少年とオオカミ(真実の物語)
うそつき少年とオオカミの童話をヒントにしたものですが、テーマがまったく違います。
童話ほうのテーマは、ウソばかりついては、人から信用されずに、最後にひどい目にあうという、勧善懲悪的な、感じのものだったかと思います。倉本は、勧善懲悪もまあ、いいのですが、そのま逆の、理不尽性というものを小説のテーマにすることがあります。ハッピーエンドが、あまり好きではないのだと思います。あ、でも自分の人生はハッピーエンドであってほしいと常々、思っているのですが・・・
少年とオオカミ
ある、外国の村のお話です。
この村は、周りを、高い山と、森に囲まれた、小さいながら、とても平和な町でした。
しかし、この村には、その地形ゆえに一つだけ、困ったことがありました。
村の北には、広大な森が広がっていて、そこに住む、オオカミが、しばしばやってきて、この村を襲い、村人を餌食にするのでした。
この村に住む人たちは、オオカミを仕留める武器、銃 を持っていません、この村に住む村人は、今まで嘗て、争いごとをしたことがなかったので、武器など必要無かったからでした。
そのため、ひとたび、オオカミがやってくると、村の多くの人が、その犠牲になってしまうのでした。
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この村に、ひとりのとても正直で、まじめだと評判の少年がいました。
かれは、名前をベータといいました。
村の北、森との境にちょうど位置する、牧場で働いていました。
3年前、この村に、馬車で、ひょっこりやってきたのですが、おとなしく、無口で、自分のことなど一切話したことがありません。ですから、かれが、いったいどこから来たのか、なぜ、この村にやってきたのか、誰一人として、そのことを知る人はありませんでした。
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しかし、この村でのベータの評判は、とても高いものでした。
朝から晩までよく働き、村人の面倒見も、とてもよかったからでした。
そして、もう一つ、村人が彼を重宝する理由がありました。
彼は、ほかの人のまねのできないような、ある才能の持ち主で、そのおかげで、村人たちは、何度も命を、助けられたことがあったのです。
その、不思議な、ちからが、どうして彼の備わっているのか、誰にもわかりません。
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そのちから・・・
それは、オオカミがこの村にやってくる・・・まさにその時を、明確に予知できる というちからでした。
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「おおい、たいへんだあー、オオカミが来たぞー」
その少年が、大声で叫ぶと、村人は、慌てて、自分の家に引きこもります。
そして、しっかりと玄関の戸に鍵を掛け、窓を閉めて、家の奥の方で、静かに、
過ごすのでした。
しばらくすると、物悲しげな、遠吠えとともに、何百匹というオオカミが、北の
森から、一斉に駆け出して来て、逃げ遅れた、羊や、山羊、ニワトリなどを、片っぱしから、食いあさり、そして、また、森の奥へと戻っていくのでした。
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そして、一難が去ると、また、村の人たちは、いつものように、仕事に、
店に、それぞれの持ち場に戻っていくのでした。
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「やあ、ベータ、今回もおまえさんのおかげで命拾いしたよ」
「ほんとうに、ありがとう・・・」
村の北の牧場の主人、マンジ じいさんは、自分の子供ほども若いベータに心から、お礼の言葉を言いました。
「そんな、いいんです。マンジ じいさん・・・」
「ぼくの、力で、村人を救えるのなら、ぼくにとっても、こんな素晴らしいことはありません。」
そういって、ベータは、謙虚にマンジじいさんの手を握りました。
村人は、この、ベータの謙虚な態度にも、たいそう感心しており、年頃の娘がいる家の奥さんなんぞは、ぜひ、このベータを、娘婿にしたいと、市場などで、口々に言い合っているのでした。
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それからも、幾度となく、ベータは・・・
「オオカミだああ、オオカミが来たぞお」
「今度は、西の森からくるぞ、みんな、気をつけてえ・・・」
「こんどは、東の谷を越えてくるぞ、戸締りをしっかりとして下さい・・」
そういって、村人にオオカミが来ることを、的確に告げて、村人の命を救ったのでした。
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やがて、短い夏が過ぎ、収穫の秋が訪れます。
この村の伝統的な行事で、その年の収穫を祝う日、感謝祭が、今年もついにやってきました。
年に一度、この日だけは、村人は、みんな、朝から、日頃の仕事は、一切せずに、、歌い、踊り、酒を組み換わして、収穫を祝い、自然の神様に感謝をするのでした。
ベータの働く、北の牧場も、この日ばかりは、仕事がありません。
