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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第一部 千秋編
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七話 佐久間神社の戦い 二

 佐久間神社一帯に張られた結界は、吸血鬼が扱う特殊な空間だ。

 実際に肉眼で捉える光景は、先ほどと全く同じであり、例えいくら暴れても現実の建物が破壊される事はない。しかし術者が死ぬか、それを解かない限り、この特殊な空間からは出る事は出来ないのだ。


 アスラはククッと楽しそうに笑うと、不要なギャラリーを追い出そうと、もう一度千里に向けて手を翳した。

 発生した衝撃波が戦えない者を襲う。しかしその直撃は、二人の前に躍り出たウィルのマントによって遮られた。


「アスラ、人間には手を出すな」


 鋭い紅の瞳で睨みつけられたアスラは、僅かに口元を吊り上げ、全く反省する様子を見せない。


「ふぅん……こっちに来てから、随分とまた人間に肩入れするようになったなあ、ウィル」


 そう言うと彼は空間を歪め、その中に持っていた銀色のフルートを投げ込む。代わりに中からズルリと大剣を取り出した。


 彼の扱う大剣は、柄の部分に美しいアラベスク模様が刻まれている。刃全体に不気味な人間の瞳が大量に埋め込まれており、瞳はギョロギョロとまるで生きているかのように動く。


 古の時代に、ミストルティンと呼ばれていたその大剣は、人間の英雄が〈魔を滅ぼす為に〉神から遣わされたと言い伝えられている。

 平和な世の中になった事で、神器の存在すら人々の記憶から抹消されていた。


「よっ……と」


 アスラが大剣を一振りした瞬間、切っ先が触れた大地はビシビシ音を立てて大きく左右へ裂けた。

 今自分達が居る場所は、吸血鬼の特殊空間なので、実際に目で見えているものと、現実にあるものは違う。その割れ目から落ちると、何処に繋っているのかは分からない。


吸血鬼(ヴァンパイア)が、まだこの世の中にいるなんて……」


 千里は異次元の戦いにどうして良いのか分からず、ただ不安を抱えていた。

今は愛菜の石像が化け物の攻撃によって破壊されないように、それを抱きしめるだけで精一杯だった。この場からとても動ける状態ではない。

 言いようのない不安を抱えている千里に、ゆっくりとウィルが歩幅を詰める。


「私は始祖(はじまり)。私が死を迎えた時、我々(ヴァンパイア)は全て消え去る」


 言い終えたウィルは、特殊な光を右手から放ち、愛菜の全身を硬いクリスタルで包み込んだ。


「貴方の力ではアスラには勝てない。石化は、私が必ず解きます。今は息子さんを連れて逃げて下さい」


 魔剣を肩の上で振りながら準備運動をしているアスラは、間違いなく本気だ。

 戦えない者を守りながらの戦いは分が悪い。出来れば特殊空間から千里と愛菜を早々に出したかった。


「あんたは、一体……」

「私の息子に、御守りをありがとうございました」


 こんな姿で、と申し訳なさそうに呟き、両手の袖から垂らしている赤い紐に力を込める。変幻自在のその紐は、ウィルの意思通り赤い剣へと変化した。


「ハーフ……もしかして遥君の?」


 千里がそう言いかけたところで、ウィルが千里と愛菜の石像を抱えて羽を広げる。


「うわあああっ!」


 突然足元が浮く感覚に、千里は素っ頓狂な声をあげる。刹那、今しがた立っていた大地が大きく裂け、地面の下はまるで宇宙のように真っ暗な闇と化した。

 あと数秒、ウィルが行動するのが遅かったら、自分と愛菜はこの暗闇に落ちていただろう。

 ──此処に落ちたら確実に死ぬと思い、千里は少し離れた地面に降ろされた後も、背筋が凍りつくのを感じた。


「ウィル。人間は餌だ……何故分からない? 見ろよ、この汚い大地。昔はこんなにけがれていなかった。今は自然を破壊していく傲慢な人間しかいない」

粛清しゅくせいにしても、やり方が悪い。渋谷区のアレはお前がやったのだろう?」


 黒い薔薇に閉ざされた渋谷区は、完全に現実世界から隔離されていた。今や誰も近づく事さえ叶わない。

 ウィルの言葉に気分を良くしたアスラは、再びニヤリと口元に笑みを浮かべた。


「ははっ、見てくれたか? 俺の傑作。綺麗な黒薔薇だろう。後は、この禁忌の混血児(ダンピール)を始末するだけ」


 アスラは左手で上空の空間を歪め、佐久間神社に向かって走っている青年の姿を、映画のスクリーンのように映し出した。


「可愛い息子が、自ら墓場に来てくれるなんてな」


 遥はリャナの目を盗んで、家から飛び出したのだろう。それとも、混血児(ダンピール)としての血が親友の危険を察知して、その足を佐久間神社へ向かわせているのか。

 動揺を悟られないように、ウィルは静かにアスラを睨み返した。


「混血児を始末する……ティエノフ家当主としての意向か? それとも、アスラ=ティエノフの独断か?」

「俺達には、始祖(ウィル)が必要なんだよ。もう一度、人間達を統一しなくてはいけない」

「断る」

「って言うと思ったから、俺も切り札をな」


 最初からウィルの返答を分かりきっていたアスラは、然程動揺も見せずに右側の黒い空間を歪める。其処から黒い薔薇の蔦に全身縛られた千秋が出現した。

 ウィルが結界を張った時から、アスラは自分の種を神社のあちこちにばら撒いていたらしい。


 己の意思を持つ黒薔薇は、すぐさま本堂の奥に居た千秋を見つけ、蔦で拘束していたのだ。

 彼は既に意識は失っており、蔦に血も吸われているのか、顔色も悪い。


「ち、千秋っ!」


 息子の危機を察し、よろりと立ち上がる千里に、アスラの放った衝撃波が彼の鳩尾を直撃する。

 壁が砕け散る激しい衝撃音と共に、彼は神社の柱部分に背中を打ち付け、ごほっと口から血の塊を吐き出した。


「千秋……」


 大切な息子を守る為に、何とか気力を振り絞り立ち上がった千里は、力なく震える唇に式神召喚の札を挟む。


「式神は効かない。それに式神を召喚する事は、貴方の命を縮めますよ」

「それでも……俺は、千秋を……」

『お願いですから、おとなしく眠ってください』


 ウィルはため息を吐いた後、紅の瞳を見開き、千里の瞳を真っ直ぐに見つめた。吸血鬼の魅了チャームである。それは老若男女問わず、吸血鬼の力でその者をとろけさせ、軽い催眠状態にすることができる。


 多少力のある千里であっても、始祖と呼ばれる最強の吸血鬼の魅了には太刀打ち出来ない。眉を顰めながら、強烈な睡魔と戦った彼も、三十秒足らずで眠りの世界へと堕ちた。


「邪魔者は眠らせたわけか。ウィル、このガキの始末はお前の態度次第だからな?」


 黒薔薇の蔦は千秋を掴んだまま上空でゆらゆら(うごめ)いていた。

 アスラの気まぐれで黒薔薇は動く。あの高さから落とされたら、千秋は死ぬだろう。さてどうするかと手をこまねいていると、境内に遥が息を切らしながら入って来た。

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