女王の決意
俺はメジュリーヌの背に乗りながらイーグルと魔術師のお嬢ちゃんを連れて城へと向かっていた。
隣ではイーグルがお嬢ちゃん相手に何かを話しているが、生憎と興味が無いから聞かないし聞く気も無い。
こいつ等は城へ荷物を取りに行く理由がある。
俺にも理由はある。
花に会う為だ。
とは言っても顔色を窺いに行く訳じゃない。
約束を果たす為だ。
この前---花に呼び出された時、彼女は俺にこう言った。
『私にも何か出来る事があるでしょうか?』
そう言ってきた花は少しでも俺の役に立ちたい気持ちと名前だけでまるで存在があるのか無いのか判らない自分に激しい憤りを覚えていた。
確かに正直な話を言えば花はこの内乱が始まってから自分が女王として何をしたのか分からない感じだった。
俺を前線指揮官に任命こそしたが、そこからは何もしていない。
別に俺は彼女が血で汚れるのを見たくない。
寧ろ血で汚れて欲しくないと勝手な気持ちを抱いている。
このままそれを維持して欲しいと願っているのは俺の自己満足に過ぎないのかもしれないな・・・・・・
だが、あの時・・・俺に頼んだ彼女の眼は明らかに女王として一つの決断をした眼だった。
きっと何か決断したんだろうな。
リカルドを殺すように命令した時と同じく・・・・・・・
上に立つ者は絶大な権力を持てるが同時に重い決断も強いられる。
それが組織や国の頂点に立つ者が与えられた義務だからだ。
俺もそうだ。
少佐という一つの作戦を任されるだけの権限を与えられている。
だから、全ては俺の判断で作戦は決まる。
つまり部下達の命は俺が握っている事になるんだよ。
最小限で被害を抑えられるようにするのが俺の責務であり義務だ。
花もまたその責務であり義務を果たそうとしている。
ならば・・・・それに協力しようじゃねぇか。
俺みたいに全身を血と泥で作られた男が花の役に立つなら喜んでしてやる。
そう思いながら煙草を吸いたい気分になった。
あれを吸わない日は殆ど無いな。
女神の抱擁・・・・その名の通り女神に抱き締められた気分を味わえる。
俺みたいな男でも女神は抱き締めてくれると言う錯覚を覚えてしまうのは俺の思い過ごしかもしれない。
だが、それでも吸いたいんだよな。
まぁ、パリに居た時はジタンを吸っていたが。
などと昔を思い出していると城へと到着した。
メジュリーヌは静かに演習場へ降り立つと人間の姿へと戻った。
「妾はここで待つから用を済ませて参れ」
「分かった」
イーグルとお嬢ちゃんは直ぐに立ち去ったが、俺は礼を言ってから立ち去ろうとした。
「テツヤ・・・・・」
名を呼ばれ立ち止まる。
「妾はそなたの正妻じゃ。誰を抱こうと気にせん。ただ・・・・自分を否定し我慢するのは気に入らん」
「我慢、か・・・・やせ我慢は男の意地なんだよ」
「そうかえ・・・・まぁ、そこがまたそなたの魅力であるがのう」
茶化すように言いながらメジュリーヌは俺を見送ってくれた。
城の中へと入り通り掛った使用人に花の居所を訊くと寝室と言われた。
直ぐに寝室まで歩く。
ここは初代国王フォン・ベルトが建てた城だと言うが、何処までが本当なのか分からない。
俺と同じ陸自出身者と言うが、果たしてどんな男だったんだか・・・・・・・・・・
更に言えば流浪の民だったという部分も気になる。
流浪の民と言えばジタンの絵柄でもある「ジプシー」を思い浮かべる。
ジプシーは流浪の民で知られているが、北インドに居る「ロマ」もそうだ。
世界最大人数を誇る「クルド」などと世界には安定の地を持たない民族は多い。
そしてそういう民族ほど迫害の歴史が嫌というほどある。
まぁ、定住地を持たないか、或いは持てないからでもあるが。
もしかしたらここの国民の祖先はそう言った民族から出来たのかもしれないなと考えている間に寝室に到着した。
