団長に花束は似合わない
半年前、私は王国騎士団を退団した。
利き手である右腕を負傷したのがきっかけだった。
医者からは日常生活には問題ないけれど、もう剣を振ることはできないと言われた。剣を振れない騎士はもう騎士団には必要ない。
あーあ……。
自分よりもずっとガタイのいい男たちの中で必死に訓練して、やっと王国騎士団に入団することができたのに。
私、ミィル・エモールの騎士人生は5年で幕を閉じた。
騎士団を去った私の次の仕事は実家が経営している小さな花屋だった。
専門店や飲食店などが多く立ち並ぶ通りの一角にある花屋『エモール』はその名の通りエモール家が代々引き継ぐ歴史ある花屋だ。
現在は、70歳になる祖母がたった一人で切り盛りしているけれどそろそろ体が辛いらしい。花屋は意外と体力が必要なのだ。だからまだ20代前半の元騎士団員で体力だけはやたらとある私が花屋の仕事を引き継ぐことになった。
そんなふうに私はまったく別の場所で第2の人生を歩もうとしているというのに、かつての上司と同僚たちがジャマばかりしてくるから心底困っている。
「あの、団長。ここは禁煙なんですけど……」
店先に置かれた鉢植えの花に水をあげながら横目でチラッと隣を見る。王国騎士団の制服である漆黒の軍服を身にまとった大きな体が、お店の壁にもたれかかって立っている。その口元には愛用のシガレットが今日もくわえられていた。
「団長、聞こえてます?」
「あぁ!?なんだって?」
「……いえ、なんでもないです」
横目でギロッと睨まれた私は反射的にすみませんと謝ってしまったけれど。
私、おかしなこと言ってないよね?
だってここはたくさんの花が飾ってある花屋の前なんだから。
シガレット吸うのやめてくださいー!
花に水をあげていても、さっきから隣に立っている大きな体が気になって仕方がない。
ダリウス団長はこの国の第5騎士団の団長で、私の元上司でもある人だ。
年齢をはっきりと聞いたことはないけれどたぶん私より10こは年上だと思う。
身長190㎝を越える長身に筋骨粒々の大きな体。短髪の黒髪に鋭い切れ長の目。
見た目は少し、いや、かなり強面なダリウス団長は、敵国との戦のときに一睨みで軍の一団を退却させた、という嘘のような伝説を持っていたりする。
「というか団長。こんなところにいていいんですか?サボってますよね?」
「うるせぇな。一服してんだよ一服」
「どうして今日も私のお店の前で休憩を?」
第5騎士団の本部からここまでの距離は決して近いとは言えない。歩いて20分ぐらいだと思う。それなのにわざわざこんなところにまで来て休憩をする理由が分からない。一服するなら本部の中でいいのに。
それとも、もしかして花を愛でながら一服したいとか?
仕事疲れを癒すために花の香りをかぎたいとか?
いやいやいや、ありえない!
ダリウス団長にそんな趣味は絶対にないはず。
道端の花にも、木に咲く花にも、鉢植えに植えられた花にも、きっと団長は見向きもしない。
ダリウス団長ほど花が似合わない人はいないと思う。
強面で大柄な体格のダリウス団長が店先で一服している日の売上はいつもよりもガクンと下がってしまう。お客さんがこわくて入ってこれないのだ。軽く営業妨害なんだけど。
しかし、そんなことをまったく気にしていないダリウス団長は、シガレットを口から外してフーと深く煙を吐き出している。
決して良い香りとは言えないけれど、騎士団にいた頃からかぎ慣れている私にとってそれはなぜか少しだけホッとする香りでもあった。
私は、水やりを終えて店内に戻ることにした。するとダリウス団長に呼び止められる。
「なぁ、ミィル」
「なんですか?」
「…………なんでもねぇよ」
「…………」
じゃあ呼ばないでほしい。
一服中の団長とは違って私は忙がしいんだから。
「休憩が終わったら本部に戻ってくださいよ。副団長に迷惑かけないでくださいね」
「うるせぇな」
結局、ダリウス団長は店先でシガレットを5・6本吸うといつの間にか姿を消していた。
*
その翌日ーー
「ミィル先輩。どうして辞めちゃったんですかぁぁぁぁ。戻ってきてくださいよぉぉぉ」
誕生日プレゼント用の花束を作っていると、騎士団時代の後輩がものすごいスピードで走りながら店にやってきた。
早すぎて止まれずに一度店を通り越して戻ってくる。
「ミィル先輩がいないと俺、寂しいです」
そんな可愛いことを言ってくれるけどね。
あなた、私になにをしたか覚えてる?
