哀愁の従者
私がゼップ様の博役を仰せられて早十年が経過した。
十年という月日は人を容易に変えられる。
ゼップ様はシャー・ジハーナル様の口車に乗せられたばかりに・・・・「自分の意思」でスジール派に入った。
その場面に居たが、皮肉を申し上げるなら誠に老獪な政治家だった・・・・・・・・
幼子相手に醜い嫉妬であったが、まるで罰のようにマサハナ様は死んだ。
ゼップ様の唯一と言える理解者であり、家族が消えてしまったのだ。
それもありゼップ様はスジール派という沼に嵌り込んだ。
博役の私は邪魔者とされてしまい・・・・結果を言えば護れなかった。
だが、ゼップ様も数え15歳となり、一地方を任されたのは幸いである。
地方に行けばスジール派から逃げられる。
その思いで私はゼップ様の供をした。
だが、ここでもシャー・ジハーナル様の酷い仕打ちが待ち構えていた。
あの方がマサハナ様を愛したのは事実だが、死んだ事まで・・・・ゼップ様のせいにするのか?!
何と言う狂気に満ちた恋慕だろうか?
いや、誰しも狂気を胸に秘めている。
例外的にシャー・ジハーナル様が凄かっただけだ。
そしてゼップ様は運悪くシャー・ジハーナル様に嫉妬されたのだ。
頭では冷静に答えを見出だすが博役として側に居た事から情の感覚は強い。
ゼップ様の任された土地は不毛な土地で、おまけに少数民族の土地だった。
スジール派の教えを受けたゼップ様を陥れる為か?
いや、単に偶然だろう。
そうに違いない!!
断じて仕組まれた偶然ではないのだ!!
私は強く思い、下手に被害妄想を膨らませないようにした。
不毛な土地と言っても他の土地に比べて耕せる土地が少ないだけだ。
少数民族と言っても同じ人間で文明が違うに過ぎない。
逆に考えれば人数が少ないからゼップ様の人付合いも良くなるだろう。
先ずは少人数と触れ合う事から始まれば良い。
「今日より、そなた達の土地を任されたハヤール・ゼップ・ジハーナルだ。何分、初めて来た場所ゆえ判らない点は多い」
だから先ずは色々な事を教えてくれ。
ゼップ様は馬から降りて集まった者達に言った。
これがゼップ様の領土管理の第一歩だった。
しかし、今にして思えば・・・・この地で暮らした時がゼップ様には至福の時だったのかもしれない。
僅か29年間の短い人生において、この地で過ごした5年間がゼップ様には一番至福の時だった。
私はそう思えてならない。
歴史に「もし」は無い。
一個人の歴史においても、だ。
どんな些細な事でも、やり直しは通じない。
それが歴史というものだ。
しかし、私は考えてしまうのだ。
この地に根を張り一生を過ごしていたら・・・・どんなにゼップ様は・・・・幸福だっただろうか?
宗教を口喧しいまでに言う者は居ない。
他の兄弟と比べられる事もない。
狂気に満ちた実父から毛嫌いされる事もない。
ただ・・・・ただただ平凡だが、満ち足りた日常がある。
まるで父親の心境だが、長い時間を博役として、ゼップ様の側に居たからに違いないと思えてならなかった。
そして皆はゼップ様に色々と教えて、今夜は終わりを遂げる。
翌日からゼップ様の領主生活が幕を開けた。
先ず土地の説明だ。
作物が育ち難い事で出稼ぎが多い。
幼子も奉公に行く程で、何か良い案はないか?
