新しい寝床を紹介しましょう
ムツキとシズネは二人連れだって夜道を歩く。
「〜♩〜〜♫」
誰かと一緒に歩く事が楽しいのか、シズネは鼻唄混じりに歩みを進める。
抑揚のない単調な曲だが、楽しそうだ。
空はうっすらと明るくなり始め、朝の早い人々が少しずつ起床する時間になりつつある。
頭の痛い問題として、シズネには今帰る場所がない。いきなり自分の勤め先であるガーフィール家に居候という訳にはいかないだろう。
チラリとシズネをみやると、満面の笑みでこちらを見つめてくる。
なんだかいたたまれない…。
期待の眼差しには応えてあげたい。
彼女を怪人にした責任は私にはあるし、衣食住の問題くらいクリアしたい。
うんうん思案し散々に悩んだ挙句、一つの妙案が浮かぶ。折衷案としては悪くないと思う…。
唐突にシズネの肩を叩くと、ムツキは何故か得意げな感じで彼女に話しかける。
「…貴方の新しい住まいの目星がついたわ!大丈夫、大船に乗ったつもりで私についてきて!」
「本当ですか!?けど、別に私は暫くは野宿でも構いませんよ?雨風がしのげる場所なら、そこは私にとっての理想郷なので…」
「シズネ、人の好意は素直に受け取ってほしいかな?…いいわね?」
「わかりました!では、ムツキ先生とご一緒できる毎日がくるのですね?夢みたいです!」
幸福の絶頂の中にいるシズネに、ムツキは残酷な一言を発する。
彼女の夢は儚く散る事になる…。
「私とじゃないわシズネ」
「…えっ?」
「ん?」
互いに疑問符が浮かぶ二人だが、一拍置いてさらに話しはじめるムツキ。
淡い期待から徐々に険しい気持ちになるシズネ。
ガーフィール家のある大きな屋敷とは別方向に、彼女達は歩みを進める。
やがて規則正しい薪割りの音が聞こえ、等間隔に置かれた薪の束が見えた。
住んでる方の几帳面さが伺える。
「ここの小屋で暫くは寝泊まりしてもらうよ」
何故ムツキ様以外の奴と…。
私はてっきり同居するものとばかり。
だいたいこいつは誰だろう?
「勝手に決めないでくれよムツキ…」
場所だけ案内するとムツキはそそくさとその場を後にする。突然の来訪者に頭を悩ますコモレビと、先程から険しい視線を飛ばすシズネ。
ムツキ的には妙案らしいが、コモレビ的には厄介事が降りかかってきただけだった。
「…シズネです、ヨロシク」
「あー、コモレビだ」
「「………」」
軽く挨拶だけすると、はやくも話題が尽きた。
居間に向かいあって座っているが、シズネは明後日の方向を向いている。
少女との距離感を測りかねていると、むこうから不意に質問がとんできた。
「…貴方とムツキ先生の関係はなんです?」
「そうだなぁ、まだ友人知人ぐらいの関係さ。君が想像する様な関係ではないのは確かだよ」
「ふーん、そうですか…」
「シズネは、ムツキとはどんな関係なんだい?」
飲み物を渡しながら気軽に話しかけてみる。
ぎこちないながらも、それを受け取る。
多少考える素振りをみせながらも、彼女なりに真剣に答えてくれた。
根はいい子なんだろうと推測する。
「…貴方が誠実に答えてくれたので、こちらも嘘偽りなく話します。」
「私はムツキ先生の手によって産まれた怪人という存在です。それがどういう意味なのかわかりませんが、先生が導いて下さる場所が私の居場所なの。だから先生の教え子?みたいな関係かな…」
「そうか、教えてくれてありがとう」
「もう一つ質問してもいいですか?コモレビはどうしてこんな所に住んでいるんですか?貴方のご家族とは別居中ですか?」
段々とコモレビに興味が湧いてきたシズネは彼についてもっと知りたくなった。
「僕の家族は、…今は何処にいるかわからない。僕は居場所を追われた者だから。だから生きているのか、死んでいるのかさえも…。遠縁の方の好意でここに住んでいるんだ、シズネは?」
「そうですか、私の家族もみんなもういません。だからか貴方ぐらいの年齢の方と話すと、死んだ兄さんを思い出します。似てはいないんですが、何故でしょうね。不思議な雰囲気からでしょうか?」
しんみりとした部屋の中で、暖炉の薪がパチパチと火花を散らす。
お互いの事を多少知れたからか、先程よりかは柔らかな視線となったシズネは、改めてコモレビに挨拶して握手を求める。
「私実はお兄ちゃん子なんですコモレビ。だから時々なら甘えてもいいですか?」
「僕でよかったらいつでもシズネ」
二人の距離がゆっくりと縮まる。