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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第一部 千秋編
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八話 佐久間神社の戦い 三

 長い階段を登り佐久間神社の境内に入った所で、遥は周囲の空気が何か違う事に気がついた。

 何が(・・)というか、それは単に直感レベルの感覚で上手く伝えられらない。


 見た目は何もない。しかしこの先に進むには、何かをしなければ進めない──そんな漠然とした違和感を感じる。

 そっと空間に手を伸ばすと、やはりそれ以上中には入れない。変わりに静電気のようなものが、指先をピリッと走り抜けた。


「壁、なのか? これは……」

「違うよ、それはウィルが作り上げた特殊空間」


 先ほどまでは誰も居なかったはずなのに、背後からかかった声に遥は驚いて振り向く。そこには自分よりも十センチくらい小さな女の子が立っていた。

 腰まである長い金髪をポニーテールに束ねて、碧い二重の瞳がにこりと微笑む。


 彼女が着ている服は、見た事のない紋章が描かれた絹のローブだ。裾から少しだけ覗く足元は、丈夫な皮のブーツを履いている。

 少女はずかずかと遥の眼前まで歩き、そっと空気の違う空間に手をあてがった。すると、ピシッという音と共に何かが割れる。


「これで先に進めるよ」

「ありがとう、えっと……君は?」


 不躾ぶしつけかも知れないが、見た事のない服を着ている少女を何度も目で追ってしまった。


「ボクは、ティム=グレイス。死んだのは18歳の時だけど、何歳だろうね」


 からからと笑いながらそう話すティムはよろしく、と言いながら小さな手を差し出してきた。遥もその手を握り返すが、氷のように冷たい手から〈体温〉は全く感じられなかった。

 微妙な遥の態度に、ティムの方からすっと手を離す。


「君も、吸血鬼ヴァンパイア?」

「そうだよ。正確には、ボクは始祖様(ウィル)使い魔(ファミリア)だね」

「ファミリアって……」


 吸血鬼と何が違うのか分からない遥は、率直に質問を返した。


「ボクの力は〈変身〉。体液さえあれば、何にでも姿を変える」


 目の前でにこりと微笑む少女はそう言うと、瞳を閉じて吸血鬼の言葉で何かを紡いだ。

 刹那、少女の姿は消え、ぱさりと地面に落ちたローブの中央から小さな黒猫が顔を覗かせてこちらを見つめていた。


「中に入ろう。ハル、お前の肩に乗せて」

「は、はぁ……」


 いいよと言う前に、黒猫は遥の左肩にぴょいと飛び乗った。脱ぎ捨てる形となってしまった少女のローブを片手に持ち、ティムを肩に乗せて先へ進む。


 神社という場所は正月しか入る事が無いので、この広い境内の何処に千秋が居るのかなんて分からない。ただ、ここに入ってから妙な胸騒ぎは確実に強くなっていた。


 さらに奥へ進み、本堂の先にある空間が僅かに歪んでいる事に気付く。同じく違和感を見つけたティムが、肩から地面に降りて空間の歪みに近づく。


「ハル、開けて(・・・)

「ど、どうやって?」

「赤い薔薇の紋章があるだろう? 手首出して」


 黒猫にそう言われるまま、着ていた薄手のロングシャツの袖をまくり、両手首の薔薇の紋章を翳す。


「うぁっ……」


 歪んだ空間と共鳴するように、遥の手首から薔薇の蔦が出現し、その歪んだ空間を別の生き物のように突き破った。

 鏡が割れるような音と共に、歪んだ空間が一瞬で消え去る。


 最初からそこに人が存在していたかのように、眼前には傷つき眠る千秋の父、石像の女性が柱を背に横たわっていた。

 さらに視線を動かすと、黒髪の吸血鬼とアスラが翼を広げて宙に浮いている。

 遥とティムに気づいた黒髪の吸血鬼が、少しだけ困惑したように眉を寄せてこちらに視線を落とした。


「ハル、それ以上近づくな」


 吸血鬼の呼び止めを無視し、遥はアスラに向けて一歩踏み出す。


『ハル、動くな』


 頭の中で響く強制的な命令。遥は唇を血が滲む程噛み締め、その命令を解こうと耳を塞ぐ。


 脳内で響く吸血鬼の言葉は〈絶対〉である。目の前で友人が殺されそうになっているのを、ただ黙って見ているなんて出来ない。

 無理矢理術を解こうとしている遥に、ティムが「やめな」と声をかける。


「ハル、ウィルの言う通りだよ。君の力じゃあアスラに勝てない」


 ウィル──確かに彼はそう言った。遥は動揺した瞳を黒髪の吸血鬼へと向けた。


「ま、さか……?」


出来れば嘘であると言って欲しかった。ウィルが、父さんが吸血鬼などと。



 夢の中で何度も見た光景。

 「華江さん……」と言いながら、穏やかな顔で心臓に杭を穿たれる黒髪の吸血鬼。断末魔の声と、母の悲鳴。


 確かに毎日夢の中で見ている彼と姿形は一緒だ。まさか自分は父さんが殺される瞬間を、毎日見続けていたのか? そんな残酷な夢をどうして。一体誰が。

 仮にそうだとすると、死んだはず(・・・・・)の彼は、どうやって今此処に存在しているのか。そして、アスラも吸血鬼であるとしたら、一体何が目的で?

 遥の激しい心の動揺を悟ったティムは、黒猫の姿のまま、ゆっくりとウィルの足元まで近づいた。


「ウィル、肝心な事はまだハルに何も話してないんだね?」

「……説明する時間が無かった。ティム、千秋君を頼む」

「オーケー」


 黒猫は大きくジャンプしウィルの力を借りて赤い霧を纏った。さらに霧の中で二本の短剣を持った青年へと姿を変える。

 空中で素早く回転しながら、その短剣をアスラの右肩に突き刺す。致命傷にはならないが、ティムの目的は切る事ではなく、短剣を足場にする事だ。


「チッ!」


 油断していたアスラは突き刺さった短剣を引き抜く。さらに薔薇の蔦ごと千秋を地面に落とそうと、右手を大きく振り下ろした。


「ウィル、頼むよ!」


 急降下する千秋をキャッチしたウィルはゆっくりと大地へ降り立つ。

 闇のような漆黒の髪、紅の瞳、赤い翼。その見た目は人間を喰らうと言い伝えられている恐ろしい化け物だ。

 それなのに、こちらを見つめる視線は優しい。


 吸血鬼(ヴァンパイア)。まさか、こんな近くに……


 混乱した遥は、気絶したままの千秋を抱きしめながらも、吸血鬼が父親であるという事実を受け入れる事が出来なかった。

 彼等が異次元のような強さで戦う姿を、ただ黙って見守る事しか出来ない。

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