刺激的な日々を満喫しましょう
コモレビとの出会いから一週間。
ムツキの日常は充実していた。
次の満月の夜に返事を聞かせてと格好つけた割に、三日おきくらいにコモレビの小屋へと侵入していた。
また、本来の職務であるメイドの仕事もそこそここなせる様になっていた。
家事・炊事・洗濯、お遣いに館の清掃・保全と、多岐にわたる業務だがやっているとそこそこ熱中できるし、ヨランダの指導は的確だ。
だがそんなヨランダの高圧的な態度に、釈然としないメイド仲間のアンは、清掃の不備を指摘され際咄嗟に中指を立てた。
彼女が背中を向けている間だが。
それを不思議そうに見つめていたムツキは、彼女にその行動の意味を質問した。
「これの意味?そうね…、これは尊敬と畏怖の念を表した感謝のポーズだよ!ヨランダさんには日々お世話になってるし!」
「ヘ〜そーなんだ!じゃあ私も直接お礼してくるわヨランダに!」
「…え?ちょっとちょっとっ!」
「いつもありがとうヨランダ!」
アンが制止するよりも早く、ヨランダに感謝のポーズを実施したムツキ。
満面の笑みなのがさらに場を凍りつかせた。
ヨランダの表情がみるみる怒りに染まり、額には青筋が浮かぶほど激怒している。
「…何ですかムツキ?言動と行動がまるで一致していませんが?それは私へ喧嘩を売っているのですか?」
なんだか悪い流れだと直感で察知したアンは、別室へ逃げようとしたが、無慈悲なムツキの一言で怒りの矛先がこちらにきた。
「アンがこれは感謝のポーズだって教えてくれたんですが、違うんですか?」
「なるほど、事情は把握しました」
その日の夜。
アンの悲鳴がヨランダの自室から木霊した。
ムツキは早い段階で解放されたが、アンは長いこと説教で拘束されていた。
メイドとはなんたるか、仕事とは何か。
雑務と呼べれる仕事はなく、全ては奉仕という心に帰結すると、哲学的な教えを延々と…。
アンはその間うーとか、ヘーとか呻き声を上げるばかりで要領を得ない相槌をうっている。
それがまたヨランダの怒りに触れ、説教が延長される負のスパイラルへ陥っていた。
アンには罰として、ヨランダから庭の雑草むしりと、三日間の夕飯抜きの刑、一週間の早朝の川への水汲みが与えられ半ベソであった。
その夜。
「よくも仲間を裏切ったわねムツキ〜…。もぉ思い出すだけでも忌々しいわ。あの小姑め、前世はきっと悪魔かなんかだよ…!まったく」
「お疲れ様ーアン!」
夜な夜な開催される深夜のお茶会で、アンはムツキへと怨念を飛ばしていたが、朗らかな笑顔で拍子抜けし、クリスによってたしなめられていた。
「自業自得よアン、何事も冗談で済まない事もあるのよ。今回の授業料は高くついたわね、ムツキも呆れたでしょこの阿呆には?」
「うっさい馬鹿クリス!それに私は私のしたいようにしただけ!だから、こんな日は飲まなきゃやってらんないわ!今日は酒菓子もあるから景気良くいくよ〜景気良く!」
「ふふふ、慌てたクリスはかわいいかったよ!」
「煽ててもなにもででないわよ?」
くぴくぴくぴ…
一杯だけと安酒の瓶を開けたが最後、瓶が空になるまで飲み進めた三人。
後半に至っては何を話したかさえ覚えてない。
お茶会は酒会へと変貌し、騒がしく夜が更けていく。ヨランダに再び怒られるのは言うまでもなく、アンとクリスの内面が見れたのはムツキにとっても大きな収穫であった。
そしてムツキは次なる欲求を満たす為行動を起こしていく。自分と似た存在を増やすという試みを。
気の向くままに、ふらふらと深夜に隣街の表通りを歩いている。
昼間の喧騒は既になく、夜の静けさが通りを支配していた。裏路地に飲みすぎた酔っ払いが何人かおり、街を警邏している衛兵がいる程度だ。
【静カナモンダ…、ヤハリ夜ノ静寂ハイイ、気持チガ安ラグ。サテ、ドーシヨウカナ】
さすがに夜の街を彷徨くのにメイド姿じゃ悪目立ちするので、私服に着替えていたムツキ。
手頃な獲物を求めて散策していると、路地の一角から小さな悲鳴と、怒号が聞こえる。
「返してよ!それは私が恵んでもらったお金よ!」
「お前が楽して稼いだお金を、俺が有効に使ってやるだけだよ化け物顔が!」
「…⁉︎うるさい馬鹿っ!とにかく返せ!」
物乞いの少女が貯めた金銭を、ゴロツキが一方的に巻き上げているようだった。
化け物顔と呼ばれた少女は、火傷で顔が崩れていて、全身をボロ布で覆い隠していた。
「衛兵さーんこっちこっち!」
「ち、いいか化け物顔!とっととこの街から失せな、お前はこの街じゃ異物なんだよ!」
ムツキの声に反応し、乱暴に小さな巾着を少女に投げ返すと、ばらばらと銅貨が散らばる。
拾うのを手伝いそれを彼女へと手渡しし、少女の顔をまじまじと見つめるムツキ。
「その…、ありがとう、ございます」
「いーえ、どういたしまして!そうだこれ余り物だけどよかったら食べてみて!酒菓子だけど!」
アン達と食べた残りの酒菓子の包みをを少女へと渡すムツキ。あとで食べようと思ったけど、なんだかこの子がほっとけなかった。
「そんな高価な物頂けません!私はそんなに、お金持ってないですし…」
「いいから受け取って」
恐る恐る食べた酒菓子は甘かった。
夢中で包みの中のお菓子を食べ終わると、ポロポロと少女の顔からは涙が零れ落ちていた。
『バケモノガオ』
私だって好きでこんな顔になったんじゃないのに。
私だって普通に生きたい…。
私ばっかりどうして…。
憎い、憎い、憎くてたまらない!
ムツキは少女の暗い感情に触れてほくそ笑む。
彼女の魂からは、他者を羨む渇望と特定の誰かを恨む復讐心を感じとったからだ。
「貴方の復讐、私が手伝ってあげようか?その代わり貴方は貴方じゃなくなるかもしれないけど」
「…え?」
少女の複雑な眼差しがムツキにむかう。
期待と不安が入り混じった視線が。