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ダンピールと血の盟約  作者: 蒼龍 葵
第一章 第二部 唯編
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二十七話 唯の精神世界 四


 不慣れな召喚により体力を失い、完全に気絶している遥。彼に蒼龍(ブルードラゴン)は慈愛に満ちた瞳を向ける。


『……ハルカ=グレイスか。此奴(こやつ)も悲運を背負っているものよの……混血児(ダンピール)でありながら人間の為に戦うなど』

水の女神(ウンディーネ)様、何故龍のお姿に?』


 水の女神(ウンディーネ)に庭のような精神世界を支配することなど不可能ではない。しかし、アープの期待した返答は返って来なかった。


『お主も知っておる通り、姉上が暴れておるのじゃ。妾は魂を氷で封印されておるので実体が無い。じゃから蒼龍(ブルードラゴン)の器を拝借したのじゃ』

『でしたら、まずは水の女神(ウンディーネ)様の実体を取り戻す為に、闇氷の女王(シヴァ)様にお会いしなくては』

『姉上は何処におるかわからぬ。──それよりも早く黒薔薇の蔦を切らないと、あの人間死ぬぞ?』


 二体が見つめる先には真っ白になっている唯の姿と気絶している遥。

 妖精のアープと実体のないウンディーネ。どちらも彼ら人間に干渉は出来ない。


『ハルカ様に、私の命を』

『──わかった』


 アープは決意を込めて力強く飛び立ち、龍の顔前まで近づく。自分の体長程の大きさがある鼻頭に、小さな手のひらをあてがう。

 そして自らの命と引き換えに、強大なウンディーネの能力ちからをその身に一時的に宿す。主人(ウィル様)の宝を守る為に──。


『ハルカ様。もっとお話ししたかったけど、仕方ないね。これも〈運命〉だから』


 龍の鱗の上で意識を失っている遥。その白い頰をアープの指先がそっと撫でる。そしてそのまま瞳を閉じて詠唱を始めた。


 精霊のことばが影響しているのか、いつの間にか吹雪はピタリと止まり、暖かい太陽の光が天空(そら)から差し込んでくる。


 アープの身体が少しずつ生命の光を失い、薄くなっていくのと対象的に、遥の身体がぼんやりと、だが力強い光を放ち始めた。


『──生命転換ライフトランスっ!』



 詠唱と共に、アープは弾ける光の粒子となって空気中に溶けた。きらきらと、少しずつ雪の中に消えてゆくその光──ウンディーネだけが、彼女の魂の最期を感じとっていた。


 ──目覚めるのじゃ、ハルカ。


 頭の中で直接響く声。導かれるようにゆっくりと瞳を開くと、先ほど召喚した蒼龍がまだ実在している事にまず驚く。

 距離を取ろうとした遥を見た龍は鼻息を荒げる。


『妾は、水の女神(ウンディーネ)。お主らが豊穣の女神と謳っていた精霊ぞ』

「貴女が、ウンディーネ……あれ……?」


 先ほどまでいたはずのアープを探して視線を彷徨わせる。遥の意図を察し、沈黙を先に破ったのはウンディーネの方だった。


『奴は、元の世界(・・・・)かえった』

「そう……ですか」


 気絶している間にアープが命をかけて助けてくれたらしい。彼女に声をかけることも、お礼も出来なかった。突然の別れに一瞬戸惑う。


『アープの死を無駄にするな。ハルカよ、お主にはやることがあるじゃろう?』


 時は止まらない。目の前には黒薔薇の蔦に捕らえられて今にも生き絶えそうになっている唯。

 グラディウスを振り翳すと、ザッザッと軽快な音と共に蔦は驚くほど簡単に切れた。どうやらリリスが居なくなったことでその力は弱まっていたのだろう。

 蔦の支えを失い、倒れてきた彼女を遥の両腕がしっかと支える。

 彼女の顔に血の気は無かったが、心音は安定している。それを確認した遥は懐から特効薬を取り出した。

 緑色の──お世辞にも美味しいとは言えない独特の香りが鼻をつんざく。


「……唯、頑張って飲めよ」


 ぐったりした彼女を腕に抱き、後頭部を支えながら、紫色の唇に小瓶の飲み口をあてがう。──が、意識の無い彼女はそれを嚥下する事が出来ない。


「……仕方がない」


 意を決してその不味そうな特効薬を口に含み、彼女の顎を押さえて喉の奥に流し込む。


 ──数秒後に彼女の喉がコクリと小さく動く。


 唯が特効薬を飲んだ事を確認し、ゆっくりと唇を離す。まだ口内に残る苦さを遥は自分の服の袖で拭った。


「う、うぅ……ん」

「唯? 気がついたか?」


 唯の顔を覗き込みそう声をかけると、彼女は一瞬安堵した表情を見せた。が、彼女の小さな唇から放たれたのは鼓膜を突き破るような声。


「き、きゃああああああっ!」


 何故唯が叫んだのか、遥には全く理解出来なかった。しかし、太股を寄せて両腕で胸元を隠す様子を見て彼女が裸である事に気づいた。


「ご、ごめんっ!」


 唯の着ていた制服は破れ、ほぼ一糸纏わぬ姿となっていた。

 目のやり場に困る……と顔を赤らめた遥は、彼女に自分が着ていたブレザーをそっとかけた。


『その格好では凍死してしまうじゃろうて。こちらに来い』


 そのやり取りを見ていたウンディーネは、ブレザーだけを羽織った唯を呼び、龍の鼻に触れるよう声をかける。

 怖いもの知らずな唯は、状況を呑み込めないまま龍の鼻に触れる。


「わっ!」


 暖かな風が唯を包み込む。そして風は少しずつ身体に密着し、淡い水色の女神の羽衣へと変化する。

 羽衣は遥にかけたアープの術と同じで、重さはなく雪が触れても濡れることはない。


「凄い……魔法使いになった気分」


 唯は嬉しそうにそういうと、無邪気にくるりとターンして見せた。


『ハルカよ、お主らを早く現実世界に還してやりたいのじゃが、妾も実体が無い今、(ゲート)を開く事が出来ぬ』

「……分かっています。闇氷の女王(シヴァ)を探します。そして、ウンディーネ……貴女を元の姿に」


 唯を救った今、遥らが精神世界に滞留する理由はないのだが帰る手段が無い。現実世界に帰るには、ウンディーネの実体を取り戻すしか術がないのだ。

 相手は氷の精霊──。とても勝てる相手とは思えないのだが、やるしかない。


 迷いのない遥の瞳に納得したのか、ウンディーネは背中に乗るよう、顎を少しだけ動かした。

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