この後輩はかなりドジなところがあって、戦のとき私をなぜか敵と間違えて殺しそうになったことがある。
*
そしてその翌日ーー
「戻ってこいよ、ミィル~~」
騎士団時代の同期がカウンターに突っ伏して泣いている。
「お前が辞めてから誰がメシの当番してると思う?俺だよ、俺。頼むから戻ってきて変わってくれ」
そんな理由で戻るわけないじゃん、と冷たい視線を投げておいた。
*
さらに翌日ーー
「ミィルちゃん、戻ってこない?ミィルちゃんがいないと本部の中が男臭くて息がつまりそう。俺の目の保養のためにも戻ってきてくれない?」
騎士団時代の先輩がカウンターに肩肘をついて私の顔を覗き込みながらパチッと片目をつぶる。
「俺、ミィルちゃん好きなんだけどな」
このセリフは第5騎士団に入ってからもう何百回と聞かされているし、私は先輩の目の保養ではないので戻りません。
*
さらにその翌日にも別の団員がやって来て、その翌日にも別の団員がやって来た。
毎日こんな感じだ。
騎士団を辞めてからの半年間、ほぼ毎日のように第5騎士団の団員たちが代わる代わるうちの花屋にきては私に騎士団へ戻ってこい戻ってこいとしつこく言ってくる。
いい加減、ちょっとめんどくさい。
そんなことを言われても私はケガでもう剣を振ることはできないから騎士団にはいられない。退団届けを出したんだから戻れるわけないのに。
でも本音は、私だって戻れるなら戻りたい……。
そして今日もまたあの人がやってきた。
店内にあるカウンターで結婚式用のブーケをもくもくと作っていると、ふとシガレットの香りが鼻をかすめた。
顔をあげるとダリウス団長がお店の入口付近の壁にもたれかかって立っている。
「団長、ここは禁煙ですよ」
お決まりとなった文句を言っても無視されて終わってしまう。
私は、はぁ、と小さくため息をついてから再びブーケを作る手を動かした。しばらくそれに没頭していると団長の声が聞こえた。
「そういやミィル。お前、見合いするんだってな」
私は慌てて顔を上げる。
「もしかしてイーモンから聞きました?」
思い浮かんだのは同期の顔。そういえばこの前そんな話をしたばかりだ。他の人には内緒だって言ったのに、どうしてよりによってダリウス団長に話すかなぁあのバカッ!
実は少し前からお見合いを進められていた。
私ももう21歳だ。結婚適齢期はとっくに過ぎている。同年代の子たちが次々と結婚していくときに、私は騎士団で剣を振っていて完全に婚期を逃してしまった。
今からでも間に合うかな。
そう思い始めた頃、祖母がタイミングよく縁談を持ってきた。
相手はどこかの農園の三男坊。写真を見せてもらったけど顔も覚えていないし名前も忘れた。エモール家に婿養子として入りゆくゆくは私と一緒にこの花屋を継いでほしい、というのが祖母の願いらしい。
とりあえず会うだけ会ってみることにしたのだけれど。
「なんで見合いなんてすんだよ。バカか?」
バ、カ……ですと?
なぜかダリウス団長にバカ呼ばわりされてしまった。
「ひどいですよ団長。騎士団を辞めた私はもう普通の女の子なんですよ?そういう幸せを手に入れようとしたっていいじゃないですかっ!」
そうまくしたてると、ダリウス団長はふんと鼻で笑う。
「お前に見合いなんてうまくできるわけねーだろ。失敗するに決まってる。ま、そしたら俺が笑って慰めてやるよ」
そう言って、大きな声で笑いながらダリウス団長はお店を後にしていった。
本当に失礼な人だ。
こうなったら絶対にお見合いを成功させてやるんだから!
