友達をつくりましょう
領主の館へ着くまでの道中は退屈であった。
変わり映えしない景色が淡々と続き、舗装されていない道を馬車が通るので、お尻がヒリヒリとしてくる。
不思議な感覚だ、痛痒い。
なんと表現すればよいのか、私はまだ適切な表現を知らない。
けど半日は過ぎただろうかまだ着かない。
【暇ダ、暇、ヒーマーダー……】
時間がある時に調べてみよう。
どうでもいい事を懸命に考えていた。
チラリと周囲を見回す。
この馬車に同乗しているのは、家政婦長と呼ばれる年配の偏屈そうな女性と、馬を操るやや中年の男性だけであった。
「よいですかムツキ…」
「我々メイドの仕事は旦那様である御領主様へと尽くす事、いついかなる場合においても奉仕の心を忘れてはなりません。また私達の仕事は時間によって管理されます。よって無為に日々を過ごすのは言語道断です。それから…」
「…なるほど、ナルホド」
家政婦はヨランダと名乗り、馬車に乗り始めてからずっと侍女とはなんたるか、メイドとしての矜恃を延々と語っている。
最初こそ熱心に聞いていたムツキだったが、話が繰り返されているのに気づいてからは、姿勢こそ正しくしているが無の境地だった。
つまり聴いていなかった。
【アー、コレハシンドイ…。苦行ダワ…】
ムツキは家政婦長ヨランダの話を聴いている風を装いながら、馭者である中年男性に助けを求める視線をとばした。
その光景が面白かったのか、男性はぐっと親指を立てながらムツキに助け船をだした。
コンコンコン
「ヨランダさんお話中悪いが、そろそろ旦那様のお屋敷でさ〜。ムツキ嬢ちゃんをお部屋まで案内してあげてくだせ〜」
「…私とした事が失念していました。」
「ムツキ身支度を整えたら屋敷の中庭に来る様に、よろしいですね?」
「かしこまりました!ヨランダさん」
ヨランダがいそいそと屋敷の中へ進む中、ムツキは中年男性と無言の握手をしていた。
互いに何故かしたり顔だった。
「ムツキ嬢ちゃん気をつけろよ、ヨランダさんはお説教の時は今の倍は覚悟しないと、仕事は速いが、話が長いのがあの人の弱点だ!」
「覚えておきます。親切にありがとう!」
手をひらひらさせながら中年男性は馬小屋へと馬車を操り、馬の世話と馬車の点検を始めていた。
軽く伸びをしてから、ムツキも歩きはじめる。
軽く領主様への挨拶を終えると、ヨランダはムツキを部屋へと案内する。
領主の館の別棟にある使用人達の住まいは、ヨランダを含めて十数人ほどが居住していた。
なにより久々の新人に使用人達も喜びを爆発させて、ひっきりなしにムツキの部屋へと挨拶に訪れていた。
「執事のワイズナーです。わからない事や困った事があればご相談下さい」
「よろしくお願いします」
「私はアンで、こっちが同郷のクリス!後で秘蔵のお菓子持ってくるからお茶会しよう!」
「宜しくね!」
「庭師のヘッケランです。あのー、これ今朝庭に咲いていた花です!よかったら!」
「ありがとう。大事にしますね!」
代わる代わるの挨拶と握手に機嫌を良くしていたムツキに、好感触だと勘違いしたヘッケランが更なるアプローチを実行しようとするが、同僚達の手で無理矢理阻止されていた。
「太っちょヘッケラン!これ以上ポイント稼ぎにいくのはいただけないな」
「な、なんだよ!」
「さあさあ我々の愛しき寝床に戻ろうじゃないか、おやすみムツキさんー!」
「おやすみなさい…」
笑顔のまま手を振るムツキ。
だけど暗い感情が同時に湧き上がる。
【アノ人達ヲ魂ハドンナ味ダロウ…。確認シタイ、食ベテミタイ…、食ベタイ…】
【ケド我慢我慢、御馳走ハ最後ニ。今喰イ散ラカスノハダメネ、セッカクノ新タナ住処。忍耐ヲ覚エナイト、楽シミハ残サナイト…】
ヘッケランから貰った花を花瓶に挿し、家政婦長から頂いたメイド服に袖を通して、色々とポーズをとって遊んでいた。
ひとしきり動いたムツキは満足し、部屋の窓を開け放ち、篭った空気を換気していた。
今夜は満月。
夜空の星を数えながらにぼんやりと眺めていると、気になる場所を発見した。
周囲から隠すように領主の館からも、私のいる使用人達の棟からも離れた小さな小屋。
彼処には誰がいるのか?灯は消えているが人の気配が微かにする。
なにより綺麗な魂の色に惹かれたムツキは、その魂のいる小屋まで無我夢中だった。
自分の部屋の窓から飛び降り、風を切る様に走り小屋の前へと到着すると、煙突からするりと身を翻してその小屋の暖炉から侵入した。
音も無く降り立ったムツキに、人の気配を敏感に感じとった部屋の住人は、警戒心を露わにしながらも距離をとりつつ質問する。
「…君は何処の誰さんかな?」
「私?私はガーフィール家新人メイドのムツキといいます。以後お見知りおきを…。そちらの貴方は何処の誰さんなんでしょう?」
「僕はコモレビだ。ここで居候している食客さ。深夜の珍客がただのメイドの訳はないだろう?無礼な訪問の訳を聞いてもいいかな、綺麗なお嬢さん?」
「口が達者ですねお兄さん。理由なんてありませんよ、強いて言うなら貴方が気になった。それじゃあ理由になりません?」
「ふざけやがって…」
「私は大真面目ですよ、本当に…」
おもむろに寝台の側にあった長剣を抜き放ち、ムツキへと切っ先を向けるコモレビ。
部屋着姿だが、その剣先に迷いはない。
コモレビの切れ長の目がムツキを睨み、対照的に久々の闘争に心踊るムツキ。
月明かりだけを頼りに、二人はただ無言で向かい合う。ひりひりした緊張感の中で…。