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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第四部 奏編
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五十三話 愛しき妹へ

 佳代の放つ蔦は鞭のように縦横無尽に動いた。意思を持ったように素早いそれは対象である遥を確実に狙い、急所ではなく足や腕などじわじわと痛めつけていく。


「はぁ……はぁ……」


 紋章が反応しない限り、ここ(精神世界)から出ることも出来ず、かと言って佳代に反撃することも適わない。

 特殊空間のような教室は狭く、逃げるにもスペースなんてない。まさに袋の鼠だった。


『これまでのようだねぇ、混血児(ダンピール)──さあ、トドメだよ』


 佳代とフェリの声が重なって聞こえてくる。吸血鬼(ヴァンパイア)に侵食されたこの精神世界は遥にとって毒でしか無い。

 愛されない幼少時代の負の感情に渦巻く2人の傷の舐め合い──。

 その重苦しい空気が、遥の体力を削っていた。


 使える武器はグラディウスのみ。しかし、ティムですらフェリに勝てないと言い時間を稼いでくれたのに結局このような形となってしまった。


(どうすれば──それに、薔薇の紋章はどうして……)


 強く念じることで反応する薔薇の紋章。しかしいくら念じても紋章は光るどころか、すっかり影を潜めている。


『教えてやろう、混血児(ダンピール)。お前にもわかるだろう? この寂しい子供達の気持ちが。お前も本当は両親から愛されていなかったのだから』

「──めろ……」

『ウィルはお前がひととしての寿命を全うしたらその血肉をカイに捧げて、奴を完全な吸血鬼にするんだよ。──残忍なパパはお前をいつか喰らう餌としか考えていない。お前の幼少時代の記憶を封印したのはなぜだ? もう分かっているのだろう? お前の記憶は──』

「やめろおおおっ!!」


 確かに高校に入ってから以前の記憶は全て白く霞んではっきりと思い出せないが、他の話なんて聞きたくない。

 何故未だに記憶が封印されているのか、ウィルがどうして記憶を封印したのかはわからない。けれども、息子である自分がウィルを信じることが出来なければ、全て終わりだ。


 ウィルに冷たく当たった時に彼が見せた悲しそうな表情が脳裏を掠める。

 吸血鬼は人間みたいに感情豊かな生き物ではないというのに、人間よりも人間らしい哀愁漂う表情。もう二度とあんな顔をさせたくない。


「父さん……ウィルは……俺が友人を守れるように道を切り開いてくれた。もし……俺のことが嫌いだったら、最初からカイに俺の身体を喰わせりゃ良かったんだ。それをしなかったのはきっと──」

『意味があるって言いたいんだろう? 美しい親子愛……反吐が出るよ!』


 完全にフェリと同化した佳代は紅の瞳を光らせると、全身から青い薔薇の蔦を放つ。それは突然鋭い刃へと変わり、四方から遥を狙った。


「──我が血の盟約に応えよ、シルフ」


 静かな声が閉鎖空間に響く。突如出現した風の刃がフェリの特殊空間を切り裂き、遥を狙った蔦を全て床へと切り落とした。


『い、あああああっ!』


 蔦と肉体が完全にリンクしている佳代は激痛に悶え、壁に背を預けて荒い息を整えている。

 掠れる視界の中で、冷たい腕と漆黒のマントが遥の身体を包み込んだ。ちらりと上を向くと、こちらを心配そうに見下ろすウィルと視線があう。


「──今のハルではフェリに勝てない。まして、この深部は毒されている。彼女を楽に」

「だ、ダメだよ……佳代ちゃんは、奏にとって生きる道なんだ……だから──」


 縋るようにウィルのマントを掴むが、吸血鬼の姿と化している彼は目を細めただけで首を縦に振らない。


「──私にとって、ハルを傷つけるものは全て敵」

「そんな……!」


 最初から遥の答えなど待っていなかったのか、それともそれ以上にウィルの怒りが大きかったのか。

 彼は詠唱もなく右手の赤い紐を剣へと変え、一瞬で佳代の肉体を乗っ取っていたフェリを貫いた。同時に、赤い血飛沫がウィルの黒衣を染める。

 返り血を浴びても眉ひとつ動かさないウィルの姿を見た遥は、ウィルはやっぱり化け物だ──と改めて認識してしまった。


────


 苦しい──。


 ここは、どこだろう。


 佳代は? 佳代……おーい、佳代。どこだ?



 奏の視界は真っ暗な闇のまま変わらない。いつの間に裸足になっていたのか、地面とも宇宙空間とも似つかない不思議な見えない闇の上を歩く。

 ただ、歩いているという感覚だけは残されており、その他の感覚は何もない。周囲は無。それだけだ。

 常闇の空間にただ一人。暗い、寂しい、冷たい、ひたひたと忍び寄る恐怖。


 佳代……どこだ。佳代……!


『にーに』


 聞き慣れた鈴のような声と共に、目の前に細い光の道が出現する。その先には笑顔でこちらに手を差し伸べる佳代。


 なんだ佳代。勝手に一人で行くなよ。にーには、ずっと佳代と一緒にいるんだからな。


────


 佳代が傷ついたことで精神世界がぐらつく。それによって、中にいた全員がそこから強制的に排出された。


『ハルカ樣……!』


 シルフは傷ついた遥に治癒の術をかけながら、静かな殺意を滲ませるウィルと、小さな人間の子供とを交互に見やる。


『にーに、佳代と、一緒……』


 ゆっくりと上体を起こした佳代は未だに強い殺意を抱いたまま遥とウィルを睨みつけていた。負の感情を増幅させるフェリが分離したと言うのに、一体何が彼女をここまで変えてしまったのだろうか。


 両親の連れ子再婚。だからと言って、決して奏の両親は佳代のことをないがしろにしていない。

 平日迎えが遅いことだけが佳代の中に見えないストレスとして渦巻き、それをフェリが闇の心として増幅させたのだ。──たった一言、人間の奥に眠る蓋を暴いて。


「奏……奏! 起きろ奏っ!」


 シルフの術で動けるようになった遥は、気絶したままの奏に呼びかける。しかし彼は微動だにしない、その様子をみた佳代は再び口角を上げた。


『にーには、佳代の声しか聞こえない。今のにーには私だけのものっ!!』


 佳代の全身から青い薔薇が花を咲かす。その妖艶な青は彼女から血を搾り取り、少しずつ花を巨大化させていた。

 ゆっくりと上体を揺らす佳代の焦点は合っておらず、不気味な笑みを浮かべてうわ言のように呟いている。


「──ハル、選べ。奏くんを救うか、佳代ちゃんを救うか」

「え……?」

「彼女はもう人には戻れない。それにフェリと関わり青い薔薇を打ち込まれた時点で彼女は天には行けないだろう。彼女の魂を救うには、完全に消滅させるしかない」


 佳代を手にかけたら、きっと奏は一生遥のことを憎むだろう。最愛の妹を殺したクラスメイトなど、話題の種にしかならない。

 即答出来ずに俯いている間にも、佳代は青い薔薇の蔦を放つ。呆然としている遥を抱えたままウィルは高く飛び、右手の紐を鞭状に変化させて蔦を全て払い落とす。


「ハル……このままだと、奏君の精神も死ぬ。時間は無いんだ」

『ウフフ、残酷なおじちゃん──キライ、キライ、キライ──みーんな、大キライっ!!』


 負の感情の増幅と共に、フェリによって植え付けられた青い薔薇が佳代を喰らい尽くす。彼女の姿が薔薇の花に消えたと共に、人間のものではない咆哮が響き渡った。

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