ーーが、しかし。
そうして迎えたお見合い当日。
私はダリウス団長の言う通りやらかしてしまった。
お見合い相手との食事を終えて近くにある森林公園まで移動しているときだった。
ひったくりにあったおばあさんを見つけて、ついつい騎士団時代の戦闘モードにスイッチが入ってしまった。
走り去る犯人を追いかけて跳び蹴りで捕まえた。ひったくられたバッグを奪い返しておばさんに返すとすごくお礼を言われた。けれど、お見合い相手からはドン引きされた。
『え~と……、花屋さんのお嬢さんって聞いたからおしとやかで清楚な人を想像していたんだけど………』
後日、この縁談はなかったことに、と先方から連絡があった。そうして私の初めてのお見合いは失敗に終わった。
「ガハハハハハ。ほらみろ。俺の言った通りだろ。だいたいお前みたいなじゃじゃ馬女を扱える男なんてめったにいねーんだよ」
ガハハハハハと団長の笑い声が花屋に響く。
「……うっ」
私は言葉につまりながら、ダリウス団長をキッと睨む。
たしかに私は子供の頃からお転婆だった。お人形遊びをするよりも野山をかけまわる方が好きだった。
女には難しいと言われて反対された騎士団試験にも一発で合格したし、屈強な男たちの中でもなんとか騎士としてやってこれた。
でも、私はもう騎士ではなくて花屋なんだ。少しはおしとやかにした方がいいのかな……。
でも今さら自分を変えることはできないし。
「はぁ……」
思わずため息がこぼれてしまう。
「なぁ、ミィル。俺にしとくか?」
突然、ダリウス団長がそんなことを言ってきた。
「お前に怪我を負わせちまった責任とって、俺がお前をもらってやるよ」
えっと……それってどういう意味?
ダリウス団長のめったに聞かない真面目な声に私はしばらく固まってしまったけれど。
団長のことだ。きっとまた私をからかって楽しんでいるに違いない。
うん、きっとそうだ。
私は、プイと顔を横に向ける。
「団長だけはごめんです」
きっぱりとそう言うと、
「相変わらず可愛くねぇやつだな」
そう吐き捨ててダリウス団長は店を出ていってしまった。
「ねぇミィル。団長になに言ったの?」
その翌日、なんと副団長がやって来た。
この半年間、ダリウス団長や他の団員たちとはお店でよく顔を合わせていたけれど、副団長がやってきたのは今日が初めてだ。久しぶりに見る変わらない姿に少しだけ嬉しくなる。
副団長は、強面で怒りっぽい団長とは正反対で、ほんわかとした笑顔の穏やかな性格の人だ。
「団長がショック受けてるみたいなんだけど。ミィル、なにかしたの?」
「私ですか?」
何かしたかな?
昨日のことを思い出してみるけれど特に思いあたることはないので、わかりません、と私は首を横にふった。
「君もそうとう鈍感な子なんだね」
副団長はそう言うと小さなため息をはく。
鈍感?
どうしてそんなことを言われるのか分からずに私は首をかしげる。すると副団長はふっと口元を緩めて、私をじっと見る。
「そんなミィルに提案なんだけど。うちの団に戻ってくる気はない?」
「……え?」
突然のことに思わず間抜けな声が出てしまった。
うちに戻るって、第5騎士団へ戻るってこと?
「で、でも。私、退団届けを出したので」
「知ってるよ」
「じゃ、じゃあ」
戻れるわけないことを知っているはずなのに。
今の副団長もそうだけど、団員たちも私に戻ってこいとしつこく言ってくる。
私だって戻れるものなら戻りたいーー。
花屋の仕事もそれなりにやりがいはある。でもふとした瞬間に気が抜けてしまう。そのたびに思い出すのは騎士団時代のことで。
怪我さえなければ私はまだまだあの場所で仲間たちと一緒にいられたはずなのに。
本当は第5騎士団へ戻りたい。でも……。
私は左手で右腕をそっとさする。
「私はもう剣を握れません」
騎士団へ戻ったところで私にできることはなにもない。
左手で右腕をきゅっと強く握る。私は、怪我を負ったあの日のことを思い出していた。
*
あの日の戦場は敵か味方かも分からないほど深い霧におおわれていた。雨も降り始め足元がぬかるみコンディションは最悪。すでに多くの団員が疲労困憊の状態だった。
場数を踏んだ団員でさえそんな有様だ。新人の団員の初めての戦には条件が悪過ぎた。
一人の団員が数人の敵兵に取り囲まれてしまい、それに気が付いた団長が応援にかけつけた。
