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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第四部 奏編
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五十五話 暴走、そして。

 混血児(ダンピール)の血──。


 その力は吸血鬼にとっては美酒であると共に、毒でもある。


「まずい……ハルを止めないと」


 ウィルが危惧していることはただ1つ。まだ能力(ちから)をコントロール出来ない遥が負の感情に飲み込まれてしまうこと。


 今動かないと最悪の結末を引き起こす。まだ体力が十分に回復していない状態ではあったものの、ウィルは遥に紅の瞳を向ける。


『ハル──グラディウスをしまうんだ』

「フェリぃぃぃぃぃっ!」


 始祖の絶対(・・)とも言える魅了(チャーム)も、暴走した遥には届かない。


 左手首から白い光とともに、二本の蔦が出現。それは二振りの剣となり、遥の手にしっくり収まる。


「絶対に赦さない……」

「ふふっ──もっと私を憎みなさい。お前が人の血から解放された時こそが全ての始まりとなる。さあ、青い薔薇よ……混血児(ダンピール)を喰らいなさい」


 佳代の全てを同化させた青い薔薇は、その花弁を大地へと散らす。

 先ほどの遥の攻撃によってスピードは落ちているものの、フェリの言葉には逆らえないのか再び、蔦の刃を遥へと向けてくる。


「──もう、佳代ちゃんじゃないんだ、あれは」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いた遥は蔦の間をかいくぐり、握りしめた二振りの剣を花の中心部で振りかざす。