俺はドアを控え目に叩き「テツヤだ」と言い来た事を伝える。
すると急いで駆け寄る足音が聞こえて来たと同時にドアが開いた。
ドアを開けて俺を迎えてくれたのは綺麗な服---ドレスに身を包んだ花だ。
「よぉ、女王陛下。相変わらず美しいな」
何時もながら思うが可憐な花と思わずにはいられない。
パリに居る「豊穣の女神」も一度だけこんなドレスを着たがあちらも美しいと・・・・二股を掛けるような思いを馳せてしまった。
「ようこそ。テツヤ殿」
花は俺の手を掴むと勢いよく部屋の中へと招き入れた。
「おいおい、いきなり男の腕を掴んで中へ入れるなんてどうしたんだ?」
軽口を叩きながら言うが花は席を勧めてくれたが俺はそれを謝辞し壁に背中を預けた。
それから他愛ない話をして過ごしたが、直ぐに花は厳しい顔になってみせる。
「テツヤ殿・・・・心は決まりました」
「・・・・そうか。まぁ、そうなると思って俺も来た訳だが」
「私を砦へ連れて行って下さい。そこで・・・・演説を王都へ向け行います」
「・・・・もうリカルドを諦めたか」
それは分かっていた。
俺をこの戦いの指揮官に任命した時から。
しかし、確認の為に訊いた。
「はい・・・・リカルドをここまで追い詰めたのは私の責任です。そして貴方を指揮官に任命したのもリカルドを止めて欲しいからです」
だが、自分はそれを任命しただけでずっと逃げていたと花は告げた。
「・・・・もう逃げたくないのです。あの子が逃げずに立ち向かったのなら、母である私もまた立ち向かいます」
「分かった。あんたは、今・・・・やっと女王としての義務を果たすんだ」
「・・・・はい。これが私の女王としての義務でありリカルドの母親として出来る事だと思っています」
「では行くか」
無言で頷き花は椅子から腰を上げた。
俺はドアを開けて女王を出し共に歩き始める。
互いに無言で何も話さない。
恐らく花はこの間も後悔している。
どうしてもっと早くリカルドに王位を譲らなかったのか?
どうしてこんな事を起こしてしまったのか?
考えれば幾らでも後悔する理由は出て来る。
俺は必要があるのか分からないのに口を開いた。
「・・・・あんたが全て背負い込む必要は無い」
花は「え?」と顔を俺に向けた。
「あんたは後悔している。リカルドをあそこまで追い詰めたのは自分だと」
「・・・・・・」
花は無言だったが、無言は肯定だ。
「前にも言ったがあんたのせいじゃない。あんたにも責任はあるが本当に罰を受けるのは貴族共さ」
あいつらがリカルドを追い詰めたんだ。
俺たちが迎撃してもう戦うのは嫌だと言っているらしいが・・・そうはいかない。
泣いて命乞いをしようと許さねぇ。
自分が犯した罪を償ってもらう。
だが、と思う。
ヴィールングのおっさんも言った通り腐った野郎たちだが貴族であり広大な土地を支配する奴らだ。
そんな奴等を一気に片付けてしまったら混乱する。
そこを考えると首都を奪回しこちらの土台を固めてから・・・始末するのが妥当と言えるか。
ここで会話は終わりまた無言でメジュリーヌの所まで歩いて行く。
メジュリーヌの所へ行くと既にイーグルとお嬢ちゃんが待っていた。
見る限り仲は良さそうだが、昨夜のあれから随分とまぁ速い展開だなと思う。
まぁ、他人の色恋沙汰には無闇に首を突っ込まないのが妥当と言えるな。
「おお、来たか」
俺を見るなりメジュリーヌは歩み寄り「どうであった?」と尋いてきた。
「・・・決まったようだ」
「そうかえ。些か遅すぎる決意じゃが・・・仕方あるまい」
そう言ってメジュリーヌは花を見たが何も言わなかった。
それからドラゴン姿になり砦---前線基地へと戻って行く。
ここからが女王にとっては本当の意味で戦いなのかもしれないと思いながら俺は煙草を吸いたい欲求にまた駆られた。