新人を庇いながら複数の敵を相手にしていた団長は、いつもなら背後から敵が来てもすぐに気が付くはずなのに少し後れをとってしまった。
それに気が付いた私はすぐに足が動いた。けれどギリギリ間に合うかどうかというところで、団長と新人を庇うのが精一杯だった。
敵兵の鋭い剣先が私の右腕を貫いた。
痛みは感じなかった。
右腕からはたくさんの血が出た。
感覚がなかった。
意識がだんだんとなくなっていき、その場に私は倒れた。
朦朧とする意識の中で、私の右腕を貫いた敵兵が団長の一撃で倒れるのを見届けてから私は意識を失った。
それから騎士団本部のある街に戻り手術を受けた。リハビリもした。おかげで日常生活をおくれるまでには回復できた。
この調子で騎士団にも復帰できると信じていた。
けれど、医者から告げられたのは、もう二度と剣を振れないという騎士としてはとても残酷な言葉だった。
子供の頃に両親を亡くしてから泣いたことなんて一度もなかったのに久し振りに涙がポロポロとこぼれた。
騎士団を辞めないといけないことが辛かった。
しばらくして団長が病室へお見舞いに来てくれた。強面の団長が持つにはまったく似合わないカラフルなアレンジがされた花束と一緒に。
そのときは一瞬だけ泣くのをやめた。泣いている姿なんて絶対に見られたくなかったから。
『団長に花束なんて似合いませんよ』
そう軽口をたたいてひとりで笑った。
ダリウス団長には『せっかくお前のために買ってきたのに可愛くねぇな』といつもの調子で言ってもらいたかった。
でも、
『ミィル、すまなかった』
ダリウス団長は、私に深く頭を下げた。
きっと、私が剣を振れなくなったのは自分を庇ったせいだと強く責任を感じていたのかもしれない。
口が悪くてぶっきらぼうな人だけど、責任感が強くて実は部下想いの団長らしい言葉だと思った。
それと同時に団長に頭を下げさせている自分が情けなくて悔しかった。
私の実力不足なのに……。
『団長のせいじゃありません』
私ははっきりとそう言った。
『私がまだまだ弱かったからです。もっと強かったらあのとき団長と新人を庇いながら敵兵に一撃を加えることができました。だから団長のせいじゃないです』
それよりも、と私は言葉を続けた。
『団長が無事でよかった』
言いながら、私の目にはだんだんと涙がたまっていた。それを見たダリウス団長のごつごつとした大きな手が私の頭に乗せられる。
『なに言ってんだバカ。まだまだ下っ端のくせして団長の俺の心配なんてしてんじゃねぇよ。今回のお前の怪我は俺の責任だ。すまなかったな、ミィル』
その言葉に、瞳にたまった涙がツーと頬に流れた。慌ててぬぐってもとまらなかった。
その翌日、私は団長へ退団届けを出した。
団長はそれを黙って受け取ってくれた。
だから私は騎士団を辞めた。
それなのに……………。
剣を振れない私が第5騎士団へ戻ってもいいの?
当時のことを思い出していると、副団長の声がした。
「どうして団長がわざわざミィルの花屋まで一服しに来ていた思う?」
「団長が、ですか?」
どしてだろう?
その問いに、分かりません、と私は首を横に振る。そんな私に副団長はニコッと微笑んだ。
「ミィルを取り戻したかったんだよ。でもいつも言えなかったんだ」
取り戻す?
団長が、私を?
目をぱちぱちさせている私に副団長はさらに言葉を続ける。
「そんな団長の気持ちに気付いている団員たちも毎日交代でここへ来てミィルを第5騎士団へ戻そうと君を説得していたんだよ」
「…………」
その日、私は初めて団長や団員たちの想いを知った。
そらから一週間が過ぎた。
副団長が来てくれた翌日から、あんなに頻繁に来ていたはずのダリウス団長と団員たちが花屋を訪れなくなった。
風の噂によると、落ち着いていたはずの隣国との戦に再び火が点いてしまったようで、第5騎士団は今、戦地の最前線にいるらしい。
日常生活では問題アリで個性的な人が多い第5騎士団だけれど、本気を出した彼らの強さを私は知っている。
だから、きっと大丈夫。
全員無事に帰ってくる。
ぼんやりと窓の外を眺めながら、夜空に浮かぶ満月にみんなの無事の帰還を祈った。
それからさらに一か月が経った。
隣国との戦は我が国の勝利で終わった。しかし、勝利したとはいえ犠牲はつきものだ。
第5騎士団は大丈夫かな?
