若き黒獅子4
老主人の言葉を頭の片隅に置きながらへスラーは短剣も探し直した。
『短剣は既にスティレットがあるから・・・・って考えるのは違うな』
老主人は如何なる戦場で戦うか想定しろとへスラーに助言した。
そしてスティレットは刺突に適しているが斬撃は出来ない。
もっとも斬撃より刺突の方が致命傷を与える事は出来る。
『となれば・・・・斬撃の出来る物を選ぶべきだが・・・・長さはどうする?』
北の蛮族は短剣も大剣の代わりが出来るように長めの物を差していた。
しかしへスラーは思う。
『長すぎれば扱い難いから・・・・肘から先位の長さを持つ物にしてみるか』
結論を出したへスラーは直ぐ集中して探したが・・・・惹かれる代物が見当たらない。
大剣もそうだ。
試しに抜いたが・・・・これではないという感覚があり早々に戻してしまう。
「中々に出会えないようだな?まぁ、そんだけナマクラを持っていた訳だろうがな」
「うるせぇ!畜生・・・・てめえみたいな主人に言われたくねぇ」
「だったら帰りな。餓鬼の子守りは儂も・・・・来たのか?」
老主人はドアを見て声を発し釣られてへスラーも視線を向ける。
ドアには見窄らしい格好をした老人が立っていたが・・・・腰には大小の剣が差してある。
しかしへスラーは差された場所に注目する。
『臍辺りに差してある・・・・あれなら腰の部分より抜き易くないか?』
「ほぉ、差し方に注目するとは今時の餓鬼にしては良い眼だな」
老人の言葉にへスラーは無言となるが・・・・格好とは対照的に立派な剣を差す老人から眼は離さない。
「格好は見窄らしくても剣は立派な物を」
「なに?」
「一昔前を生きた剣士を表した言葉ですよ」
ここでチンチクリンが奥から来てへスラーの手を掴んだ。
「なるほど・・・・剣が飯の種だから身形より金を掛けろって訳か」
「あぁ、そうさ。で・・・・見つかったのか?」
老主人の言葉にへスラーは無言となるが老剣士は察したのだろう。
「剣を探しているのか。なら、ここは良いぞ。掘り出し物に溢れているからな」
「だろうな・・・・こんな埃塗れなのに刀身を見ただけで教えてくれるからな。主人は最悪だがな」
「ふふふふ。今時の餓鬼ならそう思うか。しかし・・・・ここに来たのなら我慢する事だ」
忍耐強くなければ剣の真髄は極められない。
「別に剣を極めたいとは思ってない。ただ・・・・どうしても倒したい奴が居る。そいつに剣を壊されたから探しているんだよ」
「倒したい奴とは誰かな?見るかぎり貴族の師弟---奸臣の子息だろ?」
「・・・・親父を倒すんだよ。ルイ公爵を、な」
「ほぉ・・・・あの高名な剣士の餓鬼か。なるほど・・・・年齢の割りにはちぃと経験不足だが・・・・人を斬った事はそれなりだな」
しかも・・・・・・・・
「女や子供ではなく・・・・武器を持った山賊や盗賊騎士、果ては地方貴族の私兵を」
「あぁ、斬った。悪いか?」
ヘスラーは平然と老剣士の言葉に返したが、それに老剣士も淡々と応えた。
「あぁ、悪いな。お前の態度からしてルイ公爵に負けた悔しさを彼等にぶつけているに過ぎん。しかし・・・・それでルイ公爵に勝てたか?」
「掠り傷すら負わせられてない。だが・・・・奴を倒せば母上も目を覚ます筈だ。あんな野郎より・・・・母上は幸せになるべきなんだよ」
ギュッとヘスラーは拳を握り締めて自分の気持ちをぶちまけた。
「・・・・母親思いな点は唯一の救いだな。しかし、今の腕では逆立ちしても勝てまい」
如何に優れた剣を手にしても・・・・・・・・
「性根が腐っていては剣も腐る。そして我流では行き詰まるのも早い」
「・・・・・・・・あんたは違うのか?」
へスラーは老剣士の辛辣な言葉に怒りを募らせるが言葉は正しかったので・・・・受け入れざるを得なかった。
ただし、それでは悔しいのだろう。
せめてもの反撃とばかりに問いを投げた。
「儂も人を斬ったから偉そうな事は余り言えん。しかし・・・・剣を極める事は即ち心体を極める事になるからな。お前の悪い癖や思考など見通せる」
ルイ公爵もそうだ。
「戦場で身に着けた術もあるが、それ以外の術も身に着け心体を極めている。まさに剣士として長年を生きた証だ」
「・・・・・・・・」
この言葉にへスラーは無言となるが言っている内容は間違いではないと痛感していた。
ただ性格と言うべきか?
