若き黒獅子
今回は第2277部分 幕間:若き黒獅子2の続きを投稿です。
本編で書くと些か長くなってしまうのが理由です。
御理解の程お願いします。
徒歩で屋敷を出たヘスラーはその足で直ぐにヴァエリエの武器屋へと向かった。
その理由は言うまでもなく朝の稽古---ルイにとっては遊びで剣を2振りも駄目にされたからである。
『見極める眼を養え?ああ、上等だ。養ってやる!!』
思い立ったら即行動とは言ったものだが今のヘスラーは正にそれだが頭の中では別の事も考えていた。
『メドゥの奴・・・・以前よりやつれた感じがしたのは何か遭ったのか?』
昨日の夜、漸くヘスラーは意中の令嬢たるメデゥ侯爵令嬢に会わせると折れた侯爵に呼ばれて勇んで行ったが・・・・以前とは違うメデゥに違和感を覚えた。
ただ自分を見るなり蓮っ葉な口調で話し掛けたりするなどは変わっていなかったし・・・・自分の求愛をクソミソに酷評した点も変わらなかった。
しかし、ガルビーの話を持ち出すと・・・・途端に口が重くなった所は違う。
『以前はガルビーの言葉が呆れるほど出たのに・・・・ああ、糞ったれ!昨日に続いて今日も朝っぱらから嫌な事だらけじゃねぇか!!』
癇癪玉のようにヘスラーは歩きながら怒りを何かにぶつけたい衝動に早くも駆られたが・・・・民草が集まっている所を見つけた。
「朝っぱらから・・・・・・・・」
「皆、間もなく議会が始まる。その時には再びヴァエリエの民草を代表する者を選出するが、その人物に私を指名してくれ!そうすれば50サージの報酬を払う!!」
「いいや、私を指名してくれ!私は報酬と共に皆の意見を議会で伝える!!」
「皆、私を指名するんだ!私なら財力もそれなりにあるから今、皆が悩んでいる貧民街を一掃するように取り計らう!!」
「・・・・これが民草の“代表者選び”か」
ヘスラーは先ほど屋敷で聞いた単語を口にし・・・・これが民草にも政治に参加させる為にクルセイダー大佐が設けた機能かと思った。
話を聞く限り民草にも諸侯のように政に参加させるのは客観的に見れば悪い事ではないだろう。
ただし・・・・・・・・
『これじゃ駄目だな。どいつもこいつも金を与えて指名しろと言うようじゃ・・・・派閥争いが色濃く出やがるのも事実だな』
代表者選びを聞いていると何時しか派閥の色が出始め、ついには口喧嘩に発展して行った。
それを見てヘスラーは・・・・早々に興味を無くし背を向ける。
こんな下らない事などに付き合う暇など無いとばかりの行動だが・・・・赤の他人だからこそ客観的に見えたとも言える。
その証拠とばかりにヘスラーは角を曲がる際に口喧嘩を始めた代表者候補たちに対して・・・・こう言った。
「精々・・・・頑張れ。無駄な努力だろうけどな」
それだけ言うとヘスラーは角を曲がって目的地へと向かった。
だが代表者候補達は自分達が正しいとばかりに相手を苛烈に攻撃し、そして仕舞には取っ組み合いの喧嘩を始め・・・・とうとう聖騎士団が出動する事になったらしい。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
角を曲がって武器屋を目指すへスラーは自分の武器を変えるか考えた。
『ツヴァイハンダー・・・・リーチはあるし両手で握れる点は捨て難い・・・・ロングソードは後期型の方が良いな』
全てルイに指摘された上で破壊されたばかりだが・・・・それは自分の過失もあるのは認めざるを得ない。
『今度からは手入れを怠らないようにしなきゃならねぇ。しかし・・・・奴を倒すにはどうしたら良い?』
ルイの武器は斬る事と突く事の両方を得意とする雑種の剣だ。
あれは「自分の手の延長」とも揶揄される通常の剣を更に長くし、そして攻撃力を上げる為に重くしてある。
だから通常の剣とは違う特殊な訓練を積む必要があると数年前にへスラーは本で知ったが・・・・・・・・
『あの野郎は・・・・見事に使いこなしていたからな』
つまり同じ武器を使うと仮定したら先ず訓練から始めなければ使いこなせない。
となれば武器と戦法を変えるなどして勝つしかないとへスラーは思うが・・・・その武器が決まっていない。
そして自分は書物と経験で学んだ我流に近い。
比べてルイは違う。
実戦に重きを置いた歴史ある流派を会得しており、常に新しい戦いなども模索しているのは自室にある本の棚を見れば一目瞭然だ。
対して自分はルイと戦い何度も負ける事でルイの構えなどを勉強したが・・・・この点も差は大きい。
『何処で覚えたんだよ・・・・しかも体術まで得意ときたもんだ』
あれでは素手でも打ち負かされるとへスラーは過去に味わった惨敗を思い出したのか歯軋りした。
『糞ったれ・・・・とはいえ先ずは得物を決めなきゃならねぇ』
へスラーの中では既に何本か候補は出ていたが・・・・北の蛮族が閃かせた反りがある片刃の剣も候補の中にはあった。
『反りがあるから直剣より切断力は上がっているし、あの柄の長さは両手で持つ事も可能だ』
ただ北の蛮族が振るう姿を見たが・・・・あれも使い手に煩い剣とも見た。
『あんな薄いのに曲がらず折れないのは使い手が神経を使っている証拠に違いねぇ』
それであんな切れ味を誇るなら多少の金額はへスラーも覚悟している。
