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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第一部 千秋編
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八話 佐久間神社の戦い 3


 断界領域(エクリプス)

 吸血鬼(ヴァンパイア)が用いる術は様々で、特にウィルは空間を捻じ曲げるものを得意とする。

 佐久間神社一帯の空気が変わったのは間違いない。しかし肉眼で捉えられる光景は、先ほどと全く同じであった。

 

断界領域(エクリプス)を発動するなんてな。ウィルが死ぬか、コレを解除してくれない限り俺も出られないってことだろう?」

「ああ。ティエノフ家の反乱と見て対処する」

「はっ、筆頭が混血児(ダンピール)なんて作った癖に何を……!」


 遥の存在を思い出した途端、アスラの顔に影が差した。敬愛して止まないウィルがよりによって餌である人間の女に心を奪われ、しかも奴らの世界に留まっている。

 怒りは強い嫉妬となり、吐き捨てるように虫の息となっていた千里を無造作に地面へ投げ落とした。

 地面に衝突する寸前で、風を裂いてウィルが急降下する。間一髪、衝突寸前の所で彼を強引に引き寄せた。


「……アスラ、人間には手を出すな」


 命令を嫌うアスラは不貞腐れたまま自分の真横にある空間を捻じ曲げると、懐に持っていた銀色のフルートをそこに躊躇なく投げ込んだ。

 歪んだ空間からフルートの代わりに出てきたのは禍々しい大剣だった。

 その大剣の柄には一点物のような美しいアラベスク模様が刻まれているのだが、対照的に刃全体には不気味な瞳が大量に埋め込まれている。

 ギョロギョロと動いてはまるで生きているかのようにアスラを睨みつけていた。


 古の時代に、ミストルティンと呼ばれていたその大剣は、人間の英雄が〈魔を滅ぼす為に〉神から遣わされたと言い伝えられている。


「よっ……と」


 アスラが禍々しい大剣を一振りした瞬間、空気が震え、切っ先が微かに触れた大地はビシビシと不吉な音を響かせながら亀裂を走らせる。轟音と共に左右へ裂けていった。


「──慈悲深き太陽の神よ、どうかこの者に祝福(サンクティア)を」


 祈りの言葉を口にしたウィルは己の指先を爪でわずかに傷つけ、一滴の血を絞り出す。

 そして気絶した千里の唇をそっと開き、その舌に血を落とした。


 ドクン。

 ドクン、ドクン──。


「──!!」


 突然千里の身体が上下に大きく跳ねた。

 たった一滴の血液。それだけでへし折られた骨や大蛇に噛まれた部分が次々と再生する。

 一体何事かと思い目を見開くと、そこには漆黒の髪の吸血鬼(ヴァンパイア)が千里の横に跪いていた。

 淡い月光に照らされた彼の輪郭は、現実の枠を超えた幻のように揺らめいている。

 まるで神の稚児とも思えるような美しさは視覚だけではなく、心の鼓動までも支配した。

 その存在を確かめようと、千里は震える指先を伸ばした。


「あんたみたいな……美しい吸血鬼(ヴァンパイア)が……まだこの世の中にいるなんて……」

「私は始祖(はじまり)吸血鬼(ヴァンパイア)です。アスラの無礼は詫びて済む事ではないと承知しておりますが……」


 何故かこちらの吸血鬼(ヴァンパイア)は敵対心を感じない。短くそう詫びたウィルは、特殊な光を放ち、石像と化した愛菜の全身を透明なクリスタルで優しく包み込んだ。

 

「なっ──!」


 一体何をするのだと抗議しようにも、目の前には吸血鬼(ヴァンパイア)が二体。

 傷ついた自分一人では何も手の打ちようがない。絶望に瞳を伏せた千里は、そう言えば、と大蛇に受けた傷がすっかり治っていることに気がついた。


「あんたは……まさか?」

「貴方の力ではアスラに勝てない。奥様の石化は、私が必ず解きます。ですから今は息子さんを連れて早くここから逃げて下さい」


 そう言われても吸血鬼(ヴァンパイア)の知り合いなどいる訳がない。

 顎に手を当てて記憶を辿ると、確か千秋の親友で少し風変わりな(オーラ)を持つ奥ゆかしい少年がいたような気がする。

 全く目の前の吸血鬼(ヴァンパイア)に似てはいないが、もしや。


「私の大切な息子に、御守りをありがとうございました」

「あんたは……遥くんの?」


「こんな姿で……」と、ウィルはかすかに俯きながら頷いた。


 しかしアスラは気が短いので二人の会話を悠長に待つ事はない。ミストルティンを握り直し、ウィルの首目掛けて一気に距離を詰めてきた。

 だがアスラの一撃はウィルに到達することなく弾かれた。彼の袖口から垂れる赤い紐のようなものが盾となり、風と共に微かに揺れる。


「顕現せよ、我が血を啜れ」


 我が子を守る為に迷いを払拭する。彼の呼応に応じた紐は生き物のように蠢き、赤い光を帯びて形を変えていく。


 ドクン、ドクン……。


 彼の血を啜り、裂けるような音とともに、しなやかな布は鋼へと凝縮し、手の甲に刻まれた赤い薔薇の紋章から魔力を吸収すると紅蓮の剣となって彼の手に収まった。

 その刹那、周辺の空気が張り詰め、三人の影さえも剣と同じ赤に染まる。


「ウィル。人間は我々にとって餌だ。何故そんなことが分からない? 見ろよ、この汚い大地。昔はこんなに(けが)れていなかった。今は自然を破壊する傲慢な人間しかいない」

粛清(しゅくせい)にしても、やり方が悪い」


 黒い薔薇に閉ざされた渋谷区は、今や日本どころか現実世界から隔離されている。術を発動させたアスラ以外、誰も近づく事さえ叶わない。


「見てくれたのか、俺の傑作! 凄く綺麗な黒薔薇だろう」

「……」


 あの黒薔薇には好奇で寄るものを食すだろう。薔薇は成長を続け、しまいにこの大陸を飲み込む。

 日本は華江が産まれ、死ぬまで彼女が愛した場所だ。なんとしても守りたい。


「まあ、後はウィルをこの島に縛りつける余計な混血児(ダンピール)を始末するだけだな」


 アスラは左手を掲げると、彼の頭上の空間が水面のように揺らぎ、黒銀の膜となって広がった。

 その歪んだ幕に、佐久間神社へと駆ける青年の姿が鮮烈に浮かび上がる。

 まるで夜空に広がる映画のスクリーンのように、彼の息遣いまで伝わる映像がそこに映し出されていた。


「ふふっ。可愛い息子が、自ら墓場に来てくれるなんてな」


 遥はどうやって結界を破り家から飛び出したのだろうか。リャナが目を離したとしても、あの結界は内部からの突破を許さぬ術にしている。

 それなのに──。

 彼の混血児(ダンピール)としての血が親友の危険を察知し、その足を佐久間神社へ駆り立てているのか。

 空気が張り詰める。

 ウィルは静かに呼吸を殺し、動揺を悟られぬよう氷のような冷たい眼差しでアスラを睨み返した。

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