またいつもみたいに私の花屋へ来て元気な姿を見せてほしい。
ダリウス団長は、いつ一服に来てくれるかな……。
あのシガレットの香りをかぎたいと思った。
それからさらに数日が経った。
今日は夕方からポツポツと雨が降り始めていた。
店先に出していた鉢植えを全てお店の中へと運び入れた頃にはすっかり雨足が強くなりどしゃぶりになっていた。
こんな雨じゃきっとお客もこないかな。
少し早いけどお店を閉めようか、とぼんやり考えていると、誰かがお店に入ってくるのが分かった。
「いらっしゃいま……」
言いかけて口を閉じた。
約一ヶ月ぶりのあの香りが店内にふわっと広がり、それと共にダリウス団長が姿を現した。
久しぶりの姿にホッと胸を撫で下ろす。無事でよかった。
「団長、ここは禁煙ですよ」
シガレットを口にくわえたダリウス団長に私はいつものようにやんわりと注意をする。お決まりになっているこの文句もちょっと懐かしく感じる。
すると今日の団長はいつもと少し様子が違った。おもむろに口からシガレットを外すと、それを携帯用の灰皿に押し込む。そして私へと視線をうつした。
「ミィル、花をくれ」
「花、ですか?えっと、なんの花を?」
「全部だ」
「全部?」
驚いて聞き返してしまう。そんな私に団長は少しイライラした様子で早口で答えた。
「全部って言ったら全部だよ。この店にある花を全部俺によこせって言ったんだ」
「……へ!?」
急になに言ってるのこの人は?
ここの花を全部渡してしまったらお店には花が一輪もなくなってしまう。それに、そんなにたくさんの花を買って団長はどうするの?
ぽかーんと立ち尽くしている私にダリウス団長は「あぁクソッ」と呟きながら自分の頭に手をあてて髪をわしゃわしゃと片手でかき回した。それから「ミィル」と名前を呼ばれた私は「は、はい」と慌てて返事をした。
「お前、俺のところへこい」
「……へ!?」
「うちの団へ戻ってこいって言ってんだ」
「……」
同じことを一ヶ月前にも副団長から言われた。あれからずっと考えていた。
騎士団に戻れるなら戻りたい。でも、私は花屋として新しい道を歩み始めたばかりでもある。
「私は、戻れません」
私の出した答えはこれだった。
それを聞いたダリウス団長は、軍服のポケットから一通の封筒を取り出して私に見せる。
「それは……」
半年前に私がダリウス団長に渡した退団届けだった。
「だったらこんなもんこうしてやるよ」
ダリウス団長は私の退団届けが入った封筒をビリビリに破いていく。そして粉々になったそれを地面に向かってパラパラと落とした。
「ほらみろ。退団届けなんてなくなった」
軍服のポケットからシガレットの入った箱を取り出して一本抜き取る。それを口にくわえながら、ダリウス団長はニッと笑った。
「退団なんてさせるかアホ。退団届けをだされたとき、頑固なお前はあの場で引き留めても絶対に戻らないと思ってな。とりあえず預かっておいて、時期がきたら突き返すつもりだったんだ」
ダリウス団長は片手に持ったライターでシガレットの先に火をつけた。そしてそれをすぅっと深く吸い込む。
「お前がいないとだめなんだよ、俺は」
煙を吐き出しながら、さらっとそんなことを言われた。
ダリウス団長に真っ直ぐに見つめられて私はその視線をそらすことができない。
シガレットはすでに半分の長さになっている。ダリウス団長はそれを手でつまむとそっと口から外した。
「ミィル、お前は第5騎士団で俺の補佐をしろ」
「補佐、ですか?」
「ああ。つっても怪我人のお前を戦には連れていかれねぇから第5騎士団の本部内での俺の補佐だ。貯まった書類やらの手伝いをやれ」
「で、でも、私は花屋を……」
「つべこべ言わずに俺のところに戻ってくりゃいいんだよお前は」
「……ッ」
ダリウス団長の強い口調に私はなにも言い返せなくなってしまう。
「この花屋が心配なら安心しろ。今から俺が責任もってこの店の花を片っ端から全部買い占めてやるから。花がなけりゃこの店はなくなるだろ?買った花ででっけー花束でも作るか」
ガハハハと団長は大きな声で笑っている。
まさか本気でそんなことをやるとは思っていない。これはダリウス団長の冗談。だから私も釣られて笑ってしまう。
「団長に花束は似合いませんよ」
目からほろりと涙がこぼれた。
ケガをしてしまったこんな私を必要としてくれているなんて。補佐としてそばに置いてくれるなんて。
ダリウス団長の気持ちが嬉しかった。
強面で短期で怒りっぽくて。
でも責任感が強くて頼りになって。
そんなダリウス団長に私はこっそりと憧れていた。私は女だけどこの人みたいな騎士になりたいって。
怪我をしてその夢は叶わなくなったけれど、補佐としてダリウス団長のそばにいてもいいのかな。
「ホント可愛くねぇやつ」
ダリウス団長がフッと静かに笑った。