さらば、戦友よ
俺は訓練の休憩中に煙草---ジタンを吸いながら手紙を読んでいた・・・・・・
もう擦り切れて文字さえボケているが、それは何度も読んだ証だ。
『親愛なるブルドッグこと鷹見徹夜へ。
この手紙が君の所へ届く頃には既に僕はこの世に居ないでしょう』
「・・・・・・・」
口に銜えたジタンを肺に入れてから僅かに開き煙を吐く。
『僕たち“兵隊”は戦死したら送る為の手紙をよく書くんだ。家族や友人にね。僕は恋人も居ないから君に送るよ』
「・・・・馬鹿が」
俺はまた煙を吐いて悪態を突いた。
お前を好いている女は居たんだよ・・・・俺がお前の遺骨を届けに行って平手打ちをした女だ。
『同盟を結んでいるのに金ばかり出す国の人間がこの人に触らないで!!』
『君等は金ばかり出して戦わない。僕たちは自国民の血を流して君等を護っているのに・・・・君等は金だけで兵を出さない。最低な軍隊だ!!』
頭の中で2人から言われた言葉が何度も連呼する。
「・・・・そうかも、しれないな」
俺は手紙から眼を逸らして頷いた。
俺たちは軍隊と呼べるのか・・・・俺は違うと思う。
軍隊とは自国と自国民を護る組織を言うんだ。
俺が居た所は「自衛隊」という名で軍隊ではない。
相手が攻撃しないとこちらからは攻撃できないという枷がある。
他にも色々あるが・・・・俺はお前を助けられなかった。
もし、俺の国が自衛隊ではなく国防軍という名で戦う事が出来れば・・・・お前と一緒に戦場を走り背中を護れた。
お前を死なせなかった・・・・・・・
「俺は、最低な人間かもしれないな」
同盟を結んでおきながら俺はお前を助けに行けなかった・・・・・・・
自国を自分だけでは護れないばかりか自国民からも時には叩かれ政治利用されるんだからな。
いや、何処の国でも自国民から叩かれるし政治利用される。
だが・・・・俺たちは言い返す事も出来ない。
初めて国外派遣された時にどっかの議員が来て俺を見るなり言った。
『自衛隊はこんなヤクザ者も入隊させるのか?如何にも野蛮人ではないか。こんな醜悪では我が国は野蛮国家と言われるではないか!!』
『こんな穴ばかり掘って何の意味がある?!こんな事をやる暇があるなら同盟軍のように戦え!そして死ね!!』
・・・・殺してやりたい気持ちになったぜ。
俺等はてめぇみたいな野郎でも助ける。
それなのにその言い草か?
あんたが地面に捨てた1リットルの水で子供1人が喉を潤せるんだ。
それを知りもしないで不味いという理由で全て捨てるてめぇが言うか・・・・・・・・・・
この穴は木を埋める為にあるんだ。
木を埋めて森にして潤いを作るんだよ。
それを無駄だと?
戦って死ねだと?
ふざけるな・・・・俺は、俺はお前等みたいな奴等の為に戦う気は無い。
自分が信じた道を・・・・自分の仲間を・・・・護る為に戦うんだ。
てめぇらみたいな奴等は泣いて縋ってきても助けない。
絶対に・・・・・・
俺は昂ぶる怒りを抑えて手紙に眼を走らせた。
『親愛なるブルドッグこと鷹見徹夜。
僕は君を・・・・君等を最低な軍隊と罵ったね。あれは取り消すよ。
君等は世界でも類を見ない軍隊だ。
僕たちが派遣されても人々はバッシングを浴びせるのに君等の軍隊は歓迎された。
それは君等が好かれている証拠で僕たちは嫌われている証拠であるんだ。
僕はこれまで自分は正義の為に戦っていると信じていた。
独裁国を破り民主主義の国にして皆が笑顔で暮らせる国を作ろうと頑張ってきた』
微かに字が震えている。
きっと怒りと絶望で震えていたんだな。
『僕は、僕は・・・・解らなくなった。
何が正義で何が悪なのか・・・・・・?
世の中は平等だと思っていた。
神は人類を愛していると思っていた。
でも、分からない。
分からなくなった・・・・・・・・
本当に平等なのか?
神は皆を愛しているのか?
分からなくなったんだ。
もう何も信じられない・・・・・・・・・・・・・・・』
・・・・平等か。
「この世は平等なんて無いさ。世の中は理不尽と不平等で成り立っているんだよ」
お前は純粋過ぎたんだ。
純粋過ぎたから分からなくなったんだ。
分からないようにしていたのさ。
俺は違う。
世の中は理不尽と不平等で成り立っていると理解している。
お前はそれを理解しようとしなかった・・・・出来なかったんだ。
馬鹿が・・・・最後に笑うのは何時だって生きた者だ。
死んだら笑えないんだよ。
まだ若いのに早死にしやがって・・・・・・・・・
俺と酒を飲む約束を破りやがって・・・・・・・・
「・・・・馬鹿が。馬鹿野郎」
俺は空を見上げた。
何処までも青白く澄んでいる。
まるであいつみたいに純粋な感じだ。
『親愛なるブルドッグこと鷹見徹夜。
もうこれで終わりだよ。
これが・・・・この任務が終わったら僕は軍を辞める。
そしてどうするかは決めていないんだ。
その時は相談に乗ってくれ。
君は僕にとって親友だ。
永遠の戦友だ。
戦友が困っていたら助けるのが戦友だからね。
別れの言葉は書かないよ。
必ず君とまた会うつもりだからね。
永遠の戦友キース・J・エラルド少佐』
空は青い。
そして白い。
「・・・・お前は空になれば良かったんだよ」
空から俺等を見下げて居れば良かったんだ。
今は空になったのか?
もし、なったのなら・・・・・・・・・・
「見ていてくれ。俺はこの世界を生き抜いてやる」
お前は純粋過ぎた故に早死にしたが、俺はしぶとく生き続ける。
泥水を啜ろうと草木を食べようと他人を蹴落とそうと人生を全うしてやるよ。
それが永遠なる戦友であるお前にやる手向けだ。
「ベルトラン!訓練再開だ!!」
上官が俺の名を呼んで手を上げる。
「ハッ。ただ今!!」
俺は手紙を破り捨てた。
もう必要ない。
手紙が無くてもお前の魂は俺の中にある。
俺が死ぬ・・・・その時まで・・・・・・
しかし・・・・今は、ほんの少しだけ・・・・そう「僅かな間だけ死ぬ」事にするぜ。
さようなら・・・・永遠なる戦友よ。