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稀代の悪を目指しましょう  作者: 同田貫
こぼれでた悪意
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夢の始まりを経験しましょう

稀代の悪とは何でしょうか?


無辜の民を虐殺する指導者ですか?

豊かな国をじわじわと食い潰す暗君ですか?

無謀な戦へ国全体を巻き込む愚か者ですか?

無自覚な悪を振り撒く誰かですか?



答えは誰にもわからない。

答えなんてそもそもないのかもしれない。


それを証明するのは後々の歴史かもしれません…。






いつの記憶かは思い出せない。

ただ一番初めの記憶なのは確かだった。


平原に大勢の兵士の死体が転がっている。

野犬が屍肉を漁り、カラスが群がっている…。


大義の為、忠義の為、国の為。

理由は様々だが、兵士達はそれぞれの理由で戦い散っていった。

望まぬ死と絶望がその平原に蔓延していた。


見渡す限りの死骸の山の中、「それ」は産まれた。

理由はわからないし、どの様な理屈かはわからないが血溜まりの中に浮かんでいた。



「それ」は最初黒い影の形で夕闇に潜み、太陽が昇る頃には岩の影に潜み、辺りが暗くなってから平原の戦場跡を見て回るのが習慣だった。


生き残りの兵士達は死神がでたと恐れ、周辺の動物達からも警戒され、「それ」は常に孤独だった。



【サミシイ…、サミシイ…】


平原の死骸が白骨化した頃からは、「それ」は自我を持ち始め、知識や言葉を貪欲に求めて活動範囲を広げていった。

なによりもまず話相手が欲しかった。


平原から湖へ、山や森へ。

動物達の姿形を真似して、彼らとの意思疎通を図ってみたが、それも難航していた…。



「それ」は確かに小さな犬の形をしていたが、顔には目と鼻も口もなく、ただただ真っ黒だった。

それが余計に不気味で、動物達は遠巻きに眺めて「それ」との関わりをもとうとはしなかった。



【ヨリ完璧ニ、ヨリ正確ニ…】

【彼ラト同ジ二ナラナケレバ、…ソウダ】



動物達の魂を奪い、姿と知識を奪えばより簡単じゃないか…。そう思った「それ」は次々に動物達に襲いかかった。


野を駆ける動物。

空を飛行する動物。

水中を泳ぐ動物。


手当たり次第に、目についた端から動物達を襲って回っていた。「それ」の新しい日常が始まり、同時に新たなの獲物の存在を知った。



動物達の魂の記憶の中に、その獲物に関する情報が断片的に記されていた。



鋭い牙や頑丈な体毛もなく、二足歩行する動物。

しかしいつの頃からか道具を創り、衣服を着用し、文明を構築し、この地上を支配する動物。


あらゆる環境に適応し、その繁殖力でこの星の頂点に君臨するようになった存在。

自分達動物はただ刈られる存在に成り果て、逃げ回ることしかできなかった…。



逆襲しようものなら、流した血より多くの血が同族から流れていった。あれは危険だ。

時に良き隣人で、時に狡猾な狩人。


身近な天敵。

『人間』


【…ニンゲン、彼ラヲ知リタイ。モットモット知リタイ。ドウスレバ?…ドウスレバ?】


【アー、ソウカ。新生児ノ中ニ入ッテ内側カラ彼ラノ社会ヲ覗ケバイイカ…。ウンウン】



【ソウシヨウ、スグシヨウ…】


不幸にもその標的に選ばれたのは近くの山に木こりの産まれたばかりの子供であった。

鼻の周りにはそばかすがあり、愛くるしく素朴ながらも健やかに両親の愛情を受けて成長していった。


「それ」はその子供が成人するまで大人しくしていた。その子供が暗い感情を僅かでも持つまで…。



そしてその子供が立派な大人になる頃、「それ」は行動を起こした。

身体の主導権を握り、精神を乗っ取り、成り代わりが周囲の人間にバレないようにその子本人を演じる。

役者にでもなった様なそれはとても刺激的で楽しい経験だった。



『私の身体、返して!…返して!』



その子の意識を奥へ奥へとしまいこみ、悲痛な叫びも全て無視して、暗がりへと押し込んだ。

数日もするとその声はピタリと止んだ…。


【コレガ、ニンゲンカー!別ノ誰カニナル、コレハナカナカ二興奮スル…!】



それから数年、鼻の周りのそばかすはなくなり、そればかりか容姿さえも変化して、愛嬌のある顔立ちに美貌を兼ね備え、両親と顔立ちが年々異なっていった。まるで着せ替え人形のような顔。


端整過ぎて作り物の様な顔に栗毛色のショートボブの髪型に、ほっそりとした手足と体型。

白すぎる肌をもつ。



「それ」の意思がどう働いたかは分からないが、彼女の容姿の噂を聞きつけた領主から侍女として働かないかという話がきた。

両親はその依頼を快諾し、数日の内に彼女を送り出すはこびとなった。



「父さん、母さん私頑張るよ!ご奉公して沢山給金貰って仕送りするわ!絶対だから!あとあと手紙とか街の果物とか送るからね!」


「わかったわ、身体には気をつけてね…」


「偶には遊びに帰ってこい、待ってるからな。健康が一番だからな、お前が元気ならそれでいいさ」



母親からさんざん荷物を持たされ、父親からは頭が縮む程に撫でられて髪がボサボサだ。



「行ってきます!」


領主からの側仕え達と共に、馬車へと飛び乗り彼女は領主の館へと向かう。


【コノ辺リ一帯ノ統率者…、ソノ側デ働クナンテネ。上手ク籠絡シテ、操リ人形二デキナイカナ?】



ムツキと名乗る村娘が、のちに怪物と呼ばれて世を乱す契機となった瞬間でもあった。

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