それを考える事が先決だ。
「作物以外で、ここしか得られない物はあるか?」
私にゼップ様は問い掛けたが、自分の中では見つけた感じだった。
「作物でなくても良いと、存じますが」
「そう、だな。ここの者達は手先が器用だし、陶芸品も上手い。鉄も豊富だから鍛冶も似合う」
良い所に気付かれましたと私は満足する。
作物は少ないが、ここは良い土と鉄があるのだ。
それが不毛な土地の売りになる。
「ザムザ、直ぐに名の知れた職人を探してくれ。国内に居ないのなら国外を探し出せ。それから建物も造るぞ」
「しかし、資金はどうしますか?」
国外に出ても探して更に建物も建てるとなれば資金は半端ではない。
そうそうに税を徴収する訳にもいかないし、最初から用意された税だって簡単には使えない。
「私の持って来た物を金にしろ。少ないが、金にはなるだろ?」
「お言葉ですが、それではゼップ様の領主としての・・・・・・・・」
領主は周りに対しての見栄もあり、必要以上に金が要る。
領主としての身嗜みなどを蔑ろにすれば軽んじられる事は間違いない。
何より、そんな姿をシャー・ジハーナル様に見られたら・・・・今以上に嫌われるかもしれない。
ただでさえ対人関係が下手なゼップ様だから余計に軽んじられる。
しかし、ゼップ様は首を横に振った。
「領主たる者、治める民の幸福を第一に考えるべきであろう。父上に嫌われるのは悲しいが、私は領主だ。上に立つ者は私心を胸底に仕舞い、民を第一に考えるべきだ」
何より・・・・・・・・
「他人が、どう思おうと・・・・私の政は領民が知っている」
それで良いではないか?
「ただ・・・・やはり、父上に認められないのは厳しいがな」
亡きマサハナ様ならゼップ様の事を理解しただろう。
しかし、あの方ではゼップ様を理解しない。
他の子には愛情かけて理解しているのに・・・・どうしてゼップ様だけを・・・・・・・・!!
やはりゼップ様には父親が必要だな。
まだ、必要だ。
それだけ軟弱と映るが同時に支えなければと思わずにはいられなかった。
マサハナ様からも頼まれた事もある。
『ザムザ、ゼップを頼みます・・・・あの子は道を踏み外す可能性があります。あの子は思い詰めたら一本道しか見えない性格なのです』
だから、それ以外の道---即ち別の選択方法もゼップ様は見つける事が出来ない。
だが、全てがそうではなく、その時の問題について的確に最善の選択をする。
それを私が言えば、マサハナ様は首を横に振られた。
『そうではありません。あの子は・・・・あの男の“呪われた血”を一人だけ受け継いでいるのです』
呪われた血・・・・・・・・?
一体、どんな血なのだ?
ゼップ様は次男で、兄弟は3人も居るのに、何故にゼップ様だけが?
『あの子は気付いておりませんが、あの男---シャー・ジハーナルは気付いております。故に毛嫌いして、早々に失敗する事を願っているのです』
何を言いたいのか判らなかったが、マサハナ様は既に病に犯されており、錯覚か何かだろうと思ったものだ。
しかし、あの時のマサハナ様は意識を保っていた。
『お願いです。どうか、ゼップを助けてやって下さい。あの子は何れ知って、その血を絶やそうと動く筈です。恐らく己が死を選択する事でしょう』
他に選択肢があろうと、だ。
『それを阻止して下さい。お願いです・・・・あの子は私にとって可愛い息子の一人です。シャー・ジハーナルという父に嫌われたからこそ、私が深く愛した子です。ですから、貴方が父親の代わりとなり、ゼップを正しい道へ導いて下さい』
それだけが心残りとマサハナ様は言い、私は誓ったのだ。
この身を砂にしようとゼップ様を正しき道へ誘い続けましょう・・・・生命ある限り!!
今も、その誓いは胸に在り秘めている。
「ゼップ様」
「何だ、ザムザ?」
本当に極親しい者にしか出さない・・・・出せない優しい声で、ゼップ様は私に声を掛けた。
「この身は砂になろうと魂だけの存在になろうと・・・・貴方様の博役として終生、傍に居ります」
「突然どうしたのだ?」
「いえ、改めて領主となられました故・・・・少々、気合いを入れようと思い立った次第です」
「頼もしい言葉だ・・・・これからも頼むぞ」
「ハッ・・・・・・・・」
その時はゼップ様が呪われた血に気付く事はなかったが・・・・何れ知るであろうと何処かで私は勘づいていた。