みんな、朝から、飲み食いに、忙しそうです。
しかし、牧場の主人だけは違いました。彼は、牧場の一番北、森との境界の方へいそいそと、出かけていきました。
そう、そこへ、ベータを迎えに行ったのです。
村の、感謝祭というこの日でさえ、まじめで、働き者のベータは、牧草を刈り取る仕事にいそしんでいました。
「おーい、ベータ、仕事はそこいらで、しまって、村の広場にいこうや」
「・・・・・・」
ベータは、せっせと、牧草の刈り取りを続けています。
「おい、ベータ、おまえが、まじめなのは、このわしも、ようく知っておるが、今日は年に一度の収穫祭じゃ・・・」
「仕事をしまって、飲みに行こう。」
「・・・・・・・・・・・・・・」
ベータは、持っていたカマを、牧草に突き刺すと、主人であるマンジ じいさんに言いました。
「マンジさん、でも、ぼくには、もう一つだけ、大切な仕事がありますから」
「どうぞ、先に、行っててください」
「うん・・?」
「大切な仕事・・・?」
マンジじいさんは、ベータに、訊き返そうとしましたが、思いとどまり・・・・
「わかった、先に行っておるから、早めに仕事を切り上げて、広場にくるんじゃぞ・・・」
そう言い残すと、ベータに背を向けてそそくさと、下に降りて行きました。
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「はい、すぐに行きますから」
そう言ってベータは、にこりと笑い、また牧草を刈りはじめました。
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広場で行われている、村の祭りは、いよいよ盛況になり、村の人は、楽しげに、歌い、踊り、そして、酔っ払っていました。
なかには、道端に寝転がり、大声で歌いだすものや、気が大きくなったせいで普段は見たことのない、ケンカまで始めるものも出てきました。
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ちょうどその時です。
ベータは、カマを下ろすと、指を口にあてがい、森のほうに向かってぴゅー・・と指笛を吹いたのです。
もちろん、広場の、村人は誰一人、ベータの指笛に気づくものはいません。
だだだっだっだだあああー
土煙を捲きながら、黒い塊が、森のほうから、やがて、村に向かってやってきました。
その、塊は、なんと、オオカミの群れで、勢いよく、ベータのいる、牧場を通り過ぎると、あっという間に、村の広場の方へ、突進していきました。
・・・・・・・
「うわああ、来たぞ、」
「オオカミだ、オオカミの群れだ・・」
一早く気づいた村人が、大声で、叫びました。
その中へ、オオカミたちは、列をなして飛び込んでいきます。
そして、次々に、周りにいた、村人たちを襲いはじめました。
ぎゃああ、わああ
まさに、地獄を現したような、酷い出来事が、その広場で、一気に繰り広げられ、村人はほとんど、オオカミにやられてしまいました。
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辺りには、お祭りで用意された、食べ物や、酒、割れた食器などが
散乱し、その下には、村人の敷いた血の絨毯が広がっていました。
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ぴゅーういいい
大きな湯笛の音が聞こえ、オオカミたちは、一斉に、元来た森の方へと駆け出していきます。
そのオオカミの群れの中を、ひとり、オオカミの背なの波間を遡ってくるかのように、静かに、ゆっくりとした、足取りで、広場に向かってくる人の影がありました。
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そう、ベータでした。
かれは、広場の真ん中に置かれた感謝祭のために作られた、祭壇に上ると、辺りを見回して、
「ふう・・・・」
と、ひとつ、大きなため息をつきました。
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かれは、その後、村人たちの家に、隈なく入り、村中の金品を根こそぎ手にすると、馬車を曳いて、静かに村を出ていきました。
かれが、残した言葉は、おそらくこうだったと、奇跡的に生き残った村人が、代々語り継いでいったそうです。
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「信用できない人間のことを人は悪く言うが、彼はそれほど怖くはない。もともと、彼は 皆に、信用されることはないのだから、おそらく、なんにもできやしない・・・・」
「本当に恐ろしいのは9割9分、信用できる人間のほうだ・・・彼は、残りの1分で、すべての人間を裏切り、せん滅させることができるのだから・・・」
おわり
最後の部分が、いわば、この小説の主題・テーマになっています。好まれる作品はどうしてもハッピーエンドでしょうから、この手の作品はかなり読み手が限定されてしまうのかもしれません。でも、倉本はデイレッタントであって、自分の好きなテーマで、好きなように書くことができるのですから、これからもこんな、一般うけしない作品をどんどん書いていこうと思います。どうぞこれからも応援よろしくお願いいたします。