二十五話 唯の精神世界 ニ
アープと共に視界の悪い道を10分程進み、漸く高台に辿り着いた。
右も左も白い世界が何処までも広がっている。とても人が居るような空気は感じられない。寧ろ、闇雲に歩いたら遭難するのではないか? と危惧するくらいだ。
『近いですね、東の方向から魔力の流れを感じる』
アープの指さす方向に吊り橋が見えるものの、その先は山が邪魔をしてどう繋がっているのか全く見えない。
「行ってみよう」
反対方向になるが、元々手がかりなんてない。今は可能性のある吊り橋へ向かうこととする。
こんなに雪が積もっているのに、革靴が全く濡れないのは、アープが最初にかけてくれた術のお陰なのだろう。
(妖精達は人間を嫌っているはずなのに優しい。これも俺が混血児だからなのか?)
吊り橋が近づくと、先を歩く黒いローブを身に纏った者達が視界に入る。
遥が慌ててしゃがむとアープは不思議そうに小首を傾げた。
『どうしたの?』
「あいつらは……俺の友達の精神世界にいたやつなんだ」
『あいつら』が居るという事は、その先に唯が居る可能性が高い。
『まさかと思うけど貴方、暗殺者とやり合うつもりじゃないわよね?』
「……必要なら、戦わないといけないだろ?」
その為に護身用の短剣を預かっている。相手に傷を負わせる事くらいは出来るだろう。
遥の強い覚悟とは対照的に、完全に呆れ顔のアープ。
『貴方って、本当にウィル様の御子息なの? 貴方はあくまで若き聖乙女の血を守るのが第一目標、次は生きて帰る事』
「……気になってたんだけど、その〈ジャンヌ・ブラッド〉って、何?」
遥が返した疑問に、アープは呆れを通り越したのか首を左右に振り、ついに頭を抱えてしまった。
『ティエノフの吸血鬼の動きが早すぎる所為で、貴方は何も知らないのね……』
「ご、ごめん……」
『いいわ──若き聖乙女の血は、人間〈15歳から20歳まで〉の女性、しかも吸血鬼と古の時代に交わった者が選定されているの。
昔は彼等も吸血鬼だった。それが何らかの理由で死んで、その生まれ変わりの血なのよ。そして人間と同じく歳を重ねて死ぬ混血児も含まれるの』
「生まれ変わり……」
『その血を全て飲み干した者は、再び現世で能力を手に入れる事が出来、また若き聖乙女の血は心臓に杭を打たれて死んだ者でさえも蘇らせる力がある』
彼女が紡ぐ言葉は、遥にかけられた封印の記憶を解くような内容だった。
高校に入学する以前の遥の記憶は一体何処に行ったのだろう。過去や記憶を無理に思い起こそうとすると、頭の中を電流が流れる。
彼女が知っている吸血鬼達の過去が、封印された記憶と何か密接な関係があるのだろうか──?
「アープ。教えてくれ……俺はどうしたらいい? 俺はただ友達を救いたいだけなんだよ……!」
縋るように彼女の腕を掴むと彼女は困惑したように眉を寄せ、それ以上は語ろうとしない。
『貴方が混血児である事は、貴方の血も狙われると言う事。貴方は男性だからその血肉が吸血鬼にとって美酒であるとしても、オーフェン=グレイスを蘇生する事は出来ない』
「オーフェン=グレイスは、何故死んだ……?」
遥の最後の質問にアープは答えることなく、突然吊り橋の方へ視線を向ける。
『お喋りが過ぎました。行きましょう』
「アープ……」
『時は待ってくれません。あの女性を救いたいのでしょう?』
アープの言うことは尤もだ。確かにここで謎の吸血鬼の死について言及した所で、今も極寒の中震えている唯を救うことには繋がらない。