しかし問題は金額ではなく別にある。
『あの剣を使う奴を・・・・俺の周囲はおろか本すら無い』
これが問題とへスラーは捉えていた。
試しに振って使えば多少なりともコツは掴めるだろうが・・・・ルイを倒すなら一からやり直す覚悟で自分を磨かなくては駄目だ。
そして・・・・・・・・
ヘスラーは急に角から躍り出てきた小柄な物体が下半身に当たった感触を覚えたがそんな事でバランスは崩さなかった。
寧ろ直ぐ物体を受け止め・・・・その物体が20代の娘と判った。
「気を付けやがれ」
ここがヴァエリエでないなら剣でも抜いていただろうと自分で思いつつヘスラーは娘を横にやろうとしたが・・・・・・・・
「おや・・・・これはこれは誰かと思えば・・・・ヘスラー殿ではないですか?」
前方から嫌味で狡賢い狐みたいな声がして顔を上げたヘスラーは母譲りの瞳を細めた。
「ハンッ。誰かと思えば・・・・てめぇか」
ヘスラーは前方に立った毛織のチュニックのコットに別々の色を繋ぎ合わせたミ・パルティの施されたズボンを穿いた同い年の男を見た。
男は狐みたいな細い眼が特徴で身体付きも華奢なイメージが強い。
ただし腰に吊るされた細身の剣の鍔は複雑すぎる位のデザインで眼を引く。
「ふんっ。相変わらず華奢な身体に似合いの剣を好むな。しかも、馬鹿みたいに複雑すぎる装飾を施す点も・・・・な」
「相変わらず汚らしい言葉を使いますね?仮にも中央貴族筆頭のルイ・ド・ラザール公爵様の嫡子ともあろう御人が・・・・・・・・」
男はヘスラーの言葉に狐目を細くしつつ・・・・小馬鹿にした口振りで言い返してきた。
「あの男の事なんか俺には関係ない。それより久し振りと・・・・言っておくべきか?」
「えぇ、そう言っておきましょうか?礼儀上は・・・・それより・・・・むっ」
ヘスラーの言葉に男は平素な口調で応じつつ娘を見たが、その娘は視線から逃れるようにヘスラーの後ろへ隠れた。
「おい、何の真似だ?邪魔だから放れるか、消えろ」
「た、助けて下さいっ!私、この人に殺されそうなんです!!」
娘はヘスラーなら助けてくれるとでも思ったのかしがみ付いて金切り声で懇願した。
その内容にヘスラーは狐みたいな外見をした男の靴を見て・・・・納得したように頷く。
「てめぇの靴が汚されたから殺そうしたのか?」
「殺すまでは行かなくても多少の”償い”は払ってもらおうと思いました。いけませんか?」
「別にいけなくは無いだろ。俺等貴族は平民より上に居て、平民を殺した所で罪に問われたりしないからな。逆は別だが」
ヘスラーは貴族の中では極当たり前の常識を男に言ったがその場に居た平民達から言わせれば理不尽な話と言わんばかりに・・・・非難するような視線をヘスラーに送る。
「ふっ。相変わらず人目を引き易いですね?」
「別に良いだろ?それはそうと・・・・そこを退け。俺は先を急いでいるんだよ」
「なら後ろに居る小娘を私に寄越して下さい。そうしたら退けますよ」
「てめぇが先に退けろ。そしてこのチンチクリンが欲しいなら自分で取りに来いよ。俺はてめぇの召使じゃねぇんだ」
「お、お願いです!私を助けて下さい!!」
チンチクリンと言われた娘だがヘスラーに助けを求める事は変えないのか涙声で懇願した。
「何で俺が見ず知らずのチンチクリンを助ける義理があるんだよ?」
「貴族なら”高貴なる者の義務”を果たして下さい!!」
エリーナ王女のようにと娘が叫んだ所で・・・・ヘスラーは引き剥がそうとした手を止めた。
「その話・・・・どういう内容か教えろ。そうしたら・・・・目の前の狐野郎から助けてやる」
「ほ、本当ですか?!」
「あぁ、約束してやるよ。ただし、俺の欲しい内容じゃなかったら・・・・目の前の狐男の償いが遠足に見えるような”御仕置き”をくれてやるからな」
娘を助けるのに変わりないが、それでも口から出る台詞は貴族の子弟とは言い難く・・・・善人とも言い難い。
しかし平民達には関係ないのだろう。
騒ぎを聞きつけたのか・・・・早々に野次馬でごったがいした。
「これは良い観客達だ。とはいえ・・・・丸腰とは珍しいね?何時もは子供みたいに大剣を持ち歩いているのに」
「生憎と壊れたんで買いに行く所だったんだよ。だが・・・・その前に相変わらず嫌味で胸糞悪い狐顔で知られるアルノルト・ド・ギュルケ伯爵を倒す事に変更だ」
ポキポキと拳を折りながらヘスラーは男の姓名と爵位を口にした。
「では、私もヘスラー・ド・ラザール殿に礼儀を教えてから・・・・その小娘に償いを支払わせるとしましょう」
アルノルトは左腰に吊るしていた細身で複雑な装飾が施された鍔が特徴の剣を鞘から抜いた。
それは中央貴族御抱え鍛冶屋で知られるバランティ・クラウバズの曽祖父が得意とした作品で知られる「エペ・ラピエル」だった。
「丸腰の相手を攻撃するのは気が引けますが・・・・貴方なら多少の生傷は良いでしょう」
そう言ってアルノルトは右腰に吊るしていた鞘からダガーを抜いた。
一見すると何の変哲もないダガーに見えたが・・・・刹那に刃が3本になった事で「パイリング・ダガー」とヘスラーに教える。
「ふんっ。小細工も変わらねぇな?」
ヘスラーは反吐すら覚えたがアルノルトは狐目に嗜虐心を宿し・・・・構えた。
「ではヘスラー殿・・・・参りますよ!!」