「佳代ちゃん、せめて──ひととして……!」

「やめてくれ、遥っ!」


 奏の悲痛な叫びと共に、青い薔薇は光の粒子となりその場から姿を消す。

 残骸さえも残さない青い薔薇は、人間としての佳代をすでに消滅させていたらしい。


「残念。もう少し使えると思ったのに、やはり子供は子供──」


 笑みを浮かべるフェリは無言で右腕を掲げる。遥の二振りの剣は彼女のたった一本の腕だけで遮られた。


「なっ……」

「お前は私に勝てない。優しいパパが教えてくれただろう? 絶対に勝てない理由をな!」


 フェリは高笑いと共に、腰から短剣を取り出す。

 その異常な速度に、姿を追うことも出来ない。何度目かの残像が遥の腕を風の刃のように切り裂いていく。


 先ほどの暴走状態であればフェリの動きを読めたのかも知れないが、奏の声で遥は元に戻っていた。


「くっ……」


 防戦一方どころか、全く太刀筋が見えない。このままでは勝てるどころかみんな殺されてしまう──。


「終わりだ」


 フェリが唇を吊り上げ、最後の一振りを遥の心臓部目掛ける。その刃が貫いたのは間に割って入ったウィルの手甲。


「ウィル──決闘に割って入るなんて、始祖であるお前が規律を破るのかい!?」

「……お前とハルの戦いは決闘ではない。お前の一方的な憎しみによる一方的な戦い。即ち、これは裁きに値する」

「戯言を……息子を守りたいから勝手なことを言うんだろう。ウィルは私の時に何も助けちゃくれなかったじゃないか!」


 ウィルを睨みつけながら短剣を引き抜こうと腕を動かすものの、彼は何かの術を発動させているようでフェリの手はピクリとも動かない。


「──やはりお前は復活してはいけない。封印がこうもあっさり解かれるとは……アスラにもお仕置きが必要だ」

「や、やめろ……また暗闇に閉じ込める気か!? あいつらは自然を破壊して同族を殺し、常に戦に塗れている! どこに救う価値が!」

「お前が見てきたのは一握りの人種だ。全ての人間がそうではない」


 首を左右に振りながら小さくそう呟く。その間も術を発動させていたのか、フェリの腕に赤い刻印が刻まれてゆく。


「や、やめろ──私は、私はっ!!」

「──子供達の命を無駄に喰い散らかしたお前の罪は一生をかけて償うもの。時の牢獄を再び」


 そこまで術を発動させておきながら、ウィルは右手を静かに下ろした。そしてその横では勝利を確信して高笑いするフェリ。


「く、くくく──あはははっ! これが、お前の守りたい人間の姿か。滑稽すぎる──中途半端な混血児(ダンピール)はお友達によって殺されるんだからな!」

「……ハルを頼む、シエラ」


 唇を噛み締めながら既に生き絶えた使い魔(ファミリア)を呼ぶ。

 主人の声により、シエラの魂はすぐさま形となり奏の腕を拘束した。

 もがきながらも奏はウィルとフェリに対して恐怖と殺意の入り混じった視線を向ける。


「ば、化け物……化け物めっ! お前達が居なければ、平和だったのに! みんないなくなってくれよ!」

「か、なで……」


 何の因果か、腹部に受けた短剣は遥の使っていたグラディウス。

 友人の攻撃を受けた遥は紋章の力も失い、意識もかなり朦朧としていた。


 ──奏が化け物と一蹴したくなる気持ちは理解できる。ひとは簡単に他種族を受け入れることなど出来ないのだ。生きるもの全て考え方や価値観が異なる。


 それに、吸血鬼と人間の関係性は完全なる弱肉強食。共存を願うことすら難しい。


 遥自身、混血児(ダンピール)であると知るまでは、吸血鬼なんて書物の中の存在でしかないと思っていた。

 それが切っても切り離せない存在となったことで、常に葛藤が付き纏う日々。


 だからと言って吸血鬼の父を憎むつもりは無いし、自分を化け物と認めてしまうこともしたくない。

 死んだ母が残した愛。宿敵である人間の世界でわざわざ共に生きる道を選択したウィル。


「かな、で……ごめん──俺も、吸血鬼の血を……」

「は、遥……ぼ、僕は……」

「佳代ちゃんのこと、守れなくて……ごめん」


 ずるりと前のめりに倒れこむ遥。その彼を支えたのは精神世界に入ることの出来ない三体のエンプーサ達。


『ハルカ様を傷つけるなんてぇぇぇ! フィーたん赦さないんだからっ!』


 ポニーテールの少女が両手に短剣を握りしめて奏の首を狙う。


「ひっ──」


 目の前に立つ少女が物騒な短剣を奏の首筋にピタリとあてがう。その殺気と冷たい刃に、奏はごくりと唾を飲み込んだ。


『──ウィル様、後はお任せください』

「後は頼む」


 ウィルの言葉は絶対だ。リャナは大きく頷くとすぐさま遥の止血処置に入った。

 その光景を黙って見つめていたフェリがようやく口を開く。


「お前に吸血鬼の世界に戻る覚悟があるのかい?」

「私はハルとカイを守る為に生きている。始祖の力が欲しいのならばくれてやりたいところだが……お前達は危険過ぎる」

「ははっ。私達の監視も込めて再び始祖として君臨するのかい? グレイス家当主として」

「──それでお前達が暴虐の限りを尽くさないと誓えるのならば」


 しばしの静寂の後、フェリは目を細めて笑う。


「そう。わかりました。──さあ、共に帰りましょう、始祖様(・・・)

『フェリ! 貴様──』

「ハルを頼む……それと、私はやはり人間の親にはなれないらしい」


 片手で空間を捻じ曲げたウィルは一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべ、意識のない息子を見つめる。


(ハル──私がティエノフ家を止めている間に強くなれ)


 捻じ曲げられた空間は二体の吸血鬼を飲み込み消える。

 彼の精神世界に残ったのはエンプーサ達と傷ついた遥。そして突然登場した彼女らの存在に怯える奏。


『この人間をどうするのですか?』

『フィーたん赦さない。ハルカ様の血液は適合しないから出血は命取りになるって……』


 メイサとフィーナは怯える奏を殺すつもりらしい。

 一方、ウィルの願いと、遥の友人を守りたいという意思を尊重したいリャナ。彼女は遥の止血処置を施したところで顔を上げた。


『先ずはここから出て、本体の彼を家へ返しましょう』


 姉の提案に妹達は頷き、それぞれが奏と遥を肩に担ぐ。肩に担がれてもなお暴れる奏はメイサの一撃であっさりと気絶する。

 おとなしくなった二人を確認したリャナは、シエラから受け継いだ力で空間を捻じ曲げる。


 ──うふふ。


 全員が現実世界へ転移したところで白い光の筋と共に、少女の笑い声が響く。


 うふふ。あはは。


 全てから解き放たれた少女は、白い光の筋と化し、最愛の兄の中で踊る。


『ばいばい、にーに』


 少女の声は不協和音のように、いつまでもそこで響き渡っていた。

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