初見でここまで言われたくないという気持ちがへスラーの心中で湧き上がっていた。
しかし下手に戦いを挑んでも・・・・・・・・
『この爺は赤ん坊の手を捻るように俺を倒す』
へスラーは自分の勘が告げているのを受け入れつつ・・・・老剣客にこう言った。
「・・・・剣を見せてくれねぇか?」
「初対面の相手に?随分と無礼だな。剣を預けるのは信用に値する者に対してだ」
老剣客はへスラーをジロリと見て言ってきたがヘスラーは引き下がらないとばかりに手を差し出した。
「やれやれ・・・・図体がデカいだけの子供だな。まぁ良い」
ヘスラーの態度に呆れ返った老剣士だが自分の剣を鞘ごとへスラーに渡した。
「・・・・感謝するぜ」
老剣客に礼を言ってからへスラーは鞘に収まった剣の重さを確認し、そして構造を虱潰しに調べた。
『鞘の尻に鉄を取り付けている・・・・これなら鈍器でも使えるな・・・・紐は長い・・・・なら止血で使えるな・・・・柄は・・・・・・・・』
「やはりルイ公爵の息子だな。目の色が他の餓鬼と違うわい」
老剣客はへスラーの眼を見て笑ったがへスラーから言わせれば苦い薬を飲まされたようなものだ。
「あんな奴は親父じゃねぇよ。剣の腕と頭の切れは認めるが・・・・父親なんて俺は奴が死んでも認めねぇ」
「それも良いだろう。生前は認め合えない者が死後に認める事もある」
「生憎だが・・・・俺は、奴が死んでも父親としては認めねぇ」
そう言ってへスラーは鞘から剣を抜いたが・・・・間近で見る刃文に目を奪われた。
「・・・・綺麗だな」
「ほぉ・・・・“直刃”の良さが解るか」
「バランディの飴細工野郎の打った飴細工なんかより断然良い・・・・・・・・」
へスラーは老剣客の言葉に吐息しながら答えたが直刃という刃文に暫し眼を奪われた。
何処までも真っ直ぐ伸びた刃文は綺麗だが鋭利な雰囲気さえ醸し出している。
「・・・・糞爺の言葉は正解だな」
例え身形が悪くても剣は立派な物を差してこそ剣士だとヘスラーは独白し改めて剣を両手で握り手の感触や重量を確認した。
握り易さといい、重量といい・・・・まさに人を選ぶ剣とヘスラーは直感で理解した。
そして我流の自分では扱えないと諦め鞘に納めようとした所で・・・・反りに注目する。
「切っ先の方が反っている・・・・徒歩戦を考えてか?」
「そうだ。まぁ馬上でも使えるが長さが足りん」
老剣士はヘスラーの目の付け所に感心したように眼を細めながら頷いた。
「しかし・・・・持っているんじゃねぇのか?」
へスラーの言葉に老剣客は肩を落とすだけで明確には答えなかった。
だがへスラーは確信していた。
「あの糞野郎は雑種の剣を使うが・・・・予備の剣は常に置いているから・・・・あんたも持っている筈だ」
「正解だ。確かに数振りは所持しているが欲しいのか?」
「欲しいと言えば欲しいが・・・・それが本当に俺の手に馴染むかは判らねぇからな。遠慮する」
ただ・・・・・・・・
「丸腰で帰るのは俺の性に合わねぇからな。何としてでも一振りは・・・・・・・・見つける」
そう言ってへスラーは剣探しを再開したが老剣客はその様子をジッと見ていた。
店の老主人も同じだがチンチクリンだけは・・・・・・・




