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三話 紅の瞳

 ホームルームが終わった後も、アスラは微笑みを浮かべながら遥に話しかけてきた。


「藤宮遥君だよね?」


 アスラは片肘をついたまま、菖蒲色しょうぶいろの瞳でこちらをじっと見つめてくる。その独特な紫色に見つめられると、意識が吸い込まれそうになる気がした。


「どうして、俺の名前を?」

「君のパパを知っているからさ。ウィリアム=グレイス伯爵」


 彼もグレイス家の関係者なのだろうか?

ウィルがどのような経緯で日本に来たのかは、息子である遥も知らない。確か、勘当同然で結婚に至り、今は日本に知り合いも居ないと言っていたような気がする。


 プライベートな内容はあまり告げたくないし、返答に困る。少し俯いたまま口籠っていると、アスラはくすりと微笑み自分の席を立つ。


混血児ダンピール。君は、まさか何も知らないのか? いや、その方が都合が……」


 アスラは冷たい手で遥の頰を撫でた。その妖しさの宿る瞳を見つめていると、魂が抜かれそうになる。

 先ほども聞こえた【混血児(ダンピール)】。それは一体、何の意味を示しているのだろう。


「遥、移動すっぞ。転校生は奏が案内してくれっから」

「アスラくんよろしく。学校の事は学級委員の僕が案内しますから」


 千秋と奏が間に入ったお陰で、アスラの冷たい手がするりと遥の頰から離れた。手が離れた事で遥はようやく張り詰めた息を吐き出す。


「ありがとう、奏君よろしく。じゃあまたね、遥君」


 一瞬だけ遥に向けられた紅へ変化した瞳。

 教室から出て行く彼らの背中を見送った後、遥は握りしめていた手のひらを開くと、大量の冷たい汗が滲んでいることに気づく。


「あいつ、ヤバいな」

「……やっぱり?」


 千秋は集中すると相手の心が読める。多分、アスラの心を読もうとしたが、出来なかったのだろう。

 ヤバいと直感的に感じるもう一つの理由。それは彼が遥に対する執着のようなオーラ


「遥、今日はうちに来いよ。母さんに一度魔払いしてもらった方がいい」


 千秋の母である佐久間愛菜(さくままな)は、千年続く佐久間神社の巫女だ。生まれつき両目を失っている分、心や気を察する能力に長けている。そして相手の未来を見つめ、その者の行くべき道を照らす。


 彼女が念を込めた呪符や御守りは、魔物を寄せ付けない効果がある。それを知っている千秋は、自分が肌身離さず大切に持っていた御守りを、遥の首にかけた。


「俺が読めない奴は相当ヤバい。あいつから離れた方がいい」

「そうは言っても、席が隣だからなあ……」

「大丈夫だ。必ずそれがお前を守ってくれる」


 首にかけられた御守りを握りしめながら、遥は小さく頷いた。



 奏に学校案内を受けているアスラは、校庭からこちらを見つめる強烈な視線に気がついた。

 ふと足を止めたアスラと共に、奏も同様に校庭を見つめる。そこに居たのは一匹の黒猫だった。丸い瞳でこちらをじっと見ている。


「アスラくんは、イギリスから来たんだよね。黒猫ってやっぱりあちらでは珍しい?」

「いや、猫は好きだよ。本当……可愛い使い魔(ファミリア)だ」


 アスラは奏に気づかれないように、菖蒲色しょうぶいろの瞳を紅へ変えて黒猫を睨み返した。

 その鋭い眼光に気圧されたのか、黒猫は脱兎の如く、校庭から路上へと駆け抜けていく。


「ふっ……僕は嫌われたみたいだね。難しいね、動物と分かり合うのは」


 アスラは再び瞳の色を戻すと教室の方に視線を移す。教室から仲良く出てきた千秋と遥を見て、端麗な顔を僅かに顰める。


「次は移動教室なんだ。教室に戻ろう」

「ああ、もう少しハーフの遥君と話しをしたいから、学校の案内はまたでいいよ」


 遥は名前も日本人のものであり、顔立ちも母方の血が濃い為、一見しただけでは絶対にハーフだと気づかれない。


「遥くんは日本人顔なのに、見ただけでハーフって分かるの?」

「分かるよ、彼は独特の香り(・・)がするから」


 アスラは意味深にそう言うと、不思議そうな顔をしている奏を残し先に教室へと足を向けた。


────


 学校での様子を見つめていた黒猫は、角を曲がった所で一人の女性に拾いあげられる。


「偵察ありがとうございます、ティム様」

『危うく捕まる所だった。早くウィルに伝えないと。ティエノフ家が動き出したって』


 黒猫は口を動かさずに流暢な言葉を話す。少しだけ焦っているその様子に、女性はくすりと微笑んだ。


「元のお姿には戻らないのですか?」

『今は無理。疲れたから肩に乗っていい?』

「ええ。ハルカ様がお帰りになられるまでに、何か対策を考えないと……」


 対策という言葉に黒猫が沈黙する。小さな頭を軽く振りながら大丈夫だろう? と双眸(そうぼう)で女性を見上げる。


『まぁ、ウィルが早めに混血児(ダンピール)について息子に教えるべきだと思うけどね』

「ハルカ様が、その運命を受け入れて下さるか……」

『リャナがアツアツ新婚さんを演じられなくなる事が辛い気持ちは分からなくもないよ? だってハルに全て告げたら母親の事も言わないといけないんだし?』


 新婚さんの所でリャナと呼ばれた女性は顔を一瞬だけ赤らめていたが、すぐさま真剣な面持ちに変わる。


「華江様の事……ハルカ様に告げるのは酷です」

『実の父親が、杭に穿(うが)たれて死ぬ夢を毎日見続ける方が酷だと思うよ。あれはウィルの計らいだろ?』


 リャナはそれ以上は使い魔(ファミリア)である自分の出る幕ではないと沈黙する。黒猫もそれ以上言及する事もなく、一人と一匹はウィルの待つ家の方へ足を向けた。

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