二話 時期外れの留学生
学校に向かう途中の交差点で、クラスメイトの佐久間千秋と合流する。
「おはよー遥。今朝のニュース見たか?」
「変死体だろう? 左の首に噛み痕が……」
「えっ? 死体を視たのか? ── で、どうだった?」
──やばい、余計な事を言った。
慌てて千秋から顔を背けて交差点を一気に渡る。しかし千秋は「詳しく教えろよ〜」とニヤニヤしながら背後から声をかけてきた。
千秋は高校に入ってから仲良くなった友人の一人だ。身長は176センチと恵まれた長身に、サッカー部のエースで、明るくて話も面白い。当然男女関係なくモテる。
だが当の本人はその容姿を武器に使う事もなく、教室でも遥に絡む。帰る方向が一緒だからと言うが、それは建前であり実際は違う。
千秋は遥の不気味な能力を知っている。彼は霊力が高いので、言わずともなんとなく分かったらしい。
そんな千秋の能力は、集中すると【人の心の声】が聞こえるらしい。それに比べたら、遥はまだマシな方ではないかと一人ごちた。視なければいいのだから。
お互い口に出せない変な能力の所為で、友達は相当限られていたが、幸いなことに能力を誰かに気づかれたことはない。
「で、首筋の噛み痕ってあれか? 吸血鬼?」
「んなもん、この平和な世の中に居ないだろう……ってか手首離せっ!」
暑苦しいブレザーの上から手首を抑えられ、半ば無理矢理千秋の手を振りほどいた。遥の赤い薔薇の紋章が、細い手首から一瞬だけ覗く。
「悪りぃ……」
「気をつけろよ……俺だって、コレ嫌なんだから」
千秋がわざとではない事くらい知っているのだが、つい忠告してしまう。
「遥がもしも女の子なら、その薔薇って結構可愛いと思わないか?」
楽観的にそう言う千秋にはため息しか出ない。男なのに薔薇の紋章? とか、気持ち悪いと言われるよりは、まだマシかも知れないが。
「で、で、何が視えた? やっぱり化け物?」
「そんなの、分かんないよ……」
教室のドアを開けるまで今朝のニュースについて言及されたが、遥もテレビにかじりついていた訳では無いので返答に困る。
「あっ、遥くん、千秋、おはよ〜!」
ドアを開けた近くの席に座る柊唯と大宮加奈は、よくつるんでいるグループの女子だ。こちらに気づいたのか、ぶんぶんと大きく手を振っている。
唯は黒髪のロングヘアを靡かせながら、そのまま遥の後ろに続く。二重のアーモンド型の瞳をさらに大きくさせて「ビックニュースよ!」 と遥の机をバンッと叩いた。
「海外から留学生が来てるんだって!」
「もう新学期も始まってるのに?」
「ん〜……そこはきっと家庭の事情があるんじゃない? とにかくっ、金髪のイケメンよ!」
唯は外国人顔が大好きなので、やや興奮気味にそういう。
「遥くんの叔父様とどっちが素敵かな〜、遥くんは、いつお家に行かせてくれるのかな〜?」
唯は時々、遥君の家に行きたいアピールをしてくることがある。それも、偶然スマホにあったウィルの写真を見られてしまったからなのだが。
ただ会いたいとか……そんな理由だけで友達を連れて行き、仕事の邪魔はしたくない。まして自分と然程変わらないウィルの外見は、突っ込みをされると反応に困る。
「ほら、チャイム鳴るぞ」
遥から色よい返事が貰えずに、少し不貞腐れ気味の唯を無理矢理席に戻らせる。
ホームルームの始まりを告げる鐘の音と共に、クラス担任が教室に入ってきた。
日直の挨拶と共に始まる普段と変わらないその朝は、大きなどよめきへと変わる。
金髪のショートヘアに、菖蒲色の瞳を持つ美青年が教師に続いて入ってきたのだ。
深緑のブレザーを着た美しい顔がクラス全体を見渡し、にこりと微笑む。途端に女子から黄色い悲鳴があがった。
彼は独特の瞳で微笑みを浮かべたまま、誰かを探すようにぐるりと教室全体を見渡していた。その視線に目が合ったと錯覚する女子達が、失神しそうに顔を蕩けさせている。
彼は何故か遥の顔を見たところで、ふと視線を止めた。それとほぼ同時に口角を僅かに吊り上げる。
──見つけたよ、混血児。
何故かわからない。彼に見つめられた瞬間、遥の身体の全てが逆流するような不思議な感覚があった。
「ぐっ……」
「遥、大丈夫?」
こみ上げる吐き気を堪えていると、前の席に座る遠藤奏が顔だけを後ろに向けて心配そうに声をかけてくる。
奏には「大丈夫」と言い、遥はもう一度彼に視線を向ける。先ほどとは違い、彼の菖蒲色の瞳は血のような紅へと変化していた。
なんだ、この感覚……。
「えー、彼はアスラ=ティエノフくん。ご両親の転勤で、今月から日本に半年間滞在するそうだ。我が学校初の海外留学生! みんな、仲良くするように」
教師の説明が何も聞こえてこない。視界がグラグラ歪む。遥が身体の違和感を感じている間も、アスラと呼ばれた彼は、口元を僅かに吊り上げているだけだ。
「アスラくんは、日本語は出来るんだったかな……ええっと……」
「はじめまして皆さん。アスラ=ティエノフと申します。日本は初めてですが、皆さんと楽しく過ごさせて頂きたいと思っております。どうぞ、よろしく」
藤宮遥くん。
「……!?」
アスラは一言も遥の名前を呼んでいないのに、何故か名前を呼ばれた気がした。先ほどクラスに来たばかりの彼が、生徒の名前を覚えているわけがない。
あの瞳は、危険だ。
そう頭の中で信号が鳴っているのに、彼から目を逸らす事も出来ない。遥が凍りついている間に、アスラはゆっくりと遥の隣の席に座った。
「よろしく、遥くん」
邪気の無さそうな笑顔は穏やかなのに、何処となく裏がありそうな強烈な気を感じる。
不思議なアスラの存在に、遥の胸騒ぎは少しずつ強くなっていた。