恵理を探している二人の少女の声が聞こえた瞬間、美穂は怯えるかのように体を震わせ、恵理は声がしたほうに視線を向け、肩をすくませた。

「残念。時間切れかな」

 腕時計に視線を落とした恵理は、その場でくるりと踵返すと、歩き出す直前に背後にいる美穂に囁くように呟いた。

「音楽の時間のあなたの歌声、私は好きよ」

「え……」

 あくまで自然に零された恵理の言葉に、美穂が言葉を返す前に恵理はその場から歩き去っていった。

「私の……うた……?」



××××



「ふふっ」

 恵理の半歩後ろを歩く二人の少女―サキ朱音アカネ―と共に迎えに来た車に乗り込みながら、恵理は楽しげに笑みを零した。

「何か……楽しい事でもあったのですか? 恵理様」

 恵理が通学用に持ってきている鞄を持ちながら首を傾げた朱音に、恵理は外の景色から視線を外すことなく口を開いた。

「そうね……一人ぼっちの“人魚姫”が、私の網にかかるかもしれない」

「あ、桂木さんでしたっけ?」

「咲」

「あっ」

 名前を出した咲に、慌てたように声を上げた朱音の声をBGMにしながら、それでも恵理は笑っていた。

「そう。これで……そうね“反逆者プレイヤー”と“灰被姫シンデレラ”に出会えるなら、とても楽しくなるのに」

 独り言のように零されたその言葉に、朱音と咲は顔を見合わせて首を傾げた。



 恵理が求める“反逆者”―好敵手が現れるのは次の春。

 恵理、美穂、朱音、咲の四人が中学生となり、中等部へと進んだ春。


 そう遠くない未来に現れるであろう“反逆者”の存在に胸を躍らせながらも、恵理はもうすぐ「卒業」する校舎のある方角に一瞬、視